第27話 吾輩、煙攻めにて完全勝利を宣言するにゃ
リントベルクの冒険者ギルド——
ワイルドボア討伐から一夜明けた朝、灰銀の牙のメンバーは再びギルドの掲示板前に集まっていた。昨日の成功で士気は高まっていたものの、ザリオの表情には憂いの色が浮かんでいる。
「王都セレスティアに戒厳令か……」
ザリオが腕を組んで呟いた。
「俺たちのアジトはセレスティアの港湾区にあるんだ。早いうちに一度帰るべきかもしれねぇ」
「そうね……アジトに置いてきた荷物もあるし」
ユリスも心配そうに頷く。
「デモ、イマハ……」
ドランが掲示板を指差した。
ザリオの目が、一枚の依頼書に留まった。
**【緊急依頼:盗賊団討伐】**
**依頼主:ドーナ村 村長**
**報酬:金貨5枚**
**内容:古墳をアジトにする盗賊団が定期的に村を襲撃。早急な討伐を求む**
「金貨5枚……なかなかの報酬ですね」
ネルムが眼鏡を光らせる。
しかし、ザリオの目は報酬ではなく依頼内容に釘付けになっていた。拳が小刻みに震える。
「村を……荒らしまくってる盗賊団か……」
昨日の兄貴——ボンノーの言葉が脳裏に蘇った。
『人は一人では強くなれぬ。守り、守られる者あってこそ……真の煩悩は宿るのじゃ』
「兄貴なら……兄貴なら、きっと困ってる人を見捨てたりしねぇ」
ザリオがつぶやく。
「ザリオ?」
ユリスが不思議そうに見つめた。
「決めた!」
ザリオが依頼書を勢いよく手に取る。
「この依頼を受ける! 困ってる村人を助けるんだ!」
「えっ?」
一同が驚く中、ザリオは真剣な表情で続けた。
「俺たちは、もう昔の灰銀の牙じゃねぇ。正義の冒険者として、人々を守るんだ!」
「……あなた、変わったわね。いい意味で」
ユリスが優しく微笑む。
「ソウダナ……タスケル……」
ドランも頷いた。
「まあ、報酬も悪くないですしね」
ネルムが現実的な意見を述べる。
「吾輩も賛成にゃ! 困ってる人を助けるのは、冒険者の務めにゃ!」
ミケケが尻尾を振りながら宣言した。
◆ ◆ ◆
受付で手続きを済ませ、一行は馬車でドーナ村へと向かった。
馬車に揺られること一時間——
ドーナ村は、想像以上に荒廃していた。家々の扉は壊され、畑は踏み荒らされ、村人たちの顔には疲労と恐怖の色が濃い。
「ひどいにゃ……」
ミケケの耳がぺたんと伏せた。
村長の家を訪ねると、痩せた老人が震える手で出迎えた。涙ぐみながら言う。
「冒険者様……本当に来てくださったんですね……」
「詳しく聞かせてください」
ザリオが真剣な表情で尋ねる。
「盗賊団は、村から西へ一時間ほど行った古墳にアジトを構えています」
村長が震え声で説明した。
「月に二度は村に降りてきて、食料や金品を奪っていくんです。抵抗すれば……もう、限界なんです……」
「任せろ!」
ザリオが力強く言い放つ。
「俺たちが必ず、盗賊団を討伐する!」
◆ ◆ ◆
古墳への道中——
「どうやって攻める? 正面突破か?」
ユリスが弓を確認しながら尋ねる。
「いや、相手の数も分からねぇし……」
ザリオが悩んでいると、ミケケが前に出た。
「まず、偵察が必要にゃ!」
三毛柄の耳をぴくぴくさせながら提案する。
「状況を把握してから、作戦を立てるにゃ」
◆ ◆ ◆
古墳に到着すると、確かに入り口がぽっかりと開いていた。石造りの古い建造物で、かなりの大きさがある。
「ユリス、周囲を調べてくれ」
ザリオの指示で、ユリスが素早く古墳の周りを偵察する。
