表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ボンノーさまがいく ~異世界で46cm三連砲を撃つ物語~  作者: wok
第3章 王都決戦

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/69

第35話 拙僧、騎士団長屋敷にて呪いを解く

騎士団長屋敷の中――

裏口から侵入した一行は、薄暗い廊下を静かに進んでいた。

「ソフィア様の部屋は二階です」

グレアが小声で案内する。五か月ぶりに訪れる懐かしい場所だったが、今は緊張感が張り詰めていた。

階段を慎重に上る。使用人の気配はほとんどない。戒厳令の影響か、それとも主人の容態を慮ってか、屋敷全体が静まり返っていた。

「あの部屋です」

グレアが立ち止まった先に、ソフィア夫人の部屋があった。

静かに兜を外し、亜麻色の髪を手で軽く整える。深呼吸をして、控えめに扉を叩いた。

コンコン――

「ソフィア様、クレアです」

数秒の沈黙。扉の向こうで、鍵が外れる音がした。

扉がわずかに開き、一人の女性の顔が覗いた。

暗い蜂蜜色の髪をセミロングにして編み上げ、後頭部で留めている。落ち着いた青い瞳は、アベルトの鋭い青よりも柔らかいトーン。やや華奢な体躯で、手指が長く、物を扱う所作が美しい。青灰のドレスに薄いショールを羽織り、かすかにラベンダーの香りが漂う。

四十代前半とは思えぬ品のある佇まい――ソフィア・フォン・アルセインその人だった。

ソフィアは息を呑んだ。そして、涙が浮かぶのを袖でそっと隠し、深く礼をする。

「……夢では……ございませぬね」

「姫殿下、御生還、何よりに存じます。――続きは内で」

ソフィアは周囲に目配せしてから、小声で促した。

「姫殿下、念のために伺います。そちらの御同道は、いずれの御方々にございましょう?」

背後に立つ僧衣の青年と、少女たちを警戒するような視線で見つめる。

「私の大切な仲間です。身元は私が保証します。詳しくは中で」

クレアの言葉に、ソフィアは廊下へ一度だけ視線を走らせ、すぐに小さく頷いた。

クレアは半歩だけ身をずらし、一行を背に庇う位置を取った。その姿勢が、仲間への絶対の信頼を物語っていた。

ボンノーは静かに合掌して黙礼し、少女たちは旅塵の裾を整えて背筋を伸ばす。

袖の陰で、ソフィアの瞳に細い涙の光が揺れた。

(クレア様が、こんなにも立派に……そして、信頼できる仲間を得られたのですね)

「承知いたしました。ご一同も、どうぞお入りください」

◆ ◆ ◆

部屋に入ると、ソフィアは扉に鍵をかけ直した。

そして振り返ると、クレアを優しく抱きしめた。

「クレア様……本当に、ご無事で……」

「ソフィア様……」

クレアの目からも涙がこぼれる。五か月間の不安と恐怖、そして孤独が、今ようやく癒されていく。

しばしの感動的な再会の後、ソフィアは一行に向き直った。

「皆様、クレア様を守ってくださり、ありがとうございます」

「いえ、拙僧らもクレア殿と背中を預け合う仲。どうぞご安心を」

ボンノーは合掌して一礼した。

「でも、今はそれより――」

クレアが真剣な表情で切り出した。

「アベルト様のことを。倒れたと聞きました」

ソフィアの顔が曇る。

「一週間前から、原因不明の昏睡状態です。医師も手の施しようがないと……」

「今すぐ、アベルト様のところへ」

クレアの声に切迫感があった。

ソフィアは頷き、隣の部屋へと案内した。

◆ ◆ ◆

大きなベッドに、一人の男性が横たわっていた。

四十代半ば、短めの金髪、鍛え抜かれた体格。王国の紋章入りの青銀色のプレートアーマーは脇に置かれ、今は薄い寝間着姿だった。

王国騎士団長アベルト・フォン・アルセイン――クレアの剣術指南役にして、第二の父とも言える存在。

「アベルト様……」

クレアが悲痛な声を漏らす。

顔は苦しげで、額には汗が浮かび、呼吸も浅い。まるで悪夢にうなされているかのようだった。

ボンノーは錫杖を床に立て、じっとアベルトを観察した。

一見すると、ただ苦しみながら眠っているだけに見える。しかし――

(ふむ……これは……)

