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ボンノーさまがいく ~異世界で46cm三連砲を撃つ物語~  作者: wok
第4章 扶桑の厄災

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第52話 煩悩耐性

地底湖の静寂を破ったのは、ヤマトヒメの澄んだ声だった。

「兄様、少し試させてください」

巫女装束の袖を整えながら、ヤマトヒメがボンノーの前に立つ。

その瞳は、期待と確認の色を宿していた。

「試す……とは?」

「はい。兄様の魂が本当に、あの頃の兄様に戻られたか――」

ヤマトヒメは小さく微笑む。

「計算をお願いいたします」

「計算……?」

ボンノーが首を傾げた瞬間――

「4294836225÷65535は?」

静寂。

一瞬の間もなく――

「65535」

ボンノーが即答した。

「……ぇ!」

クレアの目が見開かれた。

「今……今、計算したのですか!?」

優雅な所作も忘れて身を乗り出す。

その顔には、驚愕の色が濃い。

「ええ、まあ……」

ボンノーが頭を掻く。

「では、次の問題です」

ヤマトヒメが続ける。

「1048576の平方根は?」

「1024」

次から次へと繰り出される計算問題。

しかし、ボンノーは淀みなく答えていく。

まるで、答えが最初から頭の中にあったかのように。


◆ ◆ ◆


「信じられません……これほどの計算能力を……」

クレアは呆然とボンノーを見つめ、そっと胸に手を当てる。

「わたくしが知っていたボンノーは、優しい僧侶でした」

青い瞳が、複雑な感情を映す。

「でも今、目の前にいるのは……」

頬を僅かに紅潮させながら――

「頭脳明晰で数学の才があり、軍人であった方……」

(カッコいい……これが本当のボンノー……)

心の中で、密かに呟いた。

「ボンノーさま、すごいです……!」

リリアが両手を組み合わせて、目を輝かせる。

「こんな才能をお持ちだったなんて……」

しかし、次の瞬間、少し心配そうな表情になる。

「でも……ボンノーさまは、ボンノーさまですよね?」

優しく微笑みながら、確かめるように見つめる。

「どんなに変わっても、わたしのボンちゃんですから」


◆ ◆ ◆


「えええっ!? なになに!? 何が起きてるの!?」

ヴィヴィがぴょんぴょん跳ねながら騒ぐ。

「数字がいっぱいで、ボンノーさんがすごくて……!」

大きな瞳をさらにまんまるにして、ボンノーを見上げる。

「わかんないけど、とにかくすごい!!」

そして、きらきらした目で叫ぶ。

「ボンノーさん、すごく凛々しい顔してる! かっこいい〜!!」

しかし、ふと不安そうな表情になる。

「でも……ボンノーさん、まだボンノーさんだよね?」

小さな声で問いかける。

「変な人にならないよね?」

ナターシャは細目でボンノーの様子を観察していた。

指をくるくると回しながら、興味深そうに呟く。

「へぇ……これが本来のお坊様なのかい」

プラチナ色の髪を掻き上げる。

「数学者で、軍人で……そしてお坊様」

少し皮肉めいた口調になる。

「随分と複雑な経歴じゃないか」

でも、口元には小さな笑みが浮かんでいた。

「まぁ、悪くないのさ」

そして、真剣な目でボンノーを見つめる。


◆ ◆ ◆


「ボンノーさん、数学者なの!?」

ヴィヴィが驚きの声を上げる。

「それも、相当な……」

クレアが感嘆の息を漏らす。

「バナテールにこれだけの算術能力をもっている人はいないのさ」

ナターシャが的確に分析する。

「でも、優しいボンちゃんは変わりませんよね?」

リリアが心配そうに確認する。

ヤマトヒメが、にっこりと微笑んだ。

「はい。兄様はいつもやさしい兄様でございます」

ヤマトヒメが満足そうに頷いた。

ボンノーは深く息を吐いた。

「久しぶりの数学に夢中になってしまいました。中央射撃指揮所で毎日のように計算していた頃を思い出します」

そして、パーティーメンバーを見回し、穏やかに微笑んだ。

「皆さん、改めて自己紹介させてください」

扶桑皇国海軍式の姿勢を崩さず、しかし優しい声で――

「自分は新村煩乃。京皇大学で数学博士号を取得し、この大和で射撃統制武官として勤めていました」

一瞬、遠い目をして――

「多くの仲間を失い、多くの命を奪いました。その重みを背負って、自分は百八年を生きてきました」

そして、パーティーメンバーを見回し、穏やかに微笑んだ。

「でも――皆さんには、これからも『ボンノー』と呼んでもらえると嬉しいです」


◆ ◆ ◆


「ねえボンノーさん、今って何歳なの?」

ヴィヴィが無邪気に質問する。

ボンノーは少し考えるような仕草をした。

「そうですね……精神年齢は、二十代の頃に戻ったような気がします」

「二十代!? じゃあクレアさんたちと同じくらいだよね!」

ヴィヴィの一言に、クレアとリリアがドキッとする。

(二十代……!)

