第6話 王子様のお宅訪問
「あ~、疲れた」
帰宅して制服から部屋着に着替えてベッドの上に腰かけて一息つくと同時に、愚痴がこぼれる。
なんだか電車でのトラブル当日よりも、今日の方が疲れた。
別にアイドルやモデルが通っているわけでもない我が校では、こういう話題に飢えているのは分かるが、自分がそのネタの張本人であることが、居たたまれない。
今まで、芸能ゴシップで笑ってた芸能人の皆さんも、こういう心境だったのだろうか?
だとしたら、今まで本当に申し訳ない。
「また、電話か……。って、これは何度もかかってきてる番号だな」
何度もかけてくるなら、本当に大事な用なのかもしれない。
今はちょうど帰宅してるし、出てみるか。
地元の奴かな?
「はい、もしもし」
『あ……九条才斗さんのお電話でよろしかったでしょうか?』
「……はい、そうですが」
声の主には心当たりはないが、かなり丁寧な口調だ。
『突然、お電話してしまい申し訳ありません。私、星名涼音と申します』
「ああ、電車の」
星名と聞いて、すぐに相手が電車で暴行の被害にあった男子高校生の星名玲君の顔が浮かんだ。
そう言えば、警察から俺の連絡先を被害者側に伝えるって言ってたもんな。
声が落ち着いた女性の物だから、きっとお母さんだな。
『先日は、玲を助けていただき、本当に……本当にありがとうございました』
声だけだが、電話の向こう側で深々とおじぎして、最大限に感謝を伝えてくれていることが、電話越しにも声音から分かった。
「いえいえ、お母さんも大変でしたね」
『それで、差し出がましいお願いなのですが、九条さんにお話がありまして』
俺の謝罪を快く受け入れてくれた後に、少し言いにくそうに玲君のお母さんの涼音さんが、用件を切り出してくる。
『すでにご承知おきの事かと思いますが、件の動画がネット上で拡散されております』
「そうなんですよね」
『玲を助けて頂いたばかりに、九条さんにまで迷惑が掛かってしまい、本当に申し訳ありません』
「そ、そんな……。そちらは悪くないですよ」
悪いのは、殴ったニッカポッカの兄ちゃんと、動画を勝手にネットに上げた奴だ。
なお、オリジナルの動画はすでに動画投稿サイトから削除されている。
俺はともかく、被害者と加害者が未成年者であることが知れ渡り、未成年者の顔がモロに出ているので、動画の投稿者にも批判が殺到したので、投稿者がビビッてアカウントごと消したのだ。
『それで、今回の件の対処について、一度、九条さんとも今後の方針のすり合わせの話し合いをしたいのです』
「なるほど、分かりました。その方がいいですね」
今回の件で何より優先すべきは、暴行を受けた被害者である玲君だ。
今後の対処について、意識共有をしていく必要性は俺も感じていた。
『それで、大変申し訳ないのですが、九条さんに我が家にご足労いただく事は出来ますでしょうか?』
「はぁ……構いませんが」
『本来は、こちらから出向くのが筋ですが、外で会うとしても、今の世間の状況では……』
「たしかに、動画の関係者が一堂に会しているのを見られるのは、良くないですね」
どんな噂を立てられるか分かった物ではないし、面白がった野次馬が、また浅はかにも動画を上げたりしかねない。
『あと、玲も九条さんに直接お礼を伝えたいとの事でして。ただ、まだ玲は顔の腫れが引き切っていませんので……』
「なるほど、分かりました。そういう事でしたら、そちらへ伺わせていただきます」
『ありがとうございます。我が家の住所は~』
俺が了承すると、電話の向こう側の涼音さんはテキパキと段取りを組んでくれた。
◇◇◇◆◇◇◇
「3601号室の星名様へのご来客の九条様ですね。少々、お待ちください」
「は、はい」
そこは別世界だった。
ビシッとした格好のコンシェルジュの方が、端末で確認中に、俺は、居心地悪い気分で、キョロキョロとエントランスを見渡す。
床がふかふかな絨毯だったり、置かれてるアンティークと思しきソファセットも飾られた絵画も、定期的に変えられているであろう生け花も、一目で高級品と解かった。
今日は土曜日。
休日に話をという事で、星名家へ招かれたのだが、そのご自宅というのが、高級タワーマンションだったのだ。
「来客予定の確認できました。どうぞ、ご案内いたします」
「ど、どうも」
コンシェルジュがエレベーターの扉を開け、キーを差し込んで何やら操作して、目的の階を押してくれる。
どうやら、目的の階以外には止まらないように設定されているようだ。
「あ~、耳がつんとなる」
直行の高速エレベーターなので、階数の割にはあっという間に、目的のフロアに到着した。
(ピンポ~ンッ♪)
『はい星名です』
「どうも、九条です」
『お待ちしてました。今、開けますね』
そう言ってインターホン越しの声が途切れると、目の前の自動扉が開いた。
1階のコンシェルジュだけでなく、各階のフロアにも更にオートロックがあるのね。
セキュリティ万全だわ。
「いらっしゃい九条くん。今日は、わざわざ来てくれてありがとうございます」
「……あ、玲君。こんにちは」
てっきり、玲君のお母さんの涼音さんが出迎えてくれると思っていたのだが、家から出迎えてくれたのは玲君だった。
服装は今日は制服ではないが、電車の時と同じく、パーカーにパンツスタイルで、何故か家の中なのにフードを被り、黒いマスクを着けている。
「ごめんね、こんな格好で。まだ顔の腫れが治りきってなくて恥ずかしいから」
そう言って、申し訳なさそうにマスクに触れて見せる。
「いやいや、事情はお母さんから聞いてるよ。それにしても、今回は災難だったね」
「いや、そんな……。九条くんが助けてくれたから。その節は、本当にありがとうございました。改めて、星名玲です。高校1年です」
「九条才斗だ。俺も高校1年だよ。同学年だったんだね」
電車内での慌ただしい自己紹介をやり直して、あらためて玲君を見やる。
マスクと被ったフードでよく分からないが、そこまで酷くケガをした様子ではないようで、一安心だ。
しかし、マスクやフードを被っていても分かるヴィジュアルの良さからか、そこはかとない色気を感じる。
イケメンって、しゅげぇな。
「どうぞ、立ち話も何なので、上がって上がって」
「ではお邪魔します」
なんか玲君って思ったキャラと違うなと思いつつ、家人の玲君に促され俺は家に上がらせてもらった。
これから長くなるとも知らずに。
ようやく王子様再登場。
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