5話 忠義レベルがカンストしてるな
「はっ!?」
「あ、気が付いた。大丈夫、佐々木さん?」
目を開けると同時に、佐々木さんは横になった公園のベンチから、弾かれたように上体を起こした。
路上で倒れたので、急ぎ近くの駅前広場のベンチに佐々木さんを担いで行ったのだ。
「貴方は、九条さん……。なんでこんな所にいらっしゃるのですか?」
呆けた顔で、辺りをキョロキョロする佐々木さん。
何だか、様子がおかしい。
「え、さっきの事を覚えてないの佐々木さん? 君、路上で急に叫んで倒れたんだよ」
「私が……ですか? 路上で突如叫ぶ!? そんなはしたない事を、誇りある叡桜女子高生にして玲様親衛隊隊長である私がする訳が」
「才斗、ハンカチ濡らしてきたよ~。って、佐々木さん気が付いたんだ。大丈夫?」
「おぎゃああぁぁぁぁああああああっ! 玲様がゴリゴリ清純派ワンピース姿の清楚堕ちしてぇるぁぁぉああああ! きゅう……」
「……またやり直しだよ」
またもや意識を失ってしまった佐々木さんを見下ろして俺は溜息をついた。
どうやら、今まで王子様ルックだった玲が、いきなりTHE女の子な格好をしているのを指して清楚堕ちと表しているようだ。
清楚堕ちって、本来は全然違う意味だからな佐々木さんと思ったが、ちゃんと説明すると今度こそ俺が通報されてしまうのでそのまま捨ておこうと思った。
◇◇◇◆◇◇◇
「大変、ご迷惑をおかけしました。佐々木香奈、一生の不覚ですわ……」
「まさか、同じ件を3回繰り返さないと、まともに会話も出来ないとは思わなかったよ」
何度も卒倒と記憶混濁を繰り返したけど、佐々木さんの脳は大丈夫なのだろうか?
「だ、だって……玲様がそんな格好をお召しになるとは思いもしなかったもので……」
「ああ、そう言えば、この手の格好は恥ずかしくて、ファンクラブの子達に頼まれてもしてなかったからね」
「そうなんです! 九条様は一体、どんな魔法を使われたのですか?」
「え? いや……普通にプレゼントしただけで」
「才斗が望むなら、恥ずかしいけど、こういう格好もいいかなって……。才斗は可愛いって言ってくれたし」
佐々木さんの問いかけに、少し恥ずかしそうに、けど嬉しそうに玲が答える。
「ゲボハァッ!!」
「……!? 佐々木さん、しっかり!」
エア吐血した佐々木さんは、ハァハァと荒い呼吸をしている。
これ以上は本当に危険だ。
なお、何がこんなに佐々木さんの身体や脳を追い詰めているのかは分からない。
「だ……大丈夫ですわ。玲様の特濃のメス堕ちと、清楚堕ちの合わせ技にむせ返っただけですわ……」
だから、清楚堕ちは違う意味なんだって。
あんまり、その言葉を人前で使うなよ。君、お嬢様なんだから。
「玲様……。このように、玲様の清楚お嬢様ルックは、覚悟完了している私の脳さえ焼いてしまいますので、どうか、他の者たちの前では、その格好は控えてくださいまし……」
息も絶え絶えに、佐々木さんが懇願する。
「わ、わかったよ……」
その鬼気迫る迫力に、思わず玲もうなずくしかない。
「良かった……ですわ……。これで皆の命……が……つなが……」
「佐々木さん? 佐々木さぁぁあああん!」
再び意識が途切れて倒れた佐々木さんに駆け寄ると、彼女はやり遂げた満足感に浸った微笑みを口元にたたえた、穏やかな顔で気を失っていた。
◇◇◇◆◇◇◇
「重ね重ね申し訳ありません」
「いいよ。体調が悪かったんだね佐々木さんは」
背中からかけられた佐々木さんの陳謝の言葉に、気にしていないと応える。
「おんぶまでして頂いて申し訳ありません九条様。膝が笑ってしまい言うことを聞かず……」
結局、あの後何とか蘇生した佐々木さんだったが、まともに動けなくなってしまって、こうしておんぶして移動しているのだ。
「まぁ、あれだけ何度も絶叫と失神を繰り返したら身体にもダメージ行くよね」
「すいません。ちょっと遅れられない用事がありまして」
そんな状態な佐々木さんだったので、ベンチで休ませようとしたのだが、用事の時間が迫っているという ことで、こうしておんぶで移動することになったのだ。
「玲、目的地まであとどれくらい距離あるかな?」
佐々木さんが小柄な女の子とは言え、人1人を背負うのは中々に大変だ。
こういう慣れてない動きの時は、日頃筋トレをしていても筋肉痛になるんだよな。
凛奈をお姫さま抱っこした時も、上腕二頭筋が筋肉痛になったし。
「……ツーン」
「……? 玲、あと何メートルくらい?」
「ツーン。 ツーン!」
なんだ?
何やら玲はご機嫌斜めなようで、俺を無視してくる。
「どうしたんだよ玲」
「佐々木さん……。おんぶ……。ズルい……。ボク、してもらった事ないのに……」
ふて腐れて、言葉を短く切りながら、玲がそっぽを向く。
「仕方ないだろ、佐々木さん動けないんだから」
「それは分かってるけどさ……。ボクもおんぶして欲しいの」
まるで、妹に嫉妬して赤ちゃん帰りしたお姉ちゃんみたいに、玲が甘えようとしてくる。
「いや、玲は今はワンピース着てるから、おんぶなんてしたら、スカート部分が大きく捲れちゃってショーツが丸見えになっちゃうよ」
とは言え、玲は本当の赤ちゃんな訳ではないので、きちんと理屈づけて説明すれば、分かってくれるはずだ。
玲だって、本当は無理だと分かっているから、いつも凛奈に噛みつく時みたいな勢いは無いし、これなら。
「玲様。お姫さま抱っこなら、ワンピースの裾を気にする必要はありませんわ」
ちょ!? 佐々木さん!?
「お姫さま抱っこ……」
まるで、詰めろをかけられる寸前の終盤に、突如として活路を見出だした棋士のように、玲の瞳に炎が宿った。
「才斗」
「流石に2人一辺には無理だよ!」
いくら俺が鍛えているからといって、佐々木さんをおんぶしたまま、玲をお姫さま抱っこするのは無理だ。
鍛えた筋肉は裏切らないが、腰は裏切る事があるのだから。
「じゃあ、別の日だったらお姫さま抱っこしてくれるんだ」
しまった。
要らんこと言ったな。
だが、期待でキラキラに輝いた目を向けてくる玲を前にして断ることも出来ない。
「……分かったよ。機会があったらな」
「やったー!楽しみだなぁ」
「良かったですわね玲様……。ただ、出来ればお姫さま抱っこは私たち親衛隊の人間が見ていない所でお願いします……わ」
「佐々木さん……? 佐々木さぁぁぁああん!」
自身に反動が来ると解っていながら、玲に絶妙なパスを出した佐々木さんは、玲の喜びように満足したのか俺の背中で意識を失った。
君は本当に忠義レベルがカンストしてるなと、俺は背中で冷たくなっていく佐々木さんに、心の中で合掌した。
佐々木さんは犠牲となったのだ。
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