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ボンノーさまがいく ~異世界で46cm三連砲を撃つ物語~  作者: wok
第2章 煩悩坊主、姫と聖女と姐と妹と共に

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第19話 拙僧、褐色魔女の無詠唱にて肉への煩悩を再燃させる

二日目の朝――

リントベルクの城門が、ようやく視界に入ってきた。

朝露を纏った石畳が朝日を反射し、街全体が金色に輝いて見える。

「ああ、懐かしいリントベルクの街並み!」

ヴィヴィが両手を高く伸ばして背筋を反らせた。

「やっと戻ってこれましたね」

シノが胸を撫で下ろす。

「まずは冒険者ギルドに顔を出すか」

グレアが兜の隙間から低く呟いた。

ボンノーは腰に下げた革袋を軽く叩き、重いため息を吐いた。

「……路銀が、もはや底をついておりますな」

バスタでの賄賂、温泉宿での宿泊費。想定外の出費が積み重なり、懐の金貨は既に消え失せていた。

「また稼げばいいのさ」

ナターシャが軽い調子で肩を竦める。

◆ ◆ ◆

冒険者ギルド――

変わらぬ喧騒が広間を満たしていた。

掲示板の前には冒険者たちがひしめき合い、めぼしい依頼を物色している。

「おかえりなさい! ボンノー様たち!」

受付嬢が満面の笑みで迎えてくれた。

「バスタ方面へ行かれていたんですね。最近あちらは物騒だと聞きますが、ご無事で何よりです」

「ええ、まあ……色々ございましたが」

ボンノーは言葉を濁しながら、掲示板へと足を向けた。

そこで、一枚の羊皮紙が目に留まった。


**【依頼:ジューシーボアの食材調達】**

**依頼主:レストラン・サヴァラン マルテン**

**報酬:銀貨10枚**

**備考:新鮮な肉を求む**


「マルテン殿の依頼か……」

三か月前の恩が脳裏をよぎる。

見事に捌いた兎肉を褒められ、豪華な食事を振る舞われたあの日を。

「ジューシーボアって、あの白くて太った豚でしょ?」

ヴィヴィが横から覗き込んできた。

「美味しいって評判だよね!」

「楽な依頼ですし、これにしましょう」

シノも即座に賛同する。

◆ ◆ ◆

「あ、そうだ」

思い出したようにナターシャが受付へと歩き出した。

「あたい、冒険者登録したいのさ」

「はい、お名前と等級証をお願いします」

「名前はナターシャ。等級証は……ガルドの野郎に全部奪われちゃってね」

受付嬢の表情に同情の色が浮かんだ。

「それは災難でしたね。では、銅等級からの再スタートということで」

「金等級だったのに、銅からやり直しか……」

苦い笑みを浮かべながら、ナターシャは新品の銅プレートを受け取った。

「ま、しょうがないさ。またコツコツ上げていくよ」

◆ ◆ ◆

馬車が揺れること一時間――

タロラル高原の雄大な景色が広がってきた。

緩やかな起伏を持つ丘陵地帯に、青々とした短い草が絨毯のように敷き詰められている。

「ジューシーボアは草食で大人しいけど、怒らせると突進してくるから気をつけてね」

ヴィヴィが警告を発する。

その瞬間――

ドドドドドッ!

