第22話 ヘタレ王子と一緒にすんな!
【西野凛奈_視点】
「凛奈お嬢様。お加減はいかがですか?」
「熱もだいぶ引いてきたから大丈夫よ伊緒」
部屋の中に入ってきた、私お付きのメイドの草鹿伊緒へ、私は読みかけの小説を閉じ、ベッドの上に座る。
「ふむ。大事を取って、今日は学校を休ませましたが、やはり風邪ではなく、想い人にお姫様抱っこされた事で頭がオーバーヒートしただけでしたか」
「ち、違うわよ! 適当な事言わないで」
「才斗君と繋がって、頭がフット―しそうだよ~!」
「伊緒、あなたクビになりたいの?」
ふざけてくる伊緒を睨みつける。
このメイドは……。
幼少期から一緒の気安い関係とは言え、仮にも主の私への敬意がまるで感じられない。
「あら、不調の原因は九条様ではないんですかお嬢様?」
「違います! これは、単なる風邪です。たかが友達の才斗に、お……お姫様抱っこされたからって何だっていうの」
「ふむ。では、お嬢様は男に身をゆだねても何も感じない不感症だと?」
「そ、そんな事ないし!」
「まぁ、未経験のエアプ勢の戯言はさておき」
このメイド……。
本当にクビにしてやろうかしら。
「どうですか今日一日休んで、心の整理はつきましたか?」
「……うん」
本当は、まだ心のモヤモヤは晴れていないんだけど。
「先ほど、本日のお稽古事の教室には体調不良のため全て休み連絡しておきましたので」
「え? でも、本当は体調が戻ったら、お稽古事には行けってお父様に言われたんじゃ……」
「お嬢様の体調については、お嬢様に接している現場の私の判断が優先されます。ここで言う体調には、無論、心の調子も含まれます。どの道、心の内にモヤがかかったままでは、お稽古事に身も入らないでしょうし」
全て伊緒にバレてる……。
「でも、この前にお稽古をサボって怒られたばかりだし……」
「大丈夫ですよ。旦那様からお小言を頂戴するのは慣れてますから」
「ゴメンね……伊緒」
「お嬢様は、私にとっては妹の様なものなのですから、良いのですよ」
申し訳ない想いからの謝罪の言葉にニッコリと笑い頭をなでる伊緒。
悔しいけど、こういう所で伊緒は私よりお姉さんで、だから私はこの子に頭が上がらない。
(キンコ~ンッ♪)
「あら、来客のようですね。ちょっと見てきます」
そう言って伊緒は私の部屋を出て行った。
また一人になった私は、自室のベッドに大の字になって寝転がって天井を見上げる。
「心の整理か……」
本当に、なんであんな事しちゃったんだろう……。
私は、またあの時の、才斗にお姫様抱っこをして保健室へ運ばれた時の事を思い出す。
そうすると、自然と自分の身体が才斗の身体に包まれた感触が一緒に思い出されて、赤面してしまう。
「いや、才斗は大事な友達だから」
自分の生理現象を抑え込むために何十回もつぶやいた言葉。
もはや儀式というより呪文のように繰り返した。
「才斗は初めて出来た異性の友達なんだから大事にしたいのに……」
私にとって、今まで男性というのは、厄介な存在でしかなかった。
私は、自分で言うのもあれだけど、容姿は整っているし、家柄も能力も申し分ない。
自分の持つこういった特性が、異性を引き付けてしまうことも分かる。
だけど、話したこともない男の人から愛の告白を受けるだなんて、普通に恐怖でしかないし、少し仲良くなったところで直ぐに告白されてしまい、友人関係が終わってしまう事に悲しさを感じていた。
そんな中で出会ったのが才斗だった。
「どこか私に似てるのよね、才斗って」
別に才斗が、私のように異性にモテているという訳ではない。
むしろ、容姿でいったら平凡だろう。
私が感じたのは、
『この人は、私と同種の痛みを抱えている人なのかもしれない』
という、直感めいた物だった。
だから私は、隣の席の彼に声をかけた。
そうすると、彼は私の目論見通りに、私と対等の目線に立ってくれた。
変にへりくだったり、顔色を窺ってきたりせずに、私が心を開いたらその分、自分の心も開いてくれた。
そうやって、徐々に仲良くなっていき冗談も言い合える関係が、くすぐったくも嬉しくて私は好きだった。
なのに……。
その均衡は崩れた。
他ならぬ私が崩した。
才斗との友人関係を誰よりも変えたくなかったはずなのに。
「私はこの先どうなりたいの?」
学校を休んでいる間に何百と自問自答した問いかけをする。
けれど、私自身の中に答えが無いんだから、問いかけても答えなんて返って来ない。
「何だ、悩み事か凛奈? 相談乗ろうか?」
「いや、才斗に言っても仕方がな……って、ほぎゃぁ!? 才斗ぉ!?」
「おお、元気だな凛奈。この分なら明日は学校行けそうだな」
ベッドから転がり落ちた私に、笑いながら才斗が助け起こすために手を伸ばしてくる。
「なんで才斗が私の家に? え? 今日、家に泊まるの!?」
自分の部屋という、我が城に唐突に才斗が湧いて出て混乱し、おかしな事を口走ってしまう私。
「何でだよ。お見舞いだよ、ほら」
呆れた顔で、才斗が籠に乗った果物の盛り合わせを渡してくる。
そっか、家に泊まる訳じゃないんだ……。
って、何をガッカリしてるの私は!
