03 スリの少年
受付の人はわりかし親切にそれぞれの商会について教えてくれた。
それでいくと、今回の募集されている商会はいずれも小さめで悩ましい。組織がデカイから安心ってわけでもないけど、小さいとあまりメリットもない。
あと、気になった赤飾士見習い。初めて見る単語だったんで聞いてみたところ、なんかの職人みたいなのでパス。
残ったのが、組織はデカそうな領主館隊士見習い研修生。なんだそりゃと思って聞いてみると、隊士見習いのさらに下の雑用係らしい。ここで仕事を認められれば、後ろ盾がなくても見習いに昇格できるとか。
稼ぎはあんまりよくない代わりに、一応領主館勤務ってことで衣食住の面倒をみてもらえる。
まだ家もないし、衣食住の保証があるのは魅力的だ。ただ、領主館ってことは、中央ーーつまり、王都と繋がりがある奴が多少なりともいるってことだ。
「やはり事務官や商人としての仕事が多く、そういった力仕事は冒険者ギルドに軍配が上がりますね。あちらは短期や1度きりの仕事も多いですし、出来高制が多いので報酬もいいですね」
大きな街だと、狩猟ギルドや傭兵ギルドはなく、合算されて冒険者ギルドと呼ばれている。最初は別のギルドかと思った。
もっとも、別ギルドというのも的外れではなく、仕事内容も若干違うものがあったりするらしい。そちらは足を運んだことがないので詳しくは知らないが、この際そちらへ足を運ぶことも視野に入れた方が良いかもしれない。
「あのぅ・・・」
一旦保留にして、その冒険者ギルドにでも覗きに行こうか思案していると隣の受付の人が声をかけてきた。
30代くらいの男の人で、手に持っていた紙をこちらに差し出してくる。
「あら、コラルさん。どうしました?」
年配受付女性が声を掛けつつ、差し出された紙を受け取ってさっと目を走らせる。
「あぁ、治安管理部の・・・」
「隣でお聞きしていたところ、ご紹介しても問題ないのではないかと思って」
「そうねぇ、うん。急ぎだったわね」
「先方からは短期でも構わないとのお言葉を頂戴してます」
コソコソというほどではないが、二人で話し合い年配女性が頷くと、こちらを向く。
「申し訳ありません、お待たせ致しました。もう一件、急募でこのようなものがございます」
差し出された紙に目を落とす。
なんか、堅っ苦しい文言が多いな・・・
「領主館隊士見習い研修生と似たようなものになります。ただ、隊士ではなく領主館治安管理部所属の職員補佐という位置づけですね。業務内容はさまざまですが、今回募集の方は外回り職員の補佐・・・護衛とまではいかずとも、自衛は出来る方をご希望されています」
書面を読むのに四苦八苦してたのが分かったのか、話をさっさと進めたかったのか内容を要約してくれた。
「治安管理部の職員、て何してんの?」
「領内の治安管理におけるさまざまな業務、としか。治安部隊とも呼ばれる事がある警邏隊を含む領主館隊士は厳密には領主の私兵であり、領内で街の人間が勝手にそう呼んでいるだけです。自警団をそう呼ぶ方もいらっしゃいますが、別組織です。兵士と職員はどちらも領主の管轄となりますので協力する事はありますが所属部署は別です。そうですね、災害などではとまれだけの兵士を現場に向かわせるのが見極めるのは職員の仕事のひとつです」
それって結局職員の仕事内容はよくわからんな。
「自衛ってのは?危険な職場なわけ?」
「何処にでも後ろ暗い事を考える者や逆恨みする者はいますから、用心に越したことはないということでしょう」
「ふぅん」
「後は外回りの職員ということですから。この街だけでなく、領内を回ることになります。あまり聞きませんが、街の外では盗賊や魔物も皆無ではありませんから」
「あー、なるほど」
それはわかる。この街に来るまでにどっちにも遭遇した。あと、街の外に行くなら地味に体力がいる。
でもなぁ、これって俺が男だって前提の話だろ?
