第55話 天羽々斬
艦内神社。
いや――これは、もはや艦内神社と呼べる規模ではない。
「これは……」
ボンノーは、言葉を失っていた。
前世の記憶が蘇る。
小さな社。玉垣で囲われた、畳二畳ほどの空間。毎朝、清掃し、手を合わせていた場所。
あの頃、自分は何を祈っていたのだろう。
仲間の無事を。
戦いの勝利を。
そして――生きて帰ることを。
だが。
今、目の前にあるのは――
「大社殿……」
朱色の鳥居が参道に連なり、白い玉石が敷き詰められた道が続いている。
その先には、艦内とは思えぬほどの、巨大な社殿が鎮座していた。
檜皮葺の屋根。
朱と白で彩られた千木と鰹木。
玉垣に囲まれた境内は、艦内とは思えぬほどの威容を誇っていた。
「昔は……小さな社だったはずです」
ボンノーの声が震えた。
「毎朝、清掃していた、あの小さな社が……」
「はい、兄様」
ヤマトヒメが、静かに微笑んだ。
「七十年の間に、このように拡張いたしました」
◆ ◆ ◆
「なぜ、これほど大きく……?」
ボンノーが問いかける。
ヤマトヒメは、社殿を見上げながら答えた。
「理由は二つございます」
一同の視線が、ヤマトヒメに集まる。
「一つ目は、神力を大和全体に行き渡らせるためでございます」
ヤマトヒメが手を広げる。
「この大和は、全長二百六十三メートル。扶桑では電気と蒸気で動いておりましたが、バナテールでは異なります」
「この世界では、わたくしの神力が大和を動かす原動力となるのです」
「神力で……」
クレアが驚きを隠せない。
「この巨大な船を、たった一人で?」
「はい。ゆえに、神力を隅々まで行き渡らせるには、大きな社が必要でございました」
「社が大きいほど、神力も強くなる……そういうことかい?」
ナターシャが腕を組みながら問う。
「その通りでございます。魔法使いの杖や触媒と、似た理屈でございましょうか」
「なるほどね。神様にも媒介が必要ってわけさ」
ナターシャが納得したように頷く。
ヤマトヒメが続ける。
「そして二つ目は――最終兵装のためでございます」
「最終兵装……」
ボンノーの表情が引き締まる。
「先ほどおっしゃっていた……」
ヤマトヒメが頷く。
「艦内神社には、神域波動が蓄積されております」
「神域波動……?」
「大神アマテラスの御稜威、スサノオの武威、そして扶桑の八百万の神々の加護……それらが凝縮された力でございます」
ヤマトヒメの瞳が、真剣な光を帯びた。
「最終兵装は、この神域波動を――」
一拍、間を置く。
「陽電子に乗せて、主砲より発射いたします」
「陽電子ですと……!?」
ボンノーが息を呑んだ。
「よ、陽電子……?」
リリアが遠慮がちに尋ねる。
「何なのでしょうか……」
◆ ◆ ◆
ボンノーはしばし考え、言葉を選びながら説明した。
「陽電子は……とても危険な力です。物質に触れた瞬間、消滅して膨大なエネルギーを放出します」
「しかし扶桑では、制御が不可能で実用化できなかった」
「消滅……」
リリアが小さく身震いした。
「バナテールの魔力場が、陽電子を束縛いたします」
ヤマトヒメが静かに告げる。
「魔力の檻の中に陽電子を閉じ込め、その中に神域波動を封じるのです」
「そして主砲より放つ――」
ボンノーが呟く。
「それならば、理論上は……可能かもしれない」
「はい」
ヤマトヒメが頷く。
「扶桑の科学と、バナテールの魔法と、神々の力。三つが融合して初めて実現した兵装でございます」
「なんだか、禁忌の神代魔法のようなのさ……」
ナターシャが珍しく真剣な表情で呟く。
「つまりさ!」
ヴィヴィが元気よく割り込む。
「すっごく強い攻撃ってことだよね! ドカーンって!」
「まあ……そういうことです」
ボンノーは苦笑した。
「この最終兵装で、ヤツマタノオロチの核を打ち砕くのですね」
クレアが確認する。
「その通りでございます」
ヤマトヒメが頷いた。
「ただし――一度しか撃てません」
