第2話 これは友達の話なんだけどさ
「は~。空綺麗だな」
真夏の入道雲って、何で見ていてずっと飽きないんだろう。
「九条殿……。現実逃避したい時に我輩を青空の下に呼びつけるのは、いい加減辞めて欲しいでござるよ」
芝の上で寝転んで空を見上げる俺の横で、同様に寝転んで空を仰ぎ見る中條さんから、不服申し立てがあった。
「そんなこと言わずに付き合ってくれよ。俺、中條さん以外に相談できる有識者いないんだから」
「我輩が精通しているのは男同士の内面描写でごさる。今、九条殿が我輩を頼るのは、切るのが得意だからと、床屋に外科手術を頼んでいるようなものでござるよ」
そうは言われても、俺には他に恋バナを相談できるアテなんて無いのである。
え、地元の奴ら?
田舎で恋バナみたいな面白い話をしたら、噂が秒で近所のおばちゃん連中に知れ渡ることになるから却下だ。
「で、これは友達の話なんだけどさ」
「九条殿、友達いないじゃないですか。今さら、誤魔化しは要らんでござるよ」
「グハッ! い、いるよ……。地元には」
先程、心の中で切り捨てた地元の奴らに縋ってしまう。
人間とは実に弱い生き物である。
「それで? その友達が何なんですかな?」
面倒くさそうにしつつも、中條さんは話を聞いてくれるようだ。
「ありがとう有識者。だから中條さんの事、大好きなんだよな」
「……それ、西野殿の前で絶対言うなでござるよ。我輩も、流石に命だけは惜しいもので」
苦虫を噛み潰したような顔で苦言を呈する中條さん。
俺のことを男としては、とことん興味がない所が、本当に相談する相手としては最適だ。
今後も、中條さんを頼ろう。
「で、相談なんだけどさ。その友達の学校で仲良くしてる女友達が、夏休みに家に泊まりに行くって聞かないんだけど、どうやったら諦めさせられるかな?」
「ほほ~。それはまた、西野殿は随分と攻めたでござるな~」
「いや、あの中條さん……。友達の話ね。固有名出さないで」
俺だって、友達の話と言いながら、自分の話をしているって中條さんにはバレバレなのは百も承知だ。
だが、流石に今回の相談は、面と向かっては相談しにくい類いの話なので、ワンクッション置きたいのである。
「はいはい。で、そのお友達はどう反応したのですかな?」
「いや、流石に駄目だろ。婚姻前の男女がそんな一夜を共になんて……」
「意外と古風なのですな九条殿は。由緒正しき家系みたいな」
「……いや、そんなことは無いよ」
「では、据え膳なら、ありがたく戴くと?」
「回答が極端な2択!」
なんで、0か100なんだよ。
「でも、要はそういう事なんですぞ。手を出されるのか出されないのか。男性の家に泊まる女性にとっては」
「そうなの?」
「西野殿……もとい、九条殿のお友達の女友達……ああ、面倒くさいでごさるなぁ! その女の子の方から、お泊まりしたいと言い出したのは間違いないのでござるな?」
「ああ。俺の方は断ろうとしたんだが、押しきられた……って、友達が言ってた!」
「オーケー。据え膳ですな。襲っても1000パーセント成功します」
親指をサムズアップすんな有識者。
「成功率が1000パーセントってなんだよ」
「1回戦が終わった後に、続けて対戦よろしくお願いしますが続くからですな」
「一晩で10回も出来るか!」
そんなしたら、いくら高校生の俺でも干からびるわ!
いや、っていうか、そもそもやらねぇから!
「そう言えば、西野殿は今日はどうしたんです? いつも放課後は、一緒に帰るのに」
「今日はお泊まり会に向けて準備や買い出しに行くから先に帰るってさ」
「なるほど。女には準備や仕度が必要ですからな」
「修学旅行みたいにか? 一泊泊まるだけで、そんな荷物要らないでしょ」
「乙女は初めての時には、出来るだけ綺麗な自分を相手に見せたいのでござるよ。西野殿の実家は太いですしな。今頃、高級エステの短期集中パックの契約や、高級ランジェリーの品定めでもしているのでしょうな~」
「ああ、そっち……」
女の子って大変なんだね。
男なんてせいぜい部屋の掃除くらいにしか気が回らないのだが。
と、俺は現実逃避気味なことを考えるが、事態は色々と火急である。
「ねぇ、俺はどうすればいいと思う? 中條さん」
「九条殿、友達の話という体を装う余裕すら喪失したでござるか……。まぁ、我輩を頼る時点で、最初から余裕なんて無いでござろうが」
「だって、俺には中條さんしか居ないんだよ! 捨てないで!」
「だから、そういう周りに誤解されるようなことを言うなでござる! 溺れているからといって藁の我輩を掴んでも、一緒に沈むだけでござるよ!」
大丈夫だよ中條さん。自信持ってくれ。
沈む時は一緒だよ。
と、芝生に寝転がったままギャーギャー騒いでいると、ふと顔にかかる日差しが遮られる。
「お前ら、暑いのにこんな所で何騒いでんだ?」
「あ、剛史に……寝屋先生、こんにちは」
「おお、寝屋教諭殿。それにしても、芝生に寝転びながら担任教諭を見上げるアングルはエモい画角でござるな。今度の冬コミの新作用のコマに使おう」
「相変わらず中條は訳わからんこと言ってるな」
我らがクラス担任で、俺の従兄……ということになっている寝屋先生が、呆れた顔でこちらを見下ろしている。
「ナハハッ! 寝屋教諭殿も、一緒に芝生の上に寝転がってアオハルします~?」
「遠慮しとく。それよりも九条。校門前に、また例の王子様が待ってるみたいだぞ」
「ゲッ! もうそんな時間だったか!」
玲が学校終わってから、うちの高校に来るまでに多少の時間がかかるので、その合間で有識者の中條さんに相談をしていたのだ。
「さっきまで西野殿との関係で我輩に相談していたというのに、直ぐに王子様へ意識が切り換えられる変わり身の早さは、流石でござるよ九条殿。才能ありますよ」
「なんで、こんな子に育っちまったかな……」
中條さんの褒めてない感嘆の声と、寝屋先生の嘆きの言葉が背中に刺さりながら、俺は校門の方へ急いだ。