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ボンノーさまがいく ~異世界で46cm三連砲を撃つ物語~  作者: wok
第2章 煩悩坊主、姫と聖女と姐と妹と共に

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第17話 拙僧、同い年の褐色美女に煩悩の限界を突破される

「お坊様、話がしたくてね」

湯煙の向こうから、ナターシャの艶やかな声が響く。

月光に照らされた露天風呂は白い霧に包まれ、幻想的な雰囲気を醸し出していた。幸いにも――いや、ボンノーの正気を保つ意味では真に幸いなことに――褐色の肌はぼんやりとした輪郭しか見せていない。

「な、ナターシャ殿……! 拙僧、今は入浴中でして……」

ボンノーは慌てて岩陰に身を隠した。手にした月見酒の杯が、動揺で小刻みに震える。

「ふふ、分かってるさ。でも、お坊様と話がしたくてね。ちょうどあたいも眠れなかったのさ」

ざぶん、と湯に入る音。

距離はある。湯煙も濃い。だが、月光が時折作り出す影が、妖艶な曲線を浮かび上がらせて――

(い、いかん! 煩悩煩悩煩悩!)

ボンノーは必死に目を閉じ、念仏を心の中で唱え始めた。

◆ ◆ ◆

「改めて自己紹介するのさ」

ナターシャの声が、湯煙越しに優しく響く。

「あたいはナターシャ。ダークエルフの黒魔法使い。まあ、趣味でシーフもやってるけどね。歳は――信じられないかもしれないけど、百八歳なのさ」

「ひゃ、百八歳!?」

ボンノーは驚きのあまり、手にしていた杯を落としそうになった。ボンノーと同じ年齢――これは運命なのか、それとも――

「そんなに驚くことかい? ダークエルフの寿命は長いんだよ。まあ、あたいたちはもうほとんど残ってないけどね」

声に滲む寂寥感に、ボンノーは胸を痛めた。

「あたいは月の女神ルナテミス様を信仰してるのさ。レファリア教が主流のこの世界じゃ、ちょっと珍しいでしょ?」

「ふむ……」

ボンノーは静かに頷いた。

(扶桑にもミホトケ様やアマテラス大神様がおられた。多様な信仰があるのは、どの世界も同じなのじゃな)

