第2話 隣の席の女友達のせい
「それでは、九条さんが喧騒の様子を見聞きした時には、目が合っただろとニッカポッカを履いた男性が、高校生に因縁をつけて掴みかかっていたんですね?」
「はい」
俺は正直に、自分の見た範囲での真実を目の前にいる警察官に伝えた。
駅員が来てくれて、無事にニッカポッカの兄ちゃんから物理的な距離を置くことに成功したが、無論、『じゃあ、そういう事でよろしく』と、とっとと立ち去る訳にはいかない。
という訳で俺は、ホームで警察官から事情聴取を受けている真っ最中だ。
なお、加害者であるニッカポッカの兄ちゃんと、被害者の男子高校生にはそれぞれ別の警察官が、少し離れたところで事情聴取をしている。
「当時の状況については解りました。では、また連絡することがあるかと思いますので、連絡先を頂戴したいんですが」
「はい。携帯番号はこれです」
「これは、君の電話番号? 出来れば親御さんの番号があった方が」
親の番号。
その言葉を聞いて、非日常の出来事の連続で高揚していた気分が一気に冷やされる。
「いえ、こちらの番号にお願いします。その……うちの親は、事情があって直接連絡がつかなくて」
「ああ……。そういう事なら、連絡は今の番号か学校の方に連絡しますね」
「はい、すいません。学校にかける際はこっちの番号で」
親の事で俺が言い淀んでいると、警察官の人は色々と察してくれたのか代替手段を取ってくれた。
察しが良くてありがたい。
あの人達に、今回の話が行ったらまた面倒な事になるからなと、ホッと胸を撫でおろす。
「いや~、こういう暴行傷害事件では、第三者の証言が重要ですからね」
「やっぱり、そうなんですね」
「そうなんですよ。あ、ちなみに、九条さんは暴行を受けてないんですよね? 本当に」
人当たりよくニコニコしている警察官だが、目が笑ってない……。
先ほどの証言と何か矛盾点があったら、即座に突っ込むぞという気概が感じられて怖い……。
「は、はい。私と加害者との身体的接触はありませんでした」
「胸倉をつかむのでも、場合によっては暴行罪が成立しますが?」
「それもありませんでした」
「そうですか。男性の中には、自分が殴られたのを恥だと思って、正直に証言してくれない方もいるので。すいません、しつこく聞いてしまって」
そう警察官が言うと、鋭い目つきから、元の優しい目元に戻る。
オンオフの切り替えが怖いです。
「いえ、いえ。因みに、暴行罪の被害者となると結構、事情聴取も時間がかかるんですか?」
「その場合は、この程度の事情聴取では済みませんな。署にご足労いただく形になります。加害者は言わずもがなですな」
あ~、となると、被害者の玲君は結構時間がかかっちゃうか。
学校は今日は欠席になっちゃうかもな。
結局は大事にしちゃって、少し悪い事したかなという気分になる。
「被疑者と被害者に接触しないように、こちらから出てください」
「おおっ! ここって、駅員さんしか入れない所ですね。中はこうなってるんですね」
駅員さんが開けてくれた、駅舎の普段は入れない扉を通って、改札に出る。
「それでは、ご協力ありがとうございました」
見送ってくれた警察官が帽子をつまむ略式の敬礼をしてくれるので、お辞儀で返す。
「さて……。完全に遅刻だな」
スマホの時計を見ると、学校の授業開始時間をすでに20分以上越える時刻を指していた。
俺はため息をつきながら、学校の電話番号を電話アプリで呼び出した。
◇◇◇◆◇◇◇
「あら才斗。2時間目からとは、今日は随分と重役出勤じゃないの」
「うるせぇよ凛奈」
1時間目が終わった10分休憩の時間に教室にこっそり入った俺を、隣の席の奴が目ざとく見つけて声をかけてくる。
遅刻をからかってくる西野凛奈をあしらいながら、俺は自分の席にカバンを降ろす。
「寝坊?」
「……ま、まぁ、そんなとこだ」
遅刻した理由である今朝の電車のことを話すのは憚られた。
何だか、武勇伝を自ら話すのが気恥ずかしかったのもあり、俺は凛奈の問いに曖昧な答えを返す。
「昨晩は夜の自主トレが捗り過ぎたの?」
「朝からド下ネタをぶち込んでくるな」
この女友達はいつもこうだ。
見た目は黒髪ロングの清楚系なのに、ギャップが凄い。
学校内でトップの美女とも評されているというのに残念な奴だ。
「私だって、才斗にしか言わないし」
「ったく……。黙ってりゃ美人なんだから、もちっと貞淑さをだな」
「入学当初に、そうやって大人しくしてたら告白されまくったから、こうして素を出して牽制してるんじゃない」
「お前の男除けに俺を巻き込むんじゃない!」
「入学当初に私の隣の席になったのが仇となったわね」
クスクスと笑う凛奈。
入学直後は、こんな可愛い子が隣の席で最高! と胸躍ったのも、もはや遠い昔のように感じる。
「それで、実際はどういう理由で遅刻したの?」
「ああ。実は、朝の電車内で男子高校生がガラの悪い兄ちゃんに絡まれてたのを仲裁に入ってな。それで遅れたんだ」
まぁ、気の置けない女友達のコイツを前に格好つけるのも変かと思い、俺は正直に事の顛末を話した。
「ぶふっ!」
「なぜ笑う!?」
「才斗……。あなた、スカッとする系の動画を観すぎで、とうとう現実と妄想の区別がつかなくなったのね。かわいそう」
「違ぇよ! 本当なんだよ!」
「でも、助けた相手も男子じゃ、その後の発展性が無いので、脚本の出来としては30点ですね。助けるのは私みたいな清楚系な可愛い女の子にした方が、物語としてカタルシスが得やすいと思われます」
「何だそのダメ出しは。お前、俺の担当編集か何かか?」
リアルの話なんだから仕方ないだろが!
