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第36話 何万トン相手に塩を送ろうが私は負けない

「涼音さん!」

「あ……九条君。来てくれたんだ……」


 玲のマンションへ辿り着くと、そこには憔悴した涼音さんが出迎えてくれた。


「それで、玲は?」


「この書置きが……」


 震える手で差し出されたメモ用紙には、



『探さないでください』



 とだけ書かれていた。


「スマホも家に置いたままで、あの子外に出ちゃったみたいで…・・。どうしよう、どうしよう、どうしよう……。こんな、家出みたいな事、今まで無かったのに。ど、ど……どうしたら」


 真っ青な顔で、いつになく取り乱す涼音さん。

 やはり、愛する娘の事となると平静ではいられない様子だ。


「落ち着いて涼音さん。玲とケンカでもしたんですか?」


「いえ、そんな事は……。ただ、九条君が玲ちゃんの事を心配してて、仲直りしたがってるみたいよって伝えただけなの。あの子は、黙って聞いてて部屋に戻っちゃって。しばらくして、気づいたら置手紙があったの」


 う~ん……。涼音さんの話を聞く限りだと、親子喧嘩をして衝動的に外に飛び出したって訳じゃないんだ。


「どこか玲が行く場所に心当たりは?」

「今、佐々木さんっていう、仲の良い子に連絡して、方々を当たって貰ってる所なんだけど、まだ連絡が無いの」


「解りました。俺も探してきます。必ず玲を無事に連れて帰りますから」


「ゴメンね九条君。き、気を付けてね」


 涼音さんの言葉を背に、俺は再び外へ繰り出していった。




◇◇◇◆◇◇◇




「しかし、闇雲に探しても見つかる訳はないよな」


玲のタワーマンションから出て、取り敢えず走りだしたはいいが、すっかり夜になってしまった空を見つめながら、俺は自問自答した。


 玲の捜索には、佐々木さん達、親衛隊の子達も動員されているみたいだ。


 だとしたら、玲の通う学校関係や、かつて通っていたフィギュアスケートクラブ絡みの場所や人の下を、佐々木さん達は捜索しているはず。


 ならば、そちらの旧知の方面は、佐々木さん達に任せておけばいい。


「となると、探すべきは俺に関わる場所か……」


 玲との仲はそんなに長い訳ではない。

 自ずと、玲と俺に関わる場所は限られてくる。


 だが、時間はそろそろ未成年者が一人で出歩いていては補導される時間になってしまう。


 そうではなくても、玲みたいな女の子が夜の街をウロウロしていたら、どんな危ない目に合うかわかったものではない。


 欲しかった。

今、玲がどこに居るのか確証が。


やむを得ない。ここは……。


 意を決して、俺は電話帳アプリを開いた。

 そして、とある連絡先を見つめる。



「うぐ……」



 ただの電話番号を見ただけで、胃液が上がってきて吐きそうだ……。

 だが、迷っている暇は。



「使うのですか? 才斗様」



「……っ!? いきなり背後から声掛けてこないでよ剛史兄ぃ! あと、その呼び方はやめてって、いつも言ってるだろ」


振り返ると、そこには担任の寝屋先生こと、剛史兄ぃが立っていた。


 なんで、ここに担任教師が? とか、こんな夜中に生徒が一人で街中をうろついている事への叱責が無い事も今更だ。


 剛史兄ぃがこの態度という事は、今の剛史兄ぃが、どういう立場で俺に接しているのか、自ずと解った。


「才斗様が九条としての力を使うならば、私の立場としてこの口調になるのはやむを得ないかと」


「他の生徒に見られたらどうすんのさ。担任の先生が生徒に敬語なんて使ってるのを見られでもしたら」

「既に人払いはしてますから、ご安心を」


確かに、気付いたら、雑踏にも関わらず周りに人がいない。


いや、実際には剛史兄ぃ以外の人員も配置されているはずなのだが、俺ではその気配が分からない。


「スマホでどこに助力を乞うつもりだったんですか?」

「それは……」


 お見通しの剛史兄ぃに、俺の決意が揺らぐ。


「お止しなさい。その力に頼ったらどうなるのか、知らない才斗様ではないでしょう?」


「でも、玲の居場所を今すぐ知るにはこれしか……」


「今の才斗様は、いささか冷静さを欠いて視野狭窄に陥っているかと。そんなに、あの王子様が大事なのですか?」


「……情に流されるなって言いたいのか」


思わず、澄まし顔の剛史兄ぃに食って掛かってしまう。


「いいえ。ただ、適切な場面ではない所で、要らぬカードを切るなとの助言ですよ」


「でも、玲の事を早く見付けないと!」


「大丈夫です。まもなく届きます。若僧の割には、案外動けるようで……。あの家は経営者としては2.5流ですが、従者には恵まれたようですね。あの家の家格でアレが雇えたのは奇跡でしょう」


「……意味が解らないんだけど?」


「おっと、到着したようです。それでは私はこれで」

「え。いや、勝手に出てきて訳わからんことだけ言って帰るなよ剛史に」


「あ、才斗いた! お~い!」

「って凛柰!? と、草鹿さんも」


 剛史兄ぃが消えると同時に、凛柰たちがこちらに駆けてきた。


「ヘタレ王子が家出したんでしょ? 私も協力する」


「いや、それよりも何で俺がここに居るのが解ったの?」


「へ? そ、それは……ええと、ええと……」

「メイドの力にございますよ九条様」


ああ、メイドの力ね。納得。

 草鹿さんが言うなら、そうなんだろう。


「そんな事よりも九条様。先程まで、誰か他の人間がおりましたか?」


「え? あ、いや……別に」

「そうですか……。同種の人間がいた臭いがしましたもので」


 犬のように鼻をクンクンさせる草鹿さんは、珍しく神妙な顔つきをして、さっきまで剛史兄ぃがいた方へ鋭い視線を送っている。


 ああ……。剛史兄ぃがさっき言ってた、若造がどうとか言ってたのは、草鹿さんの事を指していたのか。


「そんな事よりも才斗。ヘタレ王子を探してるんでしょ?」

「ああ」


「……分かった。才斗とヘタレ王子が初めて出会った場所。そこに向かいなさい」


「え? いや、何でそこに玲がいるって凛奈は」


「いいからさっさと行きなさい! もう時間ないでしょ!」

「いてぇ! わ、わかった。ありがとう凛奈!」


 迷いを断ち切らせるように、凛奈にケツを叩かれた。


「よく、私が調べた成果で、あそこまでドヤ顔できましたね、凛奈お嬢様。負けヒロイン臭がプンプンします」


「じゅ、従者の手柄は主人の私の物でしょ。っていうか、私はあのヘタレ王子への借りを返しただけよ。それに、何万トン相手に塩を送ろうが私は負けないんだから」


 ヤンヤヤンヤとかしましい主人とメイドを背後に、俺は夜のとばりが下りた街を駆け出した。


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― 新着の感想 ―
おや、親の秘密の一端が…… 出会ったのって、電車の中じゃあないのかなあ。忘れてしまっているかも。 有能な従者って、その力を自分のために使わないのはなんでなのかなあと思ったりもする。
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