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ボンノーさまがいく ~異世界で46cm三連砲を撃つ物語~  作者: wok
第3章 王都決戦

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第40話 拙僧、蛇人兵の正体を知る

九月二日、朝。

王都セレスティア、騎士団長屋敷――

重苦しい空気が大広間を支配していた。

朝だというのに、一同は大広間に集まっている。本来なら朝食を済ませている時刻だが、今日は違った。

早朝に入った報せが、屋敷の空気を一変させていたのだ。

ソフィアは肘掛椅子に深く沈み込んでいる。血の気の失せた唇が、わずかに震えていた。

アベルトが妻の手を両手で包み込む。

その指先が、かすかに震えた。


リリアは、アベルトの治療を続けている。

『白ノ五式・セイントリジェネレーション!』

リリアの詠唱と共に、淡い金の光がアベルトを包み込んだ。

いつもより柔らかく、そして長く残る光――明らかに質が変わっている。

「……リリア」

クレアがそっと近づいた。

「今の呪文、『聖』と聞こえましたが」

「はい……今朝から使えるようになったみたいで」

リリアは視線を落とし、耳まで赤く染めた。

「その……加護が、濃くなった感じがして……」

アベルトの顔に血色が戻っていく。震えも止まり、呼吸も深くなった。

彼は立ち上がる。まだ不安定だが、自力で歩けるまでに回復していた。

「感謝する、聖女様」

アベルトは妻に向き直った。

「ソフィア、私は午後から職務に復帰する」

「でも、旦那様……まだお体が……」

ソフィアが心配そうに見つめる。

「父である前に、陛下に仕える騎士だ。この都を守る務めを放棄することはできぬ」

鋼のような意志が、青い瞳に宿っていた。


扉を叩く音が響いた。

「旦那様、ミケケという医師が面会を求めております」

侍女の慌てた声が続く。

「ミケケ? 初めて聞く名だが……」

アベルトが首をかしげた。

「拙僧らの仲間でございます」

ボンノーが説明する。

「お通しいただけますか」

「分かった。通せ」


数分後、小柄な"医者"が大広間に姿を現した。

白衣に医療鞄――だが、その正体は。

「また会ったにゃ、変態坊主」

ミケケの声に、場の空気がわずかに緩んだ。

朝の添い寝騒動の直後だけに、その呼び名は妙にしっくりきていた。

「ミケケ殿……」

ボンノーは苦笑した。


「吾輩は灰銀の牙のリーダー代理として参ったにゃ」

ミケケが帽子を脱ぎ、三毛柄の耳をぴこぴこと動かした。

「ザリオは騎士団を追放された身だから、団長に会うのはバツが悪いって言ってたにゃ」

「そうか……」

アベルトの表情が曇る。有望な部下だっただけに、複雑な心境だった。

「それで、まず最初に大切なことを伝えるにゃ」

ミケケのスカイブルーの瞳が輝いた。

「エルナ・フォン・アルセイン嬢を保護してるにゃ!」


「なんですって!?」

ソフィアに生気が戻った。立ち上がりかけて、よろめく。

「エルナが……エルナが無事なの?」

「はいにゃ。昨夜、港の廃棄された砂浜エリアで救出したにゃ。今は灰銀の牙のアジトで保護してるにゃ」

アベルトが深く息を吐いた。肩から力が抜けていく。

「ミケケ殿……感謝する」

騎士団長が深々と頭を下げた。

「我が娘を救ってくれて、本当にありがとう」


ミケケが昨夜の詳細を語ろうとした、その時――

扉の外からノックが響いた。

「ライハルト様がお見えです」

「通せ」

軍服姿の男が入ってきた。

ライハルト歩兵大隊司令官――背は並だが肩幅は広く、煤色の髪を短く刈り込んだ典型的な軍人。灰鉄色の眼がアベルトを見据えた。

「アベルト……復帰したか」

そして室内を一巡し、クレアを認めると踵を揃えた。

「姫殿下、ご無事で何より」

右拳を胸に当て、深く敬礼する。

「エルナ様の身を案じ、朝の訓令を終えて直ちに馳せ参じました」


各々が自己紹介を終えた後、ミケケが昨夜の出来事を詳しく語り始めた。

「港湾区の廃棄された砂浜で張り込んでたら、認識阻害の術式を纏った馬車が現れたにゃ。蛇の頭をした怪物が、眠らされた女性たちを降ろしていったにゃ」

「蛇の頭を……?」

アベルトが眉をひそめる。

「女性たちが砂浜に放置されてしばらくすると、海から謎の船が現れたにゃ! そこから更に蛇頭の怪物とスケルトンが上陸してきたにゃ!」

「スケルトンも……」

ライハルトが冷静に分析する。

「組織的な動きですな」

「戦闘になって、なんとか海からの脅威を退けたにゃ。女性十名を保護して、その中にエルナ嬢もいたにゃ」

