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ボンノーさまがいく ~異世界で46cm三連砲を撃つ物語~  作者: wok
第3章 王都決戦

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第30話 拙僧、ヴィノリアの酵母灯にて姉妹の絆を見守る

翌朝――

アウレリアの宿『水鏡楼』の通用門前に、馬車が準備されていた。

朝露が石畳をしっとりと濡らし、聖河アレムから立ちのぼる朝靄が街全体を薄絹のように包んでいる。

「さあ、出発なのさ」

ナターシャが藍色の浴衣の裾を翻しながら、軽やかに馬車へと乗り込む。

「王都セレスティアまで、あと二日の道のりですな」

ボンノーが錫杖を馬車の脇に立てかけながら呟いた。朝日が錫杖の鈴を照らし、かすかに光を反射させる。

黄金聖水の詐欺で金貨六枚を失った痛手はまだ記憶に新しいが、一行の結束は強まり、絆は深まっていった。

「早く王都に着いて、ヨコマールをやっつけよう!」

ヴィヴィが小さな拳を空に向かって振り上げる。その無邪気な闘志に、皆も自然と頬を緩ませた。

◆ ◆ ◆

馬車は聖河アレムに沿った街道を、車輪の音を響かせながら北上していく。

川は相変わらず黄金色に輝き、朝日を受けてさらに眩い光を放っている。その美しさは旅人の心を和ませるが、街道を行き交う人々の表情は、昨日よりも一層暗く沈んでいるように見えた。

「戒厳令の影響が、じわじわと民の心を蝕んでいるようですな」

ボンノーが車窓から外を眺めながら言った。

「まるで、見えない手で徐々に首を絞められているような……息苦しさを感じる」

グレアが兜の奥から重い声を漏らす。

◆ ◆ ◆

昼過ぎ――

街道上に厳重な検問が設けられていた。

神殿騎士が五人ほど、槍を構えて通行人を一人ひとり厳しく調べている。

「また検問か……」

グレアが苦々しく舌打ちする。

ボンノーは無言で懐に手を入れ、ヨコマール枢機卿の偽造通行証と冒険者ギルドの銀等級プレートを取り出した。

「そこの馬車、止まれ! 通行証を見せろ」

神殿騎士の隊長らしき男が、鋭い目で一行を睨みつける。

ボンノーが落ち着いた様子で書類を差し出すと、隊長は眉間にしわを寄せながら念入りに確認した。

「ふむ……」

隊長の指が、印章の部分をなぞる。

「……ヨコマール枢機卿の印で、間違いないようだが――」

蝋のにおいが微かに違う。つやも通常より浅い。

(配合が変わったか……いや、最近の配給変更によるものか?)

隊長の目が一瞬鋭くなる。車内の全員が、息を殺して待った。

長い沈黙の後――

「……問題ない。通れ」

隊長は書類を返しながら、あっさりと手を振った。

馬車が再び動き出すと、皆が示し合わせたように大きく息をついた。

「危なかった……」

シノが胸を撫で下ろす。

「でも、こんなに検問が厳しくなってるなんて……」

◆ ◆ ◆

夕方――

一行は街道沿いの街、ヴィノリアに到着した。

酒の名産地として知られるこの街は、戒厳令下でも比較的活気を保っていた。石造りの酒蔵が軒を連ねる通りからは、発酵の甘く芳醇な香りが漂ってくる。夕暮れの光が酒蔵の白壁を赤く染め、幻想的な雰囲気を醸し出していた。

