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ボンノーさまがいく ~異世界で46cm三連砲を撃つ物語~  作者: wok
第2章 煩悩坊主、姫と聖女と姐と妹と共に

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第15話 拙僧、褐色の肌に煩悩の業火を燃やす

月光が水車小屋の扉を静かに照らしていた。

血の匂いはすでに薄れ、夜風が穏やかに吹き抜けている。

「さて、捕らわれていた女人殿は……」

ボンノーが扉を押し開けると、奥から微かな呻き声が漏れてきた。

「……う……ぅ……」

藁の上で、褐色の肌をした女性が苦しそうに身をよじっていた。

月光に照らされたその姿を見て、一同は息を呑む。

尖った耳。

プラチナブロンドの髪。

そして、人間離れした妖艶な美貌――

「ダークエルフ……!」

グレアが驚愕の声を上げた。人族の国では滅多に見ることのない種族だ。

シノが慌てて駆け寄り、女性の様子を確認する。そして、すぐに顔を曇らせた。

「ひどい……この首輪……」

女性の首には、禍々しい紋様が刻まれた黒い金属の輪がはめられていた。紫の光が脈打つように明滅し、そのたびに女性の顔が激しい苦痛に歪む。

「呪具だね、これ」

ヴィヴィが顔をしかめながら首輪を観察する。

「魔力を吸い取って、逆らえなくする奴隷の首輪だ。最低最悪の代物だよ」

◆ ◆ ◆

「一刻も早く解呪しなければ……このままでは命が危険です」

シノが決意を込めて祈りの杖を掲げた。

「私がやります。皆さんは下がっていてください」

『白ノ三式・ホーリーディスペル・ツヴァイ!』

聖女の力が込められた白い光が、呪いの首輪を包み込む。

しかし――

バチィッ!

激しい反発力が、稲妻のようにシノを襲った。

「きゃあっ!」

「シノ殿!」

ボンノーが素早く身を動かし、後方に吹き飛ばされそうになるシノを抱き留めた。

腕の中で、シノの頬がほんのりと赤く染まる。

ボンノーの腕に支えられ、その温もりを感じて――

「あ……ありがとうございます、ボンノーさま……」

(さっきのグレアさんとのことがあったのに……私、何を期待して……)

シノは慌てて身を離し、俯いた。自分でも理解できない感情が胸の内で渦巻いている。

「呪いが強すぎます……私の三式では、とても……」

◆ ◆ ◆

「ならば、拙僧がやってみよう」

ボンノーは錫杖を構え、深く息を吸った。

(また零式か……魔力の消費が激しいが、人命には代えられぬ)

「ミホトケサマの御光をもって、呪いを祓い清める――穢れよ、無へ還れ!」

『白ノ零式・セイクリッドディスペル!』

錫杖から放たれた純白の光が、水車小屋全体を神聖な輝きで満たした。

首輪が激しく振動し、抵抗するように紫の瘴気を放つ。

呪いと聖なる力がせめぎ合い、空気が震える。

だが、零式の圧倒的な力の前では、どんな呪いも無力だった。

パキィィィン!

澄んだ音と共に、呪いの首輪が粉々に砕け散った。

黒い破片が床に散らばり、やがて煙のように消えていく。

「はぁ……はぁ……」

ボンノーは額の汗を拭った。魔力を半分近くも消費してしまった。

しかし、女性の苦しそうな表情が和らいでいくのを見て、安堵の息をつく。

◆ ◆ ◆

「う……ここは……?」

ダークエルフの女性がゆっくりと上体を起こした。

深緑色の瞳が、ぼんやりと周囲を見回す。

月光に照らされたその顔は、息を呑むほどの美貌だった。

褐色の肌に、整った目鼻立ち。妖艶さと気品を併せ持つ、まさに異種族の美女。

「よかった、意識が戻られて」

シノが安堵の息をついた。

「あたいを……助けてくれたのかい?」

女性は首筋をさすりながら、不思議そうに四人を見つめた。

「うむ、危ないところでしたな。拙僧はボンノーと申します」

「ボンノー……お坊様か。あたいはナターシャ。ダークエルフの黒魔法使いなのさ。まあ、趣味でシーフもやってるけどね」

安堵の息をついたボンノーだったが、ふと視線を落として――凍りついた。

薄布一枚。

それも、かなり透けている。

褐色の肌が月光に照らされ、なまめかしい曲線が浮かび上がる。

豊満な胸元、くびれた腰、そして長い脚――

健康的でありながら妖艶な、ダークエルフ特有の魅力が余すところなく露わになっていた。

(こ、これは……! なんという……!)

ボンノーの顔が一瞬で真っ赤に染まった。

百八年間守り続けてきた童貞の理性が、激しく揺さぶられる。

(いかん! また煩悩が……! 南無三宝!)