「神域波動の蓄積には、七十年かかりました。二発目を撃つことは、不可能でございます」
重い沈黙が流れた。
◆ ◆ ◆
「兄様」
ヤマトヒメが、ボンノーを見つめる。
「この兵装には、まだ名がございません」
「名前が……」
「はい。七十年、この時を待っておりました」
ヤマトヒメの瞳に、懇願するような光が宿る。
「兄様に、名付けていただきたいのです」
ボンノーは、しばらく沈黙した。
名付けるということ。
それは、この兵装に魂を与えるということ。
そして――この兵装を使う覚悟を、自らに刻むということ。
陽電子。
神域波動。
対消滅の力を封じた、一撃必殺の兵装。
バナテールの魔法がそれを現実のものとし。
神々の力がそれを完成させた。
「……では」
ボンノーが口を開く。
「陽電子砲と呼びましょう」
シンプルな名前。
しかし、その名には全てが込められている。
扶桑では実現不可能と言われた理論。
それが今、異世界で形となった。
「陽電子砲……」
ヤマトヒメが、その名を噛みしめるように呟いた。
そして――その瞳から、一筋の涙が流れ落ちた。
「ヤマトヒメ……?」
「申し訳ございません、兄様」
ヤマトヒメが袖で涙を拭う。
「七十年……ずっと、この瞬間を待っておりました」
「兄様がこの兵装に名を与えてくださる、その瞬間を」
深々と一礼する。
「陽電子砲。バナテールの魔法と扶桑の科学の結晶たる陽電子に、神々の力を乗せて放つ――まさに相応しいお名前でございます」
「ありがとうございます、兄様」
ボンノーは、静かに頷いた。
(この名を与えた以上、自分はこの兵装を使う責任を負う)
(必ず、ヤツマタノオロチを討つ)
その覚悟が、胸に刻まれた。
◆ ◆ ◆
「では、次に」
ヤマトヒメが社殿の奥へと歩き出す。
「皆様についてきてくださいませ」
一同が後に続く。
社殿の最奥。
白木の祭壇に、一振りの太刀が安置されていた。
「……!」
クレアの足が、自然と止まる。
反りのある刀身。
朱色の鞘。
柄には金糸で紋様が施されている。
刀からは、微かな光が立ち上っていた。
桜色の光。まるで生きているかのように、ゆらゆらと揺らめいている。
「これは……」
ナターシャが息を呑む。
「本物の神器なのさ……」
ヤマトヒメが祭壇の前で、深く一礼した。
「天羽々斬」
厳かな声が、神域に響く。
「あめのはばきり……」
ボンノーが、その名を繰り返す。
「四千年前、勇者スサノオがヤツマタノオロチを討伐した際に用いた神剣でございます」
ヤマトヒメが神剣を手に取り、静かに掲げた。
「この刀のみが、ヤツマタノオロチの首を切り落とすことができる、唯一無二の神剣でございます」
◆ ◆ ◆
「オロチの首を……切り落とす……」
クレアが息を呑む。
「主砲の徹甲神弾では、首を破壊することはできます」
ヤマトヒメが説明を続ける。
「しかし、近接戦において首を切り落とすには、この天羽々斬が必要でございます」
「近接戦……」
ナターシャが眉をひそめる。
「巨大な蛇の化け物に、接近して戦うってことかい?」
「状況によっては、その必要が生じる可能性がございます」
ヤマトヒメが頷く。
「そして――ヨコマール枢機卿が変化した白蛇程度であれば、一太刀で切り落とすことができます」
「一太刀……!」
クレアの表情が変わった。
あのヨコマール。
王都を騒がせ、討伐に多大な犠牲を払った、あの白蛇を。
一刀で。
「あれほど討伐に苦労した相手を……」
クレアの声が震える。
「一刀で切り伏せることができるとおっしゃるのですか」
「はい」
ヤマトヒメが頷く。
「この刀には、神々の力が宿っております。いかなる魔物も、この刃の前では無力でございます」
「すごい……」
ヴィヴィが目を輝かせる。
「勇者様の剣なんだ……! 物語に出てくるやつだ!」
「物語ではないのさ、ヴィヴィ」
ナターシャが静かに言った。
「四千年前、本当にその剣で大蛇を斬った者がいた。そして今、その剣が目の前にある」
