第4話 玲様が清楚堕ちなさってますわぁ~~~~~~!
「じゃあ、お互いが似合うと思う服を買おう。ボクが才斗の服を、才斗がボクの服を選ぶってことで」
「よし、いいだろう。受けて立つ」
あの後、相容れない主張を戦わせた後の妥協案が示された。
相手に着てもらいたい服を贈り合う。
プレゼントなんだから、贈られた物には文句はつけないというルールだ。
「じゃあ先攻はボクからだ。才斗に似合う服はこれだ!」
「着てみたけど……意外とちゃんとしてるね」
玲が俺のためにと選んだ服は、先ほどまでのトンチキな服ではなく、執事が着るようなバトラー服をカジュアルにしたものだった。
パリッとした清潔な長袖シャツにベストを羽織っているが、ベストは夏仕様で薄手の素材で、シャツも袖をまくって留めておけるストラップがついていて、季節にも配慮されている。
「才斗は上背もあるし、鍛えていて肩幅もあるから、やっぱりこういうふフォーマルな服が似合うと思って」
「でも、折角の胸筋がベストで見えなくなってるんだけど」
思いのほか、悪くない服ではあったのだが、筋肉の露出が少ない事だけが唯一の不満であった。
ベストが薄手とは言え、胸筋の盛り上がりが抑え込まれてしまっている。
「だから、エッチなのはダメなの! 胸筋の膨らみを抑えるために、わざわざ縦じまの柄のベストにしたんだから」
「あと、このベスト、細身なサイズなせいかちょっと胸の辺りがキツくてパツパツだ」
ベストの胸の上の位置のボタンを、俺の鍛えた大胸筋が押し広げようと暴れて、はちきれそうである。
胴回りは余裕があるんだけどな。
「くそ……。ベストで隠してもエッチなのずるいよ」
「なるほど。薄着で筋肉を見せびらかすのではなく、よく見ると服の下に隠れた筋肉を夢想させる、さりげないお洒落を玲は目指したわけだね。流石だよありがとう」
「全然、ボクが意図した方向とは違うけど、才斗が喜んでくれたなら良かったよ……」
「じゃあ、次は俺のターンだな。俺が選んだのはこれだ!」
お店を移動して、俺が玲のために選んだのは、シンプルな白のワンピースだった。
「ええ……こんなお嬢様っぽい服、ボクには似合わないよ」
お店の試着室で着てみたはいいが、モジモジと恥ずかしそうにする玲。
「…………」
「才斗? そ……そんな、絶句するくらい似合わなかった?」
「……いい」
「ふぇ?」
つい、似合いすぎて言葉を失ってしまっていた。
「玲は顔立ちがハッキリしてるから、確かに普段の王子様系のカッコいい服も似合うんだけど、長身でスラッとした体型だから、ワンピースの長さに負けてない」
「え……あ……う……」
「夏で白のワンピースなら、やっぱり白の帽子に足元はミュールだな。店員さん、この白いワンピースに合う帽子はありませんか?」
「こちらなんて、いかがでしょうか?」
試着時についてくれていた女性店員さんが、直ぐに帽子を差し出してくる。
「ワンピースと同じ白色で、つばの広い帽子にワンポイントでヒマワリの造花があしらわれている。ミュールも同様のデザインで統一性もある。うん、夏らしくていいセットですね。これもください」
「彼女さん、良かったですね。優しい彼氏さんで」
「あ、彼氏という訳ではないんですが」
「はへ……」
ゆでダコのように赤くなって固まり、いいように着せ替え人形にされていた玲には、どうやら届いていないようであった。
◇◇◇◆◇◇◇
「うん。この格好ならそれ程暑くないな」
せっかくなのでという事で、俺も玲もそれぞれ贈りあった服を着用して、街中に繰り出してみた。
玲の服を買ったショップの店長さんの御厚意で、俺も試着室を使わせてもらい着替えたのだ。
「そ、そうですわよね」
……ん?
「何か喋り方がいつもと違くない? 玲」
「そんな事ないですワ。ボ……私はいつもこんな喋り方ですワ、おほほほ」
私!?
「いや、明らかに無理してお嬢様っぽく振る舞おうとしてるでしょ」
喋り方がぎこちなさ過ぎる。
見た目はまさに、お嬢様という出で立ちだから、余計に違和感が凄い。
あ、そういうことか。
「別に服装に引っ張られなくていいんだよ玲」
「でも、ボ……私にこういう服を贈ったっていうのは、そういう意味じゃないの? 今は下手くそだけど、私頑張るから!」
「いや、純粋に玲に似合うと思ったからだよ。玲の趣味じゃないっていうならゴメンね」
「そ、そうなの? 信じていい? 凛奈ちゃんの方が似合いそうなワンピース着てるけど、ボクはボクのままでいいの?」
「もちろんさ。そんな俺色に染めてやろうかなんて、一切考えてないから!」
「……なんだか、そう言いきられるのは、それはそれで釈然としないんだけど」
ええ……。なんで、急にムッとした顔に!?
