第50話 拙僧、戦女神と弩級戦艦「大和」に邂逅す
九月八日、午前十時――
戒厳令下にあるため西門は閉鎖されていたが、クレアが守衛に一声かけると西門は開かれた。
門を抜けると、右側には広大な海が広がっている。潮の香が鼻をくすぐり、海風が髪を撫でていく。遠くで海鳥が鳴いていた。
一行は徒歩で西へと向かう。
「なんだか、久しぶりの冒険って感じがするのさ」
ナターシャが伸びをしながら笑った。
「ずっと、城下の中だったからね」
ヴィヴィも同意する。
「今は姫殿下ではなく、ただのクレアですわ」
クレアが海を見ながら、柔らかく微笑んだ。
「そうですね、"姫殿下"」
リリアが少しからかうように言う。
「もう、"聖女様"ったら!」
クレアが頬を膨らませる。笑い声が海風に乗って消えていった。
◆ ◆ ◆
一時間ほど歩き、岬に到着した。
岬の西側には聖河アレムが海へと繋がっており、青い海と清流が混ざり合っている。
その時――
シャラン――
鈴の音が響いた。
「兄様とお連れの皆さま、こちらです」
澄んだ少女の声。ボンノーだけでなく、他のメンバー全員にも聞こえた。
「今の声……」
「どこから……?」
戸惑う一同の前で、空気が揺らいだ。
光が集まり――
朱色の鳥居が出現した。
「これは……鳥居……!」
ボンノーの胸が高鳴る。懐かしい。あまりにも懐かしい。前世で何度も見た、神域への入口。
「これは扶桑の……神域への入口じゃ……!」
前世で見た、あの鳥居。懐かしさが胸を突く。
◆ ◆ ◆
朱色の鳥居をくぐると、地下へと続く石階段があった。
石段を降りていく。約五メートルおきに朱色の鳥居が立ち並び、まるで京の伏見稲荷のように連なっている。
「すごい……まるで別世界みたい」
ヴィヴィが目を輝かせる。
「ここは……バナテールの魔法法則とは違う感じがするのさ」
ナターシャが周囲を見回しながら呟いた。
不思議なことに、地下にもかかわらず採光がうまく取り込まれており、地上とほぼ変わらぬくらいに明るい。
ボンノーたちは一段一段、踏みしめるように降りていく。
(この感覚……神域へ向かう参道……)
胸の奥が熱い。これは郷愁か、それとも――
石段を降り続け、やがて最下層に辿り着いた。
そこには――
「……桜……?」
九月八日にもかかわらず、扶桑の桜の木が満開に咲き誇っていた。
そして、扶桑の田園風景が広がっている。
ボンノーの足が、止まった。
水田にはココヒカリが黄金色に実り、畑には扶桑の野菜が数多く育っている。
「これは……」
喉が詰まる。目頭が熱くなる。
「これは、扶桑の田園地帯と変わらぬ……!」
桜の花びらが風に舞い、水田に舞い降りる。春と秋が融合した、神域ならではの光景。
(なぜ……なぜ、ここに扶桑由来のものが……)
錫杖を握る手が震えた。前世で見た、あの懐かしい故郷の風景が、この異世界の地底に広がっている。
「これが……扶桑の風景。美しいですわ」
クレアが息を呑んで呟く。
「神聖な気配を感じます...ここは特別な場所ですね」
リリアが静かに言った。
◆ ◆ ◆
しばらく進むと、地底湖が広がっていた。
湖面は静かで、桜が水面に映り込んでいる。
そして――
湖のほとりに、一人の少女が待っていた。
十歳くらいの少女。紅白の巫女服に身を包み、太陽とその放射光をかたどった金の髪飾りをつけている。
少女は、穏やかに微笑んだ。
「八十年ぶりです。兄様」
「……っ!」
ボンノーの全身に、雷が走った。
八十年――
八十年前といえば、大東亜大戦が終戦を迎えた年。
まさか――この少女は、拙僧を知っているのか。前世の拙僧を。
「お主は……まさか……」
声が震える。心臓が激しく打つ。
「私は扶桑の大神アマテラスの子にして戦女神ヤマトヒメと申します」
少女は優雅に一礼した。
「ここで、兄様をずっと待っておりました」
少女――ヤマトヒメが、ゆっくりと湖を指さした。
「どうぞ、ご覧ください」
ボンノーが湖を見る。
この地底湖の形――
(これは……明光池……!?)
前世の記憶が鮮明に蘇る。扶桑にあった、あの明光池。湖畔に桜が咲き、水面に月が映った、美しい池。
そして――
湖面に、巨大な影が映った。
「……まさか……」
ボンノーの声が掠れる。息ができない。
黒灰色の巨体。四十六センチ三連装主砲三基。菊花紋章が艦首に輝く。
扶桑皇国を破滅から救った艦。
扶桑の魂を注ぎ込んだ弩級戦艦。
そして、終戦から十年後――明光池から忽然と消えた、封印されし戦艦。
「大和……!」
叫んだ瞬間、涙が溢れた。
拙僧は――この艦を、知っている。
前世で、この艦に乗っていた。電波探信儀百式で主砲統制射撃を担当し、沖縄の海で戦った。
共に戦った戦友たちの顔が蘇る。あの日々が、今、目の前にある
湖の中央に、戦艦『大和』が静かに浮かんでいた。
「兄様」
ヤマトヒメが優しく微笑む。
「お帰りなさいませ」
静寂の中、桜の花びらが一片、湖面に落ちた――