ソフィアが胸を押さえた。

「よかった……本当によかった……」

「それで、その舟なんだけど……」

ミケケが困惑の表情を浮かべる。

「見たことのない形をしてたにゃ。証拠として確保したから、一度見てもらいたいにゃ」

「真偽を確かめるため、灰銀の牙のアジトへ向かおう」

アベルトが立ち上がった。

「馬車を用意させる」

ボンノーが一歩前に出た。

「では、拙僧はローブを深くかぶり、御者として同行いたします」

「では、わたくしも――」

「私も――」

「あたいも行くのさ」

「護衛なら任せて!」

複数の声が重なり、場がざわめいた。

その空気を、ライハルトの低い声が断つ。

「いえ、少数で動きましょう。大げさにすれば、かえって注目を集めます」

アベルトが頷いた。

「向かうのは私とライハルト、そして御者としてボンノー殿で足りる」

ボンノーがクレアに視線を送り、全員を見渡した。

「クレア殿、リリア殿、ナターシャ殿、ヴィヴィ殿は――ソフィア殿の護衛を」

「承知しました。ソフィア様をお守りします」

クレアが即答し、他の三人も頷いた。

◆ ◆ ◆

ミケケを先に帰らせてから一時間後――

アベルト屋敷の馬車が、港湾区の『錨と樽』の前に停車した。

御者席のボンノーは、深いローブで顔を隠している。

「こちらです」

ザリオが現れ、一行を屋敷の中へと案内した。

「兄貴……」

「無事で何よりじゃ、ザリオ殿」

ボンノーが軽く会釈する。

◆ ◆ ◆

アジト『錨と樽』にて――

アベルトとザリオが対峙した。

「アベルト様……」

ザリオの顔に気まずさが浮かぶ。

「ザリオ」

アベルトが頭を下げた。

「娘を救ってくれて、心から感謝する」

「そんな……頭を上げてください」

ザリオが慌てる。

「俺は……騎士団を追放された身……」

「その追放が不当なのは承知している。お前を陥れたのはヨコマール派の連中だ。あの時は守れなくてすまなかった」

アベルトは拳を胸に当て、深く頭を垂れた。


次に、救出された女性たちの証言を聞いた。

バスタなどの地方都市からシスター見習いとして連れて来られた者が七名。

王都で拉致された者が三名。

「……シスター見習いとして大聖堂へ来た者を、砂浜で寝かす道理はない」

アベルトが静かに疑義を呈した。

「怪物を使役した誘拐、海上搬出……人身売買の線も考えられるが、別の意図もありそうだ」

ライハルトが分析する。

「ヨコマール枢機卿は二十年前の魔島調査隊で、ただ一人生還した男。まさか、魔島へ送っていたのでは」

その中に、エルナもいた。

「お父様……」

エルナが涙ぐみながらアベルトに飛び込んだ。蜂蜜色の髪が父の胸元で揺れる。

「よかった……本当に、よかった……」

アベルトは娘を強く抱きしめ、短く目を閉じた。

「まずは現場を見に参りませぬか」

ボンノーが提案する。

「俺たちはアジトで女性たちを守っています」

ザリオが即答した。

「ユリス、ネルム、ドランと俺で護衛についてるので、ミケケだけ案内に同行させます」

こうして、アベルト、ライハルト、ボンノー、ミケケの四名は昨夜の現場へと向かった。

◆ ◆ ◆

廃棄された砂浜エリア――

そこには確かに、見慣れない舟が係留されていた。

「これは……」

ボンノーが息を呑んだ。

舟の形状、発動機の構造――

「大発に酷似している……」

「大発?」

ライハルトが首をかしげる。

「扶桑海軍で使っていた上陸用舟艇です」

ボンノーの声に驚きが滲んだ。

「扶桑?」

アベルトが眉をひそめる。

「聞いたことがない国ですな」

ライハルトも同じ反応だった。

ミケケも小首をかしげている。

「扶桑はこの世界にはございません。拙僧は扶桑から輪廻転生してこの世界にやってまいりました」

ボンノーが正直に答えた。

アベルトとライハルトが顔を見合わせる。輪廻転生という聞き慣れない言葉に、驚きを隠せなかった。

「今はそれより――なぜ扶桑の大発が……?」


ボンノーは瘴気漂う舟を詳しく調べた。

「船体の構造は確かに扶桑の大発……しかし、発動機が違う」

扶桑のものとは異なる発動機が、船の後部に設置されていた。

「詳しくは分かりませんが、何らかの改造が施されているようです」

砂浜には、蛇の頭をもった怪物の死体も転がっている。

「この蛇頭の怪物を……便宜上『蛇人兵』と呼ぶことにしましょう」

ボンノーの提案に、一同が頷いた。


ボンノーは大発について説明を続けた。


大発動艇だいはつどうてい/略称:大発】

艦船からの上陸作戦に用いる舟艇。全長約14メートル、幅約3メートルの平底船で、砂浜に直接乗り上げることができる。船首の跳ね橋を下ろし、兵員や物資を迅速に揚陸する。