よく観察しても、常人の目には首筋に何も見えない。

だが――高位の魔力を有する者の視界にだけ、極小の呪針が浮かび上がる。

シノとナターシャの目が同時に細まった。

「……やはり」

ボンノーが呟く。

首に、極小の呪術用の針が刺さっていた。そこから禍々しい瘴気が立ち上っている。

「リリア殿――いや、シノ殿の時と同じタイプの呪いですな」

「呪いですって!?」

ソフィアが驚愕の声を上げる。

「誰が、このようなことを……」

「おそらく、ヨコマール枢機卿でしょう」

クレアが拳を握りしめる。

「父上を呪いにかけた手口と同じだ」

「まさか……」

ソフィアは言葉を失った。

「ボンノー、解呪をお願いします」

クレアは枕元へ半歩よけ、道を空けた。

「やってみましょう」

ボンノーは深く息を吸い込んだ。

(零式を使うしかない……まずはこの方を解呪せねばならぬ)


胸の内で、仲間たちへの想いを強く抱く。クレアの涙、シノの優しさ、ヴィヴィの明るさ、ナターシャの包容力。そして、守らねばならない人々の顔。


「皆、下がってください」

ボンノーの全身から、白い光が溢れ始めた。錫杖を高く掲げ、詠唱を始める。

「ミホトケサマの御光をもって、呪いを祓い清める――穢れよ、無へ還れ!」

その言葉が結びとなり、煩悩が魔力へと変換され、白き光がほとばしる。

『白ノ零式・セイクリッドディスペル!』

眩い白光が部屋を包み込んだ。

アベルトの首筋から、黒い針が浮かび上がる。それは激しく震え、抵抗するように瘴気を噴き出した。

しかし、零式の圧倒的な力の前では無力だった。

パリンッ!

ガラスが砕けるような音と共に、呪術用の針は粉々に砕け散った。

光が収まると、アベルトの表情が穏やかになっていた。苦しげだった呼吸も、規則正しいものに変わっている。

「成功……したのですか?」

ソフィアが恐る恐る尋ねる。

「ご安心あれ。呪いは解けております」

ボンノーは額の汗を拭いながら答えた。

「一週間以上眠っていたため、すぐには目覚めないでしょう。今はこのまま寝かせておきましょう」

「シノ殿」

ボンノーがシノに目を向ける。

「白ノ五式・《リジェネレーション》をお願いできますか。穏やかに回復を促しましょう」

「はい、わかりました」

シノが杖を掲げる。

『白ノ五式・リジェネレーション』

温かい光がアベルトを包み込む。顔色が少しずつ良くなっていくのが見て取れた。

「おそらく、翌朝には目覚めるでしょう」

ボンノーが所見を述べた。

「本当に……本当にありがとうございます」

ソフィアが深々と頭を下げた。

「クレア様の恩人は、私どもの恩人です」

◆ ◆ ◆

一行は再びソフィアの部屋に戻った。

「さて」

クレアが真剣な表情で切り出す。

「私たちがここにいる本当の理由をお話しします」

そして、ヨコマール枢機卿の悪行と、彼を討つという決意を語った。

ソフィアは静かに聞いていたが、その目には怒りと決意の炎が宿っていた。

「なるほど……そういうことでしたか」

「ソフィア殿」

ボンノーが頭を下げる。

「今は、拙僧らの存在を秘密にしていただきたいのです」

「承知いたしました」

ソフィアはすぐに頷いた。

「侍女たちには、しばらく外に出ないよう通達いたします」

そして立ち上がると、小さなベルを鳴らした。

「皆様をお部屋にご案内させます。そして……」

優しく微笑む。

「お腹も空いているでしょう。小食堂で食事を用意させます」

◆ ◆ ◆

小食堂――

長いテーブルに、薄切り肉と野菜のサンドとオレンジの搾り汁が並べられた。

「うわぁ、豪華!」

ヴィヴィが目を輝かせる。

「久しぶりのまともな食事なのさ」

ナターシャも嬉しそうだ。

「いただきます」

全員で手を合わせて、食事を始めた。

食事をしながら、ソフィアが最近の王都の様子を語ってくれた。

「まず、戒厳令のことから申し上げます。大聖堂の鐘は毎夕、日没後に鳴ります。数は一日ごとに一打ずつ増やし、十四度目で解除――と布告が出ております。今夕は五度でした」

