第33話 ボク……ボクは……
「玲……?」
「才斗!? と……、凛奈ちゃん」
事前に伝えたら玲の事だから逃げる事も想定して、アポなしで校門前で待っていた俺たちに、玲がまず驚きを示す。
俺と凛奈も、玲が何故、また男っぽい格好をしているのか気になったが、まずは開口一番は謝罪の言葉が良いかと思い、早々に主題に話を進める。
「急にきてゴメンね玲。今日は、凛奈が玲に用事があって来たんだ」
そう言って、横に居る凛奈に目で促す。
「星名さん。この間は私が取った軽率な行動のせいで、貴女に大変不快な思いをさせてしまいました。本当にごめんなさい」
いつもの茶化す感じとは打って変わり、凛奈が令嬢然とした丁寧な謝罪の言葉を口にして頭を下げる。
呼び方も、親衛隊の子たちが周りにいる手前か、流石に凛奈も場を弁えて、いつものヘタレ王子ではなく、玲の苗字で呼んでいる。
「俺もゴメン。あの時は、玲がアスレチックで負ったキズの消毒をすぐにしなきゃと思って凛奈を止めなかったから」
凛奈の謝罪に合わせて、俺も頭を下げる。
「…………」
謝罪に対して何かしらのリアクションがあるかと思ったが、玲は無言であった。
頭を下げ続けるのも、公衆の面前で目立ちすぎるので俺も凛奈も頭を上げるが、玲は押し黙ったままだ。
この場の空間だけ、まるで時の歩みがスローになっているかのような錯覚を覚えるほど、重苦しい空気が場を支配する。
「……別にいいよ。気にしてない」
沈黙を破ったのは玲だった。
言葉の意味だけなら、謝罪の言葉を受け入れる意味だ。
だが、玲がこの言葉を吐いた時の表情はいつもの分かりやすく感情が乗ったものではなく、何を考えているのか解らないもので、正直困惑する。
「そ、そうか? 謝罪を受け入れてくれてありがとう。凛奈が玲に仲直りのために渡したい物があるんだ」
とはいえ、話を先に進ませないと何も始まらないという事で、俺は強烈な違和感に蓋をした。
「用件はそれだけ? じゃあボクはこれで」
そう言って、玲は俺の言葉を無視して、早々にその場を立ち去ろうとする。
「れ……、玲? ちょっと待っ」
「それって、別に私たちの事なんて、どうでもいいって意味? クソ王子」
「って、おい凛奈!?」
折角、俺の方から上手く凛奈がお詫びの品を渡して、仲直りする流れに乗せたのに、何でケンカ腰なんだよ!?
っていうか、猫を被ってたのに速攻で剝がしすぎだろ!
ここは叡桜女子高の正門前で、周りには親衛隊の取り巻きの子たちがいる。
そんなドアウェイな場所で、そんな呼び方をしたら。
「冒頭に謝ったからって、それはないんじゃないの凛奈ちゃん……」
あ、玲、キレてる。
一先ず玲の足を止める効果はあったので、結果ヨシである。
ただ、その代償として親衛隊の女の子たちから、射殺さんばかりの厳しい視線が、凛奈と俺に注がれてるけど。
こえぇ……。
「2人とも、まぁまぁまぁ」
「私だって、さっきまでは素直に謝ろうと思ってたわよ。でも、ヘタレ王子がそんな投げやりな態度なら話は別よ」
伝家の宝刀『まぁまぁまぁ』を抜いたが、凛奈は無視して話を続ける。
やっぱり全然事態を動かしたい際には使えねぇな、ちくしょう。
「今回は別にボクは悪くないでしょ……。誰と人間関係を築いていくかは、ボクの自由だよ」
「それは、もう俺達とは関わり合いたくないって事なのか?」
「……うん、そうだよ。才斗」
正直ショックだった。
あんなにくっついて来ていた玲なのだから、直接会って謝ればどうにかなると、心のどこかですぐ仲直りできるだろうと楽観視していた自分を恥じた。
そして、俺たちはそこまで彼女を傷つけてしまう事をしてしまったのだという罪悪感が更に胸に重くのしかかる
「ふ~ん……。じゃあ、このまま才斗を私に獲られてもいいんだ?」
「……っ!?」
「お、おい凛奈!? こんな時に……」
「学校も違うヘタレ王子と、隣の席の私。唯一の繋がりを自分から切っちゃったら、どうなるんだろう~?」
っと、そういう事か。
凛奈は玲を挑発しているんだ。
怒らせてでも引き止めて、玲に感情を出させる。
……ってことだよな凛奈? あえて憎まれ役を買って出てくれてるんだよな?
そういう事にして、俺も凛奈が作ってくれた流れに乗っかる。
「なぁ、玲。俺たちって、本来なら話すことしかない間柄だったよな。学校も違うし、女の子の取り巻きがたくさんいる王子様なんて、あの電車でのトラブルが無ければ一切無かっただろうな」
「…………」
凛奈のムチと対を為す飴のように、ゆっくりと玲に語りかける。
「でも、その後も妙に馬が合って、こうして仲良くなった。そりゃ、色々な事があったよ。ネットで動画が上げられちゃったりとか。でも、そういうマイナスな出来事も、玲と一緒だったから大した事とは思わなかった」
「才斗……」
「だからさ……。このまま、お別れなんて寂しい事言わないでくれよ」
これは、まぎれも無い俺の本心だ。
ここ最近は周りで色々とあっただ、全ては、あの電車で玲を助けた所から始まった。
でも、俺は玲を助けたことに微塵も後悔なんてない。
両親の耳に入っても構わない。
俺は、俺の信じた正義に従ったのだから。
「才斗……ボク……ボクは……」
うつむいた玲が肩を震わせる。
俺の偽らざる想いが届いたのだろうか。
なんか、思った以上に劇的で芝居がかった感じになったが、これで……。
「だからこそ、ボクは君にだけは知られたくなかったんだ……。だから、ゴメン」
顔を上げた玲は、大粒の涙をこぼしていた。
なんで……。
なんで玲が謝るんだよ!
「サヨナラ……」
「あ……。ちょっと待って玲!」
こちらにクルッと背を向け駆け出した玲を慌てて追いかけようとする。
玲もパンツタイプの格好のためか走るのが速い。
直ぐに追いかけなきゃ!
「お引き取りを……」
「あとは親衛隊の我らが」
が、しかし玲の親衛隊の子達に行く手を阻まれてしまう。
親衛隊の子たちの内、何人かが玲の方へ追いかけていくのが人垣の隙間からチラッと見えた。
これでは、例え玲に追いついても、もう話はできないだろう。
なんでだ?
何が悪かった?
どこで間違った?
グルグルと頭の中を疑問符が回り続け、混乱する。
「皆、静まりなさい。どうも、九条さん」
「あ……佐々木さん」
殺気立つ他の親衛隊の子たちと混乱する俺の前に、玲の親衛隊隊長の佐々木さんが歩み出て、場が落ち着く。
しかし、この子は俺を目の敵にしていたし、『今後一切、例には関わるな』とでも言われるのだろうか。
俺は俄かに身体に力が入り、身構える。
「玲様の事について、お話します。ついて来てください」
「……え? は、はい」
予想外にも、佐々木さんの言葉は柔らかな物だった。