第1話 だから私は自分で決める
「もうすぐ夏休みだね! 才斗!」
朝の通学時間でも、屋外に居ればすぐに汗ばんでしまう暑さが始まり、誰もがどうしてもゲンナリしてしまう中、テンションの高い玲が話しかけてくる。
「そんなに夏休みが待ち遠しいのか玲?」
鼻息荒く俺に迫る玲。
いや、距離が近いな。
「だって、夏休みなら才斗と毎日一緒に遊べるじゃない!」
「ああ、なるほどな。って……、毎日?」
夏休みに毎日遊ぼうな! なんて約束するって小学生かな?
「うん! まずは久しぶりにボクの家でゲームするでしょ? 夏休みだから、別に数日間お泊りでも問題ないよね。で、エアコンが故障した寝苦しい夜に2人は……って、痛い!」
「朝っぱらから処女丸出しの妄想を語って盛るなヘタレ王子」
暑苦しいと言わんばかりに、凛奈が玲の脳天にチョップをお見舞いする。
玲の夏休みの計画は、色々と突っ込みどころ満載だったので、正直、凛奈が迅速に突っ込んでくれて助かる。
相変わらず下ネタだけど。
「痛いよ凛奈ちゃん。なに? 焦ってボクの邪魔したいの?」
「はぁ? 何を私が焦ってるってのよ?」
脳天にチョップを受けたのに、謎に勝ち誇った顔の玲の挑発に、凛奈が全力で乗っかっていく。
また始まった……。
「フフフッ。凛奈ちゃんは、才斗とたまたま同じ学校で、同じクラスで隣の席だっていうアドバンテージがあったけど、夏休みになったら、それが消えうせるよね?」
「……だからなに?」
ニコニコな玲に対し、凛奈が不機嫌そうなジト目で短く問い返す。
「日頃、才斗の隣の席という、超羨ましい立ち位置にあぐらをかいていた凛奈ちゃんは、夏休み中に才斗を誘う事に躊躇して、灰色の夏休みが確定してるんだよ」
「……な!?」
珍しく動揺を表に見せて、凛奈が顔をボッと赤くする。
まぁ、今朝は今年一の暑さだって天気予報で言ってたから、顔が赤いのは暑さのせいかもしれないが。
「ボクは何の躊躇もなく誘えるもんね。才斗と毎日だって遊べるんだよ」
「いや、玲。毎日は遊べないんだけど」
俺、今年の夏休みはベンチプレスで最大荷重を更新したいんだよね。
そのためには、週6でジムに通いたいのだが。
「べ……別に誘えるし。友達なんだから、一緒に遊ぶくらい、ふ……普通だし」
「へぇ~、ホントかな? 凛奈ちゃんって、良い所のお家のお嬢様だから忙しいんでしょ?」
「あの。毎日はちょっと……。俺、夏休みはバイトもしようかなって思ってて」
「別に、習い事なんてどうでもいいからサボるし。ヘタレ王子こそ、通ってる叡桜女子高校は夏休みの補習授業がきついって有名じゃない。才斗は私と遊ぶのに忙しいから、アンタは毎日、学校の机にでもかじりついてなさいよ」
「うぐ……、いいもん。補習サボるのが怖くて王子様なんてやってられないもん」
いや、補習はちゃんと出ないとマズいだろ玲。
っていうか、さっきから2人共俺のことを意図的に無視してない?
