第39話 そうね、お父様
「お、帰ってきたな。才斗に西野」
「え、なんで寝屋先生が!?」
お見合いの場に戻ると、まず、自分の父親と談笑しているクラス担任という場景に、凛奈が驚きの声を上げる。
「いや、凛奈。剛史兄ぃなら、お見合いの冒頭からいたよ」
「よっぽどお見合いが嫌だったんだな。お見合い相手も、その仲人も視界に入らないくらいに」
「す、すいません」
「いやいや。こちらこそ、当主の名代が俺なんかですまんね」
そう言って、剛史兄ぃは気さくに笑う。
どうやら、この場では凛奈のクラスの担任教諭ではなく、俺という親族のお見合いの付き添いというスタンスで行くようだ。
「お見合いなのに、メイクもヘアセットも……。いや、晴れ着もだいぶ着崩れるなんて、どんな激しい散歩だったんですかお嬢様? 自分の身体を遊歩道にしたんですか?」
「伊緒!? なんで、貴女がここに!?」
そして、いつも通りの下ネタ全開の草鹿さんの登場に驚く凛奈。
「ええ……。ちょっと、お茶目な副長に呼ばれまして」
そう言って、草鹿さんが不快そうに剛史兄ぃを一瞬見やると、凛奈の着物の着付けをササッと直していく。
いつもは感情の抑揚がなく、表情を変えない完璧メイドの草鹿さんには珍しいことだ。
「九条家と西野家の友好の印として、草鹿はうちで修行することになってな」
「修行? って、才斗の家で修行するって事は、うちのメイド辞めちゃうの伊緒?」
剛史兄ぃの言っていることがよく分らないという感じの凛奈だったが、
「ああ、それは安心しろ。草鹿の所属と給金の払いは九条家になるけど、西野家に専従派遣の形を取るから、今までと何も変わらないよ」
「そうですか。良かった……」
剛史兄ぃの説明に、凛奈は大きく息を吐いて胸を撫で下ろす。
「それにしても、修行って何ですか?」
「修行と言っても、我流でついた癖の矯正をするただけだよ。素材がいいのは、追いかけっこをして確認済みだから」
そう言って剛史兄ぃは草鹿さんに笑いかけるが、草鹿さんは眉間に皺を寄せて顔をそらす。
2人の闇夜での忍としての対決については剛史兄ぃから顛末を聞いているが、草鹿さんとしては大いに忍のプライドが傷ついている様子だ。
「やはり九条家たるもの、メイドの修行も大変なんですな~」
ただのメイド修行と勘違いしている凛奈のお父さん。
その様子からして、自分の家のメイドが忍の末裔で、この国のアンタッチャブルである十賢哲の九条家に対して、諜報活動を仕掛けていたという事はまるで知らないようだ。
知っていたら、物理的に西野家は無くなってしまっていた所だ。
ご機嫌な様子で俺の前で笑ってるが、この人、九死に一生得てるんだよな……。
「それで、どうだった凛奈? 九条君はとてもよい青年だと思うんだが」
凛奈のお父さんが、前のめりになる。
あの……、あなた、初対面の時に俺の事を悪い虫扱いしてませんでした?
けど、この様子なら転校の話もすんなり受け入れてくれそうだ。
「そうね、お父様」
「「お父様!?」」
俺と凛奈のお父さんが、凛奈の呼び方に同時に驚く。
日頃は、陰でクソ親父って呼んでるのに、どういう風の吹きまわし!?
「私は今まで、貴方に反抗してきました。事あるごとに口答えしたり、無視したり、お父様が望んだ学校の入試で白紙の答案用紙を出したり」
懐かしむように、凛奈が天井を見上げる。
化粧直しをして、着崩れを直した着物姿であることもあり、その横顔は大人びて見えた。
「でも同時に、私の今の生活が、お父様がお母様亡き後に会社をたった独りで守るために、陰で泥水をすするように駆けずり回ったり、下げたくもない頭を下げてる事で成り立ってるのも知ってた」
「凛奈……。父さんは……」
何か言いたそうだが、胸を詰まらせる凛奈のお父さん。
「だから、ワガママは言っても最後は従おうと思ってた」
「すまない凛奈……。父親なのに、私は娘のお前の幸せを願ってやれなかった……。うちの家はこういう定めなのだと、解ったような理屈で自分を納得させるしかない、情けない父親で……」
「ううん。こういう場じゃないと言えないから、言わせて。ありがとう、お父様」
「凛奈ぁぁぁ……」
照れ臭そうな凛奈の感謝の言葉に、凛奈のお父さんが泣き崩れる。
父も娘もフォーマルな出で立ちなので、まるで結婚披露宴の新婦と新婦父のようだ。
「さて。これで過去のわだかまりは清算っと」
「潔いな凛奈は」
涙でグシャグシャの顔の父とは対照的に、凛奈の顔は晴れやかだった。
この点は俺も凛奈を見習わないとな。
両親を赦す……。本当に俺に出来るかは解らないけれど。
「じゃあ、これからの話をするわね、お父様」
「ああ……」
まだ涙で濡れるお父さんに、凛奈がニッコリと微笑む。
「今後は私が、学校が一緒の才斗を介して九条家とコンタクトを取るからね」
「ああ、よろしく頼む」
これは、俺とコンタクトを継続的に取るために、学校は転校しないという凛奈の意思表示である。
まぁ、ここは順当だな。
「九条家との結び付きは西野グループにとって最重要事項だから、才斗との協議の場で即断即決が下せるように、私に全権委任権を持たせてね」
ん……?
全権委任?
「え……。全権委任は流石に……」
思わずキョトン顔をしてしまう俺と凛奈のお父さんの横で、妖しく笑う凛奈が言葉を続ける。
「心配しなくても、九条家と西野グループ間での関係における緊急事態等の、ごく一部の場合にしか行使しないよ」
いや、ごく一部の場合って……。
聞こえは限定的な場合に限るっぽく聞こえるけど、これ、とんでもないぞ。
例えば九条家の俺が、『西野グループの総裁を娘の凛奈に』→凛奈『はい』で、目の前のお父さんのクビが飛ぶということだ。
力関係から言っても、事後に凛奈のお父さんが決定を覆すのは不可能だ。
「それなら、まぁいいか」
いや、お父さん気付けよ!
あんた、仮にも西野グループというそこそこ大きいグループ企業の当主総裁なんだろ?
こんな見え透いた罠に引っ掛かってるんじゃねぇよ!
「大丈夫。私に任せておけば、西野グループはすべて上手くいくから。お父さまは安心して」
「ウォォオオン! 私の娘はなんて孝行娘なんだ!」
あ、駄目だ……。
娘と和解できた嬉しさで、凛奈のお父さんの思考力は限りなくゼロに近い。
花嫁の手紙みたいな娘の感謝の言葉に号泣真っ最中の父親相手に、トラップ仕込んだ交渉術を仕掛けるとか、やり方が汚ねぇよ凛奈。
あ……。
ひょっとして、さっきのお父さんへの感謝の言葉も、このための布石……。
凛奈……、恐ろしい子……。
「これからも、よろしくねお父様」
おかしいな……。
まだ号泣しているお父さんの背中を、娘が擦ってあげている感動のシーンなのに、何故か背中を冷たい感触が走ったのは、お見合いの場のクーラーが効きすぎているせいだと俺は思いたかったのであった。
次回、2章完結です。
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