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第37話 ボクにとっての王子様

【星名玲_視点】


 いったい、どれだけの時間が過ぎたのか分からない。

 電車って、何分に1本走っているんだろう?


 ええと、過ぎ去って行った電車の本数は……。


 いや、ただボーッと見送っていただけだから、本数なんて数えてない。


 苦しくて、全てから逃げ出したくて、こうして駅のホームのベンチにずっと座っている。

 特に考えていたわけではなく、ここに来ていた。


 才斗の高校の最寄駅。


 大好きな人と最近は毎朝一緒に通った道を、無意識に選んでいた。

 電車で才斗がボクを助けてくれた思い出の場所。



「つくづくボクは弱い人間だな……」



 この期に及んでまだボクは、辛いからと言って才斗にすがってしまう。


 彼とボクは違う。


 才斗は、出会った当初はボクの事を男の子だと勘違いしていた。


 それなのに、見た目はいけ好かない王子様然としたボクを、才斗は何の見返りも期待できないのに助けてくれた。


 彼に興味が湧いた。

 あと、最近は心のすみっこに追いやっていたボクの女の子の部分が、喜んでいるのに従った。


 気さくで、でもいざとなったら頼りになって。


 ボクにとっての王子様。



「でも、だからこそ、紛い物の自分は側にいれない……」



 出来れば、ずっと隠していたかった、この傷痕。


 でも、もし私が才斗とその……彼氏彼女の恋人関係になったら、傷痕の事に言及せざるを得ないだろう。


 そして、その時にボクはきっと、才斗に話すのだろう。



 周りがボクを正義のヒーローであると勘違いしている、上部だけのウソのストーリーを。



 多分、ボクが白状さえしなければ、一生自分の胸の内に閉まって、ウソを本当だと自分に言い聞かせ続ければ、ずっと才斗の側にいられるのかもしれない。


 でも、真っ直ぐな才斗を相手に、そんなことはしたくなかった。


 だから、才斗といずれこうして離れ離れになるなのは必然だったんだ……。


 思ったよりその終末が訪れるのが早かっただけ。


 だから、才斗とはお別れ……。



「だから……。諦めないと……」


 さっきから、何度も同じ結論に達している。


 なのに、ボクの脳内は堂々巡りを続けて、一向に自分を説得できない。


 何か、他に道はないのかと、思考の迷路に諦め悪く飛び込んでしまう。


「才斗……会いたいよ……」


 思わず漏れた本音の独白に視界が滲む。



「とことんダメだなボクは……」



 自分の弱さに辟易してしまい、電車ホームの無機質な灰色の地面を眺めながら、ベンチでうなだれる。




「見つけた……」



 突如、頭上に救いの言葉が舞い降りた。


 瞬間、ボクは弾かれたように顔を上げる。


「っ!? 才と……」


「おひょ~。ホントにあの動画の王子様じゃん」


 顔を上げた先には、想い人はいなかった。



「アハハ……」



 思わず渇いた笑いが出た。


 才斗がボクを見つけてくれたのかもと、思わず声のトーンが上がってしまっている自分が滑稽に思えたからだ。


「ねぇねぇ。今日はまぁまぁニキは一緒じゃないの?」


 いくら頭で理屈を考えていても、希望を小さじ1匙振りかけられただけで、この体たらくだ。


「お~い、聞いてる? 何だこの子。ブツブツ独り言つぶやいて」


「まぁまぁ、落ち着け」

「ブハッ! お前がまぁまぁって言うのかよ~!」


 目の前にいるのは、背広を着た若手社員という感じの成人男性3名。


 飲み会帰りなのか、サラリーマンたちは酒臭くてテンションが無駄に高い。


「俺ら、某有名企業に勤めてるんだけど、世間は休日なのに今日も仕事でさ~」

「世間では一流企業って言われてるけど、内情こんなんなんだよ」

「で、休日出勤明けに飲んでたんだよ~」


 目の前の男たちは、ボクが一言も喋らないのに、ペラペラと一方的に喋り出す。


「あれ、泣いてたの? どしたん? 話聞こか?」

「お前、借り物の定型句でしか女口説けねぇのかよ~!」


「うっせぇ黙ってろっての! 何か嫌な事でもあった? こんな時間に女の子が1人で危ないよ」


 悪乗りした友人たちが囃し立てる中、男が笑顔で声をかけてきた。


「…………。」


 何なんだろう……。


 まるで、心に響かない。

 不快感や怒りすら湧いてこない。


 目の前の男が声を発しているのは解るけど、言葉として何も頭に入ってこない。


「う~ん。対、家出少女神待ち系で攻めてみたけど駄目だな」


「おい、マジで女子高生連れ込む気か~? 犯罪だぞ~」

「いや、でもこの王子様、実際に見たらめっちゃ美人だぞ」


「たしかに」

「帰ってきたら、美人女子高生が『おかえり』って出迎えてくれるなら、社畜頑張れるわ~」

「それな~」


「よし。お兄さんたち宅飲みするから一緒に行こうぜ。帰りたくないなら、ずっと俺の家に居ていいぞ。手は出さないから、多分、おそらく」


「それ、ぜってぇ手出すじゃん~!」

「まぁまぁまぁ」


「だからお前、まぁまぁまぁの使い方が雑過ぎんだろ~!」


 腕を掴まれ、やや強引にホームのベンチから立ち上がらせられた。


 ボクはそれを、まるで自分自身を第三者視点で見るゲームキャラのような気分で、傍観した。


 何だろう。


 もう、全てがどうでもいい気分だ。


 ボクはこのまま……。





「その手を離せ」





…………え?



