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第3話 会議は踊るされど

「九条才斗です」

「入りなさい」


 校長室のドアをノックすると、すぐに返事があったのでドアを開ける。


 校長室なんて高校入学以来初めて入った。


「あ、寝屋(ねや)先生だ」


 っていうか、校長室へ来いということだから、てっきり校長だけが居るのかと思ったけど、校長室の中にはクラス担任の寝屋(ねや)剛史(つよし)先生もいた。



(カチャリッ)



 後ろで、校長室のドアのカギが閉まる音が聞こえる。

 振り返ると、普段は式典でしか見かけない教頭先生が校長室の入口のカギを閉めていた


 なんだ? そんな内密にしなきゃいけない話か?


「九条君、率直に聞こう。今朝、君は駅で警察沙汰を起こしたそうだね?」

「まぁ、警察に話は聞かれましたね、はい」


 なんだ。

 やっぱり、今朝の電車でケンカの仲裁に入った件の話か。


 校長室に急に呼び出される理由はそれしか思いつかなかったしな。


 もしかして、やっぱり正当な遅刻の理由という事で、遅刻にはカウントされないよという話かしら?


「で、何をしたんだ?」


「ああ、それは」


「今朝、学校の最寄り駅のホームで、九条君が警察に事情聴取されているのを、複数の生徒が目撃しているんだ」


 説明しようとするが、教頭が間髪入れず言葉を差し込んでくる。


「正直に言って欲しい。痴漢か盗撮、どちらかね?」




「…………はい?」


 校長が、真剣な眼差しでこちらを見てくる。


 その圧に押され、俺も思わず二の句を告げられずにいる。



「我が校も、それなりの規模と生徒数だからね……。何年かに1人は、そういう趣味やへきを持っている輩が輩出されているんだ。だから、こういった生徒への対応は心得ているつもりだ」


 そして、言葉とは裏腹に机の上に乗せた指がカタカタ震えている校長。

その目は、くすんでいた。


「相手と示談は済んだのかね? 係争の場合は、学校を休学扱いにすることも出来るよ」


「いや、違いますって! 車内暴力事件がありまして……。って、こんな事してる場合じゃない。もうすぐ午後の授業が始まりますよ」


「今は、君の犯した罪について、腹を割って話すことが最優先だ! 学校として何ができるのか、一緒に考えよう」


「そうだぞ。こんな防ぎようのない生徒の性衝動のせいで、私の教育委員会での出世の道が閉ざされてたまるか!」


「いや、本音出ちゃってるじゃないですか校長。っていうか、何でさっきから俺が罪を犯した前提になってるんです!? 俺は電車内で暴行に合っていた男子高校生を助けただけで」


「そんな、三文Webマンガの冒頭みたいな事をする奴がいる訳ないだろ! いいから、正直に言うんだ!」

「九条君……こんな時に、腹を割って話せないほど、私と君の関係は薄弱だったかな?」


いや、校長と直接話したのは今日が初めてです。

と言いたいところだが、校長と教頭は目がマジである。


これは、ガチで存在しない記憶が校長たちの脳内で捏造されていそうでゾッとする。


「っていうか、寝屋先生には遅刻した時に説明したでしょ? なんか援護してくださいよ」


「ブフッ! いや、俺も九条からの主張しか聞いてないから」

「おい担任!?」


 この野郎。


 寝屋先生の奴、校長と教頭がおかしくなってるのが面白くて、傍観を決め込んでやがるな。


 そうだった、この人はこういう奴なんだった。

 これは自分で何とか説明するしかない。


「だから、こっちは最初から正直に言ってるんですってば! 疑わしいなら警察に確認をしてください」


「警察なんかに聞いて決定的な事実を知ったらどうする! そんなの聞いたら私は寝込むぞ!」


 職責と自己保身の狭間で揺れ動き、精神的に不安定なおっさん達は、その後も俺の話を信じずに、話は堂々巡りをするのであった。


 こういうの何て言うんだっけ? 会議は踊る、されど進まずか?


