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ボンノーさまがいく ~異世界で46cm三連砲を撃つ物語~  作者: wok
第1章 108歳童貞煩悩坊主が異世界へ

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第10話 拙僧、焚火の夜にて騎士の過去と向き合う

二日目の旅路は、昨日とはうって変わって静かな空気に包まれていた。

空は高く澄み渡り、草原を渡る風が馬車の帆布をやさしく撫でている。木々の隙間から覗く西の空には、淡い茜色が滲み始めていた。

「今日はよく歩いたね……」

シノが小さく息を吐きながら、ローブの裾についた草の種を払う。その白い頬には、うっすらと疲労の色が浮かんでいた。

グレアは相変わらず周囲を警戒しながら先頭を歩き、時折立ち止まっては遠くの物音に耳を澄ませる。ヴィヴィは馬車の背にくくりつけた荷物を確認しながら、明日の食料の計算をしているようだった。

「今夜は、あの林のそばで野営しよう。小川の水音が聞こえる。薪も十分に集められそうじゃ」

ボンノーが錫杖で前方の林を指しながら、穏やかに告げた。

「よっし、焚火の時間だねっ! 今夜は特大の焚火にしちゃおう!」

ヴィヴィが元気よく薪集めに駆けていく。その小さな背中が夕闇に消えていくのを見送りながら、シノは苦笑を浮かべて湯を沸かす準備に取りかかった。

やがて、焚火が静かに灯る。

橙色の炎がゆらゆらと薪を舐め、パチパチと心地よい音を立てている。煙が真っ直ぐに夜空へと昇り、星々に溶けていく。辺りにはじんわりとした暖かさが広がり、一日の疲れを癒すような優しい時間が流れていた。


その夜――

ヴィヴィとシノが毛布にくるまって寝息を立て始めた頃、焚火のそばに残されたのは、ボンノーとグレアの二人だけだった。

◆ ◆ ◆

静寂が深まる中、グレアが何度か口を開きかけては閉じ、やがて深く息を吸い込んだ。覚悟を決めたように、兜の奥から声を絞り出す。

「ボンノー、聞いてもらえるだろうか」

「うむ、なんなりと。静かな夜ほど、人の心は素直になるものじゃ」

ボンノーは焚火に薪を一本くべながら、穏やかに応じた。

グレアは両手を組み、視線を炎に落とす。しばしの沈黙の後、震える声で告白を始めた。

「俺は……守れなかったんだ」

その一言に、積年の後悔と自責の念が滲んでいた。

ボンノーは何も言わず、ただ静かに耳を傾ける。焚火の炎だけが、二人の間で揺らめいていた。

「ヨコマール枢機卿の魔手が伸びた時、俺は父を……父上を守れなかった」

グレアの声が次第に熱を帯びていく。

「目の前で父上は呪いをかけられた。俺はそこにいた。剣も持っていた。騎士としての誇りも、守るべき者への想いも、すべて持っていたはずだった。それなのに――」

拳を強く握りしめ、革の手袋がギシリと音を立てる。

「ヨコマール枢機卿の放つ瘴気、いや、あれは蛇のような、底知れぬ妖気だった。その気配に触れた瞬間、俺の全身は凍りついた。金縛りに遭ったように、指一本動かせなかった。父上が苦しむ声が聞こえているのに、助けを求める眼差しが見えているのに、俺は――」

声が詰まる。グレアは兜を深く被り直し、顔を隠した。

「父上が倒れ、息絶える寸前、ようやく俺の足は動いた。だが、そのときにはもう……俺にできたのは、逃げることだけだった。騎士として、子として、最も恥ずべき選択を――」

焚火の赤い光が、グレアの震える肩を照らしている。握りしめた拳から、血が滲むほどの力が込められているのが見て取れた。

「父は呪いに倒れ、民は苦しんでいる。そして俺は、あの屈辱を、あの無力さを、今も毎夜夢に見る……自分が許せない」

長い沈黙が流れた。

風が木々を揺らし、遠くで梟の鳴き声が響く。ボンノーはゆっくりと目を開き、静かに口を開いた。

「そなたが背負った十字架は、さぞ重かろう」

グレアが顔を上げる。

「拙僧も、かつて戦場で似たような経験をした。仲間が次々と倒れていく中、動けずに、ただ見ているしかできなかった時がある。あの無力感、あの絶望は……今も胸の奥で疼いておる」

