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27話 お嬢様……。申し訳ありません

※皆さんが読んでいるのは、ちゃんとラブコメ作品です。

【草鹿伊緒_視点】


「ハァハァ……」


 忍たるもの、敵に気配を悟られぬよう、己の呼吸や心拍すらコントロールせよ。


 今は亡き祖父から教えられた教えだ。


 その教えを私は今まで守ってきた。

 どんな状況にも心を乱さず無感情に、相手に乱されぬように常に自分のペースに引き込む。


 これまでは、それで上手く回ってきていた。


 そう、これまでは……。


「ハァハァ……。ざまぁないですね……」


 何とか追手を撒いたビルの屋上で、私はそう自嘲気味に独り言ちた。


 上手くやれると思っていた。


 でも現実は、


「ふむ。フットワークはもぐりの忍にしてはかなりの物ですね。うちの若衆では、察知までは出来ても今まで捕えきれなかったのも頷けます」


「く……」


 酸欠により感じる苦痛と、忍としてのプライドをわざわざ抉るような事をする相手の物言いで、思わず眉間にシワがよる。


 私を追ってきたはずなのに、一つも呼吸が乱れていない事も忌々しい。


「忍? 何のことです? 私は夜間に不審者に追われて、必死で逃げていただけの、ただのか弱いメイドです」


「か弱いメイドさんは、三角跳びだけで10階以上あるビルの屋上まで駆け上がったりしないと思いますがね」


 トボけてみましたが、流石に無理がありますね……。


「さて、メイドさん」

「ちゃんと草鹿と呼んでくださいな」


「……わざわざ名乗らなくていいですよ」

「いえいえ。いつも凛奈お嬢様がお世話になっている担任の先生なのですから、きちんと名乗りませんと失礼ですから。寝屋先生」


 忍として圧倒的に格上な目の前の男に、苦虫を嚙み潰したような表情をさせられたことで、私の中で少し溜飲が下がる。


 ただ、ピンチなのは変わらずで、単なる小娘の強がりです。


「その度胸だけは買いましょう。うちの若い衆にも見習わせたいものです」

「あら。忍の世界では名門の寝屋一族の次期当主様からの過分な評価、痛み入ります」


「……そこまで把握できる諜報能力の持ち主ならば、情報の持つ意味くらいは知っているでしょう? 時に情報一つが命より重い価値を発することも」


 ゆらりと彼我の距離を詰める寝屋次期当主。


 この場において、一切の無駄な力が入っていない身のこなしは、潜ってきた修羅場の数の多さを物語る。


「ええ。まさか九条様のお家が」


「そこまで知られているのなら、このまま帰す訳にはいかないことも、聡い貴女なら解るでしょうに」


 私の言葉を遮り、容赦のない殺気が寝屋次期当主から発せられる。


 殺気はまるで肌の毛穴に突き刺さる針のように、鋭く研ぎ澄まされていて、命の危機を報せるアラートが脳内で激しく鳴り続けている。


「いえいえ。私は所詮は西野家程度に仕えている程度のもぐりの忍ですから」

「まぁ、西野家程度の家格では、九条はもちろん、我らの存在すら知らないでしょうね」


 吐き捨てるように寝屋次期当主が侮蔑の表情を浮かべる。


 主人の家を堕とす物言いに食いついてきた事に内心ほくそ笑むが、表情には出さないように続ける。


「そうなんですよ。没落したとは言え、草鹿家の価値すら知らずに、あのブタ当主は簡単に私を懐に入れていました。実に間抜けな奴です」

「没落した忍の家というのも苦労しますね」


「凛奈お嬢様も私の事を姉か何かと勘違いしているようで。間者の私に騙されて、哀れな小娘です」


「ハハハッ、なるほど。貴女も苦労してきたのですね」


「ええ。おかげで自由に動き放題できたのは良かったですが」


 微笑みを浮かべながら私は沙汰を待つ子供のように、必死に心の中のざわめきを抑え込んだ。


「だから、西野家は見逃せと? そんな甘えが通用する世界だとお思いで?」


 しかし、期待は実らなかった。


「ああ。そう言えば、西野凛奈は表の世界では私の教え子ですからね。貴女が大人しくこちらの手に堕ちるなら、手心を加えますよ」


 そして畳み込むように、私の弱点を的確につく条件が呈示される。

 私にとって無視できない名前を添えて。


「全て調べはついていると……」


「いいえ。このカードが有効である事に気付いたのは、貴女がわざわざ主人である西野の家を堕とすような言動を取った時点でですよ。聞かれてもいない事を忍が話し出すのは、大抵がミスリードを誘いたい時だけですから」


「……ゲスが」


「ありがとうございます。忍として最高の褒め言葉です」



 未熟……。

 この結末は、ただただ、己の未熟さが招いたこと。


 己の限界値を見誤り、踏み込んではならない領域にまで足を踏み入れた罰だ。


「お嬢様……。申し訳ありません」



 続々と集まってきた配下の忍たちに囲まれながら、私はその場に屈伏するように膝をついた。

さて、2章も起承転結の転に入ってきました。

しかし、メイドさんの忍っていいもんである。


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― 新着の感想 ―
凛奈はどこまで知っているのかな。前話から考えると、何も知らないことはないんじゃないのなかという気がするけれど。 影のものだとは思っていたけれど、彼らがまさか忍びだったとはw
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