第22話 グギギ……中学ジャージ羨ましい
「ふぅ……。庭の草取りはこんなもんかな」
軍手をしているので、二の腕に着けたアームカバーで額の汗を拭いながら、綺麗になった庭先を一望する。
夏の屋外作業は危険なので、日差しが弱まった夕刻前位だが、それでも汗が吹き出る。
「汗だくだから風呂でも沸かすか」
夏場こそ除草作業や収穫作業に追われるので、農家はとにかく何度もシャワーを浴びたり着替えたりする。
俺一人だったら、いちいち湯船なんてためないが、今日は来客もいるしな。
そういや夕飯はどうするかなと思案しながら玄関まで来ると。
「今すぐそれ脱ぎなさいヘタレ王子!」
「やだ~! 絶対に嫌だ~!」
何やら、母屋から言い争う声が聞こえる。
「ハァ……。あいつらは目を離すとすぐに……」
と自然と溜め息が出る。
とは言え、今回の帰省については俺が原罪を作り出しているので、ここは俺をスケープゴートにして場を治めるか。
そんな自己犠牲精神を発揮しつつ、喧騒の声のする仏間の部屋へ入る。
「お前ら、何を喧嘩し……」
部屋に入った俺は、思わず絶句してしまう。
目の前には、メイド服姿の凛奈が玲のジャージの上を引っ張っり、玲はそれに抵抗しているという状況だった。
趨勢は玲が不利で、着ているジャージの上衣は引っ張られてもうだいぶ脱げかけで、顔は完全に裏返ったジャージの上衣に隠れている。
ちょうど、小さな子供が自分でパジャマを脱ごうとして頭で引っ掛かって悪戦苦闘しているような感じだ。
そうなのだ。
隠れているのは顔だけ。
つまり、玲のお腹からブラまで丸見えであった。
「抵抗は止めなさいヘタレ王子! ほら、才斗にあられもない姿を見られてるわよ。恥ずかしくな……ってイタッ!」
「止めるのはお前だ凛奈!」
一瞬のフリーズの後に、取り敢えず玲からジャージの上衣を奪おうとした凛奈の頭に拳骨を落とした。
「え……、才斗そこにいるの?」
凛奈の手が止まった所で、ようやく周囲の状況が把握できるようになった玲……だよな?
赤茶色のジャージの上衣が裏返って顔無し状態なので、何だかミミズみたいな奇妙な生物みたいだが。
「大丈夫見てない! 見てないから! 玲、早く服を戻せ!」
世の中には優しいウソというものがある。
相手を思いやるためにつくウソだ。
今回はそのウソをつくべきケースに当てはまると思った俺は躊躇なく優しいウソを発動した。
「……才斗。ボクの下着と腹筋見たでしょ」
見てないアピールのためにあからさまに背を向けていたが、流石にバレバレだったか、服を戻した玲から涙目追及が入る。
「……いや、見てない」
白のワンピースに合わせたであろう白のブラとか、最近フィギュアスケートを再開したのでカットが増した腹筋の筋肉美なんて見えてない。
「ウソつき……」
「っていうか、何してたんだ2人とも。状況的には凛奈が一方的に玲をイジメてたように見えたけど」
玲のジト目から逃れるために、俺は凛奈へと矛先を向ける。
俺が見た場面では、どう見ても凛奈が玲から追い剥ぎをしているようにしか見えなかった。
「だって、ヘタレ王子の奴が『いいでしょ~』って見せびらかすから!」
俺から拳骨を喰らった凛奈が頭をさすりながら、涙目になって抗議する。
『○○ちゃんが先に悪い子だったんだもん!』って子供のケンカか。
「見せびらかすって何を? それで、なんでジャージ脱げにつながるんだよ」
「だから、才斗のお古のジャージ着てるのをヘタレ王子が私に見せつけてきたのよ! おまけに、このままジャージを持って帰るつもり満々だったから、私はこの盗人から才斗のジャージを守っていたの!」
「……まず、ジャージを見せびらかすも解らないし、ジャージを守るも意味が解らないよ」
俺の母校の中学ジャージってプレミアついてて、高値で取り引きされてたんだっけ?
