第29話 田舎だと本当に容赦ない
「お~、寝屋さんとこの孫か。でぇら大きなったなぁ」
「あれ? 寝屋さんとこの孫は、都会で教師やっとるんじゃなかったか?」
「そりゃ、寝屋さんの次女の方の孫だがね。この子は長女の方のや」
「あ~、そうかそうか」
俺に話しかけてるし、話題は俺に関することなのに、俺が一言も発せずにジジババたちだけで会話が進んでいくこの感じ。
何だか既に懐かしい。
「都会に行ったと思ったら、あんな別嬪さんな女の子連れて帰って来てな~」
「なんや、昨日の夜は盛り上がっとったな」
「千代子さんもあと数年粘れば、ひ孫抱けたのにな」
「ちげぇねえなぁ~」
「ガハハハハッ!」
「じっちゃん達、勘弁してよ……。俺、まだ高校生だよ。ほら、一杯飲んで飲んで」
ひ孫のくだりで、玲と凛奈と愛梨の席の方から視線を感じるのを無視しながら、俺はじっちゃん達のグラスに手持ちの瓶からビールを注ぐ。
今は、場所を祖母ちゃんの家から、割烹のお店に移して食事会の真っ最中だ。
一応、故人を偲ぶための食事会というのが名目だが、何だかんだ近況報告会のようになる。
そして、お酒が入れば若人は格好の話のネタにされる。
「見合いも無しでお嫁さん連れてくるんやから大したもんや」
「誰も相手おらんかったら、おいちゃんの親戚の子と縁談させたんじゃがな」
「そういう話は、適齢期の剛史兄ぃに持っていって」
「そやなぁ。先にあっちが片付かんとなぁ」
「そういや、親戚の子の釣書持って来とったんどわ。母ちゃん、母ちゃん! 釣書どこにあったかいの?」
「ガハハツ!」
現代だと間違いなく炎上しそうな会話だが、田舎のジジババなんて未だにこんな感じである。
剛史兄ぃめ。
こうなるのが嫌で法事に遅刻してるんじゃないか?
宴会までには来るって言ってたのに、まだ来てないし。
早く俺以外のジジババの生け贄が来ないかなと思いつつ、俺は隣の席の方へ笑顔でビール瓶片手に向かった。
すると。
「どうも初めまして。才斗さんとは学校で大変仲良くさせていただいてます。西野凛奈と申します。よろしくお願いします。どうぞ一杯」
「おーおー、こりゃご丁寧にどうも。ワシは麦野と言ってな。寝屋さん所の畑を借りて野菜を作っとるんじゃ」
「え~、そうなんですか。うちの才斗さんがいつもお世話になってます」
「何やってんの凛奈……」
隣の席では、凛奈が俺と同じく瓶ビールを片手に地元のじっちゃんの麦野さん相手にお酌をしているところだった。
「何って、ご挨拶よ。こういう親族の場では新顔はこうしてお酌してご挨拶しないと」
当たり前でしょという顔で凛奈が答える。
「そんな、女の人がお酌とか、前時代的なことしなくていいよ。他のご婦人方が自分もお酌しなきゃいけないのかと気を揉んじゃうだろ」
そういうのは、ホスト役である施主の俺の役割だ。
っていうか、色々と誤解されるからヤメテ!
「大丈夫よ。婦人部の代表の方にお酌に行って良いか相談したら、『顔と名前を憶えてもらいにいってらっしゃい』って気持ちよく背中を押してもらってきたから」
「ええ……。もう、俺の地元の婦人部のオバチャン達まで手玉に取ってんの……。コワ……」
そういや、凛奈はお嬢様育ちなだけあって、こういうのには如才ないんだった。
「ど、ど、どうも初めまして。星名玲といいますです。よ、よろしくお願いします。ど、どうぞ一杯」
「って、玲もかよ」
こういうのに慣れていないであろう玲も、凛奈に遅れは取るまいと見よう見まねで参戦してきた。
「おーおー、こりゃめんこい子がまた。いただこうかの」
勧められた麦野のじっちゃんは、凛奈がついでくれたグラスのビールをグイッと飲み干し、空のグラスを玲の方に差し出す。
「麦野のじっちゃん。あんま、無理して飲まなくても」
麦野のじっちゃんも昔気質な人だから、勧められた杯を断れないたちだし。
「何を言うか才斗よ。こんな別嬪さんのお酌を断るなんて選択肢は無かろう」
って違ったわ。
若い女の子に囲まれてデレデレしてるだけだなこりゃ。
「あ! 都会の女達め! 目を離した隙に抜け駆けしおって! さぁさ、麦野のじっちゃん。そろそろビールじゃなくて日本酒の頃合いじゃろ? ささっ、お猪口じゃ」
「おお、荒城のとこの嬢ちゃんか。いただこう」
「都会の女達は、田舎の細やかな機微には疎いからのぉ」
「「む……」」
愛梨と凛奈と玲の間で火花が散る。
「こんにちは。私、才斗さんの~」
「一杯どうぞ~」
その後3人は宴会場でお酌をしてまわった。
そして、じっちゃん達は見事に皆、凛奈達に潰された。
「ふぅ……。やっと一息つける」
宴会も飲み物のラストオーダーが終わり、後は座敷の予約終了時間までダラダラと歓談する時間となり、俺は割烹のお店を出て外の空気を吸っていた。
なお、じっちゃん連中は大半が、気持ちの良いお酒で宴会場で寝入ってしまっている。
会場を畳の大広間にしていて良かった。
「立派な庭だな」
この割烹は田舎で土地だけは余っているので、無駄に広い日本庭園があり、散歩するにはちょうどいい。
「よう。お疲れさん才斗」
「今頃になってよくノコノコ来れたね剛史兄ぃ」
そして、密談をするにもちょうどいい。