「いい匂い〜! お腹すいてきちゃった」

ヴィヴィが鼻をひくひくさせながら、目を輝かせる。

「これは極上の酒が飲めそうなのさ。ヴィノリアの銘酒はリヴィエラ随一と評判だからね」

ナターシャも嬉しそうに微笑んだ。

一行は街の中心部にある、二階建ての立派な宿屋『樽猫亭』に投宿することにした。看板には、酒樽の上で寝そべる太った猫が描かれている。

宿の主人は恰幅の良い中年男性で、酒焼けした赤ら顔をにこやかにほころばせながら一行を迎えた。

「ようこそ、樽猫亭へ! うちは酒も料理も自慢ですよ」

「それは実に楽しみですな」

ボンノーが合掌しながら微笑む。

部屋に荷物を置き、旅装を解いた後、夕食の時間となった。

食堂では、琥珀色に輝く地酒と共に、この地方ならではの豊かな料理が所狭しと並べられた。香草で味付けされた羊肉のロースト、川魚の燻製、新鮮な野菜のマリネ――

「うっまーい! これ最高!」

ヴィヴィが肉料理を頬張りながら、幸せそうに歓声を上げる。

◆ ◆ ◆

食事が一段落し、皆が満足げに息をついたところで、ヴィヴィが勢いよく立ち上がった。

「ナターシャさん!」

元気いっぱいに声をかける。

「今夜は二人で飲みに行かない? せっかくお酒の名産地に来たんだしさ」

「おっ、いいねぇ、それは素敵な提案なのさ」

ナターシャが目を細めながら嬉しそうに頷く。

「たまには女同士でゆっくり飲むのも楽しいからね。それに、ヴィノリアの地酒を飲まずに帰るなんて、もったいないのさ」

「そうそう! 酒好き同士、しっかり味わってこないとね!」

ヴィヴィが嬉しそうに両手を合わせる。

「今日は大人の時間を楽しんでくるから」

ヴィヴィがシノとグレアに向かって、いたずらっぽくウインクした。

「二人とも、ボンノーさんと宿でゆっくり休んでてね」

◆ ◆ ◆

こうして、ヴィヴィとナターシャは街の名物酒場『酵母灯こうぼとう』へと繰り出した。

古い木造りの温かな店内は、地元の人々の笑い声で賑わっている。年季の入った梁に吊るされたランプが、琥珀色の柔らかな光を放っていた。壁には大小様々な酒樽が並び、カウンターには色とりどりの地酒の瓶が宝石のように並んでいる

「へへっ、今日はあたしのおごりだよ!」

ヴィヴィが得意げに胸を張って、カウンターにドンと銀貨三枚を置く。

「さすがドワーフの気前の良さ、惚れ惚れするのさ」

ナターシャが隣の椅子に腰を下ろしながら、優しく微笑んだ。

二人だけの女子会――ボンノーたちは宿で休んでいる。たまには女同士で飲みたいと、ヴィヴィが提案したのだ。

「ナターシャさんってさ」

ヴィヴィが泡立つ麦酒のジョッキを高々と掲げる。

「どうやって黒魔法覚えたの? あんなすごいの」

「ああ、これはね……」

ナターシャが深緑色の瞳を懐かしそうに細める。

「長い長い年月をかけて、ひとりで磨き上げたのさ。ダークエルフは生まれながらに魔力と"仲がいい"からね」

魔力との親和性が高い種族特性と、百年を超える孤独な修練の賜物。それがナターシャの強さの秘密だった。

「へぇ〜、独学でそこまで……すごいなぁ」

ヴィヴィは心から感心して頷いたが、ふと寂しげに目を伏せた。

「あたしなんて、まだまだ未熟で……」

ナターシャはその小さな肩にそっと手を置き、温かい声で静かに告げる。

「ヴィヴィ、言っておくけどね。あたいが安心して魔法を撃てるのは、ヴィヴィちゃんが前で守ってくれるからなんだよ」

ヴィヴィが目を瞬かせる。

「……ほんとに?」

「ほんとだとも。あたいの一番の盾は、ヴィヴィちゃんさ」

その一言に、ヴィヴィの口元へ小さな笑みが戻る。

「――ありがとう。あたしね、盾の扱いは父さんに教わったんだ」

「お父さんが教えてくれたんだ?」

「うん。すっごく強い戦士だったんだよ。誰よりも優しくて、誰よりも勇敢で」

ヴィヴィが懐かしそうに微笑む。だが、その笑顔はどこか寂しげだった。

ナターシャは黙って耳を傾けていた。この勇敢な少女の心の奥に、癒えない深い傷があることを感じ取っていた。

「でもね……」

ヴィヴィがジョッキを握る手に、無意識に力を込める。

「あたしが前に住んでた町、ウェスタルでさ。十年前に大規模なスタンピードがあって……」


スタンピード――ダンジョンから大量のモンスターが溢れ出し、容赦なく周辺の町や村を襲う災厄のことです。


「父さんと、兄のディディがね」

ヴィヴィの声が震え始めた。

「母さんとあたしとティティ……妹なんだけど、その子を逃がすために……最後まで戦って」

言葉が詰まる。涙が頬を伝う。

「盾になってくれたんだ」

重い沈黙が二人を包んだ。酒場の喧騒が、急に遠い世界の出来事のように感じられる。

「王国騎士団が駆けつけた時には、もう……」

ヴィヴィが俯き、涙をこらえる。

「父さんと兄さんの姿はなくて。ただ、父さんの大盾だけが、血まみれで残ってた」

その大盾を、今もヴィヴィは背負い続けている。

「母さんもね、去年病気で……」

ヴィヴィが震え声を抑えながら、無理やり明るい声を作る。

「でも大丈夫! あたし、強いから! ティティは今、リントベルクの孤児院で元気にしてるんだ。時々会いに行って、お小遣いを渡したりしてる。あの子、蜂蜜の焼き菓子が好きでさ。頬をふくらませて食べるの、すっごく可愛いんだ」