深緑の瞳が、天羽々斬を見つめる。
「……とんでもない代物なのさ」
「あたいはいろんな魔法武器を見てきた」
「ドラゴンスレイヤーも、古代魔法の杖も、伝説の弓も」
「でも……これは次元が違うのさ」
「神器ってのは、本当にあるんだね……」
◆ ◆ ◆
ヤマトヒメが、クレアの前に進み出た。
「クレア様」
「は、はい……」
ヤマトヒメが、天羽々斬を両手で捧げ持つ。
「リヴィエラの誇り高き姫騎士クレア様に、この天羽々斬をお託しいたします」
「わたくしに……!?」
クレアが驚きの声を上げる。
「どうか、兄様の力になっていただきたいのです」
ヤマトヒメの瞳が、真剣にクレアを見つめる。
「わたくしは戦女神ではありますが、剣を振るう技を持ちません」
「この神剣を最も有効に使えるのは、剣の道を極めた方――クレア様しかおりません」
クレアは、天羽々斬を見つめた。
扶桑式の剣。
自分が慣れ親しんだ直剣とは、形状が全く異なる。
そして――
(これは、扶桑の神器)
(扶桑の民でもない、わたくしが……)
胸の奥で、躊躇いが渦巻く。
「このような神宝を……」
クレアの声が震えた。
「扶桑の者でないわたくしのような者が、お預かりしてよいのでしょうか」
「四千年の歴史を持つ神剣を……異国の者が……」
俯く。
(わたくしは、リヴィエラの姫騎士)
(扶桑のことは何も知らない)
(この剣に込められた想いも、歴史も、何も……)
「クレアさん」
ボンノーの声が、静かに響いた。
「ボンノー……」
顔を上げる。
白い軍服姿のボンノーが、まっすぐにクレアを見つめていた。
「扶桑の者かどうかは、関係ありません」
「でも……」
「自分は、あなたの剣を見てきました」
ボンノーが一歩、近づく。
「ブレーブハートを発動させた時の、あの神速の剣閃」
「紅蓮剣・裂光斬の威力」
「そして何より――仲間を守るために、命を懸けて戦う姿を」
クレアの胸が、熱くなった。
「リヴィエラの誇る姫騎士であるあなたなら、形が違っても必ず使いこなせます」
「それに――」
ボンノーが、少し照れくさそうに続けた。
「自分は、クレアさんを信じています」
「……っ」
クレアの頬が、紅潮した。
(ボンノーが……そこまで……)
「クレアさん」
リリアが優しく微笑む。
「わたしも、クレアさんなら大丈夫だと思います」
「うん! クレアさんの剣、すっごくカッコいいもん!」
ヴィヴィが力強く頷く。
「神様の剣だって、クレアさんなら絶対使えるよ!」
「確かに、姫様の腕前は本物なのさ」
ナターシャが肩をすくめる。
「異国とか関係ないね。強い奴が強い武器を持つ。それが一番合理的ってもんさ」
クレアは、仲間たちの顔を見回した。
そして――
深く息を吸う。
「……分かりました」
覚悟を決めた表情で、ヤマトヒメを見つめる。
「この天羽々斬、謹んでお預かりいたします」
「ただし――」
クレアが続ける。
「わたくしは、扶桑の歴史を知りません。この刀に込められた想いも、まだ理解できていません」
「ですから、いつか……この刀のことを、教えていただけますか」
「扶桑のこと、スサノオのこと、そしてヤツマタノオロチのこと」
ヤマトヒメの瞳が、潤んだ。
「……はい」
深々と頭を下げる。
「必ず、お伝えいたします」
「クレア様……ありがとうございます」
クレアが、天羽々斬を受け取る。
その瞬間、手の中に伝わる重み。
予想していたよりも、軽い。
しかし、確かな存在感がある。
(この剣が……四千年前、大蛇を斬った)
(そして今、わたくしの手に)
クレアは、天羽々斬を胸に抱いた。
(必ず、使いこなしてみせる)
(ボンノーの力になるために)
◆ ◆ ◆
「では」
ヤマトヒメが顔を上げる。
「天羽々斬の力を、実際にお試しいただきましょう」
「試す……?」
「はい。わたくしの転移で、地底湖の岸辺へ参ります」
ヤマトヒメが手をかざすと、光が一同を包み込んだ。