大地が震え、土煙が舞い上がった。

「な、なんだ!?」

振り返れば、白く肥えた豚――ジューシーボアが二頭、凄まじい勢いで突っ込んできていた。

「こっちに向かってくる!」

シノが慌てふためいて祈りの杖を構える。

「これは僥倖ぎょうこうじゃな」

ボンノーが錫杖を握り締める。

「二頭も向こうから来るとは」

◆ ◆ ◆

「あたいの出番さ」

ナターシャが余裕綽々と前に出た。

プラチナの髪が風に舞い上がる。

「まかせるのさ」

両腕を優雅に広げ、詠唱を紡ぎ始める。

「月の女神ルナテミスよ、銀光を下せ!」

そして小声で付け加えた。

「……まあ、昼だから月は出てないけどね。てへっ」

全員が脱力しかけた瞬間、ナターシャは涼しげに魔法を解き放った。

『黒ノ五式・ストーン!』

掌から射出された石礫が、先頭のジューシーボアの額を正確に撃ち抜く。

巨体がドサリと崩れ落ちた。

次の刹那――

詠唱なしで、もう一発の石礫が飛んだ。

二頭目も頭部への直撃を受け、地面に沈んだ。

◆ ◆ ◆

「す、すげぇ……」

ヴィヴィが顎を外しそうなほど口を開けた。

「二発目、詠唱してなかったよね!?」

「無詠唱……!」

グレアも驚愕を隠しきれない。

「それも五式とはいえ、瞬時に……」

「さすが金等級だった方ですね」

シノも感嘆の息を漏らしていた。

「百八年も生きてれば、このくらいできるのさ」

ナターシャは何でもないように髪をかき上げた。

その瞬間――

ガルルルル……

低い獣の唸りが響いてきた。

茂みを割って姿を現したのは、額に鋭い一本角を生やした巨大な虎。

一角タイガーだった。

「なるほど、ジューシーボアが逃げてきた理由はこれか」

ボンノーが合点がいったように頷く。

◆ ◆ ◆

「一角タイガーの角と毛皮は高く売れるよ!」

ヴィヴィの瞳が金貨の輝きを宿した。

「金貨2枚はいくかも!」

グレアが剣を滑らかに抜き放ち、ボンノーも錫杖を構え直す。

シノは防御魔法の詠唱に入った。

一角タイガーが地を蹴り、宙を舞った。

鋭利な爪が陽光のごとく煌めく。

ヴィヴィが大盾を掲げて前に飛び出した瞬間――

『黒ノ三式・パラライズ・ツヴァイ!』

ナターシャの魔法が炸裂した。

紫の霧が一角タイガーを包み込む。

空中で硬直した巨体が、ドサリと地面に叩きつけられた。

痙攣するばかりで、身動き一つ取れない。

「あとは前衛の仕事さ」

ナターシャが涼やかに告げた。

◆ ◆ ◆

「では、拙僧が」

ボンノーが錫杖を振り上げかけたが――

シュッ!

