第0話 扶桑皇国弩級戦艦「大和」
「……茲に特に大和を旗艦とする第二艦隊に沖縄突入作戦を命ず。
新兵器を以て敵を殲滅し、必ず生還せよ。
光輝ある扶桑海軍海上部隊の伝統を発揚し、その栄光を後昆に伝えんことを期す。
各隊は殊死奮戦、敵艦隊を随所に殲滅し、以て皇国無窮の礎を確立すべし」
— 豊田連合艦隊司令長官
◆ ◆ ◆
扶桑は日本とは異なる歴史をもつ。
関ヶ原の戦いで西軍が勝ち、豊臣の治世が続いた世界。
太閤府大老・石田三成公の朱印船貿易拡大策が呼び水となり、
扶桑は海洋国家として長き太平の世を謳歌した。
海こそが国の背骨。艦こそが国の旗。それが国を開いた扶桑の矜持だった。
そして今――
列強との総力戦が迫る中、
その矜持を鋼に刻み、旗を艦に掲げた二隻――
弩級戦艦「大和」と「武蔵」である。
◆ ◆ ◆
ここでボンノーの過去について語るとしよう。
新村煩乃は京皇大学で数学博士号を取得した士官である。学位を手にしたその月、海軍から射撃計算専門士官としての招聘を受け、海軍士官学校へ編入される。
扶桑暦1941年12月16日――二十四歳の誕生日。少尉を拝命し煩乃は大和にて艦隊勤務につく。配属先は中央射撃指揮所。
扶桑暦1943年10月、部下を守るために上官へ異を唱え、江田島陸戦隊へ左遷させられる。一年ほど陸戦訓練やサバイバル技術を江田島少将から叩き込まれる。
扶桑暦1944年11月、江田島陸戦隊としてサマン島上陸作戦に参加。
扶桑暦1945年1月、サマン島より撤退。その経歴を買われ、新兵器の開発武官として皇都第五研究所に派遣される。
扶桑暦1945年4月1日――特務少佐の階級を一時的に付与され、統制射撃の技術士官として、煩乃は大和にふたたび乗り込むことになる。
◆ ◆ ◆
徳山三田尻泊地――4月5日
大和・中央射撃指揮所――
煩乃は新型電波探信儀百式の最終調整に追われていた。
カツ、カツ、カツ……通路に靴音が響く。
やがて第二艦隊司令伊藤長官、森下参謀長、山本先任参謀が中央射撃指揮所へ入ってきた。
煩乃は敬礼する。
「新村君、楽にしてください。明日の出撃前に話を聞きたいと思ってね」
伊藤長官が言った。
「武蔵が航空攻撃で沈められて以来、皇都第五研究所の皆さんは総力を挙げてこの大和を改修してくれた。心より感謝申し上げる」
そう言うと、伊藤長官以下三名は煩乃とともに作業する研究所職員たちへ頭を下げた。
煩乃は胸の内で思う。
(武蔵が沈んだ時、誰もが絶望した。だが扶桑の技術力は列強を凌駕している。開国以来三百三十余年。我々が積み重ねてきた技術の粋――それが今、この大和に結実している)
頭を上げると、伊藤長官は煩乃に質問した。
「まず、新型電波探信儀百式について聞きたい」
煩乃は落ち着いて答えた。
「電波探信儀百式には、八位演算核・Z型《梓》――技術符号:Z八〇甲――と、八位波形核・RP型《楓》――技術符号:RP二甲〇三――を中心とした新技術が組み込まれています」
「従来の十倍の探知精度を誇り、主砲と連動した統制射撃で四十キロ先へ初弾観測後、実効三から四割の命中率を誇ります。条件が揃えば六割の命中率かと」
「六割ですと!?」
山本先任参謀が声を上げた。
「通常の命中率は一分あればよい方です。従来の六十倍とは……信じられません」
森下参謀長が期待を込めた表情で言った。
「もしそれが本当なら、射程の長い大和であれば列強国の戦艦部隊を一方的に砲撃し殲滅できる」
「長官、艦隊戦になれば我らの勝利はほぼ確実です」
「だが……」山本先任参謀が不安げに続けた。「敵航空機隊をどうするかですが」
間があった。
伊藤長官が静かに問う。
