第24話 事前予約は受け付けておるのじゃが
「さて、夏野菜たちのカット完了っと」
ボウルに山盛りになったカボチャ、ナス、トマト、インゲン、パプリカたちを前に一息つく。
「才斗兄ぃ。豚挽き肉とカレーのルー持ってきたのじゃ」
「おう、ありがとう。じゃあこっちは野菜たちを素揚げしておくから、愛梨はキーマカレーを作っておいてくれ」
「わかったのじゃ」
俺の指示に愛梨は淀みなく答えて、包丁とまな板を取り出し、玉ねぎを刻み出す。
「流石、勝手知ったるって感じだな」
「千代子さんから習ったんじゃから当然なのじゃ」
カカカッと小気味良い玉ねぎを刻む音を響かせながら、愛梨が得意気に答える。
「初めて愛梨が包丁を握った時に、鉈みたいに包丁を振り下ろして、玉ねぎがふっ飛んで行った光景は今でも、俺の克明な記憶として刻まれてるよ」
「ぐっ! そんな昔の事を掘り返すもんじゃないのじゃ!」
いや昔って、ほんの3年前の話だろ。
「ほら、ちゃんと手元見ろ。危ないぞ。しかし、懐かしいな~。こうして祖母ちゃんと一緒に3人でよく夕飯作りしたっけな」
「ああ、懐かしいのじゃ。そして、今日のメニューは、我と才斗兄ぃの2人だけで初めて作った夏野菜カレーじゃな」
「お、愛梨も憶えてたのか」
「当たり前なのじゃ。千代子さんの誕生日に才斗兄ぃとサプライズで一緒に作ったんじゃから」
祖母ちゃんから料理のイロハを習った俺と愛梨は、和風の献立はバッチリだったが、和食全ふりの祖母ちゃんからは洋食は習えなかった。
なので、テレビで見たお洒落なカレー屋さんのスパイシー夏野菜カレーを参考に、2人で作って祖母ちゃんの誕生日祝いとして振る舞ったのだ。
スパイスは田舎では直ぐに手に入らないから、ただのカレールーだったけど。
「千代子さんはあの時、『愛ちゃんは良いお嫁さんになるよ』って言ってくれたのじゃ。チラッ」
「そうか。俺もそう思うぞ」
愛梨は料理の腕や手際は俺と同じくらい高いし、掃除は俺より断然出来る。
誰かと共同生活をする上での家事スキルは申し分ない。
「まだ我は中学生だから結婚は出来ないけど、事前予約は受け付けておるのじゃが。チラッチラッ」
「そんな焦らなくても、愛梨なら嫁の貰い手なんていくらでもあるさ。番長やってるけど、本当は心根の優しい子だからな」
「もうっ! そういう意味じゃないのじゃ!」
プイッと愛梨がそっぽを向いてしまう。
だから、玉ねぎのみじん切りしてる時はちゃんと手元を見ないと。
それとも、玉ねぎが目にしみたか?
「それはそうと、我と才斗兄ぃと千代子さんとの思い出の夏野菜カレーを、あの都会の女どもに食べさせるのはしゃくなんじゃが?」
玉ねぎのみじん切りを終えて、野菜の素揚げをしている俺の隣のコンロで挽き肉と一緒に炒めだした愛梨が、ジト目でこちらを見てくる。
「都会の女どもじゃなくて、玲と凛奈な。いや、愛梨の家で作った新鮮な夏野菜を食べてもらいたいじゃん」
特に素揚げにすると、ナスもパプリカも艶やかになって見た目にもキレイなんだよな。
ちなみに、玲と凛奈は先に風呂に入ってもらっている。
俺は揚げ物でどうせまた汗をかくから後回しだ。
「それで……。あの都会の女どもは何なのじゃ?」
「……友達だな」
「そ、そうか! まぁ、2人連れて来たから彼女ではないとは思っていたがな! そっか、そっか! 才斗兄ぃに彼女は居ないか」
何故か上機嫌で、愛梨が炒めた挽肉と玉ねぎの入ったフライパンに水を注ぐ。
俺に彼女が居ないのがそんなに可笑しいか。
「そう言う愛梨はどうなんだよ」
「は、ハァ!? 番長総代の我が、そんな恋愛なんかに現を抜かすわけが無いがぁ!? 無いんじゃがぁ!?」
フライパンの中が煮詰まった所で、カレーのルーをバキャッ! と握りつぶすように割る愛梨。
そこまで細かく砕かなくても、ルーはちゃんと溶けるぞ。
「はいはい。まぁ愛梨は受験生でもあるから、そんな暇はないよな。高校はどうするんだ? 愛梨の成績なら街の学区のトップ進学校も狙えると思うけど」
「それは……、ちょっと考え中じゃ」
そう言って、愛梨はクツクツと煮えるカレーに目を落とした。
「そっか。進路については親父さんに話せてるのか?」
「ああ……。まぁ」
普段は竹を割ったような真っ直ぐな物言いの愛梨が、口ごもる。
相変わらず分かりやすい奴だ。
だが、俺はそれ以上の追求はしなかった。
「何かあったら兄貴の英司や俺を頼れよ愛梨」
「うん。ありがとなのじゃ才斗兄ぃ。流石は、まぁまぁニキ。頼りになるのじゃ」
「……田舎に引きこもりがちな愛梨でも知ってるのな」
「当たり前じゃ。動画を舎弟に何百回もスマホで観せてもらったのじゃ」
愛梨はスマホ持ってないからな。
舎弟の子のスマホ契約プランが、通信無制限であることを願うばかりである。
「そんな観ても面白くないだろ。代わり映えしないし」
「い~や。弱っちぃのに、才斗兄ぃは相変わらずだなと懐かしかったのじゃ」
木ベラでカレーをかき混ぜながら、愛梨が笑う。
「いやいや、これでも強くなったんだぞ。都会のジム通いで筋肉も前よりついたし」
「そういう意味じゃないのじゃ。都会に行っちゃった才斗兄ぃだけど、お人好しな所は変わってなかった。それが嬉しかったのじゃ」
「変わってない……か」
愛梨の言葉に、俺は苦笑いしてしまう。
一人暮らししたりバイトしたりしてるけど、俺って大して成長してないのかな。
「遠い都会で才斗兄ぃも頑張ってるんだって思ったら、我も頑張れるのじゃ」
「そっか」
「我はここに残る。どうせ我は、ここを……。父ちゃんを捨てることはできないのじゃから……」
そう言って、愛梨はいい感じのトロミ具合になったカレーのコンロの火を落とした。
まるで、それでお仕舞いと言っているかのように。
「愛梨。それは……」
「ふぅ~。いいお湯でした」
「お先、お風呂ありがとう」
愛梨に言葉をかけようとした所で、玲と凛奈が風呂から出てきた。
「おう。お粗末さ……!?」
「な……なんちゅう格好で才斗兄ぃの前に来とるんじゃ都会の女どもぉぉお!」
素知らぬ顔でリビングの方に来た風呂上がりの玲と凛奈は、セクシーなネグリジェ姿だった。
それを視界に捉えた俺は固まり、愛梨は怒髪天を衝くがごとく怒りでワナワナと身体を震わせていた。
結局、その後のバタバタのせいで、愛梨との話が尻切れトンボになってしまった。
っていうか、玲も凛奈も人の実家に、白ワンピ以外ろくな服持ってきてねぇなと、呆れるしかなかった。
夏野菜カレー食べたいんだけど、ナスが食べられないのでいつも店で頼めない。
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