05 お仕事の詳しい話
あちこちの店を覗いたが、買ったのは財布だけだ。まだ仕事も決まってないので出費は少ないほうがいい。
冒険者ギルドには行ってみたが、ごちゃっとしていて、粗野な雰囲気の奴が多かった。
時間帯の問題かどうか、傭兵らしい奴は見掛けなかったが狩人とはちょっと違う奴もそれなりにいて、求人ではなく依頼表が掲示板に貼られていたりと商業ギルドとは何かと違うやり方のようだ。
試しに読んでみた依頼表には、素材の採取や近隣のお使いのようなものが多くそれぞれに報酬も表記されていた。
出来高制ってのはこういうことか。
日雇いみたいで、安定しなさそうだな。ってのが印象。俺が求めてるのはこういうのじゃないんだよなぁ。
で。結局、商業ギルドに戻ることにした。
あちこち歩いたもんで、もう夕暮れ時だ。カウンターに立ってる人は朝とは違う人だ。明日にしようかな?
迷ってるとカウンターの中にいた人と目が合う。50代くらいの男の人だ。
相手はあれ?という感じで首を少し傾げると、後ろの机に座って作業してる職員に声を掛ける。と、その職員がクビを伸ばしてこっちを見た。
「あ」
どっちの声か、昼間にガキンチョを捕まえた時にいた受付の男だった。
彼が席を立ち、こちらに近づいてくるのに合わせて俺もカウンターへ向かう。
「ジルさん、でしたよね。昼はありがとうございました。どうかされましたか?」
「朝に見せてもらった仕事のやつ、前向きに考えようと思って。朝のおねぇさんいないなら、明日出直そうか?」
「いえ、朝に担当させていただいた者もまだ退勤しておりませんのでお呼び出来ます。少しお待ちいただけますか?」
「じゃ、頼む。あ、昼間のガキンチョがどうなったか聞いて良さそう?」
「それは、えーっと・・・」
言い淀んだのであんまり話せねぇのかな?
すると込み入った話をすると思ったのか隣の受付の人が、朝のおねぇさんを呼びに行ってくれた。
「言えねぇなら別にいいよ?」
「すみません・・・その、何処まで話して良いか私では分からなくて」
「いーよ、別に。あの後、市場で友達っぽいのに遭遇したからさ。気になっただけ」
「すみません」
別に気にしなくていいのに。
と、奥から朝対応してくれた年配の受付女性が来た。
「あら、お待たせ致しました」
「ども。朝お勧めされたやつ、前向きに考えようと思って・・・まだ残ってます?」
言うとニッコリ笑って頷かれた。
「えぇ、まだ募集一覧には載せていませんから。前向きということは、お決めになるということではないのですよね?」
「うん、あんま馴染みのない仕事内容だから、もうちょっと聞いとこーと思って」
「では、そうですね。良ければ座ってお話致しましょう。あちらの奥で。コラルさん、先程アルルさんが資料室にいらっしゃったから呼んできてもらえるかしら?」
どうやら、奥の方にあるカフェスペースに向かうようだ。カウンターから出てきて手招きされてしまう。
コラルと呼ばれた若い受付は誰かを呼びに階段の方へ向かう。
席の着くと、早速とばかりに彼女が口を開く。
「まずは前向きに考えて下さってありがとうございます。お勧めしたのは最後に説明した、治安管理部の職員補佐のお仕事で宜しかったでしょうか?」
「うん、それ」
「お聞きになりたいのはどのような事ですか?」
「衣食住の面倒は見てくれるんだよな、それって外回りの時はどうなるんだ?」
「この街に滞在する間は領主館がそれらを整えてくれます。領主館と言ってもご領主様のお屋敷だけではなく、領主様が管理する領地経営に関わる組織のことを領主館と総称しております」
「そうなんだ?」
「この街では領主様のお屋敷、隊士達の宿舎、職員の宿舎などいくつかあります。どちらに配属されるかはこちらではわかりません」
そりゃそうか。
うん、と相槌をうつ俺を確認して話を続ける。
「また、この街以外にも領地経営に関わる施設があります。政府の施設と呼ばれることもありますが、厳密には国直属の施設と領主直属の施設があります、が、今は割愛させていただきます。
