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第15話 いや、そんな結婚の挨拶に行く訳じゃないんだから

「そうそう。バックは内股、ブレーキはイの字~。はい上手だね~。出来た出来た」


「お~、ちゃんとコーチしてる」


 あの後結局は、玲から小汚い軍手を奪取できずにいると、俺は今度は受付の仕事を覚えるように指導され、ずっと受付に立っていた。


「こんな重いスケート靴で、よくあんなスイスイ滑れるもんだよな~」


 玲が軽やかに、複数の子供たちの間を縫うように縦横無尽に滑って指導をしている様と自分の足元を覆うスタッフ用の貸しスケート靴を交互に見て、思わず感嘆の声が漏れる。


 スケート靴の貸し出しや返却業務で持ってみたが、スケート靴って思った以上に重いんだよな。


「整氷の時間で~す。リンクから上がってくださ~い!」


「「「は~~い」」」


 場内にアナウンスが入り、子供たちが一斉にリンクから上がっていく。


 その流れに逆らい、俺はリンクの中へ足を踏み入れて、まだ名残り惜しく滑っている子たちをリンク外へ誘導する。


 スタッフ以外がリンク外に出たことを確認して、リンクへの入り口を封鎖し完了の合図をすると、整氷車がリンクにゆっくりと入って来た。


「整氷車ってデケェな~」


 フィギュアスケートの大会で見た事はあったが、間近で見ると結構デカいぜ製氷車。


 スケート靴のブレードで荒れたリンクの氷を削って、水を撒いて新たな氷を張るのを同時に行う整氷車は、無駄のない機能美だけを追求した働く車という感じで、男子としては見ていてワクワクしてしまう。


「才斗、お仕事お疲れ様~」

「おう玲お疲れ~。鼻はちゃんとかんだか?」


 整氷中にリンクへ利用者が入らないように出入り口で警備している所に、玲が話しかけてきた。


「そんな鼻垂れ坊主みたいに言わないでよ」


 俺に言われて無意識に鼻を指でこすりながら、玲が抗議して来る。


「良かった……。レッスン中はあの軍手じゃなかったんだね」

「流石に、子供の手を取ったりするからね。ボクだってちゃんとTPOを弁えて使い分けられる大人の女なんだよ」


 いや、ドヤ顔だけど玲。

 そもそも大人の女は、使い古した軍手を人前で使わないと思うぞ。


「フィギュアの体験レッスンの方はどうだった?」

「うん。子供たちも楽しんでくれてたから良かった」


「終わり際に見てたけど、結構いいコーチしてたな」

「そう? ボク、子供好きだから」


 そうなんだよな。


 王子様系の見た目に反して、玲は案外、子供の世話とかが好きなようだし、子供たちもよく懐いている感じだった。


 まぁ、以前は氷花ちゃんの面倒も見ていたみたいだし。


「意外でしょ? ボクみたいなワガママ王子が、自由気ままな子供のことを好きなの」


「いや、そんな事は。あのお母さんに育てられてたんだから、そうなるかなって」


 イタズラっぽく聞いてくる玲に俺は思っていた事をそのまま口にする。


「そうだね。お母さんはボクにたくさん愛情を注いでくれた。ボクにはお父さんは居ないけど、2人分以上の愛情を貰ってると思う」


「あ、そういえば玲は……」

「うん。有名女優だから、ネットにある過去のゴシップ記事で知ってると思うけど、お母さんは未婚のシングルマザーでボクを産んだんだ」


 今でも一線級 の女優である星名カノンとして活躍する涼音さんは、それ故にやっかみも受けやすい。


 故に、一昔前の事なのに、この件に関しては幾度か掘り返されており、俺もネットの海でその事実を知ってはいた。


 当時の涼音さんが、玲の遺伝子上の父親に関して頑なに口を割らなかったことによる憶測も含めて、当時はかなり話題になったようだ。


「涼音さんも苦労したんだな」

「うん。小さい頃は保育園にも通っててね。こう見えても、保育園ではお姉さんとして、下の赤ちゃんたちの面倒のお手伝いをするのが好きな子だったんだよ」


「それが玲の子供好きの原点か」

「そうだね。有名人の娘だから自宅で専属のベビーシッターに面倒を見てもらえばいいのにって周りには言われてたらしいけど」


「いや……涼音さんは立派だよ」


 玲の昔話により呼び起こされた古い、というか物心がついた時の最初期の記憶。


 広い子供部屋に贈られたオモチャやぬいぐるみだけは溢れている中に、一人ポツンと佇む幼少の自分。


 世界はここしかないかのように、ただその子供部屋の場景だけで塗りつぶされた記憶が、胸をざわつかせる。


「才斗?」

「……ああ、すまん。ちょっと色々と考えちゃって」


「ゴメンね。いきなり重い話しちゃって。でも、才斗には知っておいて欲しかったから」


 センシティブな家族の話を自ら語ったのに、玲の方は穏やかな笑顔だ。


 その穏当さが、逆に俺を責める事になっていることは、決して無邪気で真っ直ぐな玲には見せられない。


「ありがとう。話してくれて」

「だって才斗と一緒に地元に帰省するからには、こういう部分もちゃんと伝えておかないと」


「……いや、そんな結婚の挨拶に行く訳じゃないんだから」

「ボクはそのつもりだよ。お母さんも、そうだと思って了承してたと思う」


「ぶふっ!?」


 結婚の挨拶と聞いて、娘のスケーティング姿に号泣する前の涼音さんが言っていた、娘婿君検定ダブル合格の話を思い出してしまう。


 あれって冗談めかしてたけどマジだったの!?


「玲様ぁぁぁぁぁああ!」

「玲お姉様ぁぁぁああ!」


「あ、佐々木さん姉妹だ」


 心の中が修羅場な状態に呆然としていると、整氷後に始まるフィギュアスケートクラブ所属の子達が集まってきていた。


 そして、佐々木さんと、その妹の氷花ちゃんが一際騒がしくスケート場に入場してきた。


「ああ……。玲様がまたスケートを……。うう……」

「まだ滑ってないよ佐々木さん。何なら、スケート靴は脱いじゃったよ」


「また玲お姉様に御指導していただくなんて夢のようです」

「いや、氷花ちゃん。ボクは体験教室の子達が指導対象で、ノービス選手の指導はしないんだけど」


「「そんなぁぁぁああ!」」


 騒がしい佐々木さん姉妹の登場により玲の気が逸れたおかげで、俺は氷上で一人で考えることが出来た。


 が、何も考えなんてまとまらなかった。


 そもそも、凛奈との事だって、俺は何の答えも見つけられていない。


 気晴らしのつもりでバイトに来たのに、まさかの頭を悩ます問題が増えてしまった結果だ。


 これはいけない……。

 自分だけで太刀打ちできない敵には、援軍が要る。


 そして、こういう時に頼れる人に、俺は1人しか心当りがなかった。


という訳で、次回は有識者相談回です。


ブックマーク、★評価よろしくお願いします。

執筆のエナジーになっております。

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登山靴よりは随分と軽いと思ふ。何十年も前のスケート靴入れたカバン開けたら、革がカビることもなく、エッジに゙サビが出るでもなくとても綺麗だったのに感動した。まだ履けるかしらん。 ストップなら、最初はイの…
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