「ヴィヴィ……」

ナターシャが優しく、母のような温もりで手を伸ばす。

「君は一人じゃないよ」

「え?」

「あたいもね、大切な人を失ったことがある」

ナターシャが遠い昔を思い出すような目をする。

「あたいも、人を見送ったことがある。三十年、一緒に笑って、泣いて、喧嘩して――そして寿命で、静かに逝ったのさ」

ダークエルフの長い寿命。それは時に残酷な別れを強いる。

「だからね、ヴィヴィ」

ナターシャがヴィヴィの頭を優しく撫でる。

「寂しい時は、寂しいって言っていいんだよ。強がらなくていい」

「ナターシャさん……」

ヴィヴィの目から、ぽろりと涙がこぼれた。

「あたし……あたし、本当は……」

嗚咽が漏れる。今まで押し殺していた感情が、堰を切ったように溢れ出す。

「怖いんだ。また誰かを失うのが。だから、いつも明るく振る舞って……でも、本当は、すごく寂しくて……」

ナターシャは何も言わず、ただ優しくヴィヴィを抱きしめた。母親のように、姉のように、温かく。

「大丈夫。あたいたちがいるから。もう君は一人じゃない」

◆ ◆ ◆

しばらくして、ヴィヴィは袖で涙を拭いた。

「ごめん、せっかくの楽しい夜に暗い話しちゃって」

「謝ることなんてないさ」

ナターシャが優しく微笑みながら、ヴィヴィの頬に残った涙をそっと拭う。

「それより、妹さんのティティちゃんの話、もっと聞かせておくれよ。きっと可愛い子なんだろう?」

「ティティ?」

ヴィヴィの顔がぱっと明るくなる。

「まだ十歳なんだけど、もう盾の扱いに興味津々でさ。『お姉ちゃんみたいに強くなる!』って言って聞かないんだよ。もう、可愛くてたまらないの!」

ナターシャはヴィヴィの杯にコツンと合わせ、静かに掲げた。

「将来が楽しみだね――その可愛さを、私たちが守るのさ」

「でしょ! 今度会いに行くとき、ナターシャさんも一緒に来てくれる? ティティも喜ぶと思う」

「もちろんさ。楽しみにしてるのさ」

二人は杯を重ねながら、夜が更けるまで語り合った。

父のこと、兄のこと、母のこと。失った者たちの思い出と、そして、これからのこと。

「ねぇ、ナターシャさん」

ヴィヴィが少し照れくさそうに、でも真剣な眼差しで言う。

「あたし、ナターシャさんのこと、お姉ちゃんみたいに思ってもいい?」

「いいともさ」

ナターシャが心から嬉しそうに笑う。

「あたいも、可愛い妹ができて嬉しいよ」

この夜、二人の間に生まれた絆は、血のつながりを超えた、かけがえのないものとなった。

◆ ◆ ◆

「さて、そろそろ帰ろうか。明日も早いしね」

ナターシャが席を立ちながら言う。

「うん! 今日は本当にありがとう」

ヴィヴィも元気よく立ち上がった。その顔には、もう涙の跡はない。

「あ、そうだ」

ヴィヴィが振り返る。

「今日のこと、ボンノーさんたちには内緒にしてもらえる? あたし、みんなの前では元気なヴィヴィでいたいから」

「わかってるのさ」

ナターシャが優しくウインクする。

「これは――姉妹だけの秘密だよ」

二人は手をつないで、夜の石畳を歩いていった。

満天の星と月明かりが、まるで二人の新しい絆を祝福するように、優しく照らしていた。

◆ ◆ ◆

深夜――

宿屋『樽猫亭』に、ヴィヴィとナターシャがそっと戻ってきた。

二人の足取りは軽やかで、顔には心からの満足げな笑みが浮かんでいる。

部屋の明かりはすでに消えており、ボンノーの穏やかな寝言が聞こえてくる。皆は深い眠りについていた。

「みんなぐっすり寝ちゃったね」

ヴィヴィが小声で囁く。

「明日も早いからね。私たちも休もう」

ナターシャも静かに答える。

二人は音を立てないよう、忍び足で部屋へと入っていった。

その笑顔の奥に隠された想いを、ナターシャだけが知っていた。

そして優しく微笑みながら、新しい妹の頭をそっと撫でるのだった。

◆ ◆ ◆

夕刻、王都セレスティア――

大聖堂の鐘楼から、重厚な鐘の音が二度響いていた。

ゴーン……ゴーン……

ヨコマール枢機卿が仕組んだ「十四の晩鐘」の二打目。

街の人々は、その音を聞いて小さく息をついた。

「戒厳令解除まで、あと十二日か……早く普通の生活に戻りたい」

しかし、誰一人として気づいていない。

それが、王都滅亡への秒読みであることを――


――セレスティア滅亡まで、あと十二日――

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