 今まで視点があやふやだったのに、その声を聞いた途端に、視界が拓ける。


 そして目のピントが合った先には……。



「才……斗……」



 そこには、電車でボクを助けてくれたのと同じ、大きくて安心できる背中があった。



「迎えに来たぞ玲。みんな心配してる」

「 …………え? う、うん……」


 そう言って、私の腕から男の手をやや強引に引き剥がす。

 何だろ、これ夢?


 ボクは今、自分に都合のいい夢を見ているのかな?


 だって、才斗がボクの手を握って……。


「何だてめぇ。関係ないのに、絡んでき」

「どけ」


 今は奇しくも、才斗と初めて出会った時と同じ構図だ。

 ボクを背中に庇いながら男と対峙する才斗。


 でも、今の才斗は電車の時と違う。


 何とか場を治めようと『まぁまぁ』と困り顔で相手を宥めていた時とは対照的に、険しい顔で闘志を剥き出しにしている。


「な、何だよ……。人数はこっちの方が多いんだぞ」


 対峙した男も、才斗の気迫に思わずたじろぐ。


「おい、お前飲み過ぎ……って、ん? あ! よく見たら君、動画でバズった、まぁまぁニキじゃ~ん」


「お、ホントだ! まぁまぁニキ君だ! 真打のご登場~!」

「まさかの王子様と、まぁまぁニキの揃い踏み~」


「おい、まだこのガキと話はついてな」

「まぁまぁまぁ」


 ボクの腕を掴んでいた男たちは不満そうにしていたが、外野の同僚たちはこれ幸いとばかりに、荒ぶる男を強引になだめて、一触即発だった空気を和ましにかかる。


 いくら酔っぱらっているとは言っても、流石に高校生相手に大人の自分達が公衆の面前でケンカなんてしたら、自分たちの方が失うものが大きいと気付いたのだろう。


 さっき、自分たちは有名企業勤めでどうのとか言ってたし。


「いや~、有名人に会えてお兄さんたち、ついはしゃいじゃってさ。ゴメンね~、邪魔しちゃって」


「あ、せっかくだから、最後にニキの生まぁまぁまぁが聞きたいな~」


 自分達で『最後に』と言っているように、ここで、才斗がリップサービス的に『まぁまぁまぁ』と言ってあげて、みな笑って、和んだ空気なのを見計らって『ありがとう、じゃあねバイバイ~』と和んだ空気の勢いを借りてサッサと退散したいのだろう。


 そうすれば、まだ荒ぶっている同僚の面目も立つ。

 才斗は聡いから、きっと彼らの意図を汲んで穏便に……。



「誰がするか」



「「「え?」」」


 吐き捨てるような、思いもかけない拒絶の言葉を才斗が口にして、サラリーマン達だけじゃなく、ボクまで呆けた声をあげてしまった。


「な、なんで? 才斗」


 思わず才斗に訊ねてしまう。

 才斗は、いつもボクや周りに弄られても、嫌々ながら応じてたじゃない。


 なのに、なんで相手が複数人の危ない状況で、そんな拒絶を……。

 才斗らしくないよ。




「大事な人に手を出されかけて、『まぁまぁ』なんてヘラヘラ出来るかよ」




 …………。


 え?


 だ………だだだだだだ、大事な人!?


 今、才斗、ボクの事を大事な人って……。



「行くぞ玲」


「う、うん……」



 いつもと違って強引な才斗に、ボクは素直にうなずいて着いていくしかなかった。


唖然とするサラリーマンたちを尻目に、ボクの腕を引っ張っていく才斗の横顔は真剣そのもので……。



『この人なら大丈夫かも』



そんな事を思いながら、ボクは才斗の横顔から目が離せなかった。


はい、完墜ちっと。

そして次回、第1章のフィナーレへ。


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― 新着の感想 ―
まあなんか、一人で完結してしまっているというか、いざ話してみたら、何だそんな事、って言われるような話の予感がする。王子様は考えすぎなんだよなあ。多分。 送られた多量の塩は湿気ないようにきちんと保管し…
玲には悪いけど、凛も充分ヒロインだと思うんじゃよ。 つまり、戦いはまだまだ君の勝利じゃ終わらせんのよ(ぉぃ
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