第3話 だからエッチなのはダメだって
「今日は凛奈ちゃん居ないんだ。なんで?」
校門前で合流した玲と駅の方へ歩きだした早々に、不在の凛奈の理由を玲が訊ねる。
「あ、ああ……。買い物らしいぞ。普通の」
流石に俺の家にお泊まりするための諸々の準備のためとは玲には言えない。
「ふーん……」
何やら玲が考え込む。
あれ? 何か玲の奴、怪しんでる?
俺の演技が下手くそだったか。
でも、玲にお泊まり会の事を言ったら、絶対に自分も行くって駄々こねるだろうしな……。
って、ん? 待てよ……。
そうだよ!
別に玲にお泊まり会の事バレてもいいんだよ。
俺の家でお泊まり会が計画されていることを知ったら、きっと玲は全力で自分も参加するか、さもなくば凛奈を全力で妨害してくるだろう。
それなら、俺の悩みは解消する。
「あのさ玲。実は」
と、秘密の暴露わしようとした時に、凛奈の笑顔がチラついた。
「なに? 才斗」
「あ、いや……、何でもない」
俺は喉まで出かかった秘密を飲み込むことにした。
何故かは自分でもよく分からない。
大事な女友達に対して不誠実な事はしたくないとの想いがあるからだろうかと、自分の心変わりの根拠に後付けの理由を考える。
「え、何なに? 気になるよ才斗」
だが、中途半端に言いかけて誘い受けみたいになってしまったせいで、玲が興味津々になってしまった。
「本当に何でもないから」
「え~。そうやって頑なだと余計に気になるよ。言いかけたのって、ひょっとして凛奈ちゃんのこと?」
怪しい……と、玲が横目で俺を探るように見てくる。
ぐ、存外鋭いな玲は。
この状況を乗り切るには……。
「いや。実は俺も買い物にでも行きたいと思ってたんだけど、一緒に行かないか? って玲を誘おうとしたんだけ」
「え、行く! 行きたい!! 絶対行く!」
玲からの追及を逃れるため、仕方なく俺は、買い物に行きたいという体を装ったら、思った以上に食いついてきた。
「お、おう……。じゃあ、元町の方でも行くか」
「うん♪」
さっきの俺の秘め事への追及はすっかり忘れた玲は、嬉しそうに俺の腕を抱えて、飛び切りの笑顔で俺を見上げた。
なんか単純だけど可愛いな。
◇◇◇◆◇◇◇
「お出かけデート、嬉しいな~♪」
「ほら、繁華街で人通り多いから踊るのは止めな」
路上でバレェのように踊って、喜びを表現する玲をいさめる。
「は~い♪」
そう言って、玲は俺の腕を抱え込む。
「ん……、ちょっとくっつき過ぎだって玲」
制服が夏服になってブラウス1枚になってるから、腕に感じる玲の身体の感触がより生々しくなって、男子としてはドキドキせざるを得ない。
「だって、才斗が踊らないで俺の隣にいろって言ったから」
「言ってないんだよな……」
まぁ、迷子になるよりはマシかと、己の状況を無理やり納得する。
「才斗との初めてのお出かけデート、嬉しいな~♪」
「え? スポーツジムとか行ったから初めてじゃなくないか?」
「あれは、うちのマンションの施設だからノーカン。ただ才斗にしごかれただけで、デートとは程遠かったし」
「え~。でも、俺的には凄く楽しかったんだよな。スポーツジムで女の子とトレーニングデートするのって、トレーニーが一度は憧れるシチュエーションだし」
「……しょうがないな。そんなに言うなら、ボクが付き合ったげる」
よし。言質は取ったぞ。
次は何のトレーニングで玲をヒーヒー言わせてあげようかな。
「でも、今日はボクのプランでデートしよ。才斗は何が買いたいんだっけ?」
「い、いや。実は特にこれと言った買いたい物がある訳じゃなくて、夏休みに向けて、服でも見ようかと思って」
