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ボンノーさまがいく ~異世界で46cm三連砲を撃つ物語~  作者: wok
第3章 王都決戦

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第36話 拙僧、王都の情勢を知る

王都セレスティア――レファリア教団大聖堂

礼を略して扉が開き、侍従長が片膝をついた。

「ヨコマール枢機卿猊下、至急の報せにございます」

「何事じゃ」

ヨコマールは執筆していた羽ペンを置き、爬虫類めいた細い目で部下を見据えた。50代半ばの端正な顔に、表情はない。

「昨日の夕刻、東の検問所が何者かに突破されました。神殿騎士十名全員が木に縛られた状態で発見されております」

「ほう……」

黒い指輪が、淡く紫の光を放った。

「生きておるか、その者どもは」

「はっ。全員無事ですが、記憶が曖昧で……睡眠魔法をかけられたようです」

「ふむ」

ヨコマールは立ち上がり、小雨に煙る窓から王都セレスティアの街並みを見下ろした。

(昨日の東の検問所……あと八日でセレスティアは壊滅する。その前に、些細な虫けらが紛れ込んだか)

しかし、何かが引っかかる。胸の奥で、小さな棘のように。

(まさか、リリアが……いや、あの娘は死んだはず。ガルドが始末したと)

「ライハルトを呼べ」

「はっ」

しばらくして、歩兵大隊長ライハルトが入室した。煤色の髪を短く刈り、額に古い傷跡が走っている。灰鉄の眼は、常に状況を測るような冷たさを湛えていた。

「お呼びでしょうか、猊下」

「市中の警備を強化せよ。歩兵大隊千名を動員し、不審者を見つけ次第拘束するのじゃ」

「承知いたしました」

ライハルトは淡々と一礼し、踵を返す。その灰鉄の眼が一瞬だけ細められたが、何も言わずに退出した。

ヨコマールは侍従長へと視線を移す。

「神殿騎士三百名は大聖堂の守りにつかせよ。残り百名は引き続き王城を固めるがよい」

「畏まりました」

両名が去ると、ヨコマールは再び椅子に身を沈めた。

(俗物の貴族どもの兵を動員するか……いや、蛇人兵が来た時に邪魔になるだけじゃ)

人は化け物を見れば、刃の向きなどいくらでも変える。

(どうせ、あと八日で終わる。蛇人兵が来た時、人間の兵は少ない方がよい)

