第21話 俺の女神!
『それではこれより、叡桜女子高校文化祭を執り行います』
校内アナウンスが広場のスピーカーに流れて、広場から離れたホールのある方角から、拍手の音がわずかに聞こえる。
叡桜女子高の文化祭のオープニングは、お嬢様女子高らしく落ち着いた雰囲気で始まった。
「何か、うちの高校の文化祭とだいぶ違って穏やかだな」
「そうなんですか?」
中條会長が快晴の文化祭日和な青い空を眺めながら呟いたボヤキに、俺が訊ねる。
「そういえば九条君は、うちの高校の文化祭を見たことが無いんだったな。あっちは、こんなもんじゃないからな」
「おお、そうなんですか。叡山高校の文化祭は盛り上がるとは聞いてましたけど」
「そうだよ。その辺の熱量は、クラスの文化祭の出し物準備からも感じられなかったかい? 九条君のクラスは愚妹と一緒だから、たしかコスプレ喫茶だったか?」
「クラスの出し物か……」
「どうした九条君?」
渋い顔をした俺に対し、すかさず中條会長が反応する。
この人は気遣い調整型リーダーだから、本当に他人の変化によく気が付くな。
なのに、なんで滝瀬副会長からの好意には気づかないんだ?
「実は俺、ほとんどクラスの出し物の準備に関われてなくて……。嫌われてるんですよね俺……」
「そ、そうなのか⁉ 電車で王子様を助けたりしたから、てっきり……」
「いえ、自業自得なんですけどね……。あ~あ……文化祭の準備で頼りになるところを見せて見直されて、クラスに馴染める流れが来るかと思ったんだけどな……」
主に凛奈の件と、玲との二股疑惑、そして叡桜女子高校との合同文化祭で、こうして叡桜女子高校に招かれる数少ない例外として選抜された事。
これにより、俺は相変わらずクラスでは蚊帳の外状態なのである。
「そ、それは悪かった。ちょっと生徒会の事情に巻き込み過ぎてしまったな」
「いえ。こうして、生徒会の仕事があるのはありがたいですよ……」
モヤモヤした悩みがある時に、やるべき仕事が目の前にあるというのはありがたい。
これが、ボッチで文化祭でやることが無い状態だと、一人で時間を持て余す地獄のような時間が発生してしまうらしいからな。
そっちの方がキツイ。
「追加の材料持って来たわよ才斗~」
「おう、ありがと」
「滝瀬君もありがとう。重いだろうから持つよ」
「ん……。ありがとうございます会長……」
焼きそばの材料を家庭科室で切って来た凛奈と滝瀬会長が、大きなトレイを抱えて屋台の方に戻って来た。
「どう才斗? 新妻のエプロン姿は」
「誰が新妻だ」
あざとい白地に花柄のエプロン姿の凛奈が感想を求めてくる。
「学校の制服にエプロン姿は前に才斗の家でしてあげたし、夏休みに才斗の実家に帰省した時は、喪服の上に割烹着姿も見せたから、私たちの間では今更か」
「え、九条君の家で……」
「実家で喪服で割烹着とはマニアックな……」
「そうやって、意味深な発言して外堀から埋めようとするの良くないと思うぞ凛奈」
でも、全部事実だから強く否定も出来ないという……。
完全に自業自得だな。
「そんな事より中條会長。滝瀬副会長のエプロン姿を見て、感想は無いんですか?」
「な、なんだ西野君⁉ そんな藪から棒に」
急に凛奈の矛先が向いた中條会長が狼狽える。
「ほらほら滝瀬副会長。さっき話した作戦通りに」
「会長は、私のエプロン姿を見て、その……どう思いますか?」
「それは、その……大変かわいらしいと思うが」
「エプロンがですか? それとも……その……私がですか?」
「え⁉ そ、それは……」
顔は赤らめながらも、いつにも増してグイグイ迫る滝瀬副会長に、タジタジの中條会長。
どうやら、家庭科室で凛奈が滝瀬副会長に入知恵した様子である。
「あ! そろそろお客さんが来るようだぞ。みんな屋台の配置についてくれ」
と、ここでオープニングセレモニーを終えた叡桜女子高の生徒たちの一団がこちらに向かってくるのが見えた。
九死に一生を得た中條会長は、ここぞとばかりにリーダーシップを発揮する。
「会長のヘタレ」
「会長のヘタレ」
「会長のヘタレ」
だが、俺たちの中條会長への支持率は少し下がったのであった。
◇◇◇◆◇◇◇
「焼きそば3つお願いいたしますわ」
「こちらは6つお願いしますわ」
「はい3つ! 1200円になります!」
「紅ショウガ抜きでご注文の方~! こちらになりま~す!」
叡桜女子高の文化祭が開幕した直後から、広場にはたちまち大きな人だかりが出来た。
