第26話 吾輩、新生灰銀の牙の初陣にて天才扱いされる
リントベルクの冒険者ギルド――
ボンノー一行と別れた後、灰銀の牙のメンバーはギルドの掲示板前に集まっていた。
「よし! 新生灰銀の牙の初仕事を探すぞ!」
ザリオが灰銀色の鎧を輝かせながら、掲示板に向かって拳を握る。
「そうね。まずは身の丈に合った依頼から始めましょ」
ユリスが金茶の髪を軽く撫でながら穏やかに微笑んだ。以前の高飛車な態度は影を潜め、柔らかな表情が印象的だ。
「ムズカシイノハ、モウコリゴリダ」
ドランが愛用の斧を担ぎ直しながら、スキンヘッドの頭をぽりぽりと掻く。どこか遠くを見つめる目には、苦い記憶がよぎっているようだった。
「ええ、本当に……あのシューティングシャウラの時は……」
ネルムが眼鏡のブリッジを押し上げながら、思い出したくもない記憶を振り払うように首を横に振った。
「おっ、これなんかどうにゃ?」
ミケケが三毛柄の耳をぴくぴくと動かしながら、掲示板の一枚を指差した。
**【依頼:ワイルドボア掃討】**
**依頼主:レミナ村 村長**
**報酬:銀貨20枚**
**内容:畑を荒らすワイルドボアの群れを駆除してほしい**
「ワイルドボアか……」
ザリオが顎に手を当て、しばし考え込む。
「数が多いと面倒だが、脅威度なら俺たちでも十分対処できるはずだ」
「報酬も悪くないわね」
ユリスが素早く頭の中で計算する。
「五人で分ければ一人銀貨四枚。初仕事としては上々じゃない?」
「決まりにゃ! これで行くにゃ!」
ミケケが尻尾を勢いよく左右に振りながら宣言した。
「新生灰銀の牙の初任務、絶対成功させるにゃ!」
その弾けるような元気さに、メンバー全員の表情が自然とほころぶ。
「よし、さっそく受付に行こう」
一行は受付カウンターへと足を向けた。
「あら、灰銀の牙の皆さん」
顔なじみの受付嬢が柔らかく微笑む。
「今日は新しいお仲間もご一緒なのね」
「はいにゃ! 吾輩はミケケにゃ!」
ミケケが胸を張って元気よく名乗りを上げる。
「これからよろしくお願いするにゃ!」
◆ ◆ ◆
手続きを済ませた一行は、さっそくレミナ村への道を歩み始めた。
「レミナ村までは馬車で一時間ってところか」
ザリオが地図を広げて確認する。
「全員、準備はいいな?」
「もちろんにゃ!」
ミケケが腰のポーチをぽんぽんと叩く。中には薬草や包帯がぎっしりと詰め込まれていた。
「回復も補助も、吾輩に任せてにゃ!」
「心強いわね」
ユリスが優しい眼差しでミケケを見つめる。
その横顔を、ザリオはそっと盗み見ながら小さくつぶやいた。
「ユリス……今日も綺麗だな……」
「ん? 何か言った?」
「い、いや! なんでもない! なんでもないぞ!」
慌てふためくザリオを見て、ネルムが苦笑いを浮かべる。
「まったく、相変わらずですね……」
◆ ◆ ◆
馬車に揺られること一時間――
レミナ村の入り口に到着した一行の目に、のどかな農村風景が飛び込んでくる。
しかし遠くに見える畑の一部は無残に荒らされ、作物は踏みにじられていた。ジャガ・テールのうねは泥でえぐられ、実は皮だけが残され、かじられた跡があちこちに生々しく残っている。
「ひどい有様にゃ……」
ミケケが眉をひそめて呟く。
「これは一刻も早く何とかしないと」
村長の家を訪ねると、白髪の老人が疲れ切った表情で出迎えてくれた。
