第10話 浮かれたペアカップ再び
「では、私はこれで。凛奈お嬢様」
「うん、行ってくる伊緒」
まるで戦場へ赴く主人を見送る従者のごとく、メイドの草鹿さんが凛奈に深々と一礼する。
「え、草鹿さんは帰っちゃうんですか? これから打上げなんで、良ければご一緒に、グフッ!」
「そういうのいいですから九条様」
クハッ……。
このメイド強い……。
みぞおちに軽く掌底をもらっただけで、息が出来ん……。
俺の鍛えた腹直筋がまるで役に立たないだなんて……。
「こらっ! 伊緒、何してるの! この後に差し障ったらどうするの!」
そうだそうだ、言ってやれ凛奈。
主人の友達に手を上げるんじゃないと。
コンプラが厳しい昨今なんだから、こんな暴力キャラ退場させろ!
「先ほど、九条様のあそこの能力増強のツボを28箇所突きました」
「素晴らしい仕事ね伊緒。今夏の査定は期待しておきなさい」
おい、友人。
お前は、もっと雇っているメイドの管理をちゃんとしろ!
とツッコミを入れたい所だが、呼吸が乱されているので、何も言えねぇ。
「では、ご武運を」
そう言って、こちらにお辞儀したメイドの姿は、閉まる玄関ドアによりすぐに見えなくなった。
◇◇◇◆◇◇◇
「じゃあ、かんぱ~い」
「はいはい、1学期お疲れさま~」
冷えた缶のコーラのプルトップを開けて、缶をコツンと当てて乾杯をする。
「2人きりの打上げ、楽しいわね才斗」
「だな」
ちゃぶ台には、スナック菓子をパーティ開けし、その上にチョコ系の菓子にグミも並べてと、やりたい放題な状態だ。
ドラッグストアって、やけにお菓子が安く売ってるから、ついつい予定外に買いすぎてしまうんだよな。
「でも、大勢の友達とカラオケで打上げっていうのも憧れるんだよな。中学の頃は田舎だったから、近くにカラオケ店なんて無かったし」
「才斗……。そういう、宝くじで10億円当たったらみたいなタラレバ話をすると、余計にみじめな現実に食われるわよ」
「そこまで低確率じゃないっての!」
友達なら居た実績あるもん!
地元の、ちょっとガラが悪い奴らだけど……。
「そんな事より、学校でも評判の美人と制服で自分の部屋で2人きりっていう方が、宝くじに当たったようなものだと思うけど?」
「自分のことを宝くじの当たりと同等だと言える神経は、我が友人ながら尊敬するよ」
凛奈のウザ絡みをあしらいつつ、お菓子に手を伸ばす。
「才斗はさ、ホント……。まぁ、いいか」
「なんだよ?」
ボリボリとポテチを噛みながら、微妙そうな顔をする凛奈を見やる。
「別に何でもない。こうして、気を使わない関係が私達って感じよね」
そう言って、一人で納得したような顔をして、俺と同じくお菓子の山に手を伸ばす。
「まぁ、そうだな。ただ言っても、付き合いは高校に入った4月からだけどな」
「そうね。ここまで気が合う相手は今まで居なかったかな」
感慨深げに、チョコをひとかけ口に含み凛奈が微笑んだ。
その嬉しそうな横顔に図らずもドキリとする。
「なんだ。要は、凛奈も友達いないんじゃん」
「私は友人は選ぶタイプなの。ほら、私の家があんな感じだからさ」
先程まで、チョコの甘さで緩んだ凛奈の顔に、少しだけダークな陰が指す。
「そっか……。まぁお金持ちの家なら色々あるわな。けど、凛奈は何で高校は、うちみたいな普通の高校にしたんだ?」
うちの高校はそこそこの進学校ではあるが、私立中高一貫校ではない。
凛奈みたいなお家の子の多くは、小学校か或いは中学校進学の際に受験しているものなのだが。
「中学は受験したけど落ちたのよ」
「え? わ、悪い……。変なこと聞いて……」
やべ、地雷踏んだか。
「ちなみに中学受験の頃の第一志望校は、ヘタレ王子が通ってる叡桜女子中学……」
「おおう、それは……。何て言ったらいいか……」
あからさまに気落ちしている凛奈に、俺はあたふたする。
「…………」
そして、沈黙して部屋のフローリングを見つめる凛奈。
