第38話 それが一番嬉しい……
「ここの庭園も見事だな。広さは、この間の法事で使った料亭の方が広いけど、都会でこれだけの広さは見事だ。そう思わないか? 凛奈」
「才斗……。まずは私に説明が必要だと思うんだけど」
『後は若い2人で』と凛奈のお父さんに促されて、お見合いっぽくホテルの庭園をゆっくり散歩し始めた途端に、凛奈が口を尖らせる。
「折角、綺麗な晴れ着を着ておめかししてるんだから、もちっと淑やかにしてろよ。さっきの顔合わせの時は出来てたのに」
「う、うるさい! そうやって話をはぐらかさないでよ!」
茶化してちょっと誤魔化そうとするが、やっぱり説明しないのは無理があるよな。
「どこから説明する?」
「まずは、貴方が何者なのか」
真っすぐにこちらを見つめる凛奈に対し、俺は息を一息吐いて笑みを浮かべると、自分のことを話し始めた。
「さっき、凛奈のお父さんに話した通りだよ。俺の家は、表舞台には出ないが、裏からこの国を牛耳る家の一つなんだよ」
「十賢哲って呼ばれているのがそうなの?」
「ああ、そうだ。中二病みたいな設定だけど、マジで自分の家がそうだから笑えんのよな」
タハハッと軽口を叩いてみせるが、凛奈は真剣な顔をしているので、俺がスベッた感じになる。
ちっとは笑ってくれよと思うが、まぁ凛奈にも余裕は無いから仕方ないか。
「そうだったんだ……」
「すぐに信じるのな。割と荒唐無稽な話なのに」
「私の目の前で、お見合いや婚約が全部無しになって、あのクソ親父が才斗にペコペコしてたんだもの。信じるしかないでしょ」
たしかにそうか。
子どもにとって、親という存在は絶対だ。
その絶対的な存在である父親が、あんな風に俺にペコペコしてたのは、娘としては複雑な感情もあるのかも。
「今回は家の名前を使って結構、強引な手を使ったからな」
「……私のために?」
「俺のためだよ。最近、見合いをしろって、家がうるさかったから」
「嘘でしょ」
「本当だよ。大人や家の都合で全てを諦める凛奈を、俺が見たくなかったんだ」
この主張に嘘はない。
凛奈の縁談を、直前に横からかっさらったのは俺のエゴだ。
連絡がつかなくなったとはいえ、凛奈の了承も一切受けずに。
「あ~~っ! んもうっ!」
「どうした凛奈!?」
突然、うめき声を上げて庭園でしゃがみこんでしまった凛奈に驚き、俺も膝をつく。
「わたし、この間……。最期だと思って、才斗を突き放すために、『自分の家は名家で、所詮、才斗とは住む世界が違ったの』って令嬢ムーブかましたのに、才斗の家の方がはるかに格上だったのが、今更になって恥ずかしくなった……」
しゃがみこんだ凛奈は顔を上げない。
確かに、これは恥ずかしいかも。
思春期にとっては、一晩中、ベッドの中で羞恥に転げ回る程度の心の傷だ。
「まぁまぁ。俺の家の事は国家レベルの機密だから仕方ないよ。ほら、立て。晴れ着の振袖が地面について汚れてるぞ」
手を取って凛奈を立たせようとすると、
「受け止めて才斗」
「っと……」
そう言うと、凛奈は立ち上がった勢いでそのまま俺に抱きついてくる。
「お見合いの場で、いきなり抱きつくのはよろしくないぞ」
「うるさい……。顔見せれないもん」
そう言って、凛奈が顔を胸の中にグリグリ埋める。
今日は見合いでうっすら化粧やヘアメイクを施されていたのだろう。
ファンデーションやヘアセット時に振ったラメスプレーの欠片が、背広につく。
「耳が赤いから、顔赤いのはバレバレだぞ」
「気付いてても言わずに胸を貸すのが、いい男の条件よ。お見合いなら0点、不合格!」
「すいませんね。下手くそで」