「次に、三式弾改七について聞きたい」
煩乃は答える。
「三式弾改七は"刃閃片"と"導炎霧"を主とした新型対空砲弾です」
「刃閃片は扶桑刀材の薄刃コアとマグネシウムの合成素材。敵機の翼桁や操舵索を切り落とし、刺さると発火します」
「導炎霧は新開発された超高濃縮可燃ガス。三式弾改七が炸裂すれば、その一帯は火の海と化します。非常に危険な兵器であり、使用には細心の注意を要します」
「また、数は余りありませんがロケット補助推進の三式弾改七<高天>という超高度専用の対空砲弾もあります」
伊藤長官は静かに確認した。
「つまり、この対空砲弾が敵編隊で炸裂すれば、敵編隊は火の海に包まれると――」
煩乃は引き続き答える。
「理論上は、炸裂した付近にいる敵機は無力化されます。電波探信儀百式との統制射撃により、適切な高度での炸裂が可能です」
森下参謀長が息を飲んだ。
「これならば、敵航空機を殲滅したのちに沖縄沖で艦隊戦に臨むことも可能かもしれません」
山本先任参謀が言った。
「これは期待できます、長官。明日の天一号作戦は扶桑を救うかもしれません」
◆ ◆ ◆
しばらくして、有賀艦長と能村副長がやってきた。
煩乃は再び敬礼した。
「長官、ここでしたか。そろそろ司令部で明日の作戦会議が始まります」
有賀艦長が言った。
「有賀さん、もうそんな時間でしたか。つい、新村君の話に夢中になってしまいました」
伊藤長官は煩乃に振り返った。
「新村君、明日はよろしく頼むよ」
そう言って、長官たちは退出していった。
◆ ◆ ◆
4月6日――午前6時
煩乃は一年と二か月ぶりに艦内神社を清掃していた。
手を合わせ、静かに祈る。
(どうか皆無事でありますように――)
シャラン……
鈴の音が響いた。風もないのに。
そして――
『兄様、お帰りなさい』
澄んだ少女の声が、どこからともなく聞こえた。
「!?」
煩乃は辺りを見回すが、誰もいない。艦内神社にいるのは自分だけ。
(兄様……? 聞き違いか?)
だが確かに聞こえた。まるで、ずっと待っていた人を迎えるような、懐かしさと喜びに満ちた声。
不思議な感覚が胸をよぎる。
◆ ◆ ◆
4月6日――午後3時20分
徳山沖
春の陽光が、瀬戸内海に整列した第二艦隊を照らしていた。
その中心に鎮座するのは、扶桑皇国海軍の誇り――弩級戦艦「大和」。全長263メートル、基準排水量6万5千トン。まさに海に浮かぶ鋼鉄の城だった。
艦橋楼より前方には、46センチ三連装砲塔が二基、後方に一基。合計九門の巨砲を擁する。一発1.46トンの砲弾を42キロ先まで飛ばす、世界最大の艦載砲だ。
艦橋楼の前後には15.5センチ三連装副砲が各1基、計2基。さらに艦全体に配置された対空火器――12.7センチ連装高角砲は12基で24門、25ミリ機銃は三連装52基に単装若干を加えて計162門、13.2ミリ連装機銃は2基で4門。まるで鋼鉄の針山のように、全方位からの攻撃に備えていた。
その大和を旗艦とし、軽巡洋艦矢矧、駆逐艦十隻が、出撃の命令を待っていた。
艦隊放送が始まった。全艦のスピーカーから、伊藤長官の声が響き渡る。
「全将兵に告ぐ」
甲板に整列した水兵たちが、背筋を伸ばした。3千名を超える将兵が、皆、決意を胸に秘めている。
「神機将に動かんとす。皇国の興廃は、この一戦にかかっている」
伊藤長官の声は、静かだが力強い。
「武蔵を失い、誰もが絶望した。だが、我らには列強を凌駕する新しい技術がある。皇都第五研究所が心血を注いだ、電波探信儀百式と三式弾改七。これらが、我らに勝利をもたらすであろう」
煩乃は中央射撃指揮所で、その言葉を聞きながら百式の最終確認をしていた。