「でも、お坊様は人族にしか見えないのさ」

ナターシャが不思議そうに言う。

「お坊様の魂は、十八歳の若者とは思えない深みがあるけどねぇ」

ボンノーは深く息を吸った。月光が水面に揺れる中、いつかは話さねばならぬ真実を口にする時が来たと悟った。

「……実は、拙僧はこの世界の人間ではございませぬ」

「え?」

「扶桑皇国という……別の世界から来た者です。そこで百八年生き、大往生を遂げたはずが……気がつけば、この世界に若返って輪廻転生しておりました」

沈黙が流れる。月光が、湯の面にやさしい線をたゆませた。

「扶桑……聞いたことない名前だね」

ナターシャの声は、驚きながらも温かみを失わなかった。

「でも、お坊様は生きてるのか死んでるのか、自分でも分からないってこと?」

「……正直、よく分かりませぬ」

ボンノーは苦笑した。この身体は確かに生きているが、前世の記憶を持つ自分は果たして同一人物なのか。

その時、ナターシャが哲学的な言葉を紡いだ。

「あたいはね、人がいつ死ぬか知ってるよ」

「……いつですか?」

「忘れられた時さ」

ナターシャの声は、百年の時を生きた者だけが持つ重みを帯びていた。

「だから、お坊様は生きてる。あたいが覚えてるし、仲間たちも覚えてる。それが生きてる証拠なのさ」

ボンノーの胸に、温かいものが込み上げた。転生してから初めて、自分の存在を肯定してもらえたような気がした。

◆ ◆ ◆

ボンノーも自分の歳を明かした。

「へぇ、同い年だったんだ!」

ナターシャの声が弾むように明るくなる。

「じゃあ、誕生日はいつ?」

「十二月十六日です。ナターシャ殿は?」

「十一月七日さ!」

「ほう、この世界も365日なのですな」

ボンノーは興味深そうに呟いた。天体の運行まで似ているとは、世界の理に共通点があるのかもしれない。

「ってことは、あたいの方がちょっと年上だね!」

ナターシャが得意げに言う。

「お坊様はあたいをお姉さんとして扱うがよいのさ〜」

「い、いやいや、ひと月ほどの差では……」

「細かいことは気にしない! 同い年の縁は大切にしたいのさ」

「実はね」

ナターシャの声が、急に切なさを帯びた。

「昔、人族の男と暮らしてたことがあるのさ」

湯をかき混ぜる音が、静かな夜に響く。

「幸せだったよ。でも、人族の寿命は短い。三十年で……死別しちゃった」

「……そうでしたか」

ボンノーは、長寿種族の悲哀を感じ取った。愛する者を見送り続ける運命――それは祝福なのか、呪いなのか。

「その後は冒険者になったり、傭兵やったり。長く生きてると、色んなことがあるのさ。でも、今回はまったく油断してたよ」

ナターシャが自嘲気味に笑う。

「酒場で一杯やってたら……いや、一杯どころかベロンベロンに酔ってたのさ。黒羽隊に不意を突かれてね。ガルドの奴、卑怯にも薬を盛ってきたのさ。気がついたら、あの呪いの首輪をはめられてたのさ」

「それで水車小屋に……」

「そう。でも、お坊様たちが助けてくれた。感謝してるのさ」

「そういえば、七十年前に何か変わったことはありませんでしたか?」

ボンノーが、謎の声の主について手がかりを求めて尋ねる。

「七十年前? ああ、あったよ」

ナターシャが記憶を辿るように言った。

「王都セレスティアの西側で、大きな光が発生したのさ。空が真昼みたいに明るくなってね。一瞬、太陽が二つ現れたかと思ったくらい。何が起きたのか、今でも謎のままさ」

(謎の声の主と関係があるやもしれぬな)

「ヨコマール枢機卿についても、何かご存じですか?」

「ああ、あの男ね」

ナターシャの声に明確な嫌悪感が滲む。

「二十年前の魔島調査団の唯一の生き残り。今じゃ『ヨコマールにあらずんば人にあらず』って言われるくらいの権勢を誇ってるのさ。レファリア教団の実質的な支配者だよ」

「魔島……?」

「大昔からある瘴気濃度の高い島さ。まともな人間なら近づかない場所だよ。調査団が全滅したのも当然さ。でも、なぜヨコマールだけが生き残ったのか……それが最大の謎なのさ」

◆ ◆ ◆

その時、ナターシャが鼻をひくひくさせた。

「ん? お酒の匂い……お坊様も粋だねぇ。月見酒なんて風流じゃない。あたいにも一杯おくれよ~」

ざぶざぶと水音が近づいてくる。湯煙が薄れ、褐色の肌がより鮮明に――

「ちょ、ちょっと待たれよ! ナターシャ殿!」

ボンノーは慌てて後ずさりした。岩に背中がぶつかり、これ以上下がれない。

湯煙が風に流され、月光が差し込む。褐色の肌が艶めかしく輝き――

「一杯だけでいいのさ〜、あたいも月見酒がしたいのさ〜」

「だ、だめです! そんなに近づいては――拙僧の煩悩が――」

次の瞬間――

つるん!

「きゃっ!」

ナターシャが温泉の岩に足を取られた。

バランスを崩した彼女の体が、重力に従って真っ直ぐにボンノーへと倒れ込んでくる。

「うわっ!」

ボンノーは反射的に受け止めようと手を伸ばしたが――

どさっ!

完全に覆い被さられる形になってしまった。

触れ合う肌と肌。全身密着の状態。柔らかく、温かく、そして――

(こ、これは……! 煩悩が、煩悩が暴走する!)

褐色の肌が月光に照らされ、艶めかしく輝いている。豊満な胸元が、ボンノーの胸板に押し付けられ、その感触が直接――

「あ、ごめん、お坊様……大丈夫?」

ナターシャが顔を上げる。その距離、わずか数センチ。深緑色の瞳と目が合う。長い睫毛が震え、吐息が頬にかかる。濡れた髪から雫が滴り落ちて――

「ぼ、煩悩が……煩悩があああああ!!」

プシューーーーッ!!

