第9話 黙って厚目の物を用意しておくのが、できる女かと
「はっ! ここは……」
突然意識が覚醒したと思って上を見上げると、整然と奥まで並ぶ蛍光灯が並ぶ天井。
そして、手には通学カバンと買い物かごだ。
辺りに数多くの商品が並ぶ棚があるのと、買い物かごに記載された店名を見るに、どうやらドラッグストアなようだ。
おかしいな……。
ガチでここに来た記憶がないぞ。
たしか、剛史兄ぃからバイトの許可書をもらって、それから……。
ダメだ、思い出そうとすると頭痛がする。
幸いにも、ここはドラッグストアだ。
頭痛薬を買おう。
「う~ん……。どっちがいいと思う?伊緖」
頭痛薬のコーナーはどこかなとフロア内を歩いていると、見知った顔がいた。
制服姿の凛奈だった。
俺も制服姿のままだし、どうやら1学期の終業式の後の学校帰りに、凛奈とドラッグストアに買い物に来ているようだ。記憶がないけど。
「ふむ……。薄い方か厚い方かですか。これは難しい命題ですね」
凛奈の横には、凛奈お付きのメイドである草鹿さんも居た。
買い物のために合流したのだろうか?
それにしても、ごく普通のドラッグストアにメイドさんって、滅茶苦茶目立つな。
「才斗って、どっちの厚さが好みなんだろう? こういうのって個人差があるものなのよね?」
「凛奈お嬢様。戦場に立ったことの無いルーキーの自己申告なんて、暴露系動画配信者がイニシャルトークする芸能人ゴシップ動画並みに信頼度が低いですよ」
「それは……。信じる方が愚かね」
何やら真剣に議論を闘わせている2人。
その手元には、いくつかの妙にカラフルな箱が握られているのがチラッと見えた。
「この問題は男性の股か……否、沽券に関わります。ですが、だからと言って自分から厚い方を選ぶのは、自身が速射砲であることを自白するようなもの。その屈辱感は屹立具合に影響しかねません」
「となると答えは……」
「黙って厚目の物を用意しておくのが、できる女かと」
「流石ね伊緖。実にロジカルな結論だわ」
「お褒めにあずかり恐縮です凛奈お嬢様」
「2人とも何やってるの?」
「ほぎゃあっ! 才斗!?」
何やら盛り上がりつつ買い物をしている2人の後ろから声をかけると、凛奈がマンガみたいに跳び上がった。
「店内で大きな声出すなよ凛奈。頭に響く、イテテ……」
「くそ、放心状態が解けたか……。出来れば、才斗の家に着くまであのままでいて欲しかったのに」
何やらブツブツ独り言を言っている凛奈だが、頭が痛くて内容が頭に入ってこない。
「お目覚めですか。九条様がコンビニで女性ものショーツを漁っていた時に出くわして以来ですね」
「曲解が過ぎる物言いですね草鹿さん。こんにちは」
ギリギリのラインでウソは言ってないのが質悪いなこのメイドさんは。
「それで、頭痛で俺の記憶が曖昧だけど、俺たちはドラッグストアに買い物に来たのか?」
「そうよ。これから才斗の家に行くから、お菓子でも買おうと思って」
俺の家に? そんな約束したっけ?
たしか、打ち上げ……、イタタタタッ!
急に頭痛がひどくなった。まぁ、多分、凛奈と一学期お疲れ会でもやろうって話になったんだろう。うん。
深く考えないようにしよう。
「なるほど。それで、さっき厚いのが良いのか、薄いのが良いのかって2人で言ってたのは何?」
「ヴぇ!? ええと、その……」
なぜか、踏んづけられたカエルのような声を上げて言い淀みモジモジする凛奈に対し、
「ポテトチップスの厚みの話です、九条様」
メイドの草鹿さんが涼しい顔でボソッと、俺にだけ聞こえる程度の声量で即答する。
「なるほど。俺は厚いのも薄いのも好きだけど、強いて言えば、ギザギザのが好きかな」
「ギザギザ!?」
え? ポテチの好みで、ギザギザって別に普通だよな?
なぜ、珍獣を見るような凄い顔で俺を見るんだ凛奈。
「お嬢様。えらくマニアックな初体験になりそうですね」
「え? ギ、ギザギザって、いくらなんでも上級者向けすぎない?」
カタカタと身体を震わせる凛奈が、必死な表情で草鹿さんを見やる。
いや、言うほど、ギザギザタイプのポテチって上級者向けか?
「日頃、星名様をヘタレ王子呼ばわりしているのに、怖気づくんですか? クソ雑魚お嬢様」
「だ、だって。初めての時の痛みは特別だって言うから、そこは出来れば混じりけのない思い出にしたいというか……」
何故かモジモジと恥ずかしそうに。指先同士をツンツンする凛奈に、いつもの威勢はない。
あと、痛みって何だ?
ギザギザのポテチは確かに、一気に何枚も口の中に入れて咀嚼すると、口の中を傷つけそうではあるが。
「だったら生で行くしかないですね、夢見るクソ雑魚お嬢様」
「そうね……。もう、そうするしか私には残された道が……」
さっきからメイドに酷いあだ名で呼ばれている凛奈だが、それをまるで意に介していない。
そこまで、凛奈はポテチに対して真摯に向き合っているというのか。
「いや、生で行くとかストロングスタイルすぎだろ。ちゃんとジャガイモには火を通さないと」
「…………ん? ジャガイモ?」
口元に手を当てて深刻顔で悩んでいた凛奈が、凄い勢いでこちらを振り向く。
「ギザギザがどうとか、ポテトチップスごときに、そんな深刻に考え込む事ないだろ凛奈」
「あ、ポテチ……。ギザギザって、そういう……。ああ、良かったぁ……」
安心の言葉を口にしたところで、凛奈が床にへたり込んでしまう。
「良かったですね、夢見るクソ雑魚お嬢様」
「伊緒……。あんた、私が勘違いしてるのを分かった上で、からかってたわね」
「そっちの方面で頭がいっぱいだから聞き漏れをするという学びを得ていただくために、あえて勘違いを見過ごしました。夢見るムッツリヘタレクソ雑魚お嬢様」
涙目でにらみつける凛奈に対し、メイドの草鹿さんはどこまでも涼しい顔で余裕の態度だ。
あと、異名が何個も積みあがっていて、そろそろ覚えきれないです。
「勘違いって、一体なにをポテチの話と勘違いしてたんだ?」
「そ、それは……」
凛奈が赤くなって目をそらす。
「あれ? そう言えば、このコーナーって別にお菓子の棚がある所じゃないよな。何というかドラッグストア内でも目立たない感じのコーナーで……」
「はい! じゃあ、才斗。お菓子コーナーに行きましょ! ギザギザも薄いのも厚いのも、何でも買っていいから! 今日は私のおごりだから!」
「お、おう……。あ、頭痛薬も買っていい?」
「うんうん! 何でも買ってあげるから!」
何かを誤魔化す凛奈に、グイグイと背中を押されて俺は、影のあるコーナーから、開けたお菓子コーナーへと向かった。
なお、ギザギザのポテチをカゴに入れたら、凛奈に無言で厚切りポテトに代えられた。
何でも買ってくれるって言ったじゃん。
メイドを出そうとすると、必然的に話が下ネタに。
すべてメイドが悪いので私は悪くない。
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