「各員奮戦激闘、会敵を必滅し、以て扶桑海軍の真価を発揮せよ」
そして、長官は最後に力を込めて言った。
「これは特攻にあらず。諸君らを必ず、生還させる」
その言葉に、若い水兵たちの目に希望の光が宿った。
「大和、抜錨!」
有賀艦長の号令とともに、大和の汽笛が長く響いた。
15万馬力のタービンが唸りを上げ、4軸のスクリューが海水を激しく掻き始める。6万5千トンの巨体が、ゆっくりと、しかし確実に動き出した。
続いて矢矧、そして駆逐艦たちも汽笛を鳴らす。島風、磯風、浜風、雪風、時雨、初霜、朝霜、霞、冬月、涼月――歴戦の駆逐艦たちが、大和を護るように輪形陣を形成した。
瀬戸内海を抜け、豊後水道へ。そして、運命の沖縄へ――
鋼鉄の艦隊は、夕陽を右舷に受けながら、南へ向かって進んでいった。
◆ ◆ ◆
4月6日――午後8時30分
列強国の潜水艦からの通信を傍受。
「大和、豊後水道を南下中」と平文。
伊藤長官が静かに述べる。
「平文とは、舐められたものだな」
「敵は我々を侮っている。武蔵と同じように沈められると思っているだろう」
そして不敵に笑った。
「だが、我々には切り札がある。新技術を『正しく』使えば、必ず勝てる。勝って、生きて帰る戦いだ」
4月7日――午前11時14分
列強国の偵察機が大和を発見。
偵察機に向けて前部副砲を二度発射。
伊藤長官「これ以上、進路を偽装しても無意味か…進路を沖縄へ」
4月7日――正午半
坊ケ岬から西南西180km付近。分厚い雲が付近を覆っていた。
「電探に感あり!方位140、距離5万!大編隊です!」
電測員が艦内電話で旗艦司令部のある第一艦橋へ報告する。
旗艦司令部では伊藤長官が即座に判断を下す。「敵機と断定。全艦に通達、これより対空戦闘に入る」
旗艦大和のメインマストに『対空戦闘用意』の旗列が翻る。続けて発光信号灯が瞬き、護衛各艦へ指示が走った。
艦内放送が鳴り響く——『敵機影ヲ認ム、配置ニ付ケ』
「距離4万に接近中!推定280機以上!」
中央射撃指揮所では、煩乃が百式の画面を見つめながら《梓》の演算結果を検証している。トランジスタ演算ラックが静かに稼働し、パネルのインジケータが明滅する。射撃諸元は刻々と自動算出されていく。
旗艦司令部から命令が下る。「三式弾改七、発射準備!」
「了解!全砲塔、三式弾改七装填用意!」黒田砲術長が各砲座へ伝達する。
「第一砲塔、了解!」
「第二砲塔、了解!」
「第三砲塔、了解!」
『甲板員ハ艦内ヘ退避セヨ』
ブッ! ブッ!
艦内に主砲発射を知らせるブザー音が鳴り響く。
「距離2万!有効射程内に入りました!」電測員の報告。
煩乃が確認する。「射撃諸元異常なし。全砲塔の連動確認。いつでもいけます」
黒田砲術長が旗艦司令部へ報告。「発射準備完了!」
旗艦司令部より命令。「三式弾改七、撃て!」
ブーーーー……
「全砲塔、撃てぇぇぇ!」
ズガガガァーーーンッ!
凄まじい衝撃波で大和が揺れる。
数秒の無音が大和を支配する。
そして、高度3000メートルの空が、突如として火の海と化した。
三式弾改七が炸裂した瞬間、刃閃片が太陽光を乱反射させながら半径数百メートルに飛散する。続いて導炎霧が引火、三つの巨大な火球が空中に出現した。
「命中!敵編隊、次々と炎上!」
見張り員の興奮した声が伝わってくる。
煩乃は百式の画面を凝視した。さっきまで整然と並んでいた光点が、バラバラに乱れていく。そして次々と、光点が消えていった。
「敵編隊の約7割、撃破!残存機は混乱しています!」
艦内に歓声が上がりかけたが――
「浮かれるな!」黒田砲術長が一喝する。「第二斉射用意!」
ズガガガァーーーンッ!