「ふうむ……あと九日で解ける算段か。――すなわち、九月九日に戒厳を解くというわけじゃな」

言いながら、ボンノーの眉間にうっすら皺が寄った。

(――しかし、引っかかるのぉ)

(わざわざ日ごとに打数を増やし、民に数を数えさせる必要があるか……落ち着かせるため――いや、油断を育てるためではないか)

(――十四度目は、権力の簒奪の仕上げを告げる合図……か。あるいは、もっと別の意味があるのか)

「戒厳令が出てから、街は日に日に暗くなっています。商人も冒険者も入れず、物資が不足し始めています」

「そして何より……」

ソフィアの声が沈む。

「若い女性が次々と行方不明になっているという噂があります」

「やはり……」

ボンノーが険しい表情になる。

「ヨコマールの仕業でしょうな」

食事を終えると、ソフィアが風呂の準備を告げた。

「お風呂!?」

ヴィヴィとナターシャが同時に声を上げる。

「やったぁ!」

「ありがたいのさ」

屋敷には立派な浴場があり、旅の疲れを癒すには最適だった。

女性陣が先に風呂に入り、その後ボンノーがひとりで湯に浸かった。久しぶりの温かい湯に身を沈め、こわばった体をほぐした。

(ヨコマール枢機卿……必ず討つ)

風呂から上がると、それぞれに個室が用意されていた。

「こんな立派な部屋……」

シノが恐縮している。

「遠慮することはありません」

ソフィアが優しく言う。

「クレア様の大切な仲間なのですから」

夜が更けて――

皆がそれぞれの部屋で休んでいた。ボンノーは瞑想をしながら、明日のことを思案していた。

(アベルト殿が目覚めれば、王国騎士団も動かせるかもしれない)

窓の外を見ると、王都の灯りがまばらに瞬いている。静かな夜だった。

◆ ◆ ◆

翌朝――

朝日が窓から差し込む頃、廊下がざわめいた。

「……あなた……!」

ソフィアの歓喜の声だった。

「アベルト様が目覚めました!」

ソフィアは目元を押さえ、顔を上げる。

ボンノーたちは急いで部屋を出た。

アベルトの部屋に入ると、ベッドの上で騎士団長が上体を起こしていた。

「ソフィア……」

まだ声は弱々しいが、確かに意識は戻っている。

「喉を詰まらせてはなりませんわ。まずは半身にいたしましょう」

ソフィアは肩と背を支え、枕を重ねて半身だけ起こす。顎をわずかに引かせ、呼吸が整うのを待つ。

それから匙で蜂蜜水を一口ずつ含ませ、喉仏が一度だけ上下するのを確かめた。

「これ以上の無理は禁物ですわ」

こわばった指先を手のひらで包み、軽くさすって血を巡らせる。

「アベルト様!」

クレアが駆け寄った。

「クレア――姫殿下……!?」

アベルトが驚きの声を上げる。

「まさか、生きておられたとは……」

「アベルト様、詳しい話は後です」

クレアが真剣な表情で言う。

「今は体を休めてください」

「しかし……」

「大丈夫です」

クレアは力強く微笑んだ。

「私には、頼もしい仲間がいます」

そして振り返り、ボンノーたちを見た。

「この方々と共に、必ずこの国を救います」

アベルトは一行を見回し、小さく頷いた。

「姫殿下が、そこまで信頼される方々なら……」

そして、ボンノーに視線を向ける。

「貴殿が、私を救ってくださったのですな」

「拙僧は、ただ為すべきことをしただけです」

ボンノーは謙虚に答えた。


王都セレスティアでは、戒厳令発布から六日目の朝を迎えていた――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