ヨコマールは冷たく微笑んだ。

「もうすぐじゃ。バナテールを血の海に沈め、すべてを無に還す時が」

黒い指輪が、不気味に脈動した。

◆ ◆ ◆

王国騎士団長邸・客間――

朝から降り続く小雨が、窓を濡らしていた。

広い客間では、ボンノー一行が久しぶりの安寧な時間を過ごしている。柔らかいソファに身を預け、温かい茶を啜りながら、それぞれが束の間の休息を楽しんでいた。

クレアは窓辺に立ち、雨に煙る王都を見つめていた。その横顔には、王女としての重責と騎士としての決意が交錯している。

「ソフィア様」

クレアが振り返り、騎士団長夫人に尋ねた。

「エルナは――お嬢様は今どちらに?」

ソフィアは穏やかに微笑みながら答えた。

「あの子も十三歳になりましたから、全寮制の聖レファリア女学院で学んでおります」

「聖レファリア女学院……」

クレアの表情が曇る。

「大聖堂の近くですよね。今、あそこはヨコマールの勢力圏では……」

「ええ、少し心配ですが……」

ソフィアの声にも不安が滲んだ。

「女学院は中立を保っているはずですから」

その時、シノが立ち上がった。

「アベルト様の回復治療に行ってまいります」

「お願いします」

ソフィアが頭を下げる中、シノは静かに部屋を出て行った。


アベルトの寝室――

「失礼します」

シノが静かに入室し、ベッドに横たわるアベルトの傍らに膝をついた。

「回復を促進させます」

杖を掲げ、穏やかな詠唱を始める。

『白ノ五式・リジェネレーション』

淡く白い光がアベルトを包み込む。その光は脈動するように、ゆっくりとアベルトの体に浸透していく。

アベルトの表情が少しずつ和らぎ、呼吸も深く安定してきた。一週間以上の昏睡から覚めたばかりの体は、まだ完全には回復していないが、確実に生気を取り戻しつつあった。


治療を終えたシノが客間に戻ると、ボンノーが地図を見ながら皆に尋ねていた。

「王都の地理について教えていただけますか?」

「ああ、それなら――」

クレアが立ち上がり、テーブルに広げられた王都の地図を指差した。

「北側に王城がある。厳重な堀と城壁に囲まれた、まさに王国の心臓部だ」

指先が地図の北端を示す。

「そして南側に大聖堂。レファリア教団の総本山で、今はヨコマールの本拠地となっている」

「中央は?」

ヴィヴィが身を乗り出して尋ねる。

「大広場があります」

ソフィアが優しく説明する。

「平時でしたら市が立ち、祭りが行われる賑やかな場所です。今は戒厳令で人通りもありませんが……」

「道路はどうなっているんですか?」

ボンノーが地図を覗き込む。

「街路は南北と東西にまっすぐ走り、街区は格子状に整っています」

クレアが胸を張って答えた。

(ほう、まるで扶桑皇国の京の都のようじゃな……)