しばらくして戻ってきたユリスが報告した。
「入り口に見張りが二人。出入り口はここだけみたい」
「なるほどにゃ……」
ミケケがスカイブルーの瞳を輝かせ、突然大きく息を吸い込んだ。
「戦いとは、戦う前に勝利は確定しているにゃ!!」
ミケケが高らかに宣言した。
「は?」
全員がぽかんとする。
「何言ってんだ、ミケケ……」
ネルムが呆れたように呟いた。
しかし、ミケケは得意げに尻尾を振りながら一同を手招きする。
「吾輩の策を聞くにゃ!」
全員が集まり、ミケケを中心に輪を作る。ミケケが声をひそめて説明を始めた。
「いいかにゃ? ごにょごにょ……」
「ほう……」
「ひそひそ……」
「なるほど、それは……」
ザリオが感心したように呟く。
「ぼそぼそ……」
一同が顔を見合わせ、頷き合った。
「よし、やってみるか」
「まず、薪を集めるにゃ!」
「薪?」
「そうにゃ! たくさん必要にゃ!」
一同は周囲から薪を集め始めた。枯れ枝、倒木、乾いた草——燃えそうなものは何でも集める。
「かなり集まったな」
ザリオが汗を拭いながら呟く。
「ふふん、見ててにゃ」
ミケケは集めた薪の山を見て満足そうに頷いた。
「次は、見張りの交代を待つにゃ」
一時間ほど待つと、確かに見張りが交代した。新しい見張りが配置について、前の見張りが中へ入っていく。
「交代から10分後……今にゃ!」
ミケケの合図で、作戦が開始された。
まず、ネルムが詠唱を始める。
『黒ノ四式・サークルパラライズ!』
紫の霧が見張りの二人を包み、一人の体が硬直した。同時にミケケも詠唱。
『白ノ四式・サークルスリープ!』
白い霧がもう一人の見張りを包むが——
「ぐっ……!」
一人が耐えた。
「チィッ!」
ザリオが素早く駆け寄り、剣の柄で後頭部を叩く。どさりと倒れる見張り。
「よし、縛り上げろ!」
手早く見張り二人を縛り、茂みの中に隠す。
「次は薪を運ぶにゃ!」
全員で薪を抱え、古墳の入り口から少し中へと運び込む。暗い通路に、大量の薪が積み上げられていく。
「これで準備完了にゃ! ネルム、火をつけるにゃ!」
『黒ノ五式・ファイア!』
薪に火がつき、めらめらと燃え始める。
「いよいよだな」
ザリオが静かに呟く。
「ここからが本番にゃ!」
ミケケが腰のポーチから、何かを取り出した。麻痺草と眠り草の束だった。
「これを火の中に入れるにゃ!」
草を火の中に投げ込むと、濃い煙が立ち上り始める。
「なるほど! 煙で燻し出すのね!」
ユリスが目を見開いた。
「そうにゃ! でも、まだ完成じゃないにゃ!」
ミケケがネルムを見る。
「入り口を半分塞ぐにゃ!」
『黒ノ三式・ストーン・ツヴァイ!』
大きな岩が召喚され、入り口を半分塞いだ。完全には塞がず、少しだけ空気が入る隙間を残している。
「ザリオ、盾をうちわ代わりに使うにゃ!」
「おう、任せろ!」
ザリオがナイトシールドを構え、うちわのように煙を古墳の奥へと送り込む。もくもくと濃い煙が、古墳の中へと流れ込んでいく。
「交代でやるにゃ!」
一時間——ひたすら送煙。疲れたら交代、また送る。単純だが、確実に煙は古墳内部へと充満していく。
やがて、煙が薄くなってきた。草が燃え尽きたのだ。
「もう大丈夫にゃ」
ミケケが確認するように鼻をひくひくさせる。
「煙も晴れてきたにゃ」
「ドラン、石を破壊しろ」
ザリオの指示で、ドランが斧を振り下ろす。
ガシャン!
