第7話 カッコイイっていうか可愛いよな
「ふわぁ……。広ぉ……」
人様の家に上がり込んで礼儀知らずだが、その豪奢さに思わず感嘆の声を上げてしまった。
「そんな、大したことないよ。広すぎて掃除が大変なんです。こちらのソファにどうぞ。今、お茶を淹れますね」
「どうぞお構いなく」
確かに、リビングだけで、これ40畳くらいあるんじゃないかしら。
きっと、俺の住んでるワンルームマンションの10倍以上だろうな……。
「どうぞ。お口に合うか分かりませんが」
「ありがとう玲君。それで、お母さんはどちらに?」
出された紅茶に口をつけてから玲君に尋ねる。
てっきり、リビングの方にお母さんがいらっしゃるのかと思ったが、居る気配がない。
「母はええと……今いないんです。ちょっと、急な仕事の連絡が入ってしまって、外へ出てしまったんです」
「え、そうなの? じゃあ、今後の方針についての相談をしようって話だったんだけど、日を改めた方がいいかな?」
「すみません。こちらが、お呼び出てしたのに」
しょんぼりと、申し訳なさそうにする玲君。
なんかイケメンだけど仕草が可愛いな。
「まぁ、お仕事ならしょうがないよ。お母さんは何のお仕事をしてるの?」
「え~と……、まぁ自由業みたいなものかな」
「へぇ、経営者さんみたいなものか。となると、急なトラブルへの対処も仕方がないね」
休日に無駄足になってしまったが、まぁ方針のすり合わせは電話とかでも出来るしな。
「それで、母からの命なんだけど、九条さんをきちんと、おもてなしするように言われてます」
「そんな、いいよ。玲君だって、まだ顔の腫れが引いてないんだろ?」
「もう痛みは無いから大丈夫だよ。どうせ、学校も休んでて暇だし」
「そうか……学校行けてないのか」
そりゃ、あんな事があったらな……。
多感なお年頃の男子にとって、一方的に自分が殴られる姿が全世界に晒されてしまったのだ。
プライドが大いに傷つき、俺なら確実に引きこもる。
「あ、そんな深刻にならないでね。大手を振って学校を休めるから、むしろありがたいよ」
ちょっと真面目な顔を俺がしてしまっていたからなのか、玲君が慌てて弁明する。
う~ん。
ヴィジュアル系な見た目とは裏腹に、礼儀正しいし気遣いのできる子だな。
育ちがいいからだろう。
「そっか。休んでる間は何してたの?」
「出席代替のレポートと、後はゲームかな」
「へぇ、ゲームやるんだ。何やってるの?」
こういう時には、変に電車での出来事にはこちらから触れない方がいいだろうと思った俺は、他愛のない雑談を振ってみる。
「好きなのは、格闘ゲームかな。人に殴られておいて、何だけど」
「いや、自らネタにしていくのかよ」
心配してみたが、案外本人は平気そうなのか?
でも、俺の前という事で気を使ってるだけかもな。
「アハハッ! 九条くんもゲームやる? このテレビでやると迫力満点だよ」
「このテレビもデカいよね。これ、何インチあるの?」
「150インチかな。母の仕事柄、テレビにはこだわりがあるみたいで」
「仕事柄? 自由業って言ってたけど、お母さんはテレビ関係の仕事をしてるの?」
「あ! いや、流行については抑えなきゃいけない仕事ってだけです。ゲームソフトですけど、ストレートZEROでいいですか?」
「お! 俺が、やりこんだゲームじゃないか。やろうやろう」
「はい!」
嬉しそうにゲームをセットする無邪気な玲君に、こちらも思わず顔がほころんでしまった。
◇◇◇◆◇◇◇
「すっかり遅くなっちゃったな。っていうか、夜景めっちゃキレイ!」
玲君との大画面での格ゲーについ夢中になってしまい、ふと窓の外を見ると、すでに日が暮れていた。
そして、タワーマンションの高層階から見える都会の夜景は絶景だった。
「高層階でベランダが無いので、夜風に当たれないのが難点だけどね」
子供みたいにリビングの窓に張り付いて夜景を眺めている俺に対し、この景色が日常の
玲君が横に立って苦笑して返す。
「玲君は高い所が好きじゃないの?」
「この部屋は、セキュリティレベルが高い物件だから住んでるだけで、夜景も別に好きじゃないかな。お母さんが心配性だから」
「そういや結局、お母さんは戻ってこないね。何か連絡とかは来てないの?」
「あ~、お母さんは今日は撮影……ゲフンゲフンッ! 帰って来な……いかな? すいません、よく分からないです」
歯切れ悪く、玲君が答える。
「そうか。じゃあ、そろそろ俺はお暇させてもらうよ。話し合いはまた後日にと、お母さんに伝えておいて」
「え、九条くん、もう帰っちゃうの?」
マスクの上のパチクリした目の上にある眉が、途端にハの字に垂れる。
なんか、もっと遊んでほしそうなワンコっぽくて可愛いな。
「うん。さすがに長居しすぎちゃったしね」
「九条くんは、お家の門限とかあるの?」
「いや、俺は一人暮らしだから、そんなの無いよ」
「じゃ、じゃあ、その……この後、彼女さんとの予定があるとか?」
上気した顔なのに、手をわずかにカタカタと震わせながら、玲君が問うてくる。
「残念ながら、彼女はいないです……」
「そ、そっか! そっかぁ……そうなんだぁ」
何で、嬉しそうなん玲君?