二人の頬が、同時に赤く染まった。

ナターシャがニヤリと笑う。

「あらあら、これは面白くなってきたのさ」

深緑の瞳が、悪戯っぽく輝く。

「若返ったってことは、煩悩耐性も二十代に戻ったのかい?」

ボンノーの顔が強張る。

「!」

「つまり、百八年分のしがらみが消えて……」

ナターシャが指でボンノーを指す。

「純粋な二十代男子に戻ったってことさ」

クレアとリリアが、ハッとして顔を見合わせる。

(つまり……!)

(それって……!)


◆ ◆ ◆


「ねぇ、お坊様――いえ少尉様」

ナターシャが悪戯っぽく笑う。

「若返ったってことは、煩悩耐性も変わったんじゃないかい?」

ボンノーが警戒の色を見せる。

「な、何を言い出すんですか……」

「ちょっと実験させてほしいのさ」

ナターシャは指を鳴らす。

「クレアちゃん、リリアちゃん。ちょっと協力してくれないかい」

「え? わ、わたくしがですか?」

クレアが戸惑う。

「わ、わたしも……?」

リリアが不安そうに見る。

「大丈夫さ。ちょっと少尉様の両隣に立つだけ」

ナターシャがニヤリと笑う。

気がつけば――

ボンノーの両隣に、クレアとリリアが立たされていた。

「な、ナターシャさん……これは……」

リリアが恥ずかしそうに呟く。

「何をすれば……」

クレアも顔を赤らめている。

「もっと密着するのさ」

ナターシャが指示を出す。

「腕、組んじゃいなよ」

「ええ!?」

二人が声を揃える。

「ちょ、ちょっと待ってください……!」

ボンノーが慌てるが、時すでに遅し。

クレアが右腕に、リリアが左腕に――

そっと身を寄せてくる。

柔らかい感触。

甘い香り。

二人の体温が伝わってくる。

「……っ!」

ボンノーの顔が、真っ赤になる。

「ボンノーさん? 大丈夫?」

ヴィヴィが心配そうに覗き込む。

ボンノーは必死に平静を保とうとしているが――

顔は茹でダコのように赤い。

でも。

鼻血は、出ない。

「やっぱり……」

ナターシャが興味深そうに観察する。

「顔は真っ赤だけど、倒れないのさ」

「鼻血も出ない」

「つまり――」

指でボンノーを指す。

「煩悩耐性ゼロは克服できている。そして――」

「二十代の健全な男子としての羞恥心は、ちゃんとあるってことさ」

クレアとリリアは、まだボンノーの腕に寄り添ったまま。

二人とも頬を真っ赤に染めている。


◆ ◆ ◆


「兄様をいじめるのはここまでにしてくださいませ、皆様」

ヤマトヒメが、救いの手を差し伸べる。

クレアとリリアが、慌てて離れた。

二人とも、まだ少し頬を染めている。

ボンノーは、まだ赤い顔で深呼吸している。

ヴィヴィはワクワクした表情で、ナターシャはニヤニヤしている。

「では、そろそろ皆様を大和へご案内します」

ヤマトヒメが微笑む。

「わたくしの近くに来てください」

一同がヤマトヒメの周りに集まる。

クレアとリリアは、まだ頬に熱を感じながら、そっと距離を取って立つ。

ボンノーは深呼吸をして、ようやく平静を取り戻しつつあった。

ヴィヴィは期待に目を輝かせ、ナターシャは相変わらず口元に笑みを浮かべている。

「皆様、準備はよろしいですか?」

ヤマトヒメが優しく問いかける。

「はい」

全員が頷いた瞬間――

光が、一同を包み込んだ。

温かく、優しい光。

桜の花びらが、光の粒子となって舞い上がる。

次の瞬間、彼らの姿は地底湖から消え――

大和の艦内へと転移していった。


◆ ◆ ◆


地底湖に、静寂が戻る。

ただ、大和だけが静かに浮かんでいた。


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