「フフフッ。これは彼シャツの上位互換だよ才斗」
「彼シャツの?」
やっぱり意味が解らないという俺に、玲がしたり顔で解説を続ける。
「部屋着としてジャージを借りるのは、まぁ彼女あるあるだよ。だけど、これが既に着なくなった中学ジャージを彼の実家で着るという所に価値があるんだ。だって普通、中学ジャージは引っ越す際に持っていかないでしょ?」
「まぁ、そうだな」
現に俺も実家に置きっぱなしにしてたし。
中学時代の思い出の品で一人暮らしの今のアパートに持っていったのは、卒業アルバムくらいだ。
っていうか玲の奴、めっちゃ熱弁してるな。
「だから、中学ジャージを着るなんてイベントは実家でしか起こりえない! そして、中学ジャージを着せる相手は気心の知れた信頼関係で結ばれた関係。つまりは、ボクが名実ともに才斗のお嫁さんだということだよ!」
「…………はい?」
いや、証明終了みたいなドヤ顔してるけど、最後の部分はだいぶ論理の飛躍があったと思うぞ玲。
そんな訳な。
「グギギ……。中学ジャージ羨ましい」
いや、効果は抜群なのかよ凛奈。
そんな、メイド服のスカートを握りしめる手が震えるくらい悔しいの?
さっきの玲が提唱した中学ジャージお嫁さん定理はだいぶ穴だらけな理論だったんだが。
「フフフッ。メイド服で出し抜こうだなんてあざとい目論見が仇となったね凛奈ちゃん。メイドならメイドらしく嫁のボクに仕えるがいいよ」
(何だこれ……)
俺の前では、何故か上下芋ジャージ姿の玲が、小綺麗なメイド服を着た凛奈に勝ち誇るという未知の光景が広がっていた。
かつて人類史に、芋ジャージを着ながら、ここまで自信満々なドヤ顔をした女の人はいたのだろうか?
「ふゅ……。どうせ私みたいな可愛げのない女は、メイド服着たって可愛げ無いわよ……」
一方、凛奈は珍しく涙目でショゲてしまっている。
まさか、俺のジャージがこんな争いの種になるとは。
流石に、こんな事態は想定外だ。
これは早急に対応する必要がある。
「っていうか玲。食器洗いや掃除の作業で汗かいたろ。風呂を沸かすからそのジャージは脱いどけ」
さりげなく俺は、争いの火薬庫と化した中学芋ジャージを回収にかかる。
「え、やだ。脱いだら絶対に凛奈ちゃんに奪われる」
「いや、そんな事するわけないじゃん。な? 凛奈」
まったく、バカなことをと笑いながら、俺は凛奈を見やる。
「………………ええ。当然じゃない。ジュルリ」
何だ、今の長い無言の間は凛奈。
そして何でよだれを拭った。
「ほら見てよ! 絶対、凛奈ちゃんは才斗の中学ジャージでいかがわしい事をする気なんだよ!」
「あ、あんただって一緒でしょうが!」
「一緒にしないでよ! ボクは純粋なコレクションとして軍手たちと同様に丁寧に所蔵するだけだし!」
いや、玲……。軍手とジャージを所蔵って何だよ。
そんな展示見たら、芋掘りの思い出かな? って、後世の人に誤解されるぞ。
あと、軍手と違ってジャージはあげるとは言ってないんだが。
と思っていると。
(ドタドタドタッ!)
何やら玄関方面の廊下から、聞き覚えのある足音が聞こえてきた。
「お邪魔するぞ才斗兄ぃ! どうせ、都会の女どもじゃ法事の準備の戦力にならんじゃろうから、今日と明日の受験勉強のノルマを終えた我が手伝いに来てや……」
田舎では、気心知れた相手はインターホンなんて鳴らさずに、家に上がり込んだりする。
基本、玄関に鍵なんてかかってないし。
足音に聞き覚えのある愛梨も、いつものように勝手に上がり込んで、勝手知ったる我が家のごとく、真っ直ぐに法事のメイン会場である仏間の部屋に来た。
そして、俺たちを見て固まった。
「おお、愛梨ありがと。でも、あらかたの準備は既に終わって」
「才斗兄ぃが、都会の女達にハード目なコスプレさせてるのじゃあぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
俺たちの居る仏間は、日当たりの良い縁側のある部屋だ。
換気のために、縁側の扉は全開の状態。
だから愛梨の声は、夕焼けの集落にとてもよく響いた。
そして、俺の地元での評価は終わった。
メイドコスと中学ジャージコスという欲張りセット。
シチュエーションが滅茶苦茶になるので、あまりお勧めは出来ない。
ブックマーク、★評価よろしくお願いします。
心の栄養です。