慌てて後ろを向き、必死に念仏を唱え始める。

「どうしたんだい、お坊様? 具合でも悪いのかい?」

ナターシャが心配そうに首を傾げる。

その仕草がまた艶めかしく、ボンノーの煩悩をさらに刺激した。

「い、いや、その……お召し物が……」

◆ ◆ ◆

「あー、ボンノーさんは男だからね」

ヴィヴィがにやにやしながら説明する。

「ナターシャさん、ちょっと露出が多すぎるから。煩悩が爆発しちゃうんだよ」

「ああ、なるほどね」

ナターシャはあっけらかんと笑った。

「まあ、しょうがないさ。捕まったときに装備も服も全部奪われて、このザマさ。褐色の肌は隠しようがないしね」

ナターシャは肩をすくめ、薄着のまま苦笑する。

その仕草すら妙に色っぽく、ボンノーは必死に視線を逸らし続けた。

「……ボンノーさま、毛布がありました」

シノが水車小屋のすみから古びた毛布を見つけてきた。

「これをかけてください、ナターシャさん」

シノは毛布のほこりを軽く払い、肩にふんわりとかけた。

「ありがとね。あたい、助かったのさ」

グレアは兜の奥で複雑な表情を浮かべていた。

(ボンノーのやつ、さっきはわ、わたくしと……ち、違いますわ! 完全に事故! それなのに、この女のことまで……ほんとうに煩悩に弱い方ですわね。まったく……)