俺は、松の木の影から現れた剛史兄ぃに嫌みをぶつける。
「悪いな。仕事が思った以上に手間取ってな」
「ふぅ~ん。どんな仕事?」
「それは守秘義務だ」
剛史兄ぃが従兄の兄ちゃんスタンスで話しかけているということは、表の顔である学校関連の仕事ということか。
なら詳しく話せなくても仕方がないか。
「剛史兄ぃがいなくて大変だったんだからね。施主の挨拶とか」
「まぁ、才斗なら出来ると思ったからな」
まったく……。
そう言えば、俺が喜ぶと思って。
「麻美伯母さん……、才斗のお母さんはやっぱり来なかったか」
「……うん。来なかった」
自分でも声が凍てついているのが分かった。
「まぁ、忙しい人だからな」
「実の母親の一周忌に来れない用事って何だよ」
心が荒み、身体に力が入る。
思い出すのは1年前の今日。
実の娘なのに祖母ちゃんの通夜にも姿を見せず、告別式の最後の方にフラッと現れて、直ぐに帰った母親のことを。
『自分の母親なんだから火葬場で最期のお別れくらいしろよ!』
と感情的に叫んだ俺に、凍てつく視線だけを投げて、行ってしまった母親のことを。
「お父さんは……来てないよな」
「うちの父親が香典なんて気の効いた物寄越すかよ。法事なんて最初から自分のスケジュールにすら入れてないだろうよ」
「そうか、すまんな……」
バツが悪そうに剛史兄ぃがうつむく。
「いいんだ。祖母ちゃんも、あんな奴らに来てほしくないでしょ」
「才斗……」
「それに、今回は明るい法事でさ。これも、玲達が来てくれたおかげだよ」
俺の吐いた毒で重たくしてしまった空気を払拭したくて、俺は努めて明るく振る舞った。
実際、一人だったらダークサイドに落ちていたかもしれないが、玲や凛奈、さらに愛梨が居てくれたから、そんな暇は一切無かった。
「それは良かったな」
「色々と大変だったけどね。あれ? そう言えば、今日は仕事モードの喋りはしないんだね剛史兄ぃ」
先ほど、両親の話が出た時も口調が剛史兄ぃとしての口調のままだったな。
いや、法事の場だからそれで正しいんだけど、アイツの事を『首領』ではなく、『お父さん』と呼んでたことに、激しく違和感を覚えた。
だって、アイツの事はどんな時だって、
「ああ、それはだな……。お~、西野。そんな所でどうしたんだ?」
「あ……、バレました?」
バツが悪そうに、凛奈が庭の植木の陰から、かくれんぼで見付かった子供のように出てきた。
「……凛奈がいたのか」
だから、剛史兄ぃは口調を従者のそれにはしなかったのか。
流石に、担任で従兄に兄ちゃんということになっている成人男性の剛史兄ぃが、年下でクラスの生徒である俺に敬語口調じゃ、明らかに異様に映るもんな。
「ごめんね。別に盗み聞きする訳じゃなかったんだけど。親戚同士の会話を邪魔するのも悪いと思って」
「いや、大丈夫だ……」
凛奈の謝罪に、俺はソッポを向いた。
そして、先程の剛史兄ぃとの会話を脳内で再生し、どう弁解しようか頭の中をフル回転させる。
「そんな身構えなくても何も聞かないってば才斗」
そう言うと、凛奈は笑いながら肩をすくめて見せる。
「……聞かないのか? 俺の両親の事」
「前にも言ったでしょ。私と才斗は似てるから、何となく解るの」
「そっか……。正直ありがたいよ」
こういう時には、変に聞き分けがいいよな凛奈は。
お泊まりするんだと駄々をこねたりするけど。
「私も、結局は言えなかったからさ……」
「凛奈……?」
遠い目で新緑の木々の隙間から空を見上げる凛奈の横顔はどこか寂しさと悔いを帯びていて。
吹いた風が起こす木々のざわめききが、そのまま俺の心をざわめかせる。
「ああ、そうだ西野。お前の家のメイドさんから言付けを預かってたんだ」
「言付け……。伊緒からですか? わざわざ寝屋先生に手紙を預けてなんて何を考えてるのかしら、あの子ったら。そんなのスマホに連絡くれればいいのに……」
剛史兄ぃから受け取った便箋を凛奈が、ボヤキながら開封する。
「剛史兄ぃ、草鹿さんと面識あるんだ」
まぁ、クラス担任なんだから、凛奈のご家庭の窓口の草鹿さんとは面識あっても不思議はないか。
「ああ、ちょっとな。じゃあ、俺は宴会場に顔出して、爺さん婆さんたちから、『結婚はまだか?』モラハラでも受けてくるわ」
「いってらっしゃい~」
派手に遅刻してきたんだから、その位の罰は受けて欲しいものである。
「田舎だと本当に容赦ないんだよな。まぁ、剛史兄ぃはその気になればすぐ結婚でき」
「ごめん才斗……。私、帰るね」
「え、凛奈? 帰るって……」
突然、俺のボヤキの言葉を遮った凛奈から、突然の驚きの発言が飛び出した。
「ごめん! ヘタレ王子や愛梨ちゃんたちにも、よろしく伝えておいて!」
珍しく焦りの顔を隠せずに、剛史兄ぃから受け取った草鹿さんの便箋をグシャッと握りしめた凛奈は、俺が止める間もなく駆けていった。
喪服なのも相まって、その後ろ姿は酷く儚く見えた。
これがうちの地元の法事の風景。
じっちゃん達の放言は地元まんまなので、分る人には分かるかな。
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