そもそもが買い物に行きたいというのも、玲の追及をかわすための方便だったので、これまた適当な理由をその場ででっち上げる。
「じゃあ、ボクが見立ててあげる」
「お~、じゃあ頼むよ」
ぶっちゃけ、着るものに関しては無頓着なので、ちょうどいい。
夏休みになって、私服を着る機会が多くなるのだから、女の子のセンスで見立ててもらえるのは俺としてもありがたい。
そう思ったのだが。
「あの、玲……」
「うん、似合ってるよ才斗。昇り竜をあしらったスウェットパンツに、虎の顔が全面に押し出されたパーカーが才斗の強さをよく表現できてる」
「服の上下で竜虎が対峙してるのはちょっと……。他の店はどうかな?」
「じゃあ、ここは? ボクの好きなブランドなんだけど、薄手の皮ジャンを羽織ってパンツはパンク風に細身で」
「これも、ちよっと……」
「じゃあここだ。この店は燕尾服をモチーフにした店で、執事喫茶の執事さんも通っていて」
「玲、ひょっとして俺で遊んでる?」
『いいお店があるから』と玲が連れてきてくれた店は、尽くセンスが……ちょっとあれだ、独特な感性をお持ちな方々が御用達な感じの店だった。
「そんな事ないよ才斗。ここは、ボクの行きつけの店なんだから。ね? 店長」
「はい。星名様にはいつもご贔屓にしていただいております」
玲が聞くと、隣で一緒に服を見てくれていたバッチリ執事服を着こなした店長さんが、頭から爪先まできっちり整ったお辞儀で返す。
あ、 ガチなんだ。
「そ、そう……。因みにこれらの癖が強……もとい、専門性の高いお店はどうやって知ったの?」
「それは、佐々木さん達、親衛隊やファンクラブの子達からプレゼントされたりで自然に」
あ~、なるほど。
要は、自分の中の王子様像を充たすために、玲の周りの女の子達が玲を着せ替え人形にしていたんだな。
その結果、玲の独特なファッションセンスは磨かれたのだな……。
「正直、俺はシンプルな服装の方が好みかな。夏だし無地のTシャツとか」
服装には無頓着だと言いながら注文をつけて悪いけど、流石に何でも着るという訳ではない。
あと、ヤンキーっぽい服も、パンク風の服も、バトラー風の服も、真夏に着るには暑すぎる。
「それ駄目。きちんと身体のラインが隠れる服じゃないと」
「え、なんで?」
玲の奴、まるで束縛の激しい彼氏みたいな事を言い出したぞ。
「だって、才斗って結構筋肉質だから、Tシャツなんて着たら、大胸筋はもちろん、血管の浮き出た二の腕とかが丸出しになってエッチ過ぎるんだよ。だから駄目」
「ええ、そんな……」
というか、トレーニーの9割は筋肉を見せびらかすために筋トレを頑張っているのに、それを隠せだなんて殺生な……。
夏は薄着で、合法的に鍛えた筋肉を見せびらかせるチャンスの季節でもあるのに。
「あ! ボクったら、また嫉妬しちゃって才斗を縛るような事言っちゃってた……。ゴメンね……ゴメンよ」
端と気付いた とばかりに、玲が平身低頭で謝ってくる。
自分で気付いて偉いぞ玲。
「じゃあ、次は俺が行きつけのトレーニングウェアのショップで、脇の辺りにすこぶる余裕があるタンクトップを見に行こう」
「だからエッチなのは駄目って言ったでしょ!」
タンクは別にエッチな服じゃねぇよ!
脇の辺りがダルダルなのは、普通のタンクトップじゃ脇周りがきついからという、ちゃんとした機能的な理由があるし、ジロジロ見られることで、トレーニーはより輝くんだしさ。
って、考え方が露出多めな服装を選ぶギャルみたいだな。
トレーニーとギャルは、見た目は似ても似つかないが、案外根底で繋がっているんだなと思うのであった。