その後も夏休みの俺の予定をどういったやり方で決めるのかの議論が紛糾した。
なお、俺の意思確認の機会は無かった模様である。
◇◇◇◆◇◇◇
「まったく、あのヘタレ王子め……。この間まで塞ぎ込んでたっていうのに、ウザさマシマシで戻ってきて」
教室に着いて自席に座るやいなや、頬杖をついた凛奈がボヤく。
「そう言いつつも、内心は玲が元気になってくれて嬉しいんだろ?」
「まぁそれは……。ウジウジされるよりはマシなだけよ。それにしても、家出騒動の後からあの子、ちょっと変わったな……」
頬杖をつきながら、前方の黒板をぼんやり眺めて、何やら考え込む凛奈。
「そうか? 元の元気なワガママ王子に戻っただけのような気がするけど」
「何ていうか、胸の中にあったわだかまりが溶けてるって言うか、より真っ直ぐになったというか」
「真っ直ぐか……。確かにそうかもな」
あの日、玲を見つけて、そこで聞かされた玲の胸の内。
その内心の重しを少しでも軽く出来たなら良かった。
「で? 真の王子様である才斗は、家出したヘタレ王子にどんな魔法を使ったのかしら?」
調子めかしつつも、こちらを探るような妖しい目で、凛奈が問いかけてくる。
「悪いが、それは凛奈でも教えられない」
玲が吐露してくれた秘密は内心に関わるデリケートなもので、おいそれと他の人には伝えるべき話ではない。
「ふーん……。2人だけの秘密ってわけね」
ジト目の視線で凛奈が刺してくる。
「そんな睨んでも教えんぞ」
「あーあ……。私、ヘタレ王子が家出した時に結構役に立ったと思うんだけどな~。ヘタレ王子の居場所をメイドの伊緒に調べさせたり」
「ああ……。それは助かった。草鹿さんにはよろしく伝えといてくれ」
「そうよね。感謝されるのは、あくまでヘタレ王子の居所を見事に探り当てた伊緒よね。ただ命令した私なんかじゃね」
「いや、そういう訳じゃ……」
「私なんて所詮は、才斗にとっては都合の良いお人好しお金持ちキャラなんだから、そんな見返りを求めるなんてお門違いよね」
すっかり凛奈がヘソを曲げてしまった。
って言うか、お人好しって、普通は自分で言わないぞ。
「何が望みなんだよ……」
凛奈がこういう風に、人の罪悪感をつついてくるのは、何か要求がある時なのだと相場が決まっている。
「別に大した望みじゃないわよ。ただ、前にした約束を果たしてもらうだけ」
「前にした約束?」
「才斗の家に泊まりに行く約束」
「約束……って、あれか!」
凛奈がお姫様抱っこで校内を練り歩いた後に熱を出して休んでお見舞いに行った時に、玲の家で夜通しゲームで遊んで泊まったと聞いて、何故か謎のライバル意識を燃やした凛奈が俺の家でお泊まり会をすると言ってたな。
「そう。才斗の家でのお泊まり会。夏休みならちょうどいいし」
「何もちょうど良くねぇよ! っていうか、流石に無理だろ」
「あら? 夏休みに友達の家にお泊まりって定番じゃない。私、一度やってみたかったのよね」
「いや、友達って言っても、男女な訳だしさ。その……ほら! 親も心配するだろ」
「……親ね」
今までは、楽しそうに俺をからかってたのに、不意に凛奈の動きが止まる。
一瞬だが、凛奈の眉間にしわが寄る。
あんまり親については触れて欲しくないのか?
そう言えば、凛奈から家族の話は聞かないな。
メイドの草鹿さんの事は話題に上げるのに。
「あ、いや。もう高校生だから親は関係ないか……」
親についての話題を出されたり、詮索されたくないのは俺も同じだ。
そんな自分なのに、凛奈には親の事を引き合いに出すのはスジが通らないので、俺は自分の主張を引っ込める。
「そうね。だから私は自分で決める。才斗の家にお泊りする。才斗も自分で決められるでしょ? 高校生なんだから」
そして、攻め駒を引いた間隙を見逃してくれるほど凛奈は甘い相手ではく、俺の歯切れの悪い回答をTNT爆弾でラッピングして投げ返してくる。
残念ながら、勝負は決した。
「わ、分かったよ……」
「よし、そうと決まれば、お泊りグッズの用意しなきゃ。伊緒と必要な物買い物行こうっと♪」
お泊りに必要な物って、メイドを連れてあらためて買いに行くものなんだっけ? と思いつつ、夏休みが少しだけ憂鬱になるのであった。
という訳で第2章始まりました。
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