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第3話 これが敗れた女のなれの果てです

 夏休み明け2日目の昼休み。


 初日の始業式が終わり、今日から本格的に午後まで通常授業がある時間割となった。誰しもがまだまだ夏休み気分を引きずる気怠さの中、昼休みは一息つける唯一の癒しの時間なわけだが。


「はい。ア~ン」

「いや、凛奈……。みんな見てるから」


 癒しのはずの昼食時間に、俺はピンチを迎えていた。


「別にお弁当をアーンするくらい、付き合いたてのカップルなら普通でしょ」

「こういうのは人気の無いところで2人っきりの時にするもんなの!」


 今、俺と凛奈がいるのは、人気の無い屋上などではなく、普通にクラスの教室なのだ。


 机を横にくっつけて、椅子はもっと俺のほうにピッタリくっつけて、横からかいがいしくお弁当を俺に食べさせようとする凛奈。


 その光景は、完全にバカップルのそれだった。


「学内の人気のないところで何しようとしてるの? でも、才斗が相手ならいいよ……。どうする? 体育倉庫にでも行く? マットあるし」


 モジモジしつつも、期待した上目遣いでこちらを見つめてくる凛奈。


 ダメだこいつ……。

 ほんと、俺の話を聞いてくれない……。


 誰か助けて!


「だいぶ、浮かれていますね凛奈お嬢様は」


「そうなんですよ草鹿さん。メイドの立場からもっと主人に苦言を……。って、なんでここにいるんですか⁉」


 当たり前みたいに話しかけてくるから、思わず普通に受け答えしてしまった。

 俺の前の席に座る草鹿さんは、メイド姿ではなく、学校の制服に身を包んでいた。


「ここのクラス担任を仮の姿とする某パワハラ副長の命令で、夏休み明けからこの学校に編入させられたんですよ」


 メイド姿の時と同じく、ピンと背筋が伸びていて、制服姿も板についている草鹿さんだが、珍しく不機嫌を前面に出しながら吐き捨てるように顛末を語る。


「ああ、剛史兄ぃの指示で凛奈の護衛をするために転入してきたって訳ね」


 表立ってではないとはいえ、凛奈は九条家と浅からぬ縁を結んでいる。

 これを、敵方は九条家側のウィークポイントとして攻撃してくる可能性があるのだから、凛奈の警備を厚くするのは必要だろう。


「どうです九条様? これが敗れた女のなれの果てです……。最高にみじめな姿でしょう?」


 そう言って、草鹿さんは無表情で腕を広げて、まるで捕虜のように全身をこちらに見せて無抵抗のポーズを取る。

 その心情は、相変わらずの無表情からは読み取れないが、半ばやけっぱち感がある。


「いや、制服姿もちゃんと似合ってますよ?」

「……ちょっと、お耳を拝借」


「なんです?」


 周りに聞かれたくない話なのか? と思った俺は、言われた通りに中腰になって前方の席に座る草鹿さんに顔を寄せる。


「私、実年齢は2(ピ~~ッ!)歳なんです」


「お、おう……それは」


 年齢不詳な感じでしたが、思ったよりお姉さんだったんすね草鹿さん。


 みじめだ何だと言っていたのは、要は20代の年齢なのに高校生として制服を着せられて学校に通わせられている事に、羞恥をおぼえているからか。


「ちなみに副長は、『さすがに年齢的に一緒に並ぶと色々と無理があるから、才斗様達とは一学年上って事にして編入させるからな。まぁ、それでも大分年齢サバ読んでるけど、プププッ』とか言ってやがりました。あいつはいずれ絶対に、私の手で息の根を止めてみせます」


「ゴメンなさい。うちの部下が失礼なことを言って」


 たしかな決意の刃を研ぎ澄ませる草鹿さんに、主人の俺は部下の失言に対してただただ謝ることしか出来なかった。


「いえ。主人の凛奈お嬢様がこんな状態なので、学内での様子が気になるのは事実ですし」

「体育倉庫だと、埃っぽいかな……。才斗との初めての場所はこだわりたいし……。でも、そういう何気ない場所で結ばれるっていう方がかえって想い出に……」


 凛奈は何やらブツブツと独り言をつぶやいていて、草鹿さんが居るのに気づいてもいない。

 たしかに、こんな注意力散漫では、暴漢に襲われたらひとたまりもないだろう。


「あくまでこの格好はビジネスのためです。だから恥ずかしいという感情はありません。ありませんったら、ありません」


「う、うん、分かりました。これから、よろしくね草鹿()()


 さっきから、頬を赤らめながら一人でぶつぶつ言っている凛奈の脳天に軽くチョップをかましながら、草鹿さんが恥ずかしくないと強調して見せる。


 プロって心構えが違うなぁ。(棒)


「ちなみに、凛奈お嬢様のついでに、メイドの私もお手付きにしてしまっても構いませんよ?」

「んな⁉」


「ちょっと伊緒⁉ 何言ってるの⁉」


 草鹿さんの爆弾発言の投下に、すかさず凛奈が妄想の世界から帰還する。


「私は、現在の雇用上の契約は九条様の物です。ですから、九条様に迫られては、私の身の上では拒否はできませぬ故……」


 ヨヨヨと泣きまねをする草鹿さん。


 ただでさえ、2年生の先輩という異物が1年の教室にいて目立つっていうのに、その上泣きまねまでされた結果。


「あの人って、夏休み明けから編入してきた2年生の先輩だよな?」

「ああ。えらい美人の転校生が来たって、昨日は2年の先輩たちが浮かれまくってたな」

「あの草鹿って先輩は西野さんのお付きのメイドさんだよね? 前に車で送迎されてる西野さんと一緒にいるのを見た事ある」

「西野さんだけに飽き足らず、メイドさんまでその毒牙に……」

「ラブラブお弁当タイムの衝撃については、ある程度衝撃に備えてたからただの致命傷で済んだけど、想定してない方向からの変則ボディブローはきついって……吐くって……」


 この有様である。

 新手の方向から俺の好感度を下げに来やがって!


 これは、うちの学年には飽き足らず、学校一の嫌われ者になるのも近いか……。


「夏休み明けから、飛ばしてるでござるな九条殿」

「やぁ、中條さん……。この状態から学生生活って巻き返せるかな?」


「吾輩がどんな敏腕プロデューサーでも無理でござるな」


 さすがは俺が認めた有識者で名アドバイザーだ。

 見切りも早いな。


 正直俺も、もう無理かなって思ってます……。


「そんな事よりも、ちょいと放課後に(つら)貸せでござるよ九条殿」

「この惨状をそんな事よりで片付けないでよ。って、面貸せって?」


「生徒会長が呼んでるでござるよ」

「生徒会長?」


 今まで縁のなかった肩書の人に呼ばれるって何だろう?


 なんだか、電車で玲を助けた時に、校長室に呼び出された事を図らずも思い出し、俺は嫌な予感をバシバシ感じるのであった。

ブックマーク、★評価よろしくお願いします。


『11/25発売の第1巻の購入も良しなに』

と草鹿さん(敗れた女)が言ってました。

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― 新着の感想 ―
敗れたって物理というか勝負で、かあ。 なんとなく、恋に敗れて、かと思ってしまった。 恋の勝者は誰かわからないけど、敗者はきっと彼なのだw
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