第11話 しゅきぃ~
「ふーん。じゃあ、ヘタレ王子と同じバイト先になったんだ」
「ああ。俺はコーチじゃなくて、スケート場の運営のお仕事だがな」
ようやくペアカップの件が落ち着き、まったりとお菓子とジュースで駄弁る。
話題は自然と、夏休みをどう過ごすかという話になった。
「どうせ、あのヘタレ王子がゴリ押ししたんでしょ」
「いや、玲の恩師のコーチの人から紹介されてな。高校生だから、ファーストフード店かファミレス位しかバイト先無いと思ってたから渡りに船だった。時給も高校生にしては高くてありがたいし」
「才斗って、お金に細かいわよね。お昼もいつも手製のお弁当だったし」
「まぁ……な。一人暮らしは何かと金がかかるから、節約出来る所は節約しないと」
少し歯切れの悪い感じを誤魔化すために、俺は浮かれたペアカップに口をつける。
「ふーん。まぁ、才斗も色々とあるのね」
そうつぶやき、凛奈も俺と鏡写しのようにペアカップに口をつける。
まるで、行動で俺に同意を伝えるかのように。
「……詮索しないのな」
何となく、凛奈の顔は見ずに、先ほど凛奈がSNSでマウントを撮るように焚いたアロマキャンドルの火を見つめながら答える。
「聞かれたくない事の一つや二つ、人にはあるでしょ」
そう言う凛奈を横目で盗み見ると、凛奈もまたアロマキャンドルの火を見つめていた。
「そういう口悪いけど、相手を思いやってる所は凛奈の良いところだな」
凛奈との付き合いは高校に入ってからの数ヶ月だけれど、こういう風に他人の深いところには踏み込んでこない所は、俺にとっては心地よかった。
踏み込んで来ないのは、他人に無関心なわけではなく、相手を深く思いやっているが故であることも、ちゃんと伝わってきていた。
「褒める所そこ? 普通は私の美少女な所とか、お金持ちな所を褒めると思うんだけど?」
「そんな所だけが取り柄なら、凛奈とこんな仲良くなってねぇよ」
「そう……」
俺の返しに、凛奈はソッポを向いた。
しばらく、沈黙の時が流れる。
でも、決して気まずくなく、何て言うか悪くない時間だなと、揺らめくアロマキャンドルの火を見つめながら思った。
◇◇◇◆◇◇◇
「ペアグラス、チュッチュ~♪」
「凛奈……。飲み過ぎ」
「なんだ~? 才斗ぉ~、飲んでないじゃにゃいの。もっと飲め、にょめ~」
「いや……。凛奈が俺の分のカップも抱えてチュッチュごっこしてるから、飲めないんだよ」
「あ、しょっか~。アハハハハッ! 才斗おもしろ~~い」
「このやり取り、もう7回繰り返してるんだよな……」
何なんだ、この惨状は……。
お菓子が散らばった座卓と、その卓上で例の浮かれペアカップをチュッチュさせて1人で笑っている凛奈を眺めて、俺はしばし現実逃避してしまう。
え? さっきまで、何かシッポリタイムだったよね? アロマキャンドルの火を見つめながら、言葉少なくとも通じ合ってるよみたいな大人っぽい雰囲気で。
なのに、何で俺は今、幼稚園児くらいまで幼児退行した凛奈の世話を焼いているんだ?
緩急デカすぎだろ。
「え、このジュースって、本当にアルコール入ってないんだよな!?」
凛奈が飲んでいたのはスパークリングワインっぽい色をした、瓶ジュースだった。
さっきから何度もラベルを確認しているが、アルコール成分は含まれていないとある。
未成年飲酒は御法度だし、間違えて未成年者にアルコール飲料を売っていたら、ドラッグストアもただではすまない。
だが、製品のラベルにも、メーカーのホームページにも、アルコールは一切含まれていない、工場でもアルコール飲料とは別ラインで製造しているので、万が一にもお酒が混じることもないと明言されていた。
「じゃあ、これは雰囲気酔いって奴なのか?」
幼児退行して、またもや座卓上でペアカップをチュッチュ遊びさせている凛奈を前に、俺は無力だった。
凛奈って、酔うとこんな感じなんだ……。
「ねぇ~、才斗~」
「なんだよ」
「でへへ~、呼んでみただけ~」
「はいはい……」
口では鬱陶しいと雑に凛奈のダル絡みをあしらっているが、内心すこし嬉しくもあった。
これだけ無防備な姿を晒すということは、それだけ俺の事を信頼しきっているという証左でもあるのだから。
お金持ちのお嬢様として普段からプレッシャーを受けているが故の反動なのかもしれないが。
「ねぇ才斗~」
「なんだよ、もう」
またかよ。
酔っぱらい(擬似)め。
「才斗のこと、しゅきぃ~」
「…………はいはい」
やべ……、一瞬時が止まった。
こんなの酔っ払いの戯れ言だから、一々真に受けてたら。
「しゅき、しゅきぃ。才斗、しゅきぃ~。花丸一番でしゅきぃ~」
しゅきのオンパレードである。
何なんだ、この可愛い生き物……。
ヤバいって、これは。
普段の凛とした凛奈とのギャップから、めちゃくちゃ可愛く見える。
「ほら、飲み過ぎだから。もう止めようね」
「あ~~い」
諸悪の根源と思われるジュースの瓶を遠ざけるが、意外と素直に凛奈は従う。
「ロウソクの火キレ~」
「ん、そうだな」
アロマキャンドルの火を嬉しそうに、座卓の上で凛奈が眺めながら言う。
その瞳は無垢な子供のように澄み切っている。
「ちなみに、このアロマキャンドルは伊緒のお手製~。男女2人だけの密室で焚いたら、夜のお遊戯がおっぱじまっちゃう奴~」
「ふぁっ!?」
無垢な幼子みたいな口調から飛び出す、全然可愛くない不適切発言が飛び出して、変な声が出てしまう俺。
凛奈の変調の原因はこれか!
「夜のお遊戯って何して遊ぶんだっけ~?」
「さぁな……七並べとかじゃない? それより、このアロマキャンドルって、メイドの草鹿さんが作った物なの?」
凛奈の質問は意図的に無視し、凛奈にアロマキャンドルについて尋ねる。
「うん。伊緒は、屋敷の仕事以外では使用人部屋にこもって、色々な物を作ってるの~。でも、この事は他所の人に言っちゃダメなんだって~」
「そっかぁ……」
口止めされてるのに、もろに俺に言っちゃってるじゃん凛奈……。
現在の凛奈の知能は5歳児並みだから、そんな幼子に秘密を守れというのは無理な話ではあろうが。
「勝手に持ち出しちゃったから伊緒怒るかな~」
「うん……。多分、全ては草鹿さんの手のひらの上だろうから、きっと凛奈は怒られないと思うよ」
あのメイドさんの事だ。
大方、凛奈が興味を持ちそうな話をして、持ち出しやすそうな場所にでもこのアロマキャンドルを置いておいたのだろう。
「伊緒はしゅごいんだよ~。私がピンチの時にいつも助けてくれるの」
「そうなんだ~」
「私をイジメてた人もね。伊緒が話し合いをしたら、ちゃんとした人になってたんだよ~」
「それって、人格洗浄され……、いや何でもない」
次々と、喋ってはいけない事を話しまくる凛奈ちゃん(精神年齢5歳バージョン)。
そうすると、前に剛史兄ぃが言ってたネズミって……。
一人冷や汗をかきながら、俺は凛奈の得意気に話す従者自慢に、うんうんと機械的に頷くのであった。
人格洗浄って何なんだろうね……。
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