◆ ◆ ◆

毛布を羽織ったナターシャを支えながら、一行は慎重に宿へと戻った。

夜道を歩きながら、ナターシャが小声で経緯を話し始める。

「実は、あたいが酒場で酔っ払っているところを黒羽隊に不意打ちされてさ……油断してたよ、まったく」

「ガルドの奴め……卑劣な」

グレアが怒りを込めて呟く。

「でも、もう大丈夫だ。奴は俺たちが倒した」

「そうなのかい? それは朗報なのさ」

◆ ◆ ◆

宿屋『月牙亭』に戻ると、宿主が心配そうに出迎えた。

「おや、怪我人かね? 大丈夫かい?」

「少し衰弱しているだけです。部屋で休ませれば回復するでしょう」

シノが落ち着いた口調で説明する。

「そうか。まあ、ゆっくり休むといい」

「お気遣い感謝します」

二階へ上がり、ボンノーの部屋にナターシャを寝かせることになった。

「拙僧は馬車で寝ますゆえ、どうぞご安心を」

「え? ボンノーさん、自分の部屋なのに?」

ヴィヴィが驚く。

「女人を部屋に寝かせて、拙僧が同室というわけには……破戒僧になりますゆえ」

「へー、ボンノーさんの部屋で女の人が寝るんだ〜」

ヴィヴィがにやにやしながら茶化す。

「ふたりっきりで一晩過ごすなんて、何か起きちゃうかもね〜。褐色の肌に誘惑されて――」

「ヴィ、ヴィヴィ! 何を言うんですか!」

シノが顔を真っ赤にして慌てた。

「そ、そんなこと……ボンノーさまはそんな破廉恥な方じゃ……」

「ば、馬鹿なこと言うな!」

グレアも兜の奥で動揺している。

「ボンノーは馬車で寝るって言ってるだろ! それに、そんな不純なことを……煩悩坊主とはいえ……」

「あれ〜? 二人ともなんでそんなに慌ててるの?」

ヴィヴィがますます楽しそうに笑う。

「もしかして、やきもち? ボンノーさんが他の女の人と――」

「ち、違います!」

「違う!」

シノとグレアが同時に、しかも完璧にハモって否定する。

「……煩悩坊主」

グレアが小声で呟いた。

「いや、これは礼儀の問題で……」

「冗談だ」

 グレアは軽く笑ったが、その声はどこか固く、複雑な感情が滲んでいた。

◆ ◆ ◆

シノとヴィヴィの部屋――

「みんな、ちょっと集まってもらえますか? 大事な話があります」

シノの提案で、ボンノーとグレアも部屋に呼ばれた。

四人が揃うと、シノが深く息を吸い、決意を込めて口を開いた。

「今後のことを考えて、お互いの素性を明かしておくべきだと思います。信頼なくして、この旅は続けられません」

「……そうだな。もう隠す必要もないか」

グレアが兜を外した。

亜麻色の髪が月光に照らされ、美しく輝く。

「俺は、クレア・フォン・リヴィエラ。リヴィエラ王国第一王女だ」

「えっ……王女様!? ほんとに!?」

ヴィヴィは椅子から腰を浮かせ、目をまんまるにした。

「道理で剣技が洗練されていたわけですな。王家の方でしたか」

ボンノーが静かに頷く。

「私も……実は、聖女リリアです」

シノがフードを外し、淡い金の髪を見せる。

ランプの火がひと息、澄んで見えた。

「聖女様……本物……?」

ヴィヴィは口もとに手を当て、息をのむ。

「あたし、すごい人たちと旅してたんだ! 王女様と聖女様だなんて!」

「拙僧は……まあ、ただの僧侶ですが」

ボンノーが苦笑する。

「ただの坊主が零式なんて使えるわけないだろ!」

グレアが呆れたように言う。

「絶対何か隠してるだろ、お前も」

「それはその……いずれ話す時が来ましょう」

「とにかく」

シノが話を戻した。

「ヨコマール枢機卿が健在な限り、私たちの正体は絶対に秘密にしなければなりません。特に私の存在は」

「ああ、俺は引き続きグレアで通す」

「私もシノのままで」

「じゃあ、あたしも今まで通りヴィヴィだね!」

ヴィヴィが明るく笑う。

「拙僧もボンノーのままで」

四人は顔を見合わせて、小さく笑った。

奇妙な縁で結ばれた、奇跡のような仲間たち。

「それにしても……」

グレアが兜を被り直しながら呟く。

「姫と聖女と坊主とドワーフか。変な組み合わせだな」

「ふふ、でも最高のパーティーですよ」

シノが優しく微笑んだ。

◆ ◆ ◆

その後、ヴィヴィはナターシャの部屋をのぞいた。

「大丈夫? 何か必要なものある?」

「大丈夫さ。ありがとうね、かわいいお嬢ちゃん」

ナターシャは毛布にくるまりながら微笑んだ。

「明日、リントベルクまで一緒に行こう」

ヴィヴィは毛布の端をそっと直し、窓のかんぬきを確かめた。夜更けの風はもう冷たく、部屋の灯だけが柔らかく揺れている。ナターシャの呼吸は浅いが、さっきより顔色はよかった。

「そうさね。ここは危険だから、お願いするのさ」

「ところで、あのお坊様……ボンノーって言ったっけ? 若く見えるけど、いくつぐらいなんだい?」

「えーっと、見た目通り十八歳ぐらいじゃない?」

 ヴィヴィが首を傾げる。

「ふーん、若いのに立派なお坊様なのさ」

ナターシャは意味深に微笑んだ。

「ああいう純粋な男、嫌いじゃないのさ」

窓の外では、雲が月を隠し始めていた。

嵐の前の静けさが、街全体を包み込んでいく。

◆ ◆ ◆

翌朝――

薄暗い空から、小雨がぱらつき始めた。

不穏な空気が街全体を覆っている。

「用意が整い次第、早めに出立いたそう」

ボンノーの提案で、一行は朝食もそこそこに荷造りを始めた。

馬車の荷台に、ナターシャとシノを隠すための秘密のスペースを作る。

藁と毛布で巧妙にカモフラージュし、外からは分からないようにした。

「これで検問も大丈夫かな」

ヴィヴィが心配そうに呟く。

バスタの門前――

予想通り、厳重な検問が行われていた。

黒羽隊の兵士が何重にも配置され、出入りする者を厳しく調べている。

「昨夜、水車小屋でガルド様が襲われたらしい」

「犯人を探してるんだとよ」

商人たちが不満そうに囁き合っている。

「出るときまで検問かよ。面倒くせぇ」

「まったく、商売あがったりだ」

◆ ◆ ◆

ついに、ボンノーたちの番が回ってきた。

「止まれ。荷改めだ」

黒羽隊の兵士が槍を構え、鋭い目つきで馬車を睨む。

「巡礼の旅の途中でございます」

ボンノーが静かに、しかし堂々と答える。

「巡礼? 怪しいな。通行証を見せろ」

ボンノーは懐から一枚の羊皮紙を取り出した。

そこには、ヨコマール枢機卿の紋章が刻まれていた。

「こ、これは……!」

兵士の顔が一瞬で青ざめた。

「ヨコマール様の……! 枢機卿猊下の通行手形!」

「はい、枢機卿様より直々に賜りました」

もちろん、これは金貨一枚で入手した精巧な偽造品だったが、兵士たちにそれを見抜く眼力はない。

ヨコマールの名前の威光が、彼らを震え上がらせた。

「し、失礼しました! すぐにお通りください! 枢機卿様の関係者に無礼を働くなど……!」

慌てて道を開ける兵士たち。

皮肉にも、最大の敵であるヨコマールの名が、逃走を完璧に助けることになった。

◆ ◆ ◆

バスタの門を抜け、街道を進むこと一刻――

「ふう、なんとか出られたね」

ヴィヴィが安堵の息をつく。

荷台から、ナターシャとシノが顔を出した。

「助かったよ、お坊様。見事な機転だったのさ」

「いえいえ、当然のことです。仲間を守るのは当たり前ですから」

空から降る小雨が、馬車の幌を優しく叩いていた。

緊張から解放され、一同にようやく笑顔が戻る。

「これからリントベルクまで、まだ長い距離がありますな」

ボンノーが手綱を握りながら呟く。

「でも、みんな一緒なら大丈夫」

シノが優しく微笑む。

その隣で、ナターシャが興味深そうにボンノーを見つめた。

「それにしても、若いのに大した力だね、お坊様」

「は、はあ……恐れ入ります」

(若い、か……見た目はそうじゃが、中身は百八歳……この方にもいずれ真実を話すべきか……いや、今はまだ……)

雨足が少しずつ強くなっていく。

灰色の雲が低く垂れ込め、世界を薄暗く染めていた。

一行を乗せた馬車は、泥濘んだ街道を北へと進んでいく。

新たな仲間を加えて、旅はまだ続く――

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