第33話 ボクはワガママ王子様なんだし
「なに、あのオッサン! ボク、あの人のこと嫌い!」
凛奈の家からの帰り道。
最寄駅へと向かう帰り道で、玲がプリプリと怒っていた。
怒りからか、歩みが早歩きになっている。
「今時、未成年で婚約なんてあり得ないよ!」
「……そうだな」
「前に凛奈ちゃんが話してたんだけど、中学受験では親に反発して叡桜女子の試験ではわざと白紙で出したんだって。そんな凛奈ちゃんが転校なんて承服してるわけないよ!」
「そうなのか……」
「外部との連絡まで禁止だなんて、きっと凛奈ちゃんは、あの家で軟禁されてるんだよ」
「そうなのかもな……」
「……って、才斗聞いてる?」
「ああ……。すまない」
玲とは逆に、俺の足取りは重く、距離が離れてしまっていた。
怒っている玲の言葉は、図らずも俺の方にも流れ弾として俺の心を抉っていたからだ。
凛奈の事を心配すればするほど、己の境遇と重なり、気分が落ち込んでしまう。
「こうなったら、凛奈ちゃんの奪還作戦だ! 早速、作戦会議だよ才斗」
「奪還作戦って何する気だよ玲?」
「まずは深夜に西野宅の壁を乗り越えて」
「いや、それは無理だ。さっき、勝手口に回る際に邸宅の周囲を見たけど、目立たないように監視カメラやセンサーがぎっしり配置されてた」
きっと、塀を乗り越えた瞬間に、けたたましい警報音と共に、契約している警備会社から警備員が駆け付けるだろう。
「……なんか、才斗って凛奈ちゃんの事、ちゃんと心配してる? さっきから覇気がないけど」
先ほどから消極的な態度の俺に対して、玲から不信の目が投げ掛けられる。
「いや……。俺達に連絡しないのは、ひょっとしたら、凛奈の意志なんじゃないかと思ってさ……」
「何で、そう思うの?」
「今思うと、凛奈はこの日が来るのを解っていたような言動があってな」
所々で垣間見えた、親との不和や、自分にはあまり時間がないと溢していた事。
そして、祖母ちゃんの家で皆で添い寝した時に、背中越しに、ふと洩らした凛奈の言葉。
最後の思い出だと、凛奈はこぼしていた。
あの時に、背中が濡れたのは、やはり凛奈の涙だったんだ。
「それは……」
「だから、俺達はいつか凛奈が落ち着いた時に話を聞こう」
子供にはどうしようもない事がある。
子供が遊べるのは、あくまで親が決めた範疇までという家が大半だ。
そして、その範疇というのは家庭ごとに違うし、その範囲について、法を犯している場合を除いて、他人が口を突っ込むべきではない。
幸いにも、凛奈は玲のいる学校に転校するのだから、関係が完全に切れてしまう訳ではない。
それなら。
「才斗のバカ!」
今後の凛奈への方針がまとまりかけたと思った矢先に、突如として玲が吼えた。
路上に立ち止まり、ワナワナと震える長身美人である玲はとても絵になっているなと、関係のない方向へ思考がさ迷う。
「才斗のアホ! マヌケ! ヘタレ王子!」
「罵倒のどさくさに紛れて、自分の二つ名を押し付けないでよ玲」
「才斗がいけないんだよ! ボクの時には、あんなに強引に迫ったくせに! 凛奈ちゃんの時だけ何なの? そんなウジウジして!」
小学生男子みたいな語彙力のない悪口を放ち、珍しく本気で怒っている玲に、俺も面食らう。
今まで、凛奈とケンカしていたのがじゃれ合いに見えるほど、玲の目にははっきりと怒りが宿っていた。
「べ、別にウジウジなんてしてな……」
「い~や、してる! ボクが足のキズを見られて、才斗達との縁を切ろうとした時には、ボクの学校の前まで来てくれたじゃない! その時の対応とまるで真逆じゃない!」
怒りながらも核心を突かれて、俺も口ごもってしまう。
「う……。でも、あの時は、このままだと玲との縁が切れちゃうと思ったから直ぐに動いただけだよ。でも、凛奈の場合は、夏休み明けから玲と同じ学校になるから関係が完全に切れちゃう訳じゃないし」
「それだと手遅れだから言ってるんだよ! このまま、凛奈ちゃんが望まない婚約してるのをただ見ていろっていうの? ボクはそんな凛奈ちゃんを見たくない!」
「だから、望んでない婚約なのかは分からないだろが」
「そんなの、的外れだったらごめんなさいすればいいんだよ!」
「でも、それは俺達のワガママで……」
「ワガママ上等だよ! ボクはワガママ王子様なんだし」
確固たる自信をみなぎらせながら、玲が強く主張する。
「なんで、そんな頑ななんだよ」
「だって、ボクがそうだったから……。あの時、駅のホームでたたずんでいたボクを強引に連れ去ってくれた才斗は、ちょっと乱暴だけど、それがまたキュンキュンさせてくれた素敵な王子様だったから」
さっきまで興奮状態だったのに、急にしおらしくなってモジモジ手遊びしだす玲。
「あ……、うん。あの時の俺は、必死だったから」
そして俺も、玲がプチ家出した時に駅のホームでリーマン達に絡まれていたのを助け出した時の、格好つけた自分を思い出して赤面する。
「あの時の才斗は、ボクを救い出すことに迷いなんてなかったはずだよ。なのに、凛奈ちゃんの時だけ迷っているのがボクには解らないよ」
言われてみればそうだ。
俺は凛奈の時には、どこか自分の立場を重ねて、変に感情移入させてしまっていた。
相手の立場と同一の目線で物事を考えるというのは、一見良いことのように思えるが、知らず知らずの内に自分が思う事を凛奈の意志だとすり替えてしまっていた。
まだ、凛奈自身の口から何も聞いていないのに。
「そうか……、そうだな。ありがとう玲。おかげで目が醒めた思いだ」
「まぁ、ボクは女子高の王子様だからね。皆を元気にするのがボクの役割だから」
そう言って、玲は弾ける笑顔を見せた。
見た目はクール系なのに、こういう屈託のない所が玲の良いところだ。
きっと女子高の女の子達も、この玲のギャップにやられてるんだよなと、玲の王子様っぷりを再認識する。
「しかし、問題は家に軟禁されている凛奈と、どうコンタクトを取るかだな」
さきほど、凛奈のお父さんからはっきりと面会謝絶だと言われてしまったのだ。
スマホもどうやら取り上げられているか、中を監視されているようで、連絡も取れない。
「それは大丈夫。ボクに策があるから。ちょっと、お母さんに手伝ってもらわなきゃだけど」
お母さんって、涼音さんに? なんで?
と思って玲を見ると、玲は早速、スマホで涼音さんに電話をかけ始めるのだった。