 いや、違うな。


 ただの時間の無駄だ。


 こうして俺の午後の授業は5時間目も6時間目も吹き飛んだ。




◇◇◇◆◇◇◇




「いや~、校長と教頭の醜態が見れて楽しかったな」


「寝屋先生って本当に役立たずですよね」



 あの後、何度も何度も俺が同じ説明をして、ひと先ずは俺の話を信じてみるかという感じで終わったが、校長と教頭の顔には俺への疑いの表情があからさまに残っていた。


 その間、笑いをこらえながら校長と教頭に相槌を打つだけの寝屋先生は、マジで無能だった。


 嫌味の一つも投げつけたくなる。


「教師だってサラリーマンだからな。上の主張に黙って従う悲しき歯車さ」


「いや、あれは単に面白がってただけでしょ」


「そう言うな。影で、校長たちが親御さんへ連絡をしようとしてたのだけは、何とか阻止してやったんだぞ」

「それは……ありがとうございます」


 無能とか言ってごめんなさい寝屋先生。


「良いってことよ。一応、俺はお前の日本での保護者代わりでもあるからな」

「頭クシャクシャするなよ剛史兄ぃ。髪型が崩れる」


「お、なんだ思春期か? 学校では寝屋先生って呼べって言ってるだろ」


 担任の先生であり従兄である剛史兄ぃは、俺の苦情は無視してそのまま頭をわしゃわしゃするが、俺の方も抵抗はせずにされるがままにする。


 今回、親への連絡を阻止してくれたことを恩義に感じているだけではない。


 剛史兄ぃは、俺と両親(あの人たち)との適切な距離が取れるように奔走してくれた人なのだから。


「しかし、才斗が人助けか。優等生の血が騒いだか?」

「そんなの、もう無いよ」


「けど、気をつけろよ。お前に何かがあったら、心配する奴もいるんだからな」

「心配って剛史兄……寝屋先生も?」


「そりゃそうだ。担任クラスの生徒がトラブルに巻き込まれると、対応の仕事が増えて面倒くさいんだよ。せっかく進学校勤務なんだから、夜回り先生みたいなのは御免被る」

「そういうの、教師の立場の人が生徒に言うのはどうかと思うよ」


「西野も内心では、かなり心配してたみたいだぞ。才斗が連絡もなく遅刻してたから、どうしたのかって俺に聞きに来てたからな」

「凛奈が? そうなんだ……」


 凛奈の奴、からかったり飄々としてたけど影で心配してくれてたんだな。


「モテる男はつらいな。んで、実際2人はもう付き合ってんのか? ん?」


「じゃあ、寝屋先生さようなら」


 いくら恩義がある従兄といっても、そういう話を担任の先生とはしたくないので、俺はとっとと退散することにした。




◇◇◇◆◇◇◇



「はぁ~、今日は疲れた」


 自宅のワンルームマンションに着くや否や、制服の上着も脱がずにベッドの上に身を投げ出す。


 今日は、朝から暴行事件に巻き込まれるは、校長と教頭に詰められるはで1日にイベントが盛りだくさんだった。


「ああ、そういや凛奈に連絡しとくか」


 結局、5、6時間目の授業もブッチした状態になっちまったからな。

 さすがに何かあったのかと心配しているはずだ。


 ついでに、今朝俺が遅刻した時に実は俺の事を心配してくれてた事をからかってやろう。



 そう思って、スマホを手に取ると。



(ピピピッ♪)



 タイミングよく、スマホの通話音が鳴った。


「電話? 知らない番号だな。いつもみたい無視し……。いや、末尾110!? 警察からの電話だこれ!」


俺は、あわててベッドの上で正座する。


 別にビデオ通話じゃないからこちらの姿は向こうからは見えないが、国家権力が相手という事態に、つい居住まいを正してしまうのは我ながら小心者である。


「は、はい。九条です」


『あ、九条さんですね。私、南警察署生活安全課の田所と申します』


 電話してきたのは、やはり警察の人だった。


 あれ、でも生活安全課?