盛大な鼻血が噴水のように噴き出し、ボンノーの意識は完全に闇へと落ちていった。

「お坊様!? お坊様!! しっかりして!」

ナターシャが必死に呼びかけるが、ボンノーはぴくりとも動かない。鼻血で温泉が赤く染まり始めている。

「これはまずい……のさ」

慌てて立ち上がるナターシャ。即座に判断し、行動を起こす。しかし、服は脱衣所に置いてきている。

「仕方ない……助けを呼ばなきゃ!」

素っ裸のまま、ナターシャは宿の廊下へと飛び出した。

◆ ◆ ◆

「きゃああああ!」

廊下を走るナターシャと鉢合わせしたシノが悲鳴を上げる。

「な、なんですか急に! なぜ裸で!?」

「説明してる暇はないのさ! お坊様が温泉で倒れて!」

「な、何だ!?」

グレアが慌てて部屋から飛び出してくる。

「な、ナターシャ! なぜ裸で廊下を!?」

「うわっ! ナターシャさん、せめて何か羽織って!」

ヴィヴィも目を丸くしながら、慌てて自分の上着を差し出す。

「お、お坊様が……温泉で大量の鼻血を出して倒れて……!」

事情を聞いた三人は、血相を変えて温泉へと駆けつけた。

結局、宿の主人を呼んで、ボンノーを救出することになったのだが――

「まったく、若い人は元気ですなぁ。月見酒で興奮しすぎたんでしょう」

老主人が苦笑しながら、ボンノーを部屋まで運んでくれた。鼻血はようやく止まったものの、ボンノーの顔は青白い。

◆ ◆ ◆

女子部屋――

「ボンちゃん、そこに正座してください」

シノの声は氷のように冷たかった。

布団の上で正座するボンノー。鼻に詰め物をしたその姿は、どこか情けない。

その前には、腕を組んだグレア、呆れ顔のヴィヴィ、そして申し訳なさそうなナターシャが並んでいた。

「この煩悩坊主が!!!」

グレアが顔を赤らめながら怒鳴る。

「温泉でナターシャと何をしていたんだ! まさか混浴を迫ったのか!?」

「ち、違うのじゃ! これには深い事情が……」

ボンノーは必死に弁解を始めた。月見酒を楽しんでいただけなのに、なぜこんなことに――

「……というわけで、拙僧は輪廻転生者なのです」

一通りの説明を終えたボンノー。温泉での会話の内容も含めて、すべてを正直に話した。

「拙僧、扶桑皇国にて百八年の生を終え、大往生を遂げたはずじゃが……気づけばこの世界に若い身体で輪廻転生しておりました」

シンとした沈黙が流れる。

「扶桑……?」

シノが首を傾げる。

「聞いたことない国ですね。もしかして、異世界から?」

「百八歳!?」

ヴィヴィが素っ頓狂な声を上げる。

「ボンノーさん、おじいちゃんだったの!? 道理で時々、妙に達観してると思った!」

「まさか……」

グレアは疑いの目でボンノーを見つめた。

「俺と同じくらいの歳のくせに、格を上げようと年を盛ってるんじゃないか?」

「い、いえ! 本当に百八歳で……前世の記憶もはっきりと……」

「まあまあ」

ヴィヴィが仲裁に入る。

「そういうことにしておいてあげよう! でも、扶桑って国、どんなところなの? 行ってみたいなぁ」

「唯一無二の"同い年仲間"がいたんだ」

ナターシャが嬉しそうに笑った。

「あたいはお坊様のことを気に入ったのさ。百八歳同士、お坊様についていくよ!」

「え、えぇ!?」

ボンノーが慌てる。この褐色美女と一緒に旅をしたら、煩悩で何度気絶することになるか――

「いや、それは……」

「いいじゃん! 仲間は多い方が楽しいよ!」

ヴィヴィが賛成する。

「黒魔法使いがいれば、戦いはぐっと楽になります」

シノはうなずいた。頭ではわかる。――でも、変な術でボンノーさまがまた鼻血を出すのは困ります。

「……まあ、腕が立つなら」

グレアも渋々認める。だが、心の中では複雑な感情が渦巻いていた。

