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第35話 羨ましいですね

「この度は、誠に申し訳ありませんでした」


 冒頭は謝罪の言葉で始まった。




(この人は、どういう気持ちで今、頭を下げているのだろう?)




 椅子に深々と座っている高校生のガキの俺に対し、椅子の横に立ち、俺に頭頂部を曝す形で腰を折って謝罪する老齢に差し掛かった男性。


 ご苦労が偲ばれる頭頂部をあまりジロジロ見たくなかった俺は、次に隣にいる男性の方に目線を移す。


 隣にいる老齢の男性とは対照的に、首をかしげる程度の浅いお辞儀をしている20代の男性は、小刻みに身体を揺らしている。


 まるで不本意が身体から漏れ出ているようだ。


「うちの息子が勝手に動画を上げてしまいまして……。取り返しのつかない事をしてしまいました」


「頭を上げて席に座ってください阿子木(あこぎ)さん。謝罪については受け入れました。才斗君もそれでいいわね?」

「はい、涼音さん」


 俺は隣に座る涼音さんに同意を返す。

 涼音さんも長々と今更、謝罪の言葉を聞きたくなかったようだ。


 今、俺と涼音さんは、とあるホテルのラウンジカフェにいる。


 集まった目的は、例のまぁまぁニキ動画をこちらの同意なく勝手にネットにアップロードした事に対し、やらかした側から謝罪を受けるためだ。


「ただし、賠償については、先に弁護士から請求した通りです。当方が今回の謝罪を受けて、賠償条件に関してそちらに温情を掛けたりはいたしません」


「はい。それはもう……」


 涼音さんが、柔らかくも気丈な態度で返すのを、父親が額の汗をハンカチで拭きながら肯定する。


「謝ったのに変わんねぇのかよ……。じゃあ頭下げ損じゃん」


 ボソッと放った言葉だが、緊張感という静寂に支配された空間では、バッチリこの場にいる人たちに聴こえてしまっている。


じん! も、申し訳ありません! うちの愚息が……」


 バカ息子の迅“君”の失言に、隣にいるお父さんが青くなる。


 俺より10歳くらいは年上だろうし、格好こそスーツを着ているが、悪意味で幼さが残る顔立ちだ。



「大丈夫ですよ。そこは期待してないですから」



 元より、自分のやった行いに対して自分で責任をとれないで、親を伴って……というか親に連れてこられた人なのだ


 俺は、『子供のすることだから』と甘く見ることにした。


「は?」


 だが、迅君の方は気に入らなかった様子で、解りやすく苛立ち、俺の方を睨みつける。


 高校生のガキに上から目線で言われたのが気に食わなかったのだろうが、顔にすぐ出ちゃう所が、やっぱり君は迅君だな。


「それでは本日の目的の、阿子木さん側からの謝罪は終わりましたので、これで失礼させていただきます」


 ピリついた空気の中を物ともせず、涼音さんがこの場を畳みにかける。


 これ以上、不快な言動を耳に入れたくないのだろう。


「は、はい。申し訳ありませんでした。賠償はきちんと行いますので」


 お父さんの方もその意図を察して、早急にバカ息子の迅君の腕をとり、とっとと退場しようとした。


 しかし。


「それにしても、あの王子様の母親が女優の星名カノンだとはね~。本名は涼音って言うんだ。ダチに話しちゃおっかな~」


「「…………っ!?」」


 あまりにあんまりなバカ息子の態度に、思わずその場の彼以外の一同は絶句する。


「ま、まぁ、流石に俺もその辺、常識はわきまえてるからさ。このことは秘密にしとくから大丈夫だよ」


 皆が険しい顔で黙ったのでヤバいと思ったのか、迅君は慌ててヘラヘラしながら、全然大丈夫じゃない事を言い出した。


 こいつ、マジかよ……。


「あなたね……。って、才斗君?」

「まぁまぁ涼音さん、ここは俺が」


 またしても飛び出したバカ息子の迅君の失言に、流石の涼音さんも眉間にわずかに皺がより、不快感を露わにしかけたのを俺は制し前面に出て、迅君と相対する。


「おー、久しぶりの生まぁまぁだな。電車の中以来だ」


 相手が高校生である手前、仮にも謝罪する側の俺に対してため口なのを、もはや怒る気にもなれん。


 きっとこの人は、大人だけれど、色々と周囲に呆れられ、諦められてきたんだろう。



「こうして親に頭を下げてもらえるのは羨ましいですね」



 そう言うと、俺は迅君の横で震えながら無言で腰を90°に曲げているお父さんの方に目線を移す。



「……チッ」



 俺の言葉を嫌味だと感じたのか、迅君は踵を返してカフェを後にしていった。


 何度もこちらに振り返りざまにペコペコと頭を下げながら去っていく父親を残して。




◇◇◇◆◇◇◇




「お疲れ様、才斗君」

「こちらこそお疲れさまでした。涼音さんは大丈夫ですか?」


「私は平気よ。芸能界にも、ああいう理解しがたい人間って言うのは一定数いるから」


 何てことは無いと笑う涼音さん。

 芸能界ってこえぇ。


「でも、才斗君の最後の言葉は、あのバカ息子君にも響いたんじゃないかな。最高に皮肉が効いてたから」


「あれは煽りのつもりじゃなくて、俺の本心でもあったんですけどね」


 確かに、迅君の怒りようを見るに、『いい歳して親に頭を下げさせて恥ずかしくないのか?』 という嫌味と捉えられたのだろう。


 だが俺の発言意図はまるで違う。


