28話 喪服の上から割烹着着てる女子高生のお嫁さん
「もうすぐ前半の読経が終わる。休憩用のお茶の準備始めて」
お経を背後に正座で痺れた足で仏間から這い出るなり、俺は台所に声をかけた。
「もうやってるよ才斗。お湯はヤカンもポットも総動員して沸かしてる」
「中休みは法要の最初と同じで緑茶と、お茶うけに水菓子でいいのよね?」
「そうじゃ。この辺の集落では読経は前後半制。中休みはお茶で、後半の読経の終わりに食事会の割烹料亭の迎えのバスが来るまでにまたお茶、食事会が終わった後コーヒーとケーキじゃ」
台所では既に玲と凛奈と愛梨が忙しくお茶出しの準備を始めていた。
「悪いな、みんな。結局、台所は任せちゃって」
本日は快晴。
法事日和!
いや、法事に海水浴みたいな日和とか無いんだけどな。
けど、晴れてくれた方がなんとなく嬉しい。
喪服の背広にネクタイ姿だと暑いんだけど、そこは真夏に亡くなってしまった祖母ちゃんに苦情を言ってもらうしかない。
「大丈夫だよ才斗。喪主のお仕事頑張って」
「法事では施主と呼ぶんじゃぞ痴女王子」
「その呼び方は流石に法要の場では止めてね愛梨ちゃん……」
湯呑みの下に敷く茶托を並べながら、玲が苦笑いする。
「うん、お湯の温度は適温。煎茶ならこんなものね」
「むむ……、正解じゃ。痴女お嬢め、やるな」
田舎の法事での台所仕事は戦場だ。
100名ちかい人数のお茶を出すだけで、てんやわんやの大騒ぎだ。
「愛梨ちゃんこそ、お経中に準備始めようって声かけてくれてありがと。私とヘタレ王子じゃ、どこで抜けるべきか判断つかなかったから」
「べ、別に……。お茶の準備は流石に一人では無理だから声をかけただけじゃ」
ゆえに、台所ではチームワークが必須なので、自然と3人とも仲良くなったようだ。
愛梨の2人の呼び方は相変わらずだけど……。
「それはそうと、朝から気になってたんじゃが、何で痴女王子も痴女お嬢も制服じゃないんじゃ?」
「たしかに。学生なら学校制服でも良いんだけど」
そこは俺も気になっていた。
朝は準備でバタバタしてたから言ってなかったけど。
玲も凛奈も、高校生ながらきちんと喪服の夏ワンピースを着ていた。
因みに今は台所仕事中なので白の割烹着を上に着ている。
「だって喪服の方がしっかりして見えるし。こういうのは第一印象が大事だから」
「そうそう。ボクの学校の制服は可愛すぎて、こういう場にはそぐわないし」
凛奈と玲が事も無げに答える。
「まぁ、2人とも大人っぽいから似合ってるけどさ」
玲も凛奈も、内情さえ知らなければ、顔は整っているし女性にしては身長もあってすらっとした体型だ。
故に、喪服ワンピースもしっかり着こなしている。
「そう? 嬉しい。ふむ、才斗は喪服萌えもあるのね」
「な!? んなことは」
「どう? 喪服の上から割烹着着てる女子高生のお嫁さんは?」
「だいぶ、キャラ設定が渋滞してるな」
でも正直、女の子が自分の実家で喪服で割烹着着てる台所仕事をしてくれてるのは、悪くないんだよな……。
って、祖母ちゃんの法事で俺は何考えてるんだ!
「お母さんには止められたから持ってこなかったけど、ボクの家には着物の喪服もあるよ。今度、お家で着て見せてあげるね」
「和装の喪服……」
玲なら和装の喪服も似合うだろうな。
そしてそこはかとなく漂う薄幸さ……。
って、また俺は祖母ちゃんの法事の真っ最中に!