「ボンノー、お前も……」

「うむ。じゃが、グレアよ」

ボンノーは錫杖を手に取り、ゆっくりと立ち上がった。

「その無念こそが、今の拙僧を突き動かす原動力となっている。失った者たちの想いを背負い、二度と同じ過ちを繰り返さぬよう、日々精進しておる」

「無念が……力になるのか?」

「そうじゃ。人は失って初めて、本当の強さを知る。痛みを知る者だけが、他者の痛みを理解できる。そして、その理解こそが、真の強さへと昇華される」

グレアの肩から、わずかに力が抜けた。

「それに、グレアよ。そなたは今、こうして己の弱さと向き合い、それを口にできた。それこそが勇気じゃ。弱さを認められぬ者に、真の強さは宿らぬ」

「俺も……強くなれるだろうか……父上の仇を討てるだろうか」

「すでに強い。今ここで、過去と向き合えたそなたは、もう昨日までのそなたではない。そして何より――」

ボンノーは焚火を挟んでグレアの肩に手を置いた。

「そなたはもう一人ではない。拙僧らがおる。共に戦う仲間がおる」

グレアは兜の奥で、初めて小さく微笑んだ。その重荷が、少しだけ軽くなったような気がした。

◆ ◆ ◆

焚火の炎が小さくなり始めた頃、二人は並んで座り直した。

星空が美しく輝き、虫の音が優しく響いている。グレアがふと、独り言のようにつぶやいた。

「……ボンノー、お前は本当に不思議な男だな。僧侶の衣を纏いながら、どこか歴戦の戦士のような気配を感じる」

ボンノーは少し考えるような素振りを見せてから、ゆっくりと口を開いた。

「うむ。実を言うとな、拙僧はかつて軍におった。扶桑皇国という国の、海軍陸戦隊の一員としてな」

「……ふそう、こうこく?」

グレアが聞き慣れない響きに眉をひそめる。

「初めて聞く国名だな。北方の辺境か? それとも海の向こうの大陸か?」

「いや、この世界には存在せぬ。拙僧がかつていた、別の世界の話じゃ。……遠い、遠い記憶の海の底に沈んだような、朧げな過去の話でな」

焚火の光が、ボンノーの横顔を神秘的に照らしていた。その瞳には、懐かしさと寂しさが同居しているように見えた。

「その頃、拙僧はかんという戦のための大きな船に乗っておった」

「大きな船……想像もできないな」

「その艦の片隅に、小さな神を祀る社があってな。艦内神社と呼ばれておった。誰も気に留めぬ場所じゃったが、拙僧は毎朝、起床ラッパが鳴る前に、一人でそこを清めておった」

「なぜそんなことを? 命令されていたのか?」

「いや、誰に言われたわけでもない。ただ……」

ボンノーは遠い目をして、記憶を辿るように言葉を紡いだ。

「そこには、"誰か"がいる気がしたのじゃ。姿は見えぬ。声も聞こえぬ。じゃが、社を拭き清め、手を合わせ終えると、必ず小さな鈴がチリンと鳴ってな。まるで『ご苦労様』とでも言ってくれているような……不思議な、温かい時間じゃった」

グレアは黙って聞いている。焚火の炎が、二人の間で静かに揺れていた。

「仲間たちは皆、戦いの準備に追われておった。武器の手入れ、戦術の確認、体力の温存……それも大切じゃ。じゃが拙僧は、誰も見ておらぬところでこそ、人の真価が問われると信じておった」

ボンノーは薪を一本、火にくべた。新しい炎が勢いよく立ち上がる。

「その癖が今も抜けぬのか、泊まった宿では必ず床を拭き、誰もいない廊下でも背筋を正して歩く。……愚かと言われればそれまでじゃが、拙僧はそういう生き方しかできぬ男なのじゃ」

長い沈黙の後、グレアが静かに、しかし力強く言った。

「……いや、それは誇るべき生き方だ」

ボンノーが振り返る。

「人の目を気にして動く者は多い。だが、誰も見ていなくとも、自分の信じた道を貫ける者は稀だ。そういう者こそ、本当に強い」

火がパチリと大きく弾けた。火の粉が夜空に舞い上がり、星のように消えていく。

「ボンノー、お前のような男と共に戦えることを、俺は誇りに思う」

ボンノーは何も言わず、ただ静かに合掌した。

二人の間に流れる静寂は、もはや重くはなかった。焚火の温もりが、互いの胸に秘めた無念と決意を溶かし合い、新たな絆へと昇華させていく――そんな神聖な時間が、ゆっくりと過ぎていった。

◆ ◆ ◆

夜明けとともに、一行は手早く野営地を片付けた。

朝露に濡れた草を踏みしめ、渓谷を抜け、険しい山道を登る。太陽が東の山並みから顔を出し、金色の光が大地を照らし始めた頃――

ついに、その町が姿を現した。

「……あれが、バスタか」

グレアが兜越しに、重い声で呟く。

眼下に広がる光景は、まさに圧政の象徴だった。

赤茶けた石造りの建物が密集し、その上空には重苦しい灰色の雲が垂れ込めている。城壁の上には黒地に描かれた逆さ十字の旗が何本もはためき、まるで町全体が巨大な墓標のように見えた。

「活気が……まるで感じられない」

シノが不安そうに呟く。その白い頬が、さらに青白く見えた。

町の門前には確かに荷馬車の列ができていたが、商人たちの顔に笑みはない。皆一様に俯き、足早に門をくぐっていく。門番の兵士たちは槍を構え、鋭い視線で往来を監視している。

子供の姿はどこにも見えず、笑い声も、活気ある掛け声も聞こえてこない。ただ重い車輪の音と、兵士たちの鎧が擦れる音だけが、不気味に響いていた。

「これは……ひどいね。重税と恐怖政治の匂いがぷんぷんするよ!」

ヴィヴィが憤りを隠さず、大盾をぎゅっと握りしめた。その小さな体から、怒りのオーラが立ち上っているようだった。

ボンノーは錫杖を地面に突き立て、じっと町を見下ろした。風が吹き、僧衣がはためく。長い沈黙の後、決意を込めて言った。

「この地に巣くう煩悩の権化……拙僧らが必ず祓ってみせよう」

「ガルドを討つ!」

グレアの声に、もはや迷いはなかった。兜の奥で、その瞳が鋭く光る。

「わたしも……覚悟はできています。この悪政を、必ず終わらせましょう」

シノが杖を握りしめ、凛とした声で宣言する。

「さぁて、それじゃあ行きますか! 正義の鉄槌を下しに!」

ヴィヴィが先頭に立ち、勇ましく坂を下り始めた。

四人はゆっくりと、しかし確実な足取りで、赤き町へと向かっていく。

重く閉ざされた鉄の門。

黒い逆さ十字の旗。

そして、その向こうに潜む闇。

新たな戦いの幕が、今まさに上がろうとしていた。

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