次の瞬間――
「わぁ!」
ヴィヴィが声を上げる。
一同は、地底湖の岸辺に立っていた。
目の前には、高さ三メートルはあろうかという大岩がそびえている。
黒光りする岩肌。硬質な光沢。
「この大岩を、切ってみてくださいませ」
ヤマトヒメが告げる。
クレアは、天羽々斬を見つめた。
扶桑の剣。
反りのある刃。
両手で握る柄。
自分が使い慣れた直剣は、直線的な刃と片手でも振るえる重量バランスを持っていた。
(全く違う……)
だが、剣の道を極めた者は、武器の本質を見抜く。
この刀は、斬ることに特化している。
突くのではなく、斬る。
その一点において、この刀は究極の形状をしている。
記憶が蘇る。
ロックゴーレム戦。
あの時、自分の剣は岩に弾かれた。
王剣セレスティアでさえ、岩には歯が立たなかった。
(でも……この剣なら……)
クレアは、深呼吸した。
そして――
シャッ
鞘から刀身を抜き放つ。
「……!」
刀身が、淡く輝いた。
銀色に光る刃紋。
波のように揺らめく、神々しい輝き。
「綺麗……」
リリアが息を呑む。
「なんて美しい剣……」
ヴィヴィも、目を見開いている。
「キラキラしてる……」
ナターシャは、無言で刀身を見つめていた。
(これは……本物の神器なのさ)
魔法使いとしての本能が、告げている。
この剣には、計り知れない力が宿っている、と。
クレアが構える。
直剣とは異なる構え。
しかし、剣の道を極めた者は、本能で正しい形を見つける。
両手で柄を握り、刀身を頭上に構える。
――これが、正しい。
体が、そう告げていた。
「いきます」
静かな宣言。
全身に力を込める。
そして――
「はぁっ!」
一閃。
銀光が、空を切り裂いた。
◆ ◆ ◆
静寂。
一瞬の、完全な静寂。
そして――
ズズズズズ……
大岩が、揺れた。
「……え?」
ヴィヴィが目を見開く。
ザンッ
大岩が、真っ二つに割れた。
紙を切るように。
あまりにもあっけなく。
左右に分かれた岩が、ゆっくりと倒れていく。
ドォン……ドォン……
重い音が、地底湖に響いた。
「嘘……」
ナターシャが呆然と呟く。
しかし、それだけではなかった。
斬撃の余波が、背後の地底湖に達した。
ザァァァァッ!
水面が、割れた。
一瞬、水が左右に分かれ、湖底が見える。
まるで、神が海を割ったという伝説のように。
そして、すぐに水が戻り、激しい波紋が広がった。
「水面まで……!」
リリアが息を呑む。
「レファリア様……これは……」
思わず、胸の前で手を組み合わせる。
これは、人の業ではない。
神の力だ。
「すっ……すごぉぉぉい!!」
ヴィヴィが両手を上げて叫ぶ。
「クレアさん、カッコいい!! 岩がパカーンって!! 水もザバーンって!!」
興奮のあまり、ぴょんぴょん跳ねている。
クレアは、大岩の断面を見つめていた。
滑らか。
鏡のように滑らか。
石を切ったのではない。
まるで――空間そのものを斬ったかのような――
「天羽々斬は、傷一つついていない……」
クレアが呟く。
刀身を見る。
確かに、傷一つない。
あれほどの大岩を切ったというのに。
刃こぼれも、曇りも、何もない。
「……流石は神器だねぇ」
ナターシャが、珍しく真剣な表情で呟いた。
深緑の瞳が、天羽々斬を見つめる。
「あたいが見てきた魔法武器とは、格が違うのさ」
静まり返る一同。
誰も、言葉が出ない。
◆ ◆ ◆
最初に口を開いたのは、ボンノーだった。
「クレアさん」
「は、はい……」
クレアも、まだ動揺が収まらない。
自分の腕が、こんな斬撃を放ったのか。
信じられない。
「その剣技と天羽々斬があれば、接近戦でもオロチの首を討つことが可能かもしれません」
ボンノーの目に、確信の光が宿っている。
「大和の主砲で首を破壊することもできますが、接近戦での切り札があるのは心強い」
「状況によっては、主砲が使えない場面もあるでしょう」
「その時、クレアさんの剣が頼りになります」
