第16話 骨は拾ってやるでござる……
「いや~、今日も暑いね中條さん」
「九条殿……。またかよとか、夏休みにも呼び出すのかよとか、色々と言いたいことはあるのでござるが、まず最初に言っておきたい事があるで候う」
「なに? 中條さん」
「なんで今の我輩たちは、2人きりで屋内プールに来ているのでしょう?」
隣のデッキチェアに座る水着姿の中條さんが、顔をしかめながら俺に訊ねた。
「流石に真夏に、いつものように青空の下に芝生の上で寝転んで有識者に相談してたら、熱中症になっちゃうからね。その点、屋内プールなら室温も保たれていて安心だからだよ」
ちゃんとした理由があるので、俺は淀みなく答える。
「ならカフェとかで話すので良いではないですか! 何でわざわざプールに!?」
「それは、この区民センターのプールなら、高校生は在住在学なら無料で使えるし、ウッドチェアもあって寝そべり可だから」
リゾートっぽいカフェならウッドチェアの席もあるかもしれないけど、高校生では値段的に手が出ない。
俺にとって、寝そべりながら相談に乗ってもらうのはもはやマストなのだ。
「あのですね九条殿。この際だからハッキリ言いますが、お主は我輩に関しては距離感ガバガバなんですよ!」
「ええ……ゴメン」
もはや親友レベルで頼ってるんだけど、俺の片想いなの?
「男女が2人きりでプールに行く水着回とか、ラブコメの3巻あたりでやる一大イベントなんですぞ! 何を、みすみす我輩なんぞでイベント消化してるんでござるか!」
「言ってる意味はよく分からないけど、中條さん、プールだからコンタクトにしてるんだ。普段のメガネの時も美人さんだとは思ってたけど、これはナンパされまくっちゃう位の見惚れる美人だ。スタイルも凄いし」
「ほらぁ! ヒロインキャラだったら、露出した綺麗な肌やオッパイの大きさをこれでもかと味わい、その時の主人公のドキドキ心情描写まで事細かく書くところを、モブキャラの我輩だから、雑に消費しちゃってるじゃないですかぁ!」
褒めたのに、何故か中條さんは大層ご立腹だ。
あんまり、女の子の水着の事とかを褒めるのはデリカシー的に良くなかったか?
「そんな事より、友達の事で相談なんだけどさ」
「この流れで、自分の用件を切り出せるメンタル鋼な所は驚嘆に値しますな。まぁ、誘われた時点でこうなる事は解ってましたから、とっととどうぞ」
大丈夫? なんか中條さん投げやりになってない?
と思いつつも、有識者に話を切り出す。
「相談は2つあって、1つ目は、女の子ってその……、エッチな事をするのを事前予約するものなのか? という事。2つ目は、男の実家に一緒に帰って法事の手伝いをしたりするのは実質、結婚挨拶みたいなものって扱いになるのか? という事なんだけど」
「相変わらず訳の分からんラインナップでござるな」
呆れたようにため息をついて、中條さんが寝そべっているウッドチェアから、屋内プールの天井を仰ぎ見る。
「うん。訳が分からないのは俺も同意だよ」
「ええと、まずエッチな事をする予約をした西野殿についてでござるが」
「中條さん……。だから友達の話だから。固有名出さないで」
「うるせぇでござるよ! こちとらいつ、夏休みに暇を持て余してプールに来た同級生に偶然見つかり、西野殿に密告されるかビクビクしてるのでござるよ! 茶番への配慮まで気が回らんでござるよ!」
「ご、ゴメンね中條さん。もう、そのままの進行で大丈夫です」
中條さんの剣幕により、俺もとうとう友達からの相談という体のポーズを手離すことになった。
「ったく……。で西野殿についてでござるが」
悪態をつきつつも、きちんと相談に乗ってくれる所は流石は中條さんだ。
夏だから、今度御中元を贈ろう。
「お泊まり会の前に、ちゃんとエッチしたい宣言されたのでござるな?」
「うん……」
「アハハッ! やりますな西野殿は。仲良くお手々繋いで添い寝エンドや、奈良漬け酔っ払い寝落ちエンドの芽を事前に潰してくるとは」