フォローしてたつもりなんだが。
ここは話題を変えよう。
「そ、それはそうと、服ありがとうな玲。自分のセンスでは選ばない服だから新鮮だ」
「それはボクもだよ。ありがとう、ボクを可愛く着せ替えてくれて」
ワンピースをフワリとなびかせて、少し恥ずかしそうに笑う玲。
まだ恥ずかしさがあるせいか、帽子を少し深くかぶっているのが、より神秘的で謎めいた印象を与える。
「玲が着たらって想像しながら、相手の事を想いながら服を選ぶのは楽しかったな」
「ボクもだよ。あと、『ワンピースなら足のキズが見えないから』っていう才斗のボクを思いやる気持ちがこの服からは伝わってきて、それも嬉しい」
「そっか……」
ベタなワンピースを選んだと見せかけたけど、バレてたか。
「こうやって、相手の事を想いながらプレゼントを選ぶ時間がとても幸せだったよ」
「それはそうだな」
贈る相手がどう思ってくれるのか。
喜んでくれるかな? そうだったら嬉しいな。
そんな事を考えるのが幸せだから、人はプレゼントを贈るんだな。
『贈り物は人間の上下関係を示すための物。九条家に人間たるもの貢ぎ物ごときに一々心を動かされるな』
だから違う……。
俺はあの人達とは違う。
「才斗?」
「あ、いや何でもないよ」
突然、押し黙ってしまった俺を心配して、玲がこちらを覗き込んでくる。
ふと、小さな頃にあの人達に言われたことを思い出して、険しい顔になってしまっていたか。
「そう?」
「うん。そう言えば玲、プレゼントと言えば、アスレチックの時に渡した軍手は流石にもう捨ててね」
親衛隊隊長の佐々木さんから、玲が汚ない軍手を大事に真空パックして眺めていると心配の声が上がってたしな。
「あれはボクのお気に入りだからダメ。あと、貰ったショーツもそのままだよ」
「俺のセンスが疑われてしまうんだが……」
「今日みたいに、お洋服みたいに高価な物を贈ってくれるのも、もちろん嬉しいよ。でも、ボクのことを思いやって才斗が贈ってくれたって意味では、軍手も一緒なんだよ」
まぁ、本人が大事に想っているなら仕方がないか。
何が宝物かは、本人が決めることだし。
でも、今日のお洋服の価格は軍手の100倍くらいしているのだが……。
そっか、軍手さんを超えることは出来なかったか……。
「しかし、プレゼントでとうとう懐が素寒貧だから、夏休み中にバイトを探さないとな」
とは言え、16歳でやれるバイトって意外と限られるんだよな。
「そう言えば、夏休みはバイトしたいって言ってたね才斗。いいバイトがあるんだけど、やってみる?」
「え、何か割のいいバイトのあてがあるのか玲?」
「ボクの家で一緒に遊ぶバイト」
「それ、バイトじゃないじゃん」
聞いて損した。
「日給は1万円。いや、2万円出すよ」
「……え?」
「3食こちらで支給、私と一緒のお昼寝タイムつき」
「…………交通費は出ますか? って、ダメダメ! そんな事にお金使っちゃダメだよ玲」
あまりの好条件に、もうちょっとで応諾してしまう所だった。
「だって、バイトで才斗と遊べる時間が減っちゃうのイヤなんだもん! だったら、才斗の時間を買い取っちゃう方が手っ取り早いし」
いや、そういう事にお金を使うのは主にお金の出所であろう、お母さんの涼音さんに悪い。
「ダメ。玲と遊ぶのにお金が介在しちゃうのは寂しいじゃない。玲と遊ぶ時間はちゃんと確保するからさ」
「そうなの? ボクはいいアイデアだと思ったんだけどな……」
まだ諦めきれないという様子の玲。
ここは話題を変えよう。
「そういえば、さっきからチラチラと視線を感じるな」
「言われてみればそうだね。往来の男の人たちが結構、見てくるね。王子様ルックの時は女の子からの視線は多いんだけど」
対面から歩いてくる通行人が明らかにこちらに視線を向けていたり、あとは後方から追い抜いて来た男が、さりげない風を装って振り返ってこちらを見てきたりしているのだ。
その、ほとんどは男性だ。
「玲のワンピース姿が似合ってるからだよ。後ろ姿は純白のお嬢様で、正面は凛とした美人だから」
「そ、そ、そんなことないよ才斗。褒めすぎだって……」
「いや、事実だし」
アセアセと焦る玲だが、その恥ずかしがり方も淑やかで可愛らしい。
現に、玲の後ろ姿から美人なのでは?と思って、わざわざ追い抜いて正面を拝んだ男どもは、みな呆けて立ち止まって玲に見とれてしまっている。
そして、横に並んで歩いている俺の方へ恨めしい視線を送ってくるまでが1セットだ。
「だから、ちゃんと俺の腕をつかんでろよ。一人でその格好で歩いてたらナンパされるからな」
「うん……。そうする」
そう言って、玲はより身体を俺の腕の方に寄せて、しばし2人は無言で歩く。
やべ。
上手くバイトの話題からは離れられたけど、ちょっと、独占欲の強い彼氏みたいな事言っちまってたか?
これじゃあ、玲が俺に薄着の格好にNGを出した束縛系彼氏ムーブと変わらないぞ。
だけど、玲のナンパ除けにはこれが最適で……、みたいな自分への言い訳を考えながら歩いていると。
「玲様が清楚堕ちなさってますわぁ~~~~~~! きゅぅ……」
突然、正面にいる女子高生が路上で叫び声をあげたのちに、糸が切れた操り人形のように地面に崩れ落ちる。
その子の着ている制服には見覚えが大いにあった。
「佐々木さん!?」
「意識がない! しっかりして!」
倒れた、玲のファンクラブ会長にして親衛隊隊長の佐々木さんを介抱しつつ、『清楚堕ちってなんだよ……』という初めて聞いた日本語に俺は大いに困惑するのであった。
『清楚堕ち』をネットで検索すると本作とは別の意味であり、おまけに脳を焼かれるので絶対に検索しないように。
……忠告はしたぞ。
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