「和装の喪服は三親等内の親族が着るものだから持って来なくて正解よ。って、愛梨ちゃん、どうしたの?」
玲に呆れる凛奈が、横でうつむいてしまっ愛梨に声をかける。
因みに愛梨は中学校のセーラー服にエプロン姿だ。
「ず、ズルいのじゃ! 我も制服じゃなくて喪服にする! マッハで着替えて戻ってくるから、お茶だし頼むのじゃ!」
「え!? ちょ、愛梨!」
これからお茶だしというタイミングなのに、こちらが制止の言葉をかける前に、疾風のやうに愛梨は駆けて行ってしまった。
◇◇◇◆◇◇◇
「ふ~、お茶だし完了」
「湯呑みの回収はもうちよっと後かな」
「湯呑みがたくさん乗った御盆重かった」
読経の中休みのお茶出しが終わり、俺達は台所で一息ついていた。
「お茶いれるね。あと私たちの水菓子も」
「そんなに時間ないからパパッと食べないとな」
煎茶は高級な茶葉だし、水菓子もわざわざ隣の市の有名な和菓子屋で注文した、目にも鮮やかな物だ。
だが、主催の俺たちにはそんな余裕はなく、2口くらいで水菓子を口の中に放り込む。
「食い終わったら仏間の方に戻るわ」
「施主は大変ね」
水菓子を愛でる間も無く咀嚼しながら俺が言うと、凛奈が労いの言葉を掛けてくれる。
「法事のホスト役だからな。いつまでも裏にいるわけにはいかんのよ」
施主は列席者のジジ、ババと住職と世間話をしたりしなくてはならない。
「よく高校生の才斗がやれてるよね」
「本当はもう一人の孫で従兄の剛史兄ぃが施主をやるはずだったんだよ! なのに、今朝になって『仕事で遅刻するからよろしく~。宴会までには着くから』ってメッセだけ寄越して押っつけられたんだ!」
当日朝にドタキャンとかほんと、許せんよな。
宴会までには着くとか、酒とご馳走だけ食いにくるってことじゃん。
暗部クビにしてやろうかな。
「けど、まさか担任の寝屋先生が才斗の従兄だとはね」
「学校では内緒な凛奈」
親族がクラス担任って、本来はあり得ないんだけどな。
そこは、剛史にぃなのか、俺を護衛する暗部の力なのか、無理をごく自然に通している。
「それにしても、愛梨ちゃん遅いわね」
「喪服に着替えるって言ってたけど、お母さんにでも借りるのかな?」
「いや、あいつの家は……」
「ウッ……。グズッ……」
「お、噂をすれば戻ってきたか……って、どうした!?」
「うええ……、才斗兄ぃ……。亡き母ちゃんの喪服を漁ったけど、どれもブカブカで、唯一ちゃんと着れたのがこれだったのじゃ……」
声のする方を見たら、愛梨が泣きじゃくっていた。
目の前の少女は、襟だけが白い黒のノースリーブのワンピースを着ていた。
だが、その子供っぽいデザインはどう見てもキッズ用だった。
そして、そのキッズ用の服が無理なく中学3年生の愛梨にジャストフィットしているというのが大いに問題であった。
「ええと……。いや、似合ってるぞ愛梨。フォーマルな場において何ら問題のない格好だ」
「そ、そうだよ愛梨ちゃん。どう見ても立派な小学生にしか見えないよ」
「バカ王子!それだと幼いって言ってるようなもんでしょ! こういう時は上手く短所を長所に言い換えたり、自分を下げて謙遜してご機嫌取りするのよ!」
お、そうだな凛奈。
田舎での処世術的にも、それは正しいコミュニケーションだ。
ただ、愛梨に裏事情が丸聞こえだから意味無いけど。
「ハワワッ! そういう意味じゃなくて、小学生時代の服がよく似合ってるよって意味で。長身のボクなんかが着ても似合わないから」
そして、良くも悪くも素直な性格の玲には、こういったコミュニケーションは荷が重く、地雷を踏み抜いた上でマウントを取るというコンボが決まった。
「やっぱり都会の女どもはキライじゃああああ!」
愛梨の慟哭が台所に響いたが、世間話が盛り上がっている仏間のジジババには聞こえていなかったのは幸いであった。
今、書籍化作業で玲や凛奈の制服デザインの作業中なんだけど、全国の色んな女子高生の制服をネットで調べてたら、バナー広告が中古の制服を販売するサイトまみれになったよ。
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