ボンノーは心の中で呟き、かつて見た故郷の風景を重ね合わせた。

ナターシャが地図を見ながらつぶやく。

「見通しが良いぶん、追っ手を撒きにくいのさ」

◆ ◆ ◆

夕刻――

ゴーン……ゴーン……ゴーン……ゴーン……ゴーン……ゴーン……

重厚な鐘の音が、雨音を貫いて響いてきた。

「六つ……」

ナターシャが窓の外を見ながら数える。

「今日で戒厳令から六日目なのさ」

「昨日の夕刻は五つでしたね」

シノが不安そうに呟く。

「本当に十四日で解除されるのでしょうか?」

「されぬじゃろうな」

ボンノーが抑えた声で断じた。

「ヨコマールの罠じゃ。民を安心させながら、何か別の目的がある」

程なくして、侍女が夕食の準備を告げに来た。小食堂へと移動した一行の前に、質素ながらも温かい料理が並べられた。

「申し訳ございません、物資が不足しておりまして……」

ソフィアが恐縮そうに言う。

テーブルには、塩豚と白いんげん豆のハーブ煮と、固めのパンが置かれていた。

「これは……」

クレアが匙でひと口すくい、口に運ぶ。

「ローリエとタイム――香草がよく香ります。塩豚と豆に合う。保存の利く材料だけで回せる、賢い組み合わせです」

「クレア様が、そんなことまでお詳しいとは」

ソフィアが目を見張る。

「市中を逃げていた頃、露店で何度かいただきました」

クレアは懐かしそうに微笑んだ。

「うまい!」

ヴィヴィがパンを煮汁に浸しながら頬張る。

「塩豚の旨味が豆に移ってる。パンですくって食べるといいのさ」

ナターシャも豆をつつきながら微笑む。

静かな夕食が続く中、扉が二度ノックされた。

「失礼します」

侍女が入ってきて、ソフィアに耳打ちする。

「旦那様が普通に会話できるようになられ、皆様をお呼びです」

◆ ◆ ◆

アベルトの部屋――

ベッドで半身を起こした騎士団長が、まだ青白い顔ながらも、しっかりとした眼差しで一行を見つめていた。かなり回復している様子だ。

「皆様、この度は本当にありがとうございました」

「アベルト様、まだ安静になさってください」

クレアが心配そうに言う。

しかし、アベルトは首を横に振った。

「いえ、まずお尋ねしたい。——そのうえで、私の知る限りもお話しします」

その表情が、急に真剣なものに変わる。

「まず、貴殿らの目的をお聞かせ願えますか?」

ボンノーは一歩前に出て、深く頭を下げた。

「拙僧ら、ヨコマール枢機卿を討ちに参りました」

静かに、しかし力強く告白する。

「奴の悪事を止めねばなりません」

シノがフードを取り、決意を込めて言った。

「私は聖女リリアです。これまで『シノ』という名を借りておりましたが、これからは本名――リリアと名乗ります」

「聖女様……やはり」

アベルトが頷く。

「私も、以後はクレアと呼んでもらいます」

クレアが毅然と宣言した。

「もう『グレア』という偽名は使いません」

アベルトはクレアに向き直り、優しく微笑んだ。

「姫殿下がご無事で、本当に安心いたしました」

ボンノーが一歩前に出た。

「アベルト殿、リヴィエラ王国の現状をお聞かせ願えますか?」

「はい」

アベルトは表情を引き締めた。

「お話しいたしましょう」

深いため息をつき、語り始めた。

「まず、王都セレスティアの戦力についてご説明いたします」

アベルトは指を1本ずつ折り、簡潔に告げた。

「平時の戦力は、王国騎士二百名、神殿騎士四百名、歩兵大隊千名、治安隊二百名」

「ただし、治安隊は市街の警邏が主任務。装備も軽装ですので、戦力には数えられません」

「それだけあれば……」

希望の色を帯びたヴィヴィの声に、アベルトは静かに首を横に振る。

「いえ、問題は指揮権の所在です。――次に、王国全体の兵力について申し上げます」

アベルトの口元が固く結ばれ、表情はさらに険しくなった。

「王家直轄軍、五千。これは私が指揮できます」

ボンノーが小さく頷いた。

「おお、それは心強い」

しかし、アベルトが手を上げ、言葉を継いだ。

「ただし、動員には猶予を要します。即応で動かせる兵は王都詰めの王国騎士団——二百。三日で千、七日で五千まで揃えられます。国王派の貴族軍も、おおむね五千は見込めます。一方、ヨコマール派の貴族軍は——三万です。神殿騎士は大聖堂に三百、王城に百を割いている。王都内で即応できる兵は二百前後でしょう」

「さ、三万!?」

ヴィヴィが青ざめる。

リリアが息を呑む。

「三倍の差……」

「王国騎士団は王家直属ゆえ、ヨコマールの指揮下には入りません」

アベルトは続ける。

「しかし、他の部門――神殿騎士、歩兵大隊、治安組織は、すべてヨコマールの命令系統下にあります」

「つまり……」

「残念ながら、王家の政治権力はほとんど残っておりません」

アベルトの声に、諦念がにじむ。

クレアの睫がわずかに伏せられ、指先がこわばった――が、すぐに背筋を正し、視線を上げる。

「仮に陛下の呪いを解いたとしても、ヨコマールから実権を奪うのは不可能でしょう」

「王城の状況は?」

クレアが身を乗り出して尋ねる。

「神殿騎士百名が配置され、完全に封鎖状態です。正面から奪還するのは不可能です」

沈黙が部屋を支配した。誰もが、状況の絶望的な困難さを理解していた。

「しかし……」

アベルトがわずかに声を上げた。

「一つだけ、可能性があります」

全員の視線が集まる。

「ヨコマール派貴族の増援が到着する前に、王国騎士団と歩兵大隊で大聖堂のヨコマールを捕縛できれば……」

「歩兵大隊が動きますか?」

ボンノーが疑問を呈する。

「大隊長のライハルトは、私の友人です」

アベルトの声に、かすかな希望が宿る。

「しかし、彼は命令に忠実な男だ。彼に命令違反をさせるのは、並大抵ではありません」

「……ライハルト殿はお堅いだけではありません。二年前、疫病で王都近郊の孤児院に糧食が届かぬと知るや、自ら輸送隊を編成し、護衛を付けて、糧食を送り届けたとか。のちに叱責は受けたそうですが——」