こうして、ボンノー一行に新たな仲間が加わることになった。

◆ ◆ ◆

翌朝――

「昨夜は楽しかったのさ〜」

ナターシャが上機嫌で朝食を食べている。

「……楽しかった、ですか」

シノが微妙な表情で呟く。

「ボンノーさまと二人きりで、温泉で、全身密着して……」

「あ、あれは事故じゃ! 岩で滑って!」

ボンノーが必死に弁解する。

「事故ってレベルじゃなかったけどね〜」

ヴィヴィが茶化す。

「全身密着って、もはや……ねぇ?」

「……またその話か。ボンノーも反省しているし、それくらいにしておいてやれ」

グレアはわざとらしく肩をすくめてみせた。

言葉は涼しげだが、兜の奥で耳まで赤くなっているのは誰にも見えない。そして、吐息とともに漏れたのは、誰にも届かぬほどの小さな声。

「……わたくしというものがありながら――」

小鳥のさえずりに紛れたその囁きは、当の本人すら気づかぬうちに、素の姫様言葉だった。何かを守りたいような、それでいて自分でも理解できない感情が、胸の奥で小さく疼いていた。

朝食を終え、出発の準備をしていると――

「あの、すみません」

ナターシャが老主人に声をかけた。ボンノーの僧衣を借りたままの姿で、少し困ったような表情を浮かべている。

「実は、着るものがなくて困ってるのさ。昨日はお坊様の服を借りたけど、さすがにこのまま旅を続けるわけには……」

老主人は「ああ」と優しく頷いた。

「それはお困りでしょう。ちょうど良いものがありますよ」

奥から持ってきたのは、深い藍色の浴衣と黒い羽織だった。生地は丈夫で、旅装としても使えそうな品質だ。

「これは宿でお客様用に用意しているものですが、よろしければお持ちください。こういう山間の宿ですから、たまに着替えを必要とするお客様もいらっしゃいます」

「え、いいんですか? お金なら……」

「いえいえ、代金は結構ですよ。昨夜は賑やかで楽しかったですから。それに、あなた方のおかげで、久しぶりに宿が活気づきました」

老主人が温かく微笑む。

「本当に助かるのさ! ありがとう!」

着替えて出てきたナターシャを見て、一同は目を見張った。

藍色の浴衣が褐色の肌に絶妙に映え、黒い羽織がそれを引き締めている。旅装としては少し変わっているが、不思議なほど似合っていた。

「おお、いい感じじゃん! なんか、神秘的!」

ヴィヴィが親指を立てる。

「温泉宿の浴衣だけど、ナターシャさんが着ると何か特別な衣装に見えるね」

「とてもお似合いです。動きやすそうですし」

シノも素直に認める。

「うむ、よくお似合いですな」

ボンノーも頷いた。

「褐色の肌に藍色は、なかなか風流で……」

慌てて目を逸らすボンノー。

「……まあ、動きやすそうでいいんじゃないか」

グレアも渋々認める。だが、内心では、ナターシャの美しさに少し焦りを感じていた。

「ありがとう、みんな」

ナターシャは嬉しそうに羽織の裾を翻した。

「これで旅も続けられるのさ」

◆ ◆ ◆

老主人に深く礼を言い、一行は温泉宿を後にした。

「お気をつけて。また山道を通ることがあれば、ぜひお立ち寄りください」

「必ずまた来ます。今度は騒動を起こさぬよう気をつけます……」

ボンノーが苦笑しながら答えた。

新たな仲間を加えた一行は、朝の光を浴びながら、再びリントベルクへの道を歩み始めた。

しかし、ボンノーの頭の中では、昨夜の感触が――

(煩悩……恐るべし……褐色の肌……恐るべし……)

合掌しながら、深く反省するボンノーだった。

百八歳同士の不思議な縁で結ばれた、褐色の美女・ナターシャ。彼女の加入により、ボンノーの煩悩はさらに加速し、一行の旅はより賑やかになることになるのだが――合掌。

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