軽口を叩き合い、しばらく庭園の敷石の上で無言でたたずむ。
穏やかな風が、庭園の庭木の枝をサワサワと揺らす。
「才斗……。私、転校しなくて良くなったんだよね?」
しばらくの沈黙の後に、凛奈が頭を俺の胸に埋めながら訊ねる。
「ああ、そうだよ。俺がさせない」
「夏休みが終わっても、また隣の席なんだよね?」
「うん」
凛奈の転校は、確実に無しになる。
元より、婚約予定の相手への操を立てるための女子校への転校だ。
凛奈のお父さん的にも、是非とも掴まえておきたい九条家の俺とコンタクトを取る重要な場である今の学校を、みすみす手放すようなバカな事はしないだろう。
「それが一番嬉しい……」
「そっか。俺もだよ」
胸の中にいる凛奈がしばし、無言で身体をこちらに預ける。
その信頼に、俺は黙って胸を貸した。
「良かったね才斗。ボッチにならなくて」
「ハハハッ! それな」
けど、俺と凛奈の間ではしんみりは、やっぱり似合わない。
こうして軽口を叩き合える気兼ね無い関係こそが、とても貴重な時間や存在なんだということを、失くしかけてから思いしらされる。
今回は、完全に後手に回ってしまったことは、大いなる反省点だ。
「それにしても、なんで、スーパーウルトラ金持ちの家の子の才斗が、安アパートで一人暮らしして、節約のためにお弁当を手作りしてるのよ? そこは、ヘタレ王子みたいなタワーマンションとかに住んでおきなさいよ」
「ああ。今俺、親と喧嘩中だからさ……。それでだよ」
歯切れの悪い返答になるが、流石にまだ込み入った我が家の事情まで話す気にはなれない。
「そう……」
親子喧嘩中と聞いて、凛奈は深くまで聞かないでおいてくれた。
こういう所は、凛奈もしがらみの多い家で反抗してきたのだから、共感してくれているようだ。
正直、ツーカーで察してくれてありがたい。
「さて、そろそろお散歩も切り上げるか。凛奈のお父さんも待ってるだろうし」
「その前に、今後のことなんだけど……」
「ああ、そうだよな。戻ったら、お父さんには適当に『仲良くしたいので、今後も定期的に会ってお話聞かせてください』みたいなフワフワした関係で行きますって話を」
「……やだ」
「え?」
「絶対に嫌だ、私は才斗と結婚する」
顔を上げた凛奈の顔は、目元が涙で赤くなっていたが、その目は真っ直ぐに俺の瞳を見据えていた。
「凛奈? お前、あんなにお見合いも婚約も嫌がってたじゃないか」
俺の家の名前を使えば、いくらでも他のお見合いの話をはね除けられる。
少なくとも、学生の間くらいは防波堤になれるという目論見だったのだが。
「才斗が相手なら話は別っていうか……。割と今すぐにでも結婚したい」
色々と想像したのか、口元をフニャけさせる凛奈。
こんな弛んだ凛奈の顔は初めて見た。
「り、凛奈さん……。抱きつく力が強いんですけど……」
「結婚するって言うまで離さないから」
あれ?
お見合いってこんな、がっぷり四つに組み合って勝負を決するものだっけ?
って、力が強い!
「痛いっての。そんな暴れたら折角の晴れ着の着付けが崩れるぞ」
「私は才斗のお嫁さんになるの! 婚約者だもん、私!」
「顔を胸元でグリグリすんなよ。化粧が背広につくだろうが!」
「もう、私のだもん! 絶対に誰にも渡さないもん!」
今日一日で、劇的に人生が変わってしまったストレスからか、突如幼児退行を起こした凛奈をなだめつつ、俺は凛奈が疲れはてるまで抱きマクラになるしかなかったのであった。
はい、墜ちたっと。
2章完結まであと2話です。
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