クレアは、天羽々斬を見つめた。
あのヨコマールを、一刀で斬れるというのは本当だった。
いや――それ以上だ。
この剣があれば、何でも斬れる。
「ボンノー」
クレアが静かに告げる。
「この剣……確かにお預かりいたしました」
剣を鞘に収める。
カチン、と小気味よい音が響いた。
「あなたの力になれるよう、精進いたします」
「そして――」
クレアが、まっすぐにボンノーを見つめる。
「必ず、オロチの首を斬ってみせます」
ヤマトヒメが微笑んだ。
「ありがとうございます、クレア様」
「では、大和の甲板へ戻りましょう」
光が、再び一同を包み込んだ。
◆ ◆ ◆
甲板上。
夕陽が、西の空を染め始めていた。
地底湖にも関わらず、どこからか夕焼けの光が差し込んでいる。
神域ならではの、不思議な光景だった。
「わぁ……」
ヴィヴィが感嘆の声を漏らす。
甲板を歩きながら、大和を見渡す。
改めてその大きさに、畏怖を感じる。
「甲板の端から端まで、歩くだけでも大変そうですね……」
リリアが呟く。
全長二百六十三メートル。
王都の大聖堂を二つ並べたほどの長さだ。
「この船が……水の上を進むのですね」
クレアが呟く。
「はい」
ボンノーが頷く。
「明日、出航します」
「目指すは、魔島」
夕陽が、大和の黒灰色の船体を赤く染めていた。
三基の主砲塔が、夕焼けの中で静かに佇んでいる。
まるで、鎮座する鋼の戦神のように。
「ねえ、ボンノーさん」
ヴィヴィが袖を引っ張る。
「この船、ヤマトって言うんだよね?」
「はい。大和です」
「大和……」
ヴィヴィが、その名を繰り返す。
「カッコいい名前だね! 強そう!」
「大和は、扶桑の古い呼び名でもあるのです」
ボンノーが説明する。
「つまり、この船は扶桑そのもの……国の魂を宿した船、ということです」
「国の……魂……」
リリアが、大和を見上げる。
「なんと重き名を……」
「ボンノー様は、その船の艦長になられたのですね」
「はい」
ボンノーが頷く。
「重責ですが……皆さんと一緒なら、果たせると信じています」
「兄様、皆様」
ヤマトヒメが告げる。
「そろそろ夕食の時間でございます」
「第二艦橋へ、お戻りくださいませ」
◆ ◆ ◆
第二艦橋。
白いテーブルクロスに覆われた長机に、再び料理が並んでいた。
「今度は何かしら……?」
ナターシャが興味深そうに覗き込む。
「お昼は扶桑の料理でございましたので、夕食はリヴィエラ王国式にいたしました」
ヤマトヒメが微笑む。
テーブルには、見慣れた料理が並んでいた。
焼いた鶏肉に香草を添えたもの。
蒸した野菜のバター和え。
焼きたてのパンと、具だくさんのスープ。
「わぁ、見慣れた料理だ! こっちも美味しそう!」
ヴィヴィが嬉しそうに声を上げる。
「リヴィエラの料理……落ち着きますわね」
クレアも微笑む。
「王宮の厨房で出されるものと、遜色ありませんわね」
「恐れ入ります」
ヤマトヒメが頭を下げる。
「七十年間、バナテールの文化も学んでおりましたので」
「すごいです……ヤマトヒメ様」
リリアが感心する。
「料理まで完璧だなんて……」
「では、いただきましょう」
ボンノーが促す。
「いただきます!」
ヴィヴィが元気よく食べ始める。
穏やかな夕食の時間が流れていった。
◆ ◆ ◆
夕食を終えた頃、外はすっかり暗くなっていた。
地底湖の天井に、無数の光る石が瞬いている。
まるで、星空のように。
「では、皆様を居住区へご案内いたします」
ヤマトヒメが立ち上がる。
「居住区……?」
ヴィヴィが首を傾げた。
「はい。第三艦橋に、皆様のお部屋をご用意しております」
エレベーターで移動。
エレベーターで第三艦橋に到着すると、中央射撃指揮所とは反対側に通路があった。
木目調の壁。
柔らかな照明。
通路の両側には、扉が並んでいる。
船の中とは思えない、落ち着いた雰囲気だ。
「こちらでございます」