グレアの剣閃が弧を描いた。

一角タイガーの首筋を寸分違わず切り裂く。

瞬殺だった。

「……早いな」

ボンノーが苦笑を漏らす。

「当然だ」

グレアは剣を鞘に収めながら、誇らしげに胸を反らした。

「さて、血抜きと内臓処理をせねばのぉ」

ボンノーは手慣れた動作で、ジューシーボアの血抜きに取り掛かった。

首筋に刃を滑らせ、内臓を手際よく取り出していく。

その一連の動きは、まさに熟練の技だった。

「ボンノーさん、ほんと手慣れてるね」

ヴィヴィが感心の声を上げる。

◆ ◆ ◆

リントベルクの冒険者ギルド――

「ジューシーボア二頭と、一角タイガー一頭!?」

受付嬢が目を見開いた。

「すごい収穫ですね!」

査定の結果、一角タイガーの角と毛皮は金貨2枚で買い取られた。

「おお、これはこれは!」

奥から姿を現したのは、恰幅の良い料理人・マルテンだった。

「ボンノー殿! お久しぶりですな!」

「マルテン殿、ご無沙汰しております」

ボンノーが深々と頭を下げる。

マルテンはジューシーボアの肉を検分し、感嘆の声を上げた。

「素晴らしい! 血抜きも内臓処理も完璧だ!」

そして、革の財布を取り出した。

「依頼は一頭でしたが、二頭も捕獲してくださったとは……もう一頭も買い取らせていただきます。銀貨10枚でいかがかな?」

「ありがたき幸せ、マルテン殿」

ボンノーが感謝を述べ、ヴィヴィは飛び跳ねて喜びを表現した。

◆ ◆ ◆

最終的に、依頼報酬と買い取り代で銀貨20枚。

一角タイガーの金貨2枚と合わせて、予想以上の収入となった。

「一人あたり銀貨8枚ずつだね!」

ヴィヴィが素早く計算する。

「これで一銅無しじゃなくなったよ!」

ナターシャも嬉しげに銀貨を確かめた。

「食材の調達は、やはりボンノー殿が一番ですな」

マルテンが満足げに頷く。

その時、ボンノーが申し出た。

「マルテン殿、二頭の解体処理は大変でしょう。拙僧も手伝いましょうか?」

「おお! それは助かります!」

マルテンの顔が明るく輝いた。

「では、お礼と言ってはなんですが……今夜、皆さんでジューシーボアのステーキはいかがですか? もちろん、お代はいただきません」

◆ ◆ ◆

「肉……ジューシーボアのステーキ……」

ボンノーの瞳が妖しく輝いた。

口元から、今にも涎が零れ落ちそうになる。

「ボンノーさま、涎が……」

シノが慌ててハンカチを差し出す。

「では、拙僧は今からマルテン殿を手伝いますので、皆さんは後ほど店にお越しください」

「了解!」

ヴィヴィが元気よく応じた。

「じゃあ、あたいたちは買い物でもしてくるさ」

ナターシャが提案する。

「私、新しいポーチが欲しいですし」

シノも同意した。

◆ ◆ ◆

レストラン・サヴァラン――

厨房の中央で、ボンノーが包丁を握っていた。

シュッ、シュッ、シュッ――

リズミカルな刃音と共に、ジューシーボアが部位ごとに切り分けられていく。

「見事だ……!」

マルテンが息を呑む。

「筋の走り方を完璧に把握している……まさに匠の技!」

ロース、ヒレ、バラ、モモ――

それぞれが美しく整形され、調理台に配置されていく。

「この部位はステーキに、こちらは煮込みに最適ですな」

ボンノーが解説しながら、手を休めることなく作業を続ける。

◆ ◆ ◆

夕刻――

『レストラン・サヴァラン』の扉が開き、仲間たちが到着した。

「いらっしゃいませ!」

マルテンが満面の笑みで出迎える。

「特等席をご用意しました!」

厨房が見渡せる特別席に案内される一行。

そして――

ジュウウウウ……

鉄板の上で、分厚いステーキが焼かれる音。

香ばしい匂いが店内に充満する。

「う、うまそう……」

ボンノーの理性が崩壊寸前だった。

涎が、もはや制御不能になっている。

◆ ◆ ◆

「お待たせしました! ジューシーボアの特選ステーキです!」

運ばれてきた皿の上には、見事に焼き上げられた肉の塊。

表面は香ばしくカリッと、内側はジューシーに。

岩塩と黒胡椒、そしてハーブバターが添えられている。

「いただきます!」

全員で手を合わせ、そして――

ボンノーが真っ先に肉を口に運んだ。

「……っ!」

肉汁が口腔内で爆発する。

脂の甘み、赤身の旨味、そして焦げ目の香ばしい苦味が絶妙に調和している。

「う、うまい……うますぎる……!」

涙すら流しながら、ボンノーは肉を貪り食った。

「ボンノーさん、ペース早すぎ!」

ヴィヴィが笑いながら突っ込む。

「こんなに美味しいステーキ、初めてです」

シノも幸せそうに頬を緩める。

「ふむ、悪くない」

グレアも兜の下で舌鼓を打っていた。

「いい肉だね、これ」

ナターシャも満足げに頷く。

「やっぱり美味いものを食うのが一番さ」

◆ ◆ ◆

「どうです、ボンノー殿の捌いた肉は!」

マルテンが誇らしげに言う。

「ボンノーさん、最高だよ!」

ヴィヴィが親指を立てた。

その横で、ボンノーは既に二皿目に突入していた。

「煩悩即菩提……肉は尊き戒律……」

ぶつぶつと呟きながら、ひたすら肉を口に運ぶ。

「ボンノーさま……もう少しゆっくり……」

シノが心配そうに声をかけるが、ボンノーの耳には届かない。

完全に肉の虜と化していた。

「百八歳にもなって、まるで子供のようなのさ」

ナターシャが呆れながらも、優しい眼差しを向けた。

「でも、美味しそうに食べる人を見るのは、いいもんさ」

こうして、久方ぶりの肉祭りは深夜まで続いた。

ボンノーが正気に戻ったのは、五皿目を平らげた後だったという――。

「拙僧……また煩悩に負けてしまった……」

深く反省するボンノーだったが、口元にはまだ肉汁が光っていた。

◆ ◆ ◆

夜も更けた宿屋の一室で、シノとグレアは向かい合って座っていた。

「グレアさん……あの、ちょっと気になって」

シノが遠慮がちに切り出す。

「なんだ?」

兜を外したグレアが、亜麻色の髪をかき上げながら応じた。

「ボンノーさまって……どういう人だと思われますか?」

「ボンノー?」

グレアが片眉を上げる。

「あの煩悩坊主のことか」

「煩悩坊主って……」

シノが頬を膨らませる。

「そんな方じゃありません」

「そうか? 娼館街で鼻血を出して倒れたり、温泉でナターシャと――」

「あ、あれは事故です!」

思わず声を張り上げたシノに、グレアは小さく笑った。

「……まあ、悪い奴じゃないな。あいつは本物だ」

「本物?」

「嘘をつかない。変に飾らない。だから損もするが……それでも人を救おうとする」

「……そうですね」

シノは静かに頷いた。

「おまえは?」

グレアが軽く問う。

「私は……命を救っていただいた恩があります」

「ふうん」

グレアはそれ以上深くは聞かず、窓の外へ視線を向けた。

「……坊主は鈍い。言いたいことがあれば、はっきり伝えろ」

シノはきょとんとしたまま、「おやすみなさい」と部屋を出ていく。

残されたグレアは、月光を浴びながら短く息をついた。

「……まあ、わたくしも、似たようなものですわ」


窓明かりが石畳に四角く落ちる。リントベルクの夜は静かに、眠りの色へ――

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