プラ容器に入った一つ400円の、焼きそばにうら若きお嬢様校の生徒たちが群がっている光景は、中々にシュールである。
「これが少女漫画の縁日回で出てくるあの!」
「見てみてくださいな! お肉がこんなに小さいですわ!」
「こんな固いキャベツの芯の部分は食べたことがありませんわ! カッテェですわ!」
うんうん、そうだよな。
屋台の焼きそばの醍醐味は、何といっても小間切れを通り越した豚肉の肉片と、固い芯のキャベツだよな。
俺も、地元のお祭りで最初食べた時はびっくりした。
このように、彼女たちは純粋培養のお嬢様なので、焼きそばの屋台は初体験。
故に、この混雑なのである。
「これは、焼いても焼いてもキリがないな……」
額の汗をぬぐいながら呻くように呟きながら、列の長さを見やる。
これは作ってプラ容器に入れてで、キリがないな。
「む、野菜も肉もまた足りなくなってきた。九条君、西野君。家庭科室に居るバックアップメンバーから、材料を受け取って来てくれないか?」
「え? 俺と凛奈が抜けたら、屋台にいる人が中條会長と滝瀬副会長の2人になっちゃいますよ。バックアップメンバーの生徒会の人たちに、屋台まで届けてもらった方が」
「そうしたいのは山々なんだが……。家庭科室にいる生徒会男子メンバーは、叡桜女子高との合同文化祭に浮かれポンチになった禊のために、叡桜生の方々の前に出るのを禁じられているんだ」
「ええ……」
申し訳なさそうに中條会長が答えた内容は、割としょうもなかった。
しかし、せっかく叡桜女子高の敷地内には入れたのに、叡桜女子の生徒とは交流できないなんて、そんな生殺しみたいな仕打ちを受けるとは……。
そこまでしないと、生徒会の女子メンバーから失った信頼は取り戻せないというのか?
女の人、こわ~。
「じゃあ、こうしましょう中條会長。ここは私と才斗が店番してるので、滝瀬副会長と2人で行ってきてください」
「「え?」」
突然の凛奈の提案に、中條会長と滝瀬副会長が驚いて顔を見合わせる。
「ほら。家庭科室では女子と触れ合えない生徒会の先輩たちが殺伐としてるかもしれないので。そんな場をおさめられるのは、私と才斗では無理ですから」
もっともらしい理由を並べ立てる凛奈だが、ようは中條会長と滝瀬副会長を2人きりにさせようという魂胆か。
さっきは新妻を自称していたくせに、今度はお節介仲人おばさんが凛奈に降臨しているらしい。
「それもそうですね……。会長、一緒に様子を見に行きましょう。向こうのフォローも会長と副会長の責務ですから」
「う~む……わかった。じゃあ、しばしこの場を離れるが頼むよ西野君、九条君」
「「はい。ごゆっくり~」」
そう言って俺と凛奈は笑顔で2人を送り出した。
【それから5分後】
「こちら焼きそば6つですわ!」
「こちらは10ですわ!」
「「ひぃひぃ」」
早くも俺と凛奈は、屋台に2人で残った事を後悔していた。
とにかく、客が全く途切れなくて息をつく暇が文字通りに無い。
そして、人が人を呼び、叡山高校出張焼きそば屋台の前は盛況も盛況だ。
「あれ? 列はこちらが最後尾ですの?」
「あっちに伸びているようですわ」
「ん? あそこで列は折り返して……」
焼きそばを焼く俺と、売り子の凛奈だけでは行列の整理にまで手が回らない。
並んでいるのが皆、品行方正なお嬢様だから大きなトラブルにはなっていないが、これはちゃんと整備しないと、他の来場者の往来にも迷惑をかける事になってしまう。
一体どうすれば……。
「こんにちは九条君。随分と盛況ね。焼きそば1つお願いできるかしら?」
「涼音さん!」
鉄板の前で汗だくで途方に暮れていた俺の目の前には、名前の通り涼やかな笑みを浮かべる、玲のお母さんの涼音さんが立っていた。
これぞまさしく天の助け!
「ちょうどいい所に来てくれました。俺の女神!」
「え⁉ な、何? っていうか手握って……」
仕事のピークの只中で変なテンションになっていた俺は、頼れる大人を逃がすまいと涼音さんの手を握って懇願した。
「涼音さん。黙って、俺について来てくれますか」
「え、そんな……私には娘がいて」
「関係ありません。今、俺は貴女が欲しいんです」
「は……はい……。九条君ったら強引……」
俺の熱意が通じたのか、涼音さんはコクンと頷いた。
焼きそばの鉄板が近くて暑かったせいか、その顔は真っ赤になっていた。
次回は、何気に人気キャラでファンレターまで来た涼音さん回です。
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