添い寝エンドはともかく、酔っ払いエンドはこの間、似たようなのをやったんだよな……。
「うん。はっきりと真正面から、そういう事がしたいって言われちゃったから逃げ場がない」
「言うても九条殿もオノコなのですから、西野殿に好意を向けられて嬉しいのでは?」
「俺は、そういうのをきちんと受け止められるような類いの人間ではないから」
自嘲気味に俺は乾いた笑いをこぼす。
「う~ん。九条殿は時折、『育ちに闇があります。触れないでください』みたいな空気を醸し出すでござるが、それって西野殿には関係ないでござるからな」
「……中條さんに何が解るの?」
「解らんでござるよ。だって九条殿が喋らないんですもん」
それ以上、家の事については聞くなという俺の圧に対し、飄々と返す中條さん。
この圧には年季が入っているかと自負しているのだが、どうやら中條さんには利かないようだ。
「うちの家は複雑でね。だから、普通の恋愛とかは」
「だ~から、それを知ってその上で西野殿に判断させれば良かろうなんです。勝手に九条殿が決めつけてんじゃねーで候う! 恋愛事は相手あってのものなんですから」
「う……」
「返答がどうであれ、誠実に気持ちを伝えてきた相手への、それが誠意ってもんでござろう」
中條さんの言っていることは正論でしかない。
俺は、家の事を言い訳にして、凛奈の気持ちから逃げ出そうとしていた。
「俺ってクソ野郎だな」
「ようやく自分で気付きましたか九条殿」
「辛辣!」
「それに、我輩には言えない家の事情も、九条殿のことを想ってくれてる西野殿になら曝せるんじゃないですか? それくらいの信頼関係はあると、外野の我輩からは見えるでござるが」
「そっか……。参考にしとく」
まだ、この場で結論は出ない。
けど、いつの日かというおぼろ気な期限のような物が自分の中で設定された気がした。
「で、次は法事のための実家への帰省に同行することは、実質結婚の挨拶か? という疑問でしたな」
俺の心の中で何かが 腑に落ちるのを見届けたからなのか、中條さんは次の話題に移る。
こうやって繊細に事を運んでくれるから、中條さんはやはり頼りがいのある有識者だ。
「これ、逆に我輩から質問なんですが、九条殿の地元の文化的に、法事の手伝いのために恋人を実家に連れて来たらどういう目で見られるのですかな?」
「そりゃあ、婚約者かな? って思われるよね」
「はい、結論出ました。九条殿の地元が特殊なのかと思いましたが、社会通念上の差異もありませんでしたな。これは実質、結婚の挨拶でござる」
「ええ……。言いきるんだ」
「西野殿とエッチの予約済みなのに、王子様と婚約帰省ですか。いやはや、とんだ悪党ですな九条殿は」
「いや、エッチの予約は俺が承諾してないし、婚約もしてないから!」
しみじみ言ってるけど、違うから!
「とは言え、無下に断れる九条殿ではありますまい?」
「う……それは……。あ! そうだ」
出口が見えないと思われた中、ここで俺の脳裏に一筋の光明が見えた。
「 帰省には玲だけじゃなく凛奈も誘おう! 2人連れてるなら、婚約云々の話は出ないはずだ。それに、実家にお泊まりはするから凛奈との約束を違えることもない!」
そうだよ!
変に隠そうとするから駄目なんだ。
それならいっそ、オープンにしてしまえばいい。
「その選択は、より一層の修羅場を引き起こす気が……。まぁ、もはや止めはしないでござるよ。ここまで付き合った縁ですから骨は拾ってやるでござる……」
何やら中條さんが残念な物を見るような目で俺を見ていたような気がしたが、 この時の俺は、起死回生の己のアイデアに酔いしれていて、その事には気付かなかったのであった。
相談しておいて、勝手に自分で結論を出して、一人納得するあるある。
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