もし、被害者が可愛い女の子だったら、きっと我も我もと勇者たちが名乗り出ていただろうから、俺も遅刻しないで済んだんだがな。
「じゃあ、後でお昼にゆっくり話を聞かせてね」
そう言うと、10分休憩が終わりを告げるチャイムが鳴り、2時間目が始まってしまい、話はそこで尻切れトンボとなった。
◇◇◇◆◇◇◇
「アハハッ! それで、才斗ってば、電車内でヤンキーをちぎっては投げ、ちぎっては投げしたんだ」
「人の話ちゃんと聞いてたのかよ。ちぎっては投げてたら、今頃ここでお前と一緒に昼飯食ってねぇよ」
昼休み。
学食で凛奈と並んで食べつつ今朝の電車での顛末を話すと、凛奈は終始笑っていた。
「損な役回りを、言われてもいないのに買って出ちゃうのが才斗って感じね」
「しょうがないだろ……。俺の他に、ニッカポッカの兄ちゃんに対抗できそうなガタイの男はいなかったんだから」
「青いね~才斗は。そうやって自分の正義に従って」
「青いって、お前も同い年だろうが」
「けど、才斗のそういう真っすぐなとこ、嫌いじゃないよ」
そう言って、指先でツンツンと俺の頬を突く凛奈。
「ちょっ、ヤメロ。周りの目が痛い……」
「照れちゃって。これくらい、友達同士のスキンシップじゃない」
いたずらっぽく笑う凛奈。
こいつ、俺が困るって分かった上で、面白がってやってやがるな……。
凛奈と一緒に行動していると、野郎共からの視線が痛いのだ。
最近はこういった視線にも慣れたが、さっきみたいにスキンシップが激しいと周りの殺気度が上がるのだ。
おかげで、6月になっても凛奈以外に友達ができていない。
「飯の邪魔だからツンツンすんな」
「そう言えば、今日は何でお弁当じゃなくて学食なの?」
「ああ。弁当は持ってきてたんだけど、殴られた患部に当てる用に保冷剤を玲君に渡しちゃったからな。気候も暖かくなってきた時期だから、弁当が悪くなってるかもだから」
普段は弁当を教室で凛奈と一緒に食べることが多い。
今日は学食だからと言ったら、凛奈は弁当があるにも関わらずついて来たのだ。
そんなに、俺の武勇伝が聞きたかったのだろうか。
「ふ~ん。被害者の子は玲君って言うんだ。助けてくれたんだから感謝されたんじゃない?」
「いや、そんなに喋ってない。俺も加害者のニッカポッカの兄ちゃんとの対峙に必死だったからな」
「あら、そうなんだ。じゃあ私が代わりに褒めてあげようかな。はい、これあげる」
そう言って凛奈は、弁当の横にあるプリンを俺に寄こしてきた。
「何だよ急に。このプリンわざわざ買ったのだろ?」
「いいのよ。学食で弁当を広げるためのアリバイ作りで買っただけだから」
「それなら、なおさら受け取れねぇよ。俺に付き合って学食で食べるために、わざわざ買ったんだろ」
「どうしても食べたくて買った物じゃないし。それに、今日は気分がいいのよ。自分の友人が、誰に褒められる訳でもないのに、人助けをする勇者様だって知れて嬉しいから」
「藪から棒に急に褒めんなよ……」
言っても美少女の凛奈から屈託のない笑みを向けられると、図らずもドキッとしちゃうだろうが。
「あ、照れた。はいくそ雑魚~」
「はよスプーン寄こせや」
まったく。
こいつの素が知れ渡ったら、俺への野郎共の視線も和らぐというのに。
そう思いながらプリンを頬張ると、甘さが口の中に広がっていく。
まぁ、今日は我ながら頑張った。
ちょっとくらい自分を褒めてもいいのかもな。
「それにしても、たまには学食もいいものね」
「まぁ、そうだな。学食ならテレビも観れるし」
「やってるのはお昼のワイドショーだけどね。あ、番宣で出演予定だった女優の星名カノンさんが、緊急の私用のため急遽欠席だって。カノンさんがお母さん役の来期ドラマ面白そうなのよね」
「へぇ~」
ゆったりとお昼のワイドショーを観ながら凛奈と駄弁っていると、日常って感じがする。
その内、この武勇伝も日常の日々の中に流されて、思い出の一つになって……。
『1年4組 九条才斗。至急、校長室に来なさい。繰り返す。1年4組九条才斗は~』
充足感に浸っていたら、俺の名を呼ぶ声が校内スピーカーを通して流れてきた。
凛奈と顔を見合わせる。
どうやら、自己満足に浸ったり思い出になるのは、まだ早いようだった。
第2話前半部分の警察とのやり取りは、作者の実体験のまんまですね。
え? 後半部分は作者の実体験かだって?
…………。
皆さんのご想像にお任せします……。(目を背けながら)
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