第31話 間違った俺たち
「遅い~、才斗」
「悪い悪い。ちょっと不審者にからまれちゃって」
アスレチックフィールドに戻ると、玲と凛奈がベンチに座って日向ぼっこをしていた。
「不審者!? だ、大丈夫なの才斗!?」
「ああ、大丈夫だ。ちょっと休日出勤しているメイドさんに出くわしただけだ」
そう言いながら、俺は凛奈へ恨みがましい目線を送るが、凛奈は素知らぬ顔だ。
「あら、でもおかげで問題は解決したんじゃない?」
「ああ。主人に似て、愉快な性格のメイドさんだったよ。よろしく伝えておいてくれ」
「休日出勤のメイドさん? どういうこと?」
俺と凛奈の水面下の蹴り合いの中、玲だけは話についていけていない様子だが、俺もげっそり疲れているので、玲に説明している余裕がない。
「じゃあ、はい、これ」
「ああ、伊緒からのね」
そうだよ。
お前の所のメイドが、俺を辱めた後に渡してきた物だよ。
「……!?」
「どした?」
紙袋の中を覗き込んだ凛奈が、突然固まったので声をかける。
「あの子ったら、また派手なのを……。あ、これヘタレ王子の分もあるわね」
「そうなの? って、これは……。ちょっと流石に……」
下着の入った紙袋の中を覗き込んだ2人が赤面している。
凛奈のリアクションを見るに、下着のチョイスはどうやら草鹿さんの独断のようで、主人の凛奈にとっても想定外だったようだ。
あのメイドさんにとっては、自身の主人までからかいの対象なのかよ。恐ろしい人だ。
主従関係どうなってんだ?
「才斗って、こういう下着をボクに着てほしいって思ってるの? だったらボクは頑張るけど……」
モジモジしながら玲が紙袋から中身を少し覗かせる。
「ちょ!? 見せなくていいから玲! 周りに子供も大勢いるんだし!」
新緑の爽やかな森の中に似つかわしくない、真紅の布がチラリと見えて、俺は慌てて隠すように玲を止める。
あのメイドめ、なんつう物を俺に渡させるんだ!
「そういう事なら、一応、俺が買ってきた下着もあるけど……」
「え! こっちが才斗の買ってきてくれた方なの? 先に言ってよ!」
俺が差し出した正直地味なコンビニ下着を、玲がひったくる。
「サイズってこれで大丈夫かな?」
「うん! ワ~イ、今日は才斗から2つもプレゼントもらって嬉しいな~」
玲は、コンビニ下着を胸に大事そうに抱いて、ピョンピョンその場で飛び跳ねて喜んでいる。
こんなに喜んでくれるなら、生き恥をさらした甲斐があったというものだ。
っていうか、相変わらず軍手はプレゼントカテゴリに入れられてるのな。
「あの、才斗……。私も、そっちの下着がいいんだけど」
「ん? 凛奈は有能なメイドさんが持ってきた下着があるだろうが」
おずおずと言いにくそうにおねだりする凛奈を、俺は容赦なくバッサリと切り捨てる。
「そんな意地悪言わないでよ才斗ぉ~。からかったのは謝るからぁ……」
「どうしよっかな~」
「才斗ぉ……」
蚊の鳴くような声で懇願する凛奈に、珍しい俺の隠れていたドS気質が発動。
これは、あのドSメイドさんの空気に引っ張られているからに違いない。
主犯はメイドの草鹿さんだが、メイドの不手際は主人の凛奈にも責任があるからな。
「や~い。凛奈ちゃんだけ才斗からのプレゼント貰えないでやんの~。諦めて、そのエッチな下着履いて帰ったら?」
「う、うっさい! ヘタレ王子! こんな下着としての用を為してない物、履けるわけないでしょ!」
日頃、凛奈にやり込まれがちな玲が、ここぞとばかりに調子に乗る。
しかし、草鹿さんは一体どんな下着を主の凛奈に渡したんだ……。
「って、あれ? 玲。タイツが破けて血が出てるぞ」
「え?」
凛奈の周りを、調子に乗ってピョンピョン飛び跳ねている玲の脛の内側あたりをよく見ると、黒タイツからわずかに白い肌が覗いていて、わずかに血がにじんでいる。
「あれ、ホントだ。今まで気づかなかった」
足を捻らないと見えない箇所だったので、玲も今気づいたようだ。
「池に落ちた時にキズつけたのかな。早く消毒しないと」
「え? い、いいよ、これくらいのキズ……」
てっきり大騒ぎしたり、ケガしたのをいい事に俺にいつも以上に甘えてくるかと思ったが、予想に反して、玲は歯切れが悪くキズを隠す。
「池の水なんだから、直ぐに殺菌しないとダメだぞ玲。こうなったら、俺がまたひとっ走りコンビニに」
「ふふふっ……。これ、な~んだ? 才斗」
さっきまで、生殺与奪の権を俺に握られて絶望顔をしていた凛奈の目に、光が宿っている。
「そ、それは消毒液!」
「ふふふっ。形勢逆転ね」
どうやらド派手下着の入っていた紙袋の中に、キズの消毒液が入っていたようだ。
草鹿さんめ……、こうなる事を予測していたのか?
人をからかう事しか能のない人だと思っていたが、メイドとしては案外有能なんだな。
「ちっ……、分かったよ」
「交換成立ね」
俺は仕方なく、渡すのを渋っていたコンビニ下着を凛奈に渡し、かわりに消毒液を受け取る。
まぁ、凛奈に買ってきた下着を渡さない云々は冗談で、最終的には渡すつもりではあったんだけどな。俺が持ってても仕方ないし。
「じゃあ、消毒するからレギンス脱げ玲」
「だ、だからいいってば……」
「ダメだぞ玲。ちゃんときれいな水で傷口を洗浄して消毒もしとかないと」
「でも……」
「もう、何をグズグズしてんのよヘタレ王子。ほら、さっさとレギンス脱ぎなさい」
「ちょ! やめて、凛奈ちゃん!」
何故か消毒をされるのを玲が躊躇しているのを見かねて、凛奈が加勢しに来る。
「どうせ、愚図れば才斗にレギンスを脱がせてもらえるとか思ったんでしょ? スケベ王子め。そうはいかないんだから」
嫌がって逃げようとする玲を、凛奈は強引につかみ、レギンスを引きはがしにかかる。
普段なら凛奈を止める所だが、早急に消毒することは玲のためでもあるので、俺はそのまま静観した。
「ちょっと破れ、あっ!」
レギンスを脱がされまいと、必死に腰の辺りを掴んで死守していた玲と、脱がそうと足首の裾辺りを引っ張る凛奈の力が拮抗した結果、その力の逃げ場は、玲がキズを負って破れていた部分に集中した。
その結果、レギンス大きな裂け目を作ってしまう。
「……え?」
「玲……。そのキズ……」
俺の目にも映ったそれは、明らかに先ほどアスレチックで擦りむいたものではない、大きな傷跡だった。
「あ……ボク、帰るね!」
そう言って、玲は止める間もなく破れたレギンスのまま走って行ってしまった。
ただただ間違った、俺と凛奈を残して。
さぁ、第1章の「転」です。
才斗と王子様の「結」はどうなるのか、見守ってやってください。