女だってなったら、見てくれはともかくやっぱ不都合が出てくんじゃねぇかな。
「こういってはなんですが、お給金は良いと思います。この職員の方も我々はよく知ってますし、個人的にはお勧めですね。もちろん、お決めになられるのはご本人様ですが」
うん、給金は俺も思った。研修生とかよりずっといい。しかも、こっちも衣食住あり。
「うーん」
「・・・・・・あまり、乗り気ではない様子ですね」
おっと、見透かされた。
それには肩を竦めるだけして、紙を返す。
「ちょっと考えます」
「かしこまりました。早いもの順となりますので、次回お声がけ頂いた時には募集終了かもしれませんが、またどうぞ」
「時間取ってもらって悪いね」
結局、説明損になったにも関わらずにこやかに見送ってくれる。いい職員さんだ。
そんな職員さんのお勧めなら悪くないのかもしれない。冒険者ギルドの方でいい仕事がなかったら、考えてみようかな。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
しまった、冒険者ギルドの場所聞いてから出てくればよかった。
今から戻るのもなんだし、何か屋台で食いがてら聞いてみっか。
ここに来るまでに見かけた市場の方へ足を向ける。屋台もでてたような気がするし、
「ーっと、おいこら。ガキンチョ、何しようとした?」
市場へと歩き出してすぐ、頭ひとつ程低いガキンチョが懐に手を伸ばしてきたのを咄嗟に捕まえる。
ビクッと体を大きく震わせ、見開いた目を恐る恐る上げて俺と目が合うとピシリと音がしそうなほどに固まった。
「あぁ? スリかよ?」
睨みつけてやれば見る見る間に目に水が溜まっていく。オイオイ、面倒くせぇ反応すんなよ。俺が悪いみたいじゃん。
どうすっかなー、別に被害はなかったからこのまま放免でもいいんだけど。
「っ」
ガキンチョが手を外そうと力一杯引っ張る。
手を離してやるか考えてる間に商業ギルドの扉が開いてさっき隣の受付にいた男が出てきて目が合った。
「え?」
ぱちりぱちりと瞬きし、俺の掴んでるガキンチョを見て「あ」と声を上げた。
「あんた、知り合い?」
「いえ、まぁ、そう、いえ」
どっちだ。
なんか知ってそうだし、こいつに丸投げでもいいか?
その間、必死に俺の手から逃れようと足掻いていたガキンチョだが、ちょっと力を入れて引っ張れば簡単に体勢を崩してこっちに倒れ込んでくる。
「わ、ぁ」
ガキの後ろ手に両手を纏めて片手で掴み、首を絞めるようにして掴む。
「おい、ガキ。ちょっと大人しくしろ。なぁ、あんた。こいつ今、俺からスろうとしたんだけど知り合いなら引き取ってくんね?」
「あ、ハイ」
ワタワタとこっちに来るもどうして良いか分からず手を上げたり下げたりする受付の男に渡したら、すぐ逃げられそうだと再度商業ギルドの中へ促した。
「えっと、どうしよう」
「なんか個室とかないの? それか、こういうのに慣れてる職員」
「個室、はい、あります。こっちに、あぁ、ベルタさーん! アルさん呼んできて下さい、応接室3番!」
大丈夫かよ、頼りになんねぇな。
しゃーないので、案内された個室までガキを引っ張っていく。中の奴ら何人かは好奇の視線を向けてくる。
ベルタと呼ばれたのは、さっき応対してくれた年配受付女性だったらしく「はーい」と遠くで返事が聞こえカウンターを出て行った。
「すみません、こちらへ」
応接室と言っていた通り、テーブルを囲むように椅子が6脚。ガキを座らせて、自分はガキの背後に念の為立つ。
ガキはといえば、顔を蒼白にして固まっていたので手を離しても大丈夫だろう。
ガキの正面に受付が立つと、もともと下がっていた眉が一層下がる。
「えーっと、君はネルソンさんとこの子じゃなかったかな?」
ビクッと肩を震わせ、俯くガキ。
そんな怯えるんなら悪いことすんなっての。
「なぁ、俺はもー行っていい?」
「や、ちょっと待ってくれませんか。一応、今から来る人に状況説明をしてほしいし」
「えー」
面倒くせぇ。やっぱガキは放って行けばよかったか?
コンコンコンコン
「失礼します」
返事を返す前に扉が開き、年配の男が入ってくる。
「あぁ、アルさん。すみません」
「いや」
「えーっとですね、まずはこの子がスリをした、という事で」
受付の男が目でガキを示し、それを追って年配の男も視線を動かす。ひとつ頷きを返し、俺に視線を向けた。
「彼は被害者ですね」
「私はアルロートという、このギルドの職員だ。話を聞きたい。君も座ってくれ、私も失礼させてもらう」
そういう事なら座らせてもらうか。ここでガキが逃げても俺のせいにはならんだろうし。
ガキの隣に腰を下ろし、正面に年配の男・・・アルロートが、ガキの正面には受付の男が座る。
「さて、まずは君達の名前を聞いてもいいかな?」
ガキはだんまりで俯いたまま。
しゃーないから俺から名乗ることにする。
「ジルだ。昨日この街に着いたばかりで、さっきまで職業斡旋の受付で話を聞いてた。で、ギルドの外に出てすぐこのガキンチョにスられそうになったから、咄嗟に捕まえた。で、どーすっかなーって時にそこの受付のが出くわした、てわけ」
「なるほど」
やっと主人公の名前を出せました。ついでに一人称も。