アベルトとライハルトは、興味深げに耳を傾けた。

「セレスティアの北方の海は広大で、北には瘴気深い魔島しかありません」

ライハルトが付け加えた。

「魔島……」

アベルトが呟く。

現場検証を終えた四名は、重い沈黙の中に立っていた。

ボンノーが静かに結論を述べる。

「ヨコマール枢機卿は蛇人兵を使い、女人と赤魔石を魔島へ送っている――と見てよい」

ミケケが顎に手を当てた。

「状況証拠を積み上げれば、ほぼ魔島行きと見ていいにゃ」

「二十年前の魔島調査団の唯一の生き残り……」

アベルトが苦い表情を浮かべる。

「あの時から、すべてが始まっていたのかもしれぬ」

ライハルトが軍人らしい冷静さで結んだ。

「組織的な女性の拉致、蛇人兵、そして魔島への輸送――線は繋がった。だが、動機が読めぬ」

一拍置き、低く続ける。

「このまま手をこまねけば、王国は滅ぶ。ヨコマールは化け物どもと通じている」

アベルトが拳を握りしめた。

「ゆえに、ヨコマール枢機卿は一刻も早く討たねばならない」

「……もはや他に道はない」

ライハルトが決意を込めて言った。

◆ ◆ ◆

現場検証を終えた一行は、エルナを連れてアベルト屋敷に帰還した。

玄関扉が開くなり、奥の廊下からソフィアが駆けてきた。

「――エルナ!」

声が震えている。次の瞬間、ソフィアは娘を強く抱きしめた。

「……お母さま」

エルナの小さな肩が、腕の中でかすかに強張る。塩気の匂いが混じった衣の襟に、涙がぽつぽつと落ちた。

「無事で……本当に、無事でよかった……」

「ごめんなさい。心配、かけて……」

「いいの。今は、何も言わなくていいのよ」

ソフィアは離したくないとばかりに、もう一度娘を抱き寄せた。

震えはゆっくりと静まっていく。

張り詰めた空気がふっとほどけ、いつもの温もりが戻ってきた。

アベルトは二人のそばへ歩み寄り、そっと妻と娘の手を重ねた。

目の奥の翳りに、決意の光が宿る。

「私は午後から公務に復帰する。ヨコマールを討つまでは、家には帰らない」

ライハルトが頷いた。

「わかった。お前の隣に立つ」

「私も本部に戻り次第、灰銀の牙の屋敷とアベルト邸へ歩兵小隊を派遣し、護衛に当たらせます」

ライハルトはクレアに向かって胸に拳を当て、一礼した。そしてアベルトの隣に進み出る。

「同じ軍人として――協力する」

「ボンノー殿」

アベルトがボンノーに向き直った。

「明日、姫殿下とともに騎士団本部へ来ていただきたい。軍議にご参席願いたい」

「承知いたしました」

◆ ◆ ◆

夕刻――

大聖堂の鐘楼から、重い鐘の音が七回響いた。

ゴォォォン――

七度目の鐘の音。

戒厳令発布から七日。あと七日で十四度目の鐘が鳴る。

民衆は解放を待ち望んでいる。

だが、それが終わりの時を告げる鐘だということを、誰も知らなかった。

◆ ◆ ◆

夜、リリアの部屋――

ノックののち、扉が静かに開く。

クレアが一歩、部屋へ入った。枕元の灯が、二人の影を壁に重ねる。

向かい合って腰を下ろす。

クレアが口を開いた。

「リリア」

「はい、クレアさん」

枕元の灯りが小さく揺れ、影が伸びる。

「わたくしは――ボンノーが好きです」

真っ直ぐな宣言だった。

「結婚して、王になっていただきます」

リリアは一度だけ瞬きをして、微笑んだ。

「わたしも……ボンちゃんが"大"好きです」

「ボンちゃんと結婚して、ボンちゃんには教皇さまになっていただきます」

視線が絡み、部屋の音が一拍止まる。

短い沈黙の後、クレアが静かに頷いた。

「では――わたくしたちは恋のライバルということですね」

「……うん。逃げません、クレアさん」

クレアが少し身を乗り出した。

「耳を貸していただけます?」

リリアがそっと近づく。

クレアが小声で囁いた。

「……ヨコマールを討てた暁には――ごにょごにょ……」

「っ……!」

リリアの耳まで真っ赤になった。

「ほ、本当に……二人で?」

「ごにょごにょ……」

言い切った後、クレアの頬も同じ色に染まった。

数呼吸の静けさ――そして、二人は同時にふっと笑う。

「リリア、明日もがんばりましょう」

「はい、クレアさんも」

部屋に残ったのは、灯りのやわらかな明滅と、二人の決意だけだった。


――セレスティア滅亡まで、あと七日――

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