凄まじい衝撃波で再び大和が揺れる。残機に三式弾改七が炸裂する。
「敵編隊、ほぼ壊滅です。なお数機が本艦に向けて接近中!」
艦内放送が鳴り響く――『近接対空戦闘用意、各砲座、残機ヲ掃討セヨ』
左舷対空砲座群が激しく火を噴く。
ダダダダダ、ダダダダダッ!ドドドドドッ!
生き残った数機も対空砲座群に集中攻撃されて撃墜された。
壊滅する列強国の艦載機をみて喚起する大和乗組員たち、甲板のあちこちで小さな歓声が波のように広がった。
第一波撃破後、旗艦司令部にて――
「見事だ」伊藤長官が呟いた。だが、その表情は引き締まっている。
「全艦隊に通達。単縦陣へ陣形変更」
森下参謀長が驚く。「長官?」
「敵は馬鹿ではない。次は必ず低高度で散開してくる。輪形陣では味方を巻き込む。大和を先頭に単縦陣を組めば、三式弾改七を最大限活用できる」
有賀艦長が感嘆の声を漏らした。「見事な判断です、長官」
一方、中央射撃指揮所では、煩乃が百式による統制射撃データを分析していた。
「次は低高度で来るはず……長官も気づいているだろう」
◆ ◆ ◆
4月7日――午後2時
「電探に多数の感!第一群、方位135、距離5万!」
電測員の声が緊張を帯びる。
「続いて第二群、方位175!第三群、方位210!総数660機以上!」
煩乃が百式の画面を見て顔を引き締める。「やはり高度1000以下か――」
第一波での惨劇を見た敵は、完全に戦術を変えてきた。低高度で散開し、三式弾改七の効果範囲を最小限にする作戦だ。
伊藤長官が静かに命令する。「有賀さん、予想通りだ。よろしく頼む」
有賀艦長はうなづき電話で指示をとばす「対空戦闘用意!各砲塔、目標を分担せよ。第一砲塔は第一群、第二砲塔は第二群、第三砲塔は第三群を狙え」
「距離2万!有効射程内!」
黒田砲術長が各砲座に指示を飛ばす。「各砲塔、割り当てられた目標群に照準!」
煩乃が確認する。「第一砲塔、方位135の第一群。第二砲塔、方位175の第二群。第三砲塔、方位210の第三群。各砲塔個別照準完了」
「第一斉射、撃てぇぇぇ!」
ズガガガァーーーンッ!
9門の主砲が、それぞれ異なる方向に火を噴いた。三つの巨大な火球が、同時に異なる空域で炸裂する。
「効果確認!各群とも被害甚大!」
「距離1万5千!」
「第二斉射用意!」
「撃てぇぇぇ!」
ズガガガァーーーンッ!
再び三つの地獄が空に咲く。散開していた敵編隊だが、三式弾改七の炸裂範囲から完全に逃れることはできない。
「敵編隊、さらに減少!」
「距離1万!」
黒田砲術長が叫ぶ。「敵残存機に照準合わせ!第三斉射!」
「撃てぇぇぇ!」
ズガガガァーーーンッ!
第三斉射が、残存機をほぼ壊滅させた。
だが――
「なお50機程度、煙を抜けて本艦に向け突入してきます!」
敵機が、炎の壁を突破してきた。
「距離5千!」
有賀艦長は電話で指示をとばす「これより近接対空戦闘にはいる!各対空砲座は配置に着け!」
有賀艦長は双眼鏡をつかみ、艦橋最上部・露天防空指揮所へ駆け上がった。
「撃て撃て撃て!」
ダダダダダ、ダダダダダッ!ダンダンダンッ!
対空砲火が激しさを増す。25ミリ機銃、12.7センチ高角砲が火を噴く。曳光弾が空を切り裂き、敵機を次々と撃墜していく。
それでも――
ドォン!