「っていうか、私パジャマのままなんだけど!?」
「そ……、そこは俺も戸惑ってるところだな。でも、草鹿さんっていうメイドさんが、入って大丈夫だって言うからさ……」
伊緒ぉぉぉぉぉおおお!
あの子、才斗がお見舞いに来たんなら、事前に伝えに来て、私が着替える時間稼ぎでもしなさいよ!
何を、そのまま私の部屋に直行させてるの!
「着替えるなら俺もう帰った方がいいか?」
「べ、別に見られちゃったものは仕方ないし……。もう、パジャマの格好のままで居させてもらうからね」
「お、おう」
別にパジャマとは言え、子供っぽかったり、変にセクシーな物を着ている訳じゃないんだし、こっちは体調不良で休んでいたんだし、私が今パジャマ姿でいるのは正当な物であり、恥ずかしくない。
恥ずかしくないったら、恥ずかしくないんだから!
「いや、でも女の子のパジャマ姿って初めて見たから……」
「え? ふ、ふ~ん。女友達の気の抜けたパジャマ姿で図らずもドキドキしちゃったんだ」
思いのほか、才斗が恥ずかしがってモジモジしているのを見て、逆に私の方は落ち着いてきた。
「いや、だって普通は見る事ないだろ」
「今度、お泊りパジャマパーティでもする?」
「……それは流石に、仲良しとは言え男友達の範疇越えてるだろ」
「あら。別にうちの家なら、部屋は余ってるし問題ないわよ。あ、もしかして才斗ってば、一緒の部屋で寝ると思って期待しちゃった? 残念でした~」
ああ、楽しい。
こうして才斗をからかうのが今の私の一番の楽しみだ。
もはや生きがいと言ってもいい。
本当は、才斗と女友達でいるためには、女を意識させすぎるべきではないと頭では解っているんだけど、それでも止められない。
「いや、別の部屋で寝るとか言ってても、結局は夜更かしが盛り上がって、雑魚寝になっちゃうんだよ」
「……まるで、経験者みたいな物言いね」
「ああ。玲の家で深夜までゲームしてたら、結局2人で寝落ちしちゃった事があったから」
「ふ~ん……。2人でね」
途端に不機嫌な声になってしまっているのが、自分でも分かってしまう。
でも、別に才斗相手だから気兼ねしない。
だって、仲の良い男友達なんだから。
私が機嫌悪いのいい加減分かれ。
「あの時はまだ玲が男だって思ってた時だからな。今は、どれだけ追いすがられようと帰ってるから」
私が不機嫌になったのに気付いたのか、才斗は慌てたように言い訳を並べ立てる。
別に私はそこに怒っていない。
問題なのは、私があのヘタレ王子に、現状においてお泊り会という項目において負けているという事だ。これは、私のプライドが許さない。
あのヘタレ王子を上回るには。
「よし、決めた。今度、お泊り会しましょ」
「へ?」
「しかも、場所は才斗の家で」
「いや、さっき『私の家は部屋余ってるから』ってドヤ顔してたくせに、何で!?」
「別にいいでしょ。狭い部屋に雑魚寝の方がお泊り会っぽいし」
「そんなのダメに決まって」
「ヘタレ王子とやったんなら一緒でしょ。やっちゃった後なら、経験人数が1人増えようが今更じゃない」
「だから、『やった』とか『経験人数』とか言うな!」
ふふっ。
照れてる照れてる。
ああ、今わかった。
やっぱり私はまだ、このフワフワとした関係が好きなんだ。
いずれ終わりが来るとは解っていても。
それでも、才斗と友達である瞬間は、私にとって特別な物なんだから。
『凛奈お嬢様のヘタレ』
いつの間にか、部屋のドア付近にスタンバイしていた伊緒が、目でそう言っていた。
あのヘタレ王子と一緒にすんな!
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