「おお、冒険者様! よくぞ来てくださいました!」
村長は深々と、地面に額がつきそうなほど頭を下げる。
「ワイルドボアの群れが毎晩のように畑を荒らしに来るんです。もう我々にはどうすることもできません……」
「奴らの巣はどこにあるんですか?」
ザリオが単刀直入に尋ねる。
「村から北へ30分ほど歩いたところに、土壁に大きな穴が開いています。おそらくそこが巣窟かと」
「なるほど、分かりました」
ザリオが力強く頷く。
「俺たちが必ず退治してみせます!」
「お願いします……どうか……」
村長は目に涙を浮かべながら、もう一度深く頭を下げた。
「この村の未来がかかっているんです」
「大丈夫にゃ! 任せるにゃ!」
ミケケが自信満々に小さな胸を張る。
「吾輩たちが必ずなんとかしてみせるにゃ!」
◆ ◆ ◆
村から歩くこと30分――
確かに土壁に巨大な穴が口を開けていた。直径は優に三メートルはある。中は真っ暗で、奥がどこまで続いているのか見当もつかない。
「デケェ……」
ドランが唸るように呟く。
「いったい何匹くらいいるんだろう……」
ネルムが不安げに眼鏡のフレームを押し上げる。
「とにかく中に入ってみよう」
ザリオが剣の柄に手をかけた、その瞬間――
「待つにゃ!」
ミケケが慌てて制止した。
「まずは明かりを確保するのが先にゃ」
ミケケが杖を天に掲げ、澄んだ声で詠唱を始める。
『白ノ四式・サークルライト!』
淡い光を放つ球体がふわりと宙に浮かび、洞窟内を柔らかく照らし出した。
「おお……これは便利だ」
ザリオが感心したように呟く。
「これで足元も見えるにゃ」
ミケケが得意げに尻尾をゆらゆらと振る。
一行は慎重に洞窟を進んでいく。しばらく歩くと、急に視界が開けた。
そこには――
「う、うわぁ……」
ユリスが息を呑む。
巨大な空間に、ワイルドボアが20匹以上も群れをなして休んでいた。
◆ ◆ ◆
「よし! 新生灰銀の牙の初陣だ! 全員で突撃――」
「待つにゃ!」
またもやミケケがザリオを制止する。
「どうした?」
「吾輩に秘策があるにゃ」
「秘策だと?」
全員の視線がミケケに集中する。
ミケケはスカイブルーの瞳をきらりと輝かせながら、作戦の説明を始めた。
◆ ◆ ◆
「まず最初に、吾輩が全員に防御魔法を二重にかけるにゃ」
ミケケが人差し指を立てて説明する。
「次に、ユリスの弓とネルムの黒ノ五式・ファイアで先制攻撃を仕掛けるにゃ」
「ふむふむ」
ユリスが真剣な表情で頷く。
「それで敵の注意を一気にこちらに引きつけるのね」
「その通りにゃ! そして突進してくる敵の大群に向かって――」
ミケケの瞳に、いたずらっぽい光が宿る。
「吾輩が『白ノ四式・サークルスリープ』をお見舞いするにゃ!」
「サークルスリープだって!?」
ネルムが目を見開く。
「四式の範囲睡眠魔法か……なるほど、それは効果的かもしれない」
◆ ◆ ◆
「でも眠らせただけじゃ、倒したことにならないだろ?」
ザリオが当然の疑問を口にする。
「ふっふっふ、そこでネルムの出番にゃ!」
ミケケがびしっとネルムを指差す。
「眠った敵に『黒ノ四式・サークルポイズン』を重ねがけするにゃ!」
「あっ! そうか!」
ネルムの眼鏡がきらりと光る。
「毒でじわじわと体力を削るんだね」
「そして敵が減ったところで、狭い通路まで後退するにゃ」
ミケケは作戦の仕上げを説明する。