魚雷が左舷に命中。大和が大きく揺れる。
続いて――
ドガァン!
爆弾が後部副砲付近に直撃した。
「被害報告!」
「後部副砲、旋回・発射とも使用不能!火災発生!」
「左舷第二十番から二十四番肋材間、浸水あり!傾斜二度!」
防御指揮所では、能村副長が即座に指示を出す。
「左舷第十九番、第二十五番、水密扉閉鎖!」
「右舷第二主タンク、注水準備急げ!傾斜を戻せ!」
「応急班及び医務科担架隊は、後部副砲塔付近へ向かえ!」
その時――
「駆逐艦朝霜が魚雷を受けました!我が身を盾に大和を守って……」
見張り員の声が震えた。
朝霜は大和に向かう魚雷の前に割り込み、自らが犠牲となったのだ。黒煙を上げながら、速力を失っていく。
伊藤長官が重い決断を下す。「初霜は朝霜の救助にあたれ。大和は止まるな、全速前進せよ」
「しかし長官……」
「我々が止まれば、朝霜の犠牲が無駄になる。沖縄へ急げ!」
煩乃は中央射撃指揮所で、静かに朝霜の方角に向かって手を合わせた。
(朝霜の勇士たちよ、その犠牲、決して無駄にはせぬ)
その間も、対空砲火は止まらない。
ダダダダダッ!
攻撃を終えた敵機が離脱しようとするが、25ミリ機銃が執拗に追い続ける。
「敵機、離脱中!半数以上を撃墜しました!」
見張り員の報告が上がる。
突入してきた約50機のうち、半数以上が大和の対空砲火によって撃墜された。残りは散り散りに離脱していった。こうして、二度目の対空戦闘は終了した。
◆ ◆ ◆
4月7日――午後4時半
中央射撃指揮所から旗艦司令部へ
「距離5万、敵戦艦部隊を探知!」
「16インチ砲を搭載する最新鋭戦艦I型4隻及び旧型戦艦6隻を中心とする艦隊が本艦に接近中です」
電測員より報告が上がる。
伊藤長官は落ち着いていた。
「慌てるな。向こうはまだ我々を射程内にとらえていない」
そして静かに命じた。
「全艦、最大戦速。敵の射程に入る前に叩く。敵艦隊に対して丁字戦法をとる」
「敵艦隊の進路に対し、本艦隊は直角に位置取りします」
茂木航海長が素早く針路を計算する。
「面舵二十! 針路255!」
「面舵二十、ヨーソロー!」
煩乃は中央射撃指揮所で呟いた。「丁字か……東郷元帥ゆかりの、最も美しい戦術だ」
「だが、丁字を維持できるのは約三分。それ以降は同航戦となる」
「初撃を敵の先頭艦を当てることができれば、艦列は乱れ混乱状態になるだろう」
「扶桑の命運をかけた初撃となるか――」
列強国の16インチ砲との射程差3km強、そして伝統的な海戦術の融合。
新旧の技術と戦術が、この瞬間、完璧に噛み合った。
三分で敵も撃てる距離に到達する。その間、大和は主砲を5斉射できる。黄金の三分間。
「距離4万!」
「主砲、一番二番三番、徹甲弾装填完了!」
黒田砲術長が報告する。
伊藤長官が静かに告げた。「第一目標、敵先頭艦。有賀さん、よろしく頼む」
有賀艦長が電話で力強く発する
「これより砲撃戦に移る!全主砲、統制射撃を開始せよ!」
煩乃は百式の画面を凝視した。《梓》が弾き出した射撃諸元に間違いはない。風向き、気温、湿度、そして敵の予測進路。全てが数式の中にある。煩乃は速算で検証し射撃諸元を素早く入力する。
黒田砲術長の怒号が響く「撃てぇぇ!」
9門の46センチ砲が火を吹いた。
ズガガガァーーーンッ!
全主砲から黒煙が吹き上がる!
「第二射、装填急げ!」
黒田砲術長の号令が飛ぶ。
35秒後――
二度目の雷鳴!轟音と衝撃で大和が激しく振動する!
