第19話 うち今日もお母さん居ないから
「んで、お姫様を保健室に送ってたから遅刻したわけだな才斗」
「いや、チャイムが鳴る前に校舎内には居たよ剛史兄ぃ」
「学校では寝屋先生だろ」
職員室でペシッ! と頭をプリントの束ではたかれながら、剛史兄ぃからお小言をもらう。
凛奈を保健室に送り届けて、取り敢えず体温を測ると凛奈は本当に熱があったので、保健室のベッドで休ませることになり、その後早退した。
多分、発熱していたのは別の要因な気がしないではないが。
ゆえに、保健室に送り届けて、はいサヨナラという訳にもいかず朝のホームルームは遅刻してしまっていた。
折角、玲を迎えに行くために早起きしたのに遅刻したのは解せない。
「入学当初は大人しくしてたのに、最近のお前の周りはトラブルが多いな」
「別に俺が起こしてる訳じゃないんだけど」
「ま、お前がそういうのを放っておけない性分なのは解ってるけどな」
「わざわざ県外の高校に進学したっていうのに、やってることは地元の中学と結局変わってないよね」
「別にいいんじゃねぇの。その方が死んだ祖母ちゃんも喜んでると思うぞ」
「そうかな……。って、髪わしゃわしゃすんなって言ってるだろ」
この人は、いつもいつも俺の事をガキ扱いしやがって。
「そういえば、あの人達から連絡があったぞ」
「……!?」
突然、剛史兄ぃからぶち込んでこられた『あの人達』の単語に、俺の心拍は反射的に跳ね上がり、汗が全身から噴き上がる
「大丈夫か才斗?」
「大丈夫だよ剛史兄ぃ……」
名前を直接出さない配慮を剛史兄ぃがしてくれたにも関わらず、動揺した自分に悔しさがにじむ。
あの人たち……、自分の両親に。
「……まさか、動画の件がバレたの!?」
「いや、ただの伯母さんからの定期連絡だよ。動画の事は聞かれなかったから、話さなかった」
「それって、剛史兄ぃが後で怒られる奴じゃ」
「いいんだよ。一々、いい歳したガキのお守りなんて、やってられっかよ」
「ありがと……」
剛史兄ぃの発言は、無責任の放任ではなく俺のことを気遣ってのことだ。
その配慮が嬉しかった。
「あの人たちも、もうちょっと上手く親がやれるといいんだけどな。下手くそなんだよ」
「そこは俺も同罪かも……。上手くあの人たちの息子が出来てないから……」
「ガキなんだから当たり前だろ。別に親子だから一緒に居なきゃいけない訳じゃない。お前らの場合は、これが適正な距離ってこった」
「そうなのかな……」
「そうそう。にしても、伯母さん達はもちっと上手くやれやって思うけどな」
たしかに、今あの人たちと一緒に暮らせと言われても無理だ。必ず逃げ出すことになるだろう。
中学の時、祖母ちゃんの家に逃げ込んだ、あの時のように。
「ちょっと、寝屋く~ん」
「なんですか校長に教頭」
校長と教頭の乱入により、シリアス空気がぶち壊しになる。
「来年度入試用のパンフレットの写真に九条君を起用する話って、してくれた?」
「ああ、すいません。興味なさ過ぎて忘れてました」
「頼むよ~。あと、九条君の動画について、また取材要請がたくさん来てるんだけど」
「はい、教育委員会の通達が届いてるのでどうぞ。リマインド連絡されるなんて、よっぽどうちの学校って信用無いんですかね」
「対応が早いって!」
嘆き悲しむ校長と教頭。
「ほらな。案外、大人だってこんなもんなんだよ」
そう言ってニヒルに笑う剛史兄ぃの笑みに、ちょっとだけ救われた気持ちになった。
やっぱり、俺はこの人には敵わない。
◇◇◇◆◇◇◇
「今日は何のゲームしようか才斗」
帰宅時間。
学校の前に乗りつけられた高級ハイヤーに、できるだけ目立たないように乗車する俺に、車内の玲が満面の笑みで問いかけてくる。
「何がいいかな」
「前回の人生ゲームの続きしよ。セーブデータそのままだから」
「あれは流石に時間が掛かり過ぎるからやめようぜ」
あれは、ゲームの切り上げ時が解からず、あと1年、もう1年とずるずると長居しがちになる。
ただでさえ、毎度俺が帰る時に駄々をこねる玲とは特に相性が悪い。
「え……ボクとゲームするの嫌になった?」
「違う違う。時間がかかるゲームだから、いっそこの間みたいに泊まりの時とか長い時間できる日に」
「え! 才斗、またボクの家に泊まってくれるの!?」
しまった!
何とか長居したくないのを誤魔化したら藪蛇だ。
「あ、いや。流石にあの時とは状況が違うから、お泊りはちょっと……」
「なんで?」
「いや、だって年頃の男女が一つ屋根の下で夜を明かすのはまずいだろ」
お隣に住むお節介幼馴染だって、夜には自分の家に帰るというものだ。
朝チュンは、本来はラブコメの大分終盤戦の行程にあるものである。
「もう、私達やっちゃってるんだからいいじゃん」
「お泊りをね! 目的語を省略するのは良くないぞ玲! あの時は、玲は同じ男だと思ってたからね!」
運転手さんにも聞こえてるんだから、そういう誤解を招く表現は慎んでいただきたいのだ。
「とは言え、ボクは今日も真っすぐ家に帰ってきて外出禁止をお母さんに言い渡されてるからな~」
「ゲームばっかりってのも飽きるよな」
「え、才斗、もう飽きちゃった? じゃあ、新しいゲームソフト買おう。なんでも買っていいよ、ほら」
そう言って、玲はショッピングサイトのゲーム一覧を開いて俺に差し出してくる。
「いや、そういうお金の使い方は良くないと思う」
そんなチョロいと俺が悪い男だったら、瞬く間にお財布にされちゃうぞ。
「じゃ、じゃあ才斗はそろそろゲームじゃなくて、お家で別の遊びしたいってことなの?」
「まぁ、そうだな。身体を動かしたい」
「身体!? そっ、そっか~、才斗も男の子だもんね……。大丈夫、ボクの覚悟はとっくの昔についてるよ。ちなみに、今日もお母さん居ないから」
モジモジと手を落ち着かずに握ったり開いたりしつつ、チラチラとこちらへ期待した視線を投げかけてくる。
「そうだな、ちょうどいいタイミングかもな」
「う、うんうん! そうだよ!」
玲がボブルヘッドの首振り人形のように何度も頷く。
「そっか、じゃあお願いするな」
「うん♪」
「楽しみだな。玲のマンションのスポーツジム」
「…………ジムゥ?」
ニコニコボブルヘッド人形だった玲の首が傾き止まる。
「前に一緒に行こうって約束してたろ。楽しみだな~」
玲が実は女の子だったりで色々とバタバタしたけど、今度行こうって話になってたんだよな。
新しいジムって新鮮で、新たな刺激が筋肉に入るから楽しいんだよな。
「さ、さっき、ちょうどいいタイミングって言ってたのは……」
「ちょうど大胸筋と大殿筋の超回復期間が終わってるって意味」
「もう、知らない! 才斗なんて筋肉ダルマになればいい!」
「なぜに怒ってるの玲!?」
さっきまで、あんなにニコニコだったのに。
約束をちゃんと覚えていたのになぜか俺が悪いことになっているのは解せなかった。
「令和」と打ったつもりが「玲和」になっていて、気づかずにメールを送ってしまいましたが、私は元気です。
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