石が砕け、入り口が開いた。慎重に中へ入ると——
「こ、これは……」
通路にも、奥の広間にも、盗賊たちが倒れていた。全員が麻痺し、眠っている。その数、なんと10人。
「す、すげぇ……」
ザリオが呆然とする。
「一人も戦わずに、全員無力化……」
「これが吾輩の『無血勝利戦法』にゃ!」
ミケケが得意げに胸を張る。
「戦いとは、戦う前に勝利を確定させるものにゃ!」
今度は、誰も呆れなかった。むしろ、感嘆の眼差しでミケケを見つめている。
「ミケケ……お前、やはり天才だな」
ザリオが素直に認める。
「こんな戦法、俺じゃ絶対思いつかねぇ」
「本当に……すごいわ」
ユリスも感心している。
「アタマイイ……」
ドランまでが目を輝かせた。
「理論的で、効率的で、実に素晴らしい」
ネルムが眼鏡を直しながら頷く。
「じゃあ、今後のパーティーの戦闘指揮は、ミケケに任せる」
ザリオが宣言した。
「異議なし!」
全員が賛同する。
◆ ◆ ◆
盗賊たちを一人ずつ縛り上げ、外へ運び出す。その途中で、奥の部屋から宝物も発見した。金貨、宝石、小麦、干し肉——明らかに村から奪ったものだ。
「これ、全部村に返すんだろ?」
ユリスが確認する。
「当たり前だ」
ザリオが即答した。
「俺たちは、もう盗賊じゃねぇ。正義の冒険者だ」
(昔なら、全部もらってたけどな……)
心の中でそう思いながらも、ザリオは迷わなかった。
◆ ◆ ◆
馬車に縛った盗賊たちを積み込み、略奪された物も一緒に積んで村へと戻った。
村に着くと、村人たちが驚きの声を上げる。
「盗賊団が……全員捕まってる!」
「冒険者様がやってくださったんだ!」
わらわらと人が集まってくる。村長が涙を流しながら駆け寄ってきた。
「本当に……本当にありがとうございます!」
「これ、盗賊団が略奪した物です」
ザリオが略奪された物を差し出す。
「全部、村のものですよね。お返しします」
「え……?」
村長が目を丸くする。
「冒険者様の戦利品では……?」
「いや、これは元々村のものだろ」
ザリオがきっぱりと言う。
「俺たちは、依頼報酬だけで十分だ」
村長の目から、再び涙がこぼれた。今度は、感謝の涙だった。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
村人たちが次々に礼を言う。
「これで安心して暮らせます!」
「子供たちも、もう怯えなくていいんだ!」
「冒険者様は、村の恩人です!」
口々に感謝の言葉を述べられる。子供たちが無邪気に近寄ってきて、ミケケの尻尾を不思議そうに見つめる。
「にゃー!」
ミケケが愛想よく応えると、子供たちがきゃっきゃと笑った。
「なんか……すごく……気持ちいいわね」
ユリスが呟いた。
「ああ」
ザリオも頷く。
「人に感謝されるって、こんなに嬉しいものだったんだな」
昔の灰銀の牙は、恐れられ、嫌われていた。金と力だけを求め、人を蹴落として生きていた。でも今は違う。人々の笑顔が、心を温かくする。
「これが、兄貴が教えてくれた道か……」
ザリオが空を見上げる。ボンノーの言葉が、改めて心に響いた。
『守り、守られる者あってこそ……真の煩悩は宿るのじゃ』
「イイ……キモチ……」
ドランが不器用に微笑む。
「こういうの、悪くないですね」
ネルムも素直に認める。
「吾輩も嬉しいにゃ!」
ミケケが尻尾をぶんぶん振った。
◆ ◆ ◆
夕方、リントベルクへの帰路——
馬車の中で、一行は今日の成功を振り返っていた。
「ミケケの作戦、本当にすごかった」
ユリスが改めて感心する。
「えへへ〜」
ミケケが照れくさそうに耳を伏せた。
「でも、みんなが協力してくれたからにゃ」
「そうだな。俺たち、いいチームになってきたな」
ザリオが頷いた。
「そういえば」
ネルムが思い出したように言う。
「王都のアジト、どうします?」
「……そうだな」
ザリオが考え込む。
「戒厳令が出てるし、一度様子を見に戻るか。荷物も取りに行かねぇと」
「賛成」
ユリスが頷く。
「ここで稼いだ金もあるし、アジトの整理も必要ね」
「ジャア、アシタ?」
ドランが尋ねる。
「ああ、明日の朝一で王都へ向かう」
ザリオが決断した。
「でも、これからも冒険者として、人を助ける道は続けていく」
◆ ◆ ◆
夕日が、馬車を赤く染める。
新生灰銀の牙は、確実に成長していた。かつての悪党たちは、今や人々を守る冒険者へと生まれ変わりつつある。
それもこれも、一人の僧侶との出会いがきっかけだった。
「兄貴……」
ザリオが小さくつぶやく。
「俺たち、正しい道を歩いてるよな?」
風が、優しく頬を撫でていく。まるで、誰かが「そうだ」と答えてくれているかのように――