そして1分半後――
「弾着、今!」
水柱。そして、敵先頭艦から黒煙が上がった。
「3発、命中!命中です!」
I型戦艦の甲板に直撃した1発の徹甲弾が艦底まで貫く!
「敵先頭艦、速力低下!艦列が乱れ始めました!」
煩乃が呟く。「計算通りだ」
「命中!敵二番艦にも4発命中!」
伊藤長官が静かに言った。「よし、このまま各個撃破する」
黄金の三分間。それは列強国艦隊にとって、地獄の三分間となった。
「距離3万8千!」
第三斉射、第四斉射と続き、列強国艦隊は大混乱に陥った。
「敵艦隊、煙幕展開!回頭を始めました!」
「逃がすな。第五斉射用意」
そして三分が経過。
「距離3万5千!本艦は敵の射程内に入りました!」
ついに敵艦隊も反撃を開始した。16インチ砲の砲弾が大和の周囲に水柱を上げる。
だが、すでに勝負は決していた。10隻の戦艦のうち、4隻が炎上または航行不能。速度の遅い旧型戦艦は、大和を射程内にとられることができずにいた。
第六斉射から第十斉射――
黄金の三分間を過ぎてなお、大和の砲撃は続いた。
列強国の戦艦が次々と火の海に包まれていく。
一時間経過――
列強国の戦艦はすべて轟沈または大破。生き残った数隻の軽巡洋艦と駆逐艦は白旗をあげて降伏の意思を示した。
伊藤長官が静かに告げた。「有賀さん、そろそろ頃合いでしょう」
有賀艦長が命令を下す。「砲撃を停止せよ」
伊藤長官が森下参謀長に指示をだす。「駆逐艦二隻を残して、敵兵の救助を支援してください」
森下参謀長は駆逐艦「冬月」「涼月」に救助支援の指示をだす。
こうして沖縄沖海戦は終了した。
◆ ◆ ◆
煩乃は中央射撃指揮所で、新たな統制射撃のデータの分析を始めている。
「なんとか勝てたか……」
いままで固かった煩乃の表情が柔らかくなった。
黒田砲術長が近づいてきた。「新村特務少佐、お前さんの計算のおかげだ」
「いえ、皆の練度があってこそです」
夕陽が西の水平線に沈もうとしていた。海面を赤く染めながら。
「沖縄沖海戦」―後に歴史家はこの戦いを「最後の艦隊決戦」と呼ぶことになる。
◆ ◆ ◆
4月7日――午後8時
夜の闇が海を覆った頃、大和は沖縄沿岸に到達していた。
「列強国上陸部隊を確認!北谷から読谷にかけての西海岸一帯!」
「まもなく大和の射程圏に入ります」
電測員の報告に、伊藤長官が頷いた。
「有賀さん、敵上陸部隊への攻撃を開始してください」
有賀艦長が命令を下す。「全主砲、三式弾改七装填!目標、敵上陸地点!」
煩乃が諸元を調整する。「陸上目標のため、時限信管に設定。炸裂高度、地表100メートル」
黒田砲術長の怒号が響く!
「撃てぇぇぇ!」
ズガガガァーーーンッ!