ヤマトヒメが一つの扉を開ける。
「わぁ……!」
ヴィヴィが歓声を上げた。
個室だった。
ふかふかのベッド。
真っ白で清潔なシーツ。
窓には、地底湖の幻想的な景色が見える。
そして――
「お風呂まである!」
ヴィヴィが駆け寄る。
浴槽には、すでに湯が張られていた。
湯気が立ち上り、花の香りが漂っている。
「トイレも! しかも綺麗!」
「冒険者の宿とは大違いなのさ……」
ナターシャが感心したように呟く。
「こんな部屋、高級娼館でも見たことないね」
「な、ナターシャさん……!」
リリアが顔を赤くする。
「まるで……高級ホテルのようですわ……」
クレアが呆然と呟く。
「いえ、それ以上かもしれません」
部屋を見回す。
調度品の一つ一つが、丁寧に作られている。
「リヴィエラのどのホテルよりも素晴らしい……」
「皆様それぞれに、個室をご用意しております」
ヤマトヒメが微笑む。
「明日からの戦いに備えて、ゆっくりお休みくださいませ」
ボンノーは、苦笑いを浮かべた。
「これは、本当に大和ホテルですねぇ……」
「大和ホテル?」
リリアが首を傾げる。
「いえ、昔……大和の居住区は快適すぎて、そう呼ばれていたことがありまして」
ボンノーが懐かしそうに言う。
「士官室は特に豪華で、戦艦というよりホテルだと揶揄されていたのです」
「でも、ここまで立派ではありませんでしたが」
「七十年かけて、改良いたしました」
ヤマトヒメが誇らしげに告げる。
「兄様と、皆様が快適に過ごせるように」
「ヤマトヒメちゃん……」
ヴィヴィが感動したように呟く。
「七十年も、ボンノーさんのために準備してたんだ……」
「はい」
ヤマトヒメが微笑む。
「兄様をお迎えする日を、ずっと夢見ておりました」
◆ ◆ ◆
それぞれの個室へ案内された後。
「では、おやすみなさいませ」
ヤマトヒメが一礼する。
「何かございましたら、お呼びくださいませ」
「ありがとう、ヤマトヒメ」
ボンノーが頷く。
「おやすみなさい」
一同がそれぞれの部屋へ入っていく。
「おやすみ、ボンノーさん!」
ヴィヴィが手を振る。
「明日も頑張ろうね!」
「おやすみなさいませ、ボンノー様」
リリアが微笑む。
「良い夢を」
「おやすみ、ボンノー」
クレアが静かに告げる。
その手には、天羽々斬が大切そうに抱えられていた。
「おやすみなのさ、艦長様」
ナターシャがウインクする。
「明日もよろしく頼むのさ」
「おやすみなさい、皆さん」
ボンノーも、自分の部屋へと入った。
◆ ◆ ◆
個室のベッドに腰を下ろす。
ふかふかの感触。
清潔な匂い。
窓の外には、地底湖に浮かぶ大和の姿。
光る石々に照らされて、黒灰色の船体が静かに輝いている。
(明日から……戦いが始まる)
ボンノーは、白い軍服を脱ぎ、丁寧に畳んだ。
椅子の背にかけ、皺を伸ばす。
(ヤツマタノオロチ……四千年の厄災)
(自分たちは、本当に勝てるのだろうか)
不安がよぎる。
相手は、四千年もの間、魔素を吸収し続けた化け物だ。
しかし――
(いや)
首を横に振る。
(仲間がいる)
クレア。
天羽々斬を託された、リヴィエラの姫騎士。
リリア。
レファリア教の聖女。癒しの力を持つ、優しき乙女。
ヴィヴィ。
聖盾士の力を持つ、元気なタンク娘。
ナターシャ。
黒魔法使いにして、頼れる姐さん。
そして、ヤマトヒメと大和。
(自分は、一人じゃない)
ボンノーは、ベッドに横になった。
ふかふかの枕に頭を預け、目を閉じる。
(明日から、本当の戦いが始まる)
(扶桑皇国海軍少尉、新村煩乃として)
(そして……大和艦長として)
(皆を守り、ヤツマタノオロチを討つ)
(それが、自分の使命だ)
静かな眠りが、訪れた。
大和の中で迎える、最初の夜。
鋼鉄の城は、仲間たちを優しく包み込みながら、地底湖に浮かんでいた。
神域の静寂の中で、明日への決意が、静かに研ぎ澄まされていく――
セレスティア滅亡まであと一日