外回りとなると、基本的には領主直属の施設を利用することとなるでしょう。実際に働く場合に説明があると思います。また、移動にかかる経費、移動中の宿や食事も領主館の負担となります」
おぉ、移動中も問題ないのか。
「もっとも、経費金額は決まっておりますので移動中の贅沢は出来ません。おやつは自分のお小遣いでとなるでしょう」
「そりゃそーだよな」
「研修生よりもお給金が良いのにはいくつか理由がございます。ひとつは勤務時間です。この街に居る間は基本的に変わりありませんが、移動を含め外に出れば仕事時間は長くなるでしょう。朝ごはんから晩ごはんまで普通は職員と一緒ですし、場合によって外の人との会食もあります。
ふたつ目は危険手当ですね。外回りはやはり危険がありますから。
あとは仕事量の違い・・・といいますか。外へ帯同できる人数は限られます。変わりがいない、少人数で仕事を終わらせなければならない、という点もありますね」
そっか、時間・・・
四六時中一緒みたいなもんだもんな。気の合わない奴なら地獄かも。
げんなりしたのがわかったのか、彼女が眉を下げる。
「職員の方との相性もあるでしょうし、一度相手方にお会いになって決めていただく判断材料にしてはいかがでしょう?」
ちらり、とカウンター側へ彼女が視線を向けたので俺もつられてそちら日視線がいく。
コラルと一緒にまだ若い男がこちらに向かって歩いてきていた。
かたり、と正面から小さな音が鳴る。
視線を戻すと、立ち上がって軽く頭を下げる受付女性の姿に椅子が動いた音だと察せた。
あれ? 俺も立つとこか?
迷いながらもう一度男の方へ視線を向ける。
「おまたせしました、ベルタさん」
「お呼びして申し訳ありません。募集の件で、思案中の方がいらっしゃいましたので、一度お話した方がわかりやすいのではないかと考えました」
「ありがたいです。どうぞ座って下さい、私も座らせていただいても?」
後半はこちらにも向けて。
こくり、と頷けば早速とばかりに隣に座った。受付女性ーーベルタ側にはコラルが座る。
「はじめまして? レアリール領・治安管理部のアルセリオです。補佐の仕事に興味をもっていただいているという認識でいいのかな?」
にこり、と綺麗な顔が笑みを形作る。上品な顔って印象だ。あまり接することの無いタイプで、思わずコクリと頷くだけになった。
「ベルタさん、説明はどこまで?」
そういえば、ここってレアリール領って名前だったな。一瞬何のことか分かんなかった。
それはともかく。
ベルタにどこまで説明したかを聞くこの男ーアルセリオは一見した感じは軟弱っぼいのに、隣に座っているからか体の厚みがそれなりにあるのがわかる。
自衛が出来るって条件があるってのは、職員も同じなのかもしれない。
「ーなるほど、ありがとうございます。では、えーっと・・・お名前をお伺いしても?」
こちらに向き直って尋ねられたので答える。
「ジル」
「ジルさん?」
「おう?」
「明日の予定は何かありますか? 職場見学というのとは少し違うかもしれませんが、試用期間ということでは何日か行動を共にしましょう?」
「え」
「口での説明はなかなか困難ですからね、手っ取り早いでしょう? 正規ではないので、お手当程度の報酬になりますがタダ働きにはしませんよ?」
「・・・ん、一日どの程度?」
「そうですね、9時にここ商業ギルド集合の17時終わりとして、16,000ゴル」
「!?」
日当としてはかなりいい金額だ。
普通なら日当10,000ゴルてとこだろう。
いい話には落とし穴があるっていうが・・・ここは乗っとかなきゃ損だよな。よし。
「分かった。明日、ここに9時だな?」
「そう。よろしく」
ゆったりと頷く動作に、ミルクティー色のふわふわした髪が揺れた。
なんか、甘そうな男だな、とこっそり思う。
ジルの態度の悪さは、市場では気にするほどではない程度の認識。ギルドや職員(雇い主)からはまだ子供の範疇と思われているので許されている部分もあります。