ソフィアは目を伏せる。

「『規則のために人を飢えさせるな』と」

「どうすれば、ライハルト殿を説得できましょうか?」

ボンノーが錫杖を握りしめる。

アベルトは少し考え込んだ後、重い口を開いた。

「最近、若い女性が次々と行方不明になっているという噂があります」

「それは……」

「おそらくヨコマールの仕業でしょう。その証拠があれば、ライハルトも動くかもしれません」

「証拠か……」

ナターシャが腕を組む。

「港湾区あたりを探れば、何か見つかるかもしれないのさ」

「危険です」

アベルトが警告する。

「今の王都は、ヨコマールの監視下にあります」

「灰銀の牙は、女人失踪の件で情報を集めておるはずじゃ。明日、拙僧が彼らの拠点へ赴き、連絡を取って参ろう」

ボンノーは錫杖の環を小さく鳴らした。

クレアとナターシャがうなずいた。

「……至らぬ身ながら、本日は静養に努め、明日より職務に復帰いたします」

アベルトは短く、しかし確かに言い切った。

「無理はなさらないでください」

ソフィアが夫を心配そうに見つめる。

「でも、あなたの決意はわかりました」

話し合いが一段落した頃、外はすっかり夜の帳が下りていた。

ソフィアが立ち上がり、静かに告げる。

「皆様、今夜はお部屋でお休みください。明日は長くなるかもしれません」

一行がそれぞれの部屋へ向かう中、ボンノーは一人、窓辺に立っていた。

(三万対一万……三倍の戦力差)

雨は止み、雲間から月が顔を覗かせている。

(しかも、残り八日……)

時間との勝負でもあった。

廊下で、リリアがボンノーに声をかけた。

「……ボンノーさま。大丈夫でしょうか」

「何がですかな?」

リリアは袖口をぎゅっとつまみ、目を伏せた。

「この戦い……わたし、こわいのです。もし誰かが傷ついたら……」

ボンノーはやわらかく目を細める。

「怖うてよい。恐れは軽率から身を守る盾にもなる。ゆえに段取りを整え、活路も思案しておる」

錫杖の環が小さく鳴った。

「それに、拙僧らには仲間がいる」

リリアは顔を上げたが、まつげの影に不安の色がまだ薄く残っていた。

拙僧はそっと肩に手を置き、言葉をたぐるように続ける。

「クレア殿も、ヴィヴィ殿も、ナターシャ殿も。——そして、アベルト殿も」

「頼もしき者たちじゃ。互いに庇い合えば、道は開ける」

しばし、二人だけの静けさが流れた。リリアは小さく息を整え、微笑みをつくる。

「ありがとうございます。……少し、落ち着きました」

「よい夜を。体を休めるのじゃ」

二人は静かに、それぞれの自室へ向かった。

明日からが、本当の戦いの始まりだった。けれど、リリアの胸に残った微かなざわめきは、まだ夜の底へ落ちきらずにいた。

◆ ◆ ◆

ボンノーらが退出後――

アベルトは、ベッドの上で考え込んでいた。

(ライハルトか……)

歩兵大隊長の顔を思い浮かべる。

(奴は確かに命令に忠実だ。だが、正義感も強い男だ)

(若い女性が行方不明になっている件……証拠さえあれば、必ず動く)

希望と不安が交錯する中、アベルトは静かに目を閉じた。

明日のために、今は体力を回復させなければならない。

王都セレスティアの夜は、不気味なほど静かだった。

戒厳令下の街に、人影はない。

ただ大聖堂の鐘楼だけが、月光を受けて冷たく輝いている。

明日、その鐘は七つ鳴るだろう。

終焉への時を刻みながら――


――セレスティア滅亡まで、あと八日――

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