 こういう、街のケンカって地域課とか町の交番が担当なんじゃないの?


『今回、暴行をしたのが未成年だったので、生活安全課の方で担当しています』

「ああ、なるほど」


 ニッカポッカの兄ちゃん、ガキっぽいとは思ってたが、未成年だったのか。

 ってことは、俺や玲君と同い年くらいなのだろうか。


『それで今一度、当時の状況についてなのですが~』


 その後は、電話で事情聴取の時と同じ質問が再度繰り返された。

 特に新たに思い出すことも無く、滞りなく話は終わった。


『あ、最後なんですが、被害者側が是非お礼の電話をしたいという事で、九条さんの連絡先を教えてほしいと仰ってるんですが』

「え、そんな、いいですよ。わざわざ御礼なんて」


 わざわざ被害者側から御礼をと聞いて、反射的に俺はそれを固辞する。


『いや、実はかなり強めにお願いされてましてね。是非にと言われてまして』

「はぁ……。まぁ、そういう事でしたら分かりました。どうぞ伝えてください」


 こういう時に、お礼を受け入れるのも礼儀かと思い直して、俺は連絡先を被害者側に教えることを了承した。


『それでは、私はこれで。また何かありましたら連絡いたします』

「はい。お疲れさまでした」


 そう言って、電話は切れた。


 ふぅ。

 別に自分が悪い事をしたわけじゃないけど、警察の人と話をするのって何か緊張する。


「あ、しまった! 警察から電話が来たなら、事の顛末を校長たちに説明してもらうよう頼めばよかったんだ!」


 警察から学校へ電話が来たなら、完全に校長たちからの俺への疑いが晴れる。


 けど、生活安全課で未成年がらみの事件だし、警察はそこまでしてくれないのかな?

 いや、聞くだけ聞いてみる価値はある。


 確か、田所さんだったか?


 折り返しの電話で聞いてみよう。

 そう思い立った俺は、スマホを手に取ると。


「ん、通話? って、凛奈からか。おう、凛奈。今日は、午後悪かったな」


 早く、警察に折り返ししたいのに。


 まぁ、でも凛奈は凛奈で心配してくれただろうしな。

 それに、こちらには剛史兄ぃから貰ったからかいのネタもあるんだ。


『才斗、あなた何のんきにしてるの!』

「開口一番にご挨拶だな。どうした? 午後の授業に俺が居なくて寂しかったのか?」


『その様子だと、まだ気づいてないみたいね……。早く『まぁまぁニキ』でネット検索してみなさい」

「まぁまぁニキ? 何だそのアホそうなワードは?」


「いいから早く!」


 スマホは凛奈と通話中なので、自宅用のタブレットを出してきて、言われた通り『まぁまぁニキ』で検索する。



 すると。




「…………。」




「状況、理解できた?」

「ああ……」


 キーワード検索で上がって来た筆頭には、動画のサムネイル画像が表示されている。


 一目見ただけで理解した。


 俺だ。


 正確に言うと、今朝の俺。

 電車内で、ケンカの仲裁に入っている様子を収めた動画だった。


 再生回数は、今日、動画サイトにアップロードされたにも関わらず、300万回再生を超えていた。


駅ホームでの警察からの事情聴取を見られてて、まず最初に痴漢を疑われるのは定番(マジ実体験)


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― 新着の感想 ―
どこでトンチキヒロインが飛び出すかオラワクワクすっぞ
俺と両親と適切な は、どちらなの「と」が「が」かな。この間、外国人の通訳が日本語は助詞とかに揺らぎがあって不完全な言語だ、って主張したのに対し、日本人が、助詞などの使い分けでニュアンスや話者の関係まで…
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