46センチ砲から放たれた三式弾改七が、放物線を描いて沖縄の海岸線に降り注ぐ。
数十秒後――
地獄が地上に現出した。
刃閃片が炸裂し拡散した導炎霧に引火、上陸地点全体が巨大な火の海と化す。テント、物資集積所、M型戦車――すべてが紅蓮の炎に包まれた。いたるところで火球が発生し、まるで地獄絵図のような光景が広がる。
「効果甚大!敵上陸部隊から火災多数発生!」
「第二射発射準備急げ!」
大和から容赦のない三式弾改七が降り注ぐ。
◆ ◆ ◆
4月7日――午後8時半
煩乃が百式の画面を見て顔色を変えた。
電話を通して旗艦司令部へ報告する。
「長官、緊急事態です!」
「距離1万、方位230、深度10メートルに敵潜水艦5隻を探知!」
潜水艦――それは戦艦にとって最も厄介な敵だ。
伊藤長官は即座に判断を下した。
「矢矧に水雷戦隊を率いて対処させる」
そして、煩乃に直接指示した。
「新村特務少佐、平文で構いません。敵潜水艦と魚雷の位置情報を矢矧に送り続けてください」
「了解しました!」
煩乃は無線機に向かった。暗号化している時間はない。
「こちら大和。矢矧、応答願います」
「こちら矢矧、どうぞ」
軽巡洋艦矢矧から、声が返ってきた。
「これより敵潜水艦の位置情報を送り続けます。矢矧から距離8000、方位232、深度10メートルに敵潜第一。距離7500、方位235、深度15に敵潜第二――」
煩乃の声は冷静で、的確だった。百式の画面に映る敵潜水艦の動きを、リアルタイムで伝え続ける。
「敵潜第一、魚雷発射準備の動きあり!標は大和。魚雷予測進路050、30秒後に発射と推定!」
「了解、回避行動を取る!」
矢矧を中心とした水雷戦隊――駆逐艦「島風」「磯風」「浜風」「雪風」「時雨」「霞」が、煩乃の指示に従って正確に動く。
「敵潜第三、浮上の兆候!方位240!」
「爆雷投下用意!」
チャキッ……「投射!」ドンッ! ドンッ!
扶桑海軍で最速艦島風の爆雷が次々と海中で炸裂する。
ボゴォン! ボゴォン!
水柱が上がり、やがて重油と残骸が浮かび上がってきた。
「敵潜第一、撃沈確認!」
続いて、呉の雪風、佐世保の時雨と異名をもつ二隻の駆逐艦の爆雷が敵潜第二、第三に襲いかかる。
ボゴォン! ボゴォン! ボゴォン! ボゴォン!
煩乃は休むことなく情報を送り続けた。まるで海中が透けて見えるかのような正確な指示。それは百式があってこそ可能な、神業的な対潜戦闘指揮だった。
30分後――
「敵潜水艦、全艦撃沈!」
矢矧からの報告に、大和旗艦司令部に安堵の空気が流れた。
「味方の被害は?」
「大和からの的確な指示のおかげで、被害なしです」
伊藤長官が静かに呟いた。
「新技術があっても、使いこなす者が要る。新村君に感謝しよう」
◆ ◆ ◆
4月8日――午前6時
朝日が東の水平線から昇り、海を黄金色に染めた。大和の旗艦司令部では、夜通し戦闘を指揮した将兵たちに、静かな安堵が広がっていた。
「通信長、連合艦隊司令部及び沖縄守備隊へ打電」
伊藤長官の命を受け、通信士が電鍵を叩く。
「発信は平文で構いません。もはや秘匿の必要もあるまい」
『天一号作戦成功。敵艦隊ヲ撃滅シ、上陸部隊ニ大打撃ヲ与ヘタリ。コレヨリ呉ニ帰投ス』
わずか数分後、沖縄からの返信が入る。
『貴艦隊ノ奮闘ニ深謝ス。皇国ノ守護神タル大和ノ勇姿、全将兵感激セリ。武運長久ヲ祈ル。第三十二軍司令官 牛島満陸軍中将』
旗艦司令部に詰めていた幕僚たちの顔に、初めて笑みが浮かんだ。
伊藤長官が森下参謀長に静かに命じる。
「全艦に通達。第三警戒序列を取り、呉へ帰投する」
森下参謀長が指示を電信員に伝える。
伊藤長官が静かに呟いた。
「生き残った将兵たちは必ず扶桑へ生還させる」
朝日を背に受けながら、傷ついた鋼鉄の城は、故郷への道を進み始めた。
◆ ◆ ◆
4月8日――午後1時
茂木航海長が定時の報告を上げる。
「針路20、速力15ノット。呉まであと二百海里です」
誰もが安堵し始めた頃だった。
「電探に感あり!方位160、距離5万!高度1万2千!」
電測員の声が旗艦司令部の空気を一変させた。
「大編隊です!推定100機以上!」
煩乃が百式の画面を凝視する。
「B型戦略爆撃機……サマン島から飛来したものと思われます」
伊藤長官が静かに告げた。
「報復か。敵にも意地がある」
有賀艦長が即座に戦闘配置を命じる。
「対空戦闘用意!三式弾改七〈高天〉装填!」
黒田砲術長が各砲座に指示を飛ばす。
「超高度爆撃機だ!三式弾改七〈高天〉を使うぞ!」
「距離2万!まもなく有効射程!」
煩乃が射撃諸元を算出する。
「高度1万2千、気温マイナス40度、気圧と風速を考慮……」
「第一斉射、撃てぇぇぇ!」
ズガガガァーーーンッ!
