第18話 いざという時に頼りになる男
先ほど、玲と別れた後に、学内でまたしても色んな人たちに声をかけられた。
『あの王子さまって女の子だったのってマジ!?』
『完全にイケメン王子様だって思ってた。だまされた~~!!』
『え、抱き合ってたってことは、2人は付き合ってるってこと!?』
『でも、あの子だったら、女の子でも……』
玲が実は女の子だということは既に学内で既知なようである。
皆、相変わらず自分が言いたいことだけ言ってくるので、俺は逆にまともに返答はしない生返事を返して逃れてきた。
ただ、一息つく間もなくまたしても困難が待ち受けている。
「ああ……。絶対、凛奈の奴、怒ってるよな」
思わず独り言を言ってしまうくらい、俺の教室へ向かう足取りは重い。
どうせ、さっきの校門での騒ぎを、お節介な奴が凛奈の耳に入れているはずだ。
また凛奈から、危機意識が足りないだのとお説教を受けるに違いない。
凛奈の車での送迎を断っているから、結局は玲の家で手配したハイヤーで登校したのも余計に気まずい。
故に、ため息交じりで教室へ続く階段を上っていたのだが。
「あーあ。俺も女子高生だって分かってたなら助けたのになぁ」
階段の踊り場に差し掛かりかけた所で、頭上から声がして思わず足を止める。
「まぁまぁニキって、本当は女だって最初から気づいてたんじゃねぇの?」
「あり得る。だから率先して助けたんだよ」
ああ……。
これは間違いなく、俺の話だな。
っていうか、陰口だからってその呼び名で呼ぶんじゃねぇよ。
声の数と気配から、数人の男子生徒が階段を登り切ったスペースでたむろして駄弁っているようだ。
しかし、これじゃあ出るに出れないな……。
「俺だったら、言い争ってる段階でヤンキーを拘束してたね。女の顔は殴らせない」
「そういう意味じゃ、まぁまぁニキってダセェよな。女子高生が殴られてからノロノロと出てきてさ」
ぐ……。
そこは俺も気にしている所だった。
『好き勝手言いやがって。俺以外、誰も助けようとしなかったくせに』という怒りの気持ちと、『俺がもっと早くに勇気を出していれば玲は殴られていなかったのに……』という後悔の念がない交ぜになっているというのが、俺の正直な心の内だった。
「その後も、『まぁまぁまぁ』しか言わねぇしな」
「それで一躍時の人で、実は女の子だった王子様からも好かれて羨ましいよな~」
ここで、堂々と出て行って格好いい皮肉でも言い放つのが格好いい男なんだろうけど、俺には出来なかった。
それは、俺自身が彼らが言う通り、自分が決してカッコいいヒーローなんかじゃないと分かっているからだ。
俺は、玲から羨望の眼差しをもって見つめられるような男じゃないんだ。
「西野ちゃんも、そう思うっしょ?」
って、え!?
凛奈もそこに居るのか!?
今まで声がしなかったから気づかなかった。
「そうですね。まぁ、笑えましたよね」
「そうだよな。笑えるよな」
「「「アハハハッ!」」」
流石に、友達の己への陰口を直接は聞きたくない。
しょうがない。
遠回りになるけど、校舎の逆側の階段へ回り込もうと、俺は踵を返そうとした。
「ええ。口先だけで行動しない奴のタラレバ論を聞くのって、時間の無駄過ぎて笑えて来ます」
「え?」
え?
凛奈が笑いながら唐突に毒を吐いたので、思わず俺も驚いてしまい立ち止まる。
階段の踊り場の陰からこっそり覗くと、男子生徒たちが、鳩が豆鉄砲を食らったような間抜け顔を曝しているところだった。
多分、俺も似たような表情をしていると思う。
「に……西野ちゃん?」
「やってもいない武功を語って悦に浸るなんて、おじさんが酔っ払った時に話す、何度も聞いた若い頃の武勇伝以下ですよ」
うお……。凛奈ったら、可愛い顔して相変わらず容赦ねぇな。
「いや、俺たちは現場にいた訳じゃないんだからさ……」
「そういう機会があったら俺だって……」
「そうですか。なら、今日の夜にでも繁華街にでも出向いて、ナンパやキャッチにあって困ってる女性や、悪質ホストにハマってる女の人の救済でもしに行ったらどうですか? 簡単なんですよね?」
モゴモゴ言う男子生徒に対し、凛奈が先ほど男子生徒たち自身が放った大言を、ブーメランとして投げつけて逃げ道を塞ぐ。
「そ……、そんなマジで怒んないでよ西野ちゃん。こんなん、ただの冗談じゃんか~」
「追い詰められたら、ヘラヘラと冗談だと言って逃げようとする。いざという時に頼りになるのか否か、知れますね。それでは」
コーナーに追い詰められて旗色が悪いと、リングから降りようとした男子生徒たちを逃さず、きっちり顔面クリーンヒットで沈める凛奈。
学内ナンバー1美人の呼び声高い凛奈に嫌われたと、男子生徒たちは顔面蒼白である。
勝負ありだ。
ちと、オーバーキル気味で、男子生徒たちが可哀想だが。
「ったく、下らない時間を過ごした。いくら私が今朝の事で動揺している時だからって、あんな風に才斗を悪く言われて、私が喜ぶとでも……って、才斗!?」
「お、おう。おはよう凛奈」
憮然としてブツブツと怒りの独り言を言いながら、凛奈が階段を下りてきちゃったので退散することも出来ず、俺は凛奈と鉢合わせすることになってしまった。
気まずい。
「才斗、さっきの聞いて……」
珍しく動揺し、顔を赤らめる凛奈。
「な、何の事かな……。俺は今、登校しただけだが?」
「口元がニヤケてるのよ! 聞いてたんでしょ!」
おっと。
これは迂闊だった。
でも、仕方がない。
先ほどの一刀両断の凛奈の啖呵の切りっぷりを見たら、ニヤケが抑えられないんだから。
「ああ、実は聞こえてた。ありがとうな凛奈。俺のために怒ってくれて。カッコよかった」
「さ……最悪……」
凛奈がその場にしゃがみ込んでしまう。
「気分悪いのか凛奈?」
「ええ……、才斗のせいでね」
階段の踊り場で膝を抱えてダンゴムシになっている凛奈から、いつもの自信満々なお嬢様には似つかわしくない、か細い声が漏れた。
「じゃあ、いざという時に頼りになる男の俺が保健室まで運んでやるよ。おんぶかお姫様抱っこ、どっちがいい?」
珍しく撃沈している凛奈に気をよくした俺は、さっきの凛奈の啖呵を引用しつつ冗談めかして尋ねる。
無論、本気ではない。
「……じゃあ、お姫様抱っこ」
「え? マジ?」
思いもかけない返答に、今度は俺が固まる。
まずい、調子に乗りすぎた。
「……才斗はさっきの奴らみたいに口先だけの男じゃないんでしょ?」
顔を上げた凛奈は挑発するように言うが、その顔は真っ赤である。
引くに引けず意固地になって、何とか俺にダメージを与えようと必死の凛奈。
だが、それ、自爆攻撃だぞ。
「おま……無理すんなって凛奈」
「はぁ~? 無理なんてしてないんですけど~? ビビッてるのはそっちでしょ? あのヘタレ王子様のヘタレがうつったのかしら?」
「言ったな凛奈……。じゃあ、覚悟しろよ」
玲まで引き合いに出されたら、ここで引くのは男の矜持にかかわる