「あれ? 俺、マウント取られてる? イケメンだからって調子乗んなよ」
「いや、マウントって。ボクも、恋人なんていないし!」
「そうなの? 玲君、モテてたじゃない。電車でも女の子たちから心配されてたし」
「あの子たちは、ただの僕の親衛隊っていうか……ファンクラブみたいな物に所属してる子たちで」
彼女はいないのにファンはいるの!?
そっちのが驚きだわ。
「そういや、電車で玲様って呼ばれてたね。さしずめ、学校の王子さまって所か」
「やっぱり変だよね……」
「まぁまぁまぁ。そういう事もあるのか」
あいにく、自身はもちろん、学校の王子様なんて類の人間と知り合いになったことはないのだが。
玲君が気にしていそうなので、適当に肯定の相槌を打つ。
「あ、生のまぁまぁが聞けた。感激だな」
「現地で聞いてた奴が何を言う!」
ちょいちょい弄って来よるな、こやつ。
「あの時の九条くん、カッコ良かったな」
「そりゃどうも。惚れるなよ」
ファンクラブもあるような学校の王子様にカッコいいって言われてもな~。社交辞令感がすごい。
「本当にカッコよかったよ。九条君だけが、ボクを背中にかばってくれたんだから」
「フフフッ。俺の背中はデカかったろ?」
本当は内心では、仲裁に入ったのを全力で後悔してたけどな。
まぁ、結果オーライだったから良いか。
「うん」
「男は背中で語るもんだぜ」
同性で同学年の高校生相手という事で、すっかり玲君とは打ち解けられた感じだ。
正直、今日来るまでは、タイプが違いすぎて仲良くなるのは無理じゃね? と思っていたのだが杞憂だった。
「じゃあな。かっこいい男は背中で語りつつクールに去るぜ」
「って、さりげなく帰ろうとしないでよ!」
流れで玄関へ向かおうとしたが、玲君に追いすがられてしまった。
腕をつかまれたが、玲君って男にしては随分と華奢な手してるな。
「もうすぐデリバリーが届くから食べていって」
「え、そんなの頼んでたの?」
「いっぱい頼んじゃった。九条くんが帰ったら、ボクは御馳走の山の前で一人ぼっちで寂しい夕飯を食べることになるんだよ」
目をウルウルさせながら、まだ帰らないでと懇願してくる玲君。
さすが、金持ちの家の子だ。
やることが力技である。
「あ~、もう分かったよ。じゃあ、お母さんの涼音さんが帰って来るまでな」
「やったぁ! ご飯の後は、徹夜で人生ゲームやろうね」
完全に懐かれちゃったなと思ったが、イケメンの友達が無邪気に笑っているのを見ると悪くない気分だった。
「玲君は何ていうか、カッコイイっていうか可愛いよな」
「え!? 可愛い!? ぼ、ボクが……」
どぎまぎしてオーバーに反応する玲君が面白い。
見た目は、ちょい悪の危ない王子様系なのに、話してみると気安くて懐いてくるのが同性から見ても可愛らしい。
「周りの女の子も、こういうギャップにやられてるんだろうな~」
「可愛いって久しく言われてないから照れちゃうよ……」
まぁ、そりゃ小さい頃なら男の子でもカワイイ可愛い言われるけど、高校生の歳じゃ言われんよな。
人によっては、男で可愛いって言われるのをコンプレックスに感じる人もいるだろうし。
まぁ、目の前にいる玲君の喜びようなら、その点の心配は杞憂だが。
「ねぇ。も、もう一回、可愛いって言ってもらっていいかな?」
「玲君は可愛いよ」
「わは~~」
なぜか、全身がフニャケてしまった玲君は、そのまま床に倒れ伏して悶えだした。
…………いや、違うからね?
そういうんじゃないからね。
これは、男同士でふざけ合ってるだけだから。
俺は、つい脳内でよだれを垂らすクラスの腐女子のイマジナリー中條さんに言い訳しつつ、ゲームコントローラを握りなおしたが、中々玲君は再起動しなかった。
週間1位を獲得しました。ありがとうございます。
今後も頑張っていきます。
ブックマーク、評価よろしくお願いいたします。
励みになっております。