子供のために自分の頭を下げる親の姿というのは、とても一本気が通っていて格好いいと思った。


 俺の親なんて……。


「才斗君」

「何です? 涼音さ……ムギュッ!?」


 呼び止められて足を止めると同時に、顔に柔らかな感触が……。


「そんな捨てられた子犬みたいな顔しないの」

「……してないですよ」


「してました」


 俺の否定の言葉は、胸元に俺の顔を抱き込む涼音さんに無視される。


 ふわ……良い匂いと柔らかい。


 何だろう……安心する。


「大丈夫よ才斗君。玲ちゃんと才斗君が結婚したら、私が才斗君のお母さんになってあげられるからね」

「……いや、結婚って俺まだ高校生ですよ」


「そう、才斗君は高校生よ。ただのね」


「ただの……」


 そこを強調してくれたのは、きっと俺の素性を知る涼音さんだからこそだろう。

 俺が、何より望んでいるものだから。


「そうよ。だから、周りの大人を頼っていいんだからね」


 涼音さんの胸の中で頭をそっと撫でられる。

 くすぐったくて心地よい感触に、思わず目が潤んでしまうのを感じた。


「ありがとうございます涼音さん」

「元気出た?」


「はい」


 これ以上くっついていると、この人から離れられなくなる。


 そんな気がしたので、俺は意識的に涼音さんの胸の内から離れた。


「こういう時に、甘い言葉に溺れないのが才斗君だよね」

「なんですか、今の罠だったんですか?」


 あぶねぇな。

 よくぞ我慢したぞ俺。偉いぞ俺。


「ふふふっ。ドキドキした?」


「……っていうか、女優の星名カノンが白昼堂々に男子高校生を抱きしめてるのを週刊誌の記者にでも撮られたら大事ですよ」


「その時は、玲ちゃんと一緒に私ごと貰ってもらっちゃおうかな~」

「からかわないでくださいよ」


 ちょっと反撃してみたけど、ダメだった。

 今回は俺の負けだ。


「さっきの話し合いで少し感情が出ちゃってたのは、玲ちゃんとケンカしちゃったから?」

「ケンカじゃないです。あれは、俺たちが一方的に悪いんです……」


「玲ちゃんも、何かあると直ぐに自分の殻に閉じこもっちゃう子だからね。でも、才斗君と出会ってから変わってきてると思う。だから、娘のこと、よろしくお願いします」


「お母さんですね」

「そうよ。玲ちゃんを墜とせたら、ついでにこんな義理の母がついてくるんですからね」


魅力的な特典ですが、それ玲の前で絶対言わないでくれよと思いながら、俺は義母候補と別れた。




◇◇◇◆◇◇◇




「玲は、何だかんだ周りの皆から愛されてるんだよな」


 自宅に帰り、ベッドに寝転がり天井を見上げながら、俺は独り言ちた。


 佐々木さんに、お母さんの涼音さんは玲の優しさを誇りに思ってくれている。

そして凛奈だって、内心では気の置けない相手と思っているようだし。


 そんな玲だからこそ、俺も玲と友達になったんだ。


「その想いを、きちんと玲にぶつければいいんだよな」


 涼音さんに勇気づけられたこともあり、俺の心は軽くなった気分だった。

 この間は、仲直りしなくちゃという思いが、固さとして出てしまっていたんだと思う。



「けど、玲はなんであのケガの事をあんなに隠したがったんだろう?」



 ふと、湧いた疑問。


 氷花ちゃんを助けたが故に負ったキズなのに、なぜ俺たちの縁まで切ろうとしたのか?

 キズを負った理由を聞けば、誰しも玲のことを讃えるだろう。


 そうすると、ますます分からない。


 人に誇れる美談を持つ玲が、あんな風に『俺にだけは知られたくなかった』と涙した理由が……。



「まぁ、それも本人に聞けば解かるか。よし、明日の月曜日の朝は早く起きて、玲の家に迎えに行こう」


 何だか短絡的と言われるかもだけど、まぁまぁ、いいじゃないか。


 気持ちを率直に伝える事に対する高揚感で、今はちょっと調子に乗ってるんだ俺は。



(ピピピッ♪)



 そんな決心をした所でスマホが鳴った。


 画面に表示されたのは、先ほど俺をおちょくってくれた、未来の義母候補に名乗りを上げた涼音さんだった。


 ちょうどいい。


「どうもお義母(かあ)さん。先ほどは、どうもお疲れさまでした。それで一つ相談なんですが、明日の朝に早めにそちらに伺わせていただきたいんです」


さっきのお返しとばかりに、俺は何気なくお義母(かあ)さん呼びをしながら、電話に出た。


 これで、涼音さんをあたふたさせて……。


 あれ?


「涼音さん?」


 むこうから電話を掛けてきたのに、涼音さんは何も声を発しない。

 電波の調子が悪いのか?



「くじょ……くん……れいが……」


「玲がどうしたんです?」





「九条君……。玲ちゃんが家を出て行っちゃった……」





 スマホの向こう側から聞こえた、ふりしぼるように発した弱々しい涼音さんの声に、俺はスマホだけを握りしめて家を飛び出していた。


 空は、すでに暗くなり始めていた。


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― 新着の感想 ―
彼の親子関係については、匂わせだけで語られてませんからねえ。母性に絆されるのにも理由があるのでしょう。 嫁選びの重要な要件に、義母との相性が出てきたりw
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