「あ~、でもさ。お陰で俺は嬉しいよ」
「え?」
俺の言葉に、凛奈が顔を上げて俺の顔を見つめる。
「田舎から出てきた俺と、メイドがいるような家の子の凛奈が、こうして同じクラスで、隣の席でさ。そんなこと、この学校じゃなきゃ起きないわけだ」
「……だから?」
「だからええと……。俺と友達になれた幸運に感謝を……。って、これじゃあ、さっきの凛奈の宝くじの件と一緒か」
何とか凛奈を慰めようと必死なせいか、変な方向に話が行ってしまう。
流石に自分と出会えた事を幸運に思えとか、俺様な事言えねぇわ。
あ、でもさっき、凛奈は似たようなこと言ってたな。
何て健やかに育った自尊心なんだ。
「とにかくさ。 第一志望の学校じゃなくても、幾らでも楽しい高校生活送れるために、俺も協力するから」
「プッ……。アハハハハッ!」
「り、凛奈?」
突如、笑いだした凛奈に俺は戸惑いの表情を向ける。
「な~んてね。不合格になったのは、親への反発で叡桜女子の受験当日は白紙で提出してやったからなんだけどね」
「え?」
「無理矢理、受験勉強させられてたのに内心キレてたからね私。塾の模試でA判定だったのに落ちたから、父親はブチキレてたけど」
カラカラと愉快そうに笑う凛奈。
その様子から、ウソや痩せ我慢ではなさそうだ。
しかし、白紙で答案を出すとは、当時から度胸あったんだな凛奈の奴は。
「そう……だったのか」
「そうよ。才斗ったら、私の地雷な話題踏んだって焦ってたでしょ~?」
「そりゃそうだろ。あんなしおらしい演技までされたら、誰でも」
「で? 私が楽しい高校生活を送れるように、才斗も協力してくれるんだよね?」
「……凛奈がウソついてたからノーカンだ」
ったく、気を揉んで損した。
「ゴメンって。お詫びにあのカップ使ってあげるから」
「あのカップって、あれか……」
凛奈が指差した食器棚に鎮座する、浮かれたペアカップに、俺は顔をしかめる。
「何でカップ同士がチューした状態で飾ってないのよ。それが、このペアカップの売りでしょ」
「何が悲しくて一人暮らしの部屋で、浮かれた新婚夫婦が使うようなペアカップを毎日拝まなきゃならんのだ」
このペアカップは、前回凛奈が我が家に掃除をしに来た時に置いていった物だ。
カップの側面にデフォルメされた男女の顔が描かれ、カップの側面には、カップとしての機能を果たす上でまるで必要のない口を模したギザギザがあり、そのギザキザをカップ同士で合わせるとチューしてるように見える代物だ。
「まぁ、ちゃんと言い付け通り食器棚に置いたままなのは評価するけど、これじゃあ牽制として弱いじゃない」
「牽制って何だよ。第一、この浮かれたペアカップで一緒に飲むことのどこが、さっきのウソの詫びになるってんだよ?」
「 え? ペアカップを並べて、『今日はお家でまったり』みたいな匂わせ写真をSNSに上げていいよって意味よ」
「は? なんで俺がそんなことしなきゃならんのだ」
「才斗も夏休みには地元に帰るんでしょ? 英司君たち、地元の友達にイキれるわよ」
「要らねぇよ」
そんなもんSNSに上げたら、地元がまぁまぁニキの動画の時以上に大盛り上がりになっちまうだろうが。
「ただカップを並べただけの写真だとフカシと思われるから、背景に微妙にピントずれでボヤけた私が写ってれば確実なマウントが出来るわよ。生活に精神的な余裕があるアピールで、アロマキャンドルも一緒に焚いてっと」
「やり口が具体的すぎる! だから、しないっての!」
凛奈の奴、俺をまたしても炎上させる気だな。
その後も、『気持ちはもう新婚さん』の匂わせのためのペアカップの写真を撮りたい凛奈との攻防のため、カップは絶えず抱えている羽目になった。
凛奈はペアカップの写真をSNSのマイページ背景にするタイプの女の子な気がする。
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