9門の主砲が、火を噴いた。高空にてロケットブースターが推進力を付与する。
45秒後――はるか上空で、小さな閃光が瞬いた。
「効果確認!敵編隊、混乱!」
成層圏近くの高度で、三式弾改七〈高天〉が炸裂。希薄な大気の中でも、導炎霧は恐るべき効果を発揮した。
「距離1万7千!高度1万1千!」
「第二斉射、撃てぇぇぇ!」
ズガガガァーーーンッ!
再び、空の頂で地獄の華が咲く。B型爆撃機の巨体が、次々と炎に包まれて落下していく。4発エンジンが火を噴きながら、きりもみ状態で海面に向かって墜ちていく。
「敵編隊、半数以上撃墜!」
「距離1万3千!」
煩乃が射撃諸元を算出する。
「高度1万……仰角45度、主砲最大仰角です!」
黒田砲術長が叫ぶ。
「第三斉射!これで最後だ!」
「撃てぇぇぇ!」
ズガガガァーーーンッ!
最後の斉射が、残存する爆撃機を全滅させた。高度1万メートルの空が、火の粒で満たされる。まるで真昼の花火のような、凄惨な光景だった。
「敵爆撃機、全機撃墜確認!」
艦内に歓声が上がる。
煩乃は静かに呟いた。
「三式弾改七〈高天〉……恐るべき威力だ」
伊藤長官が頷いた。その表情には、勝利の安堵と、失った命への悼みが混じっていた。
「朝霜の勇士たちの犠牲……そして多くの若い命を失った。だが、これでこの大戦が終わる。彼らの死を、決して無駄にはせぬ」
そして静かに目を閉じ黙祷した――
「針路、呉へ」
◆ ◆ ◆
4月9日――午前6時
呉軍港
朝靄の中、傷ついた大和がゆっくりと呉軍港に入港する。
朝日の陽光が大和を照らし、傷ついた装甲板さえも誇らしげに輝かせた。
傷ついた鋼鉄の巨体が、まるで凱旋する英雄のように輝く。砲身に残る硝煙の跡も、装甲板の焼け焦げも、全てが勲章のように朝日に照らされていた。
左舷に傾斜の痕跡、後部副砲は破壊されたまま。
しかし、確かに生きて帰ってきた。
呉軍港に歓声があがる。
「長官、約束通り、生還しました」
有賀艦長の言葉に、伊藤長官は静かに頷いた。
◆ ◆ ◆
6月1日――
沖縄での壊滅的損害と扶桑の新技術を目の当たりにした列強国は扶桑皇国に対して講和を打診する。
大和及び新技術を封印することを条件に講和が成立。扶桑皇国はぎりぎりのところで救われた。
扶桑暦1945年8月15日――
大和は封印の地である明光池へ 海につながらない淡水湖は二度と戦地に赴かない誓となっている。
◆ ◆ ◆
煩乃は軍を除隊後、修行僧として各地を転々とする。その過程で宝蔵院流棒術を免許皆伝まで学ぶ。
終戦から10年後のある日、明光池に封印されていた大和が忽然と姿を消す。
同じ頃、煩乃は明光池のほとりにある大煩寺にて正式に仏門に入った。
それから七十年――
108歳の春、桜の咲く明光池のほとりで、煩乃は静かに目を閉じた。
そして――
目を開けた時、そこは異世界だった。
月明かりに照らされた、見知らぬ森の中で。
第1話に続く