「狭い通路ならドランとザリオが前衛で守りを固められるにゃ。ネルムとユリスは後方から攻撃、吾輩は防御と回復で全面支援するにゃ!」
一同は目をぱちくりさせながら、小さな白魔法使いを見つめた。
「す、すげぇ……」
ザリオが呆然と呟く。
「完璧すぎる作戦だ……」
「こんな戦術、私には思いもつかなかったわ……」
ユリスも素直に感心している。
「スゲェ……」
普段無口なドランまでが目を輝かせていた。
「それじゃ、さっそく実行にゃ!」
ミケケが杖を構え、気合を入れる。
まずはミケケが防御魔法を展開する。
『白ノ四式・サークルプロテクション!』
『白ノ四式・サークルブレス!』
二重の防御加護が温かく仲間たちを包み込んだ。
「よし、行くぞ!」
ユリスが弓を引き絞り、ネルムが呪文の詠唱を始める。
矢が風を切り、炎弾が空を裂く。
「ブギィィィィッ!」
ワイルドボアたちが一斉に跳ね起き、怒りの咆哮を轟かせた。
20匹のワイルドボアが、地響きを立てながら一斉に突進してくる。
土煙が舞い上がり、洞窟全体が震える。
「今にゃ!」
ミケケが杖を高々と掲げる。
『白ノ四式・サークルスリープ!』
白い霧がワイルドボアの群れを優しく包み込む。
一頭、また一頭と足取りが重くなり、やがてどさりと地面に崩れ落ちていく。
「信じられない……」
ザリオが息を呑む。
「十五匹も眠らせた!」
「ネルム、今がチャンスにゃ!」
「了解!」
ネルムが素早く呪文を紡ぐ。
『黒ノ四式・サークルポイズン!』
黒紫色の瘴気が、眠るワイルドボアたちをじわじわと蝕んでいく。
「残り五匹! 計画通り通路まで後退!」
ザリオの号令で、一行は素早く狭い通路へと退いた。
怒り狂った五匹のワイルドボアが、赤い目を光らせながら追いかけてくる。
「ここが決戦の場にゃ!」
通路の入り口で、ドランとザリオが身構える。
「カカッテコイ!」
ドランが斧を大きく振りかぶる。
突進してきたワイルドボアを、見事な一撃で薙ぎ払った。
「俺も負けてられるか!」
ザリオの剣が銀色の軌跡を描き、別の一頭を切り伏せる。
後方からは、ユリスの正確な矢とネルムの魔法が的確に援護する。
戦闘は順調に進んでいたが――
「ぐっ!」
ドランが顔をしかめた。ワイルドボアの鋭い牙が、腕を深く抉ったのだ。
「ドラン! 大丈夫か!」
「ダイジョウブ……タイシタコトナイ」
しかし、赤い血がどくどくと流れ出している。
「吾輩に任せるにゃ!」
ミケケが即座に詠唱を開始する。
『白ノ三式・ヒール・ツヴァイ!』
温かな癒しの光がドランを包み込み、傷口が見る見るうちに塞がっていく。
「タスカッタ……アリガトウ」
「どういたしましてにゃ!」
残るワイルドボアも次々と倒され、ついに――
「やった! 全部倒したぞ!」
ザリオが勝利の雄叫びを上げる。
大空間に戻ると、毒に侵されたワイルドボアたちが、まだ眠ったまま弱々しく横たわっていた。
「あとは一頭ずつ、確実にとどめを刺すだけにゃ」
慎重に、そして確実に、残りの敵を仕留めていく。
掃討作戦は、完全なる成功に終わった。
「これで村の人たちも安心して暮らせるな」
ザリオが満足げに剣を鞘に収める。
「ミケケ! お前本当にすげぇよ!」
ザリオが興奮のあまり、ミケケの頭を撫でようと手を伸ばす。
「にゃっ! 頭を撫でるのは禁止にゃ!」
ミケケが慌てて飛び退く。
「でも本当にすごかったわ」
ユリスが心からの笑顔を向ける。
「あんな見事な作戦、私たちだけじゃ絶対に思いつかなかったもの」
「テンサイダ……」
ドランまでもが素直に称賛する。
「いやはや、恐れ入りました」
ネルムも眼鏡を光らせながら深く頷く。
「え、えへへ〜」
ミケケは照れくさそうに、三毛柄の耳をぺたんと伏せる。
「吾輩、そんなにすごいかにゃ?」
「すごいに決まってるだろ!」
ザリオが力を込めて断言する。
「お前は紛れもない天才だ! 灰銀の牙の頭脳だ!」
「そ、そんな大げさな……」
ミケケの顔が真っ赤に染まる。尻尾が嬉しさを隠しきれないようにぶんぶんと左右に振れていた。
その無邪気な喜びように、一同は温かい眼差しを向ける。
◆ ◆ ◆
村へ戻ると、村長が感涙にむせびながら出迎えた。
「ありがとうございます! 本当に、本当にありがとうございます!」
村長が何度も何度も頭を下げる。胸の奥が、じんわりと温かくなる。
「これで、村は救われました……」
「よかった」
ザリオが誇らしげに胸を張る。
「これが新生灰銀の牙の実力です!」
村人たちもわらわらと集まってきて、口々に感謝の言葉を述べる。
「ありがとうございます、冒険者様!」
「これで安心して畑仕事ができます!」
子供たちも、憧れのまなざしで一行を見上げていた。
◆ ◆ ◆
「なんていうか……」
ユリスがぽつりと呟く。
「こういうの、すごくいいわね」
「ああ、本当にな」
ザリオも深く頷く。
「人に感謝されるって、こんなに胸が熱くなるものだったんだな」
かつての灰銀の牙は、金と名声だけを追い求めていた。
他人を蹴落とし、手柄を横取りし、卑怯な手段も平気で使った。
でも今は違う。
村人たちの笑顔が、何よりも価値のある報酬に思えた。
「イイナ……」
ドランも、不器用ながら口元を緩めている。
「これが兄貴の言ってた『煩悩の正しい使い方』ってやつなのかな」
ザリオがふと思い出したように呟いた。
「ボンノーさん……」
ユリスが遠い目をする。
「あの人には、どれだけ感謝しても足りないわ」
「命を救ってもらったからね」
ネルムも静かに頷く。
「それだけじゃない。こうして正しい道を示してもらった」
「アニキ……」
ドランまでもが、しみじみとした口調で呟く。
「ボンノーって、そんなにすごい人なのかにゃ?」
ミケケが不思議そうに首を傾げる。
「吾輩には、ただの煩悩まみれの変態坊主にしか見えなかったけどにゃ?」
「あー、それは……まあ……」
ザリオが困ったような笑みを浮かべる。
「確かに煩悩が人一倍強いところはあるけど……」
「でも、誰よりも優しくて、誰よりも強い人なのよ」
ユリスが真剣な眼差しで言い切る。
「私たちを地獄の底から救い出してくれた、恩人なの」
ミケケは、その真摯な様子を不思議そうに眺めていた。
(ふーん、そんなにすごい人なのかにゃ……でも吾輩を抱きしめようとした時点で、やっぱり変態確定にゃ)
◆ ◆ ◆
リントベルクへの帰り道――
夕日が、一行の背中を優しく照らしていた。
「今日は大成功だったな!」
ザリオが上機嫌で大股に歩く。
「これからも、この調子で頑張っていこう!」
「ええ、そうね」
ユリスも笑顔で頷く。
その隣を歩きながら、ザリオはもじもじと口を開いた。
「あの、ユリス……その……」
「何?」
「今日も……すごく綺麗だ」
「……ばか」
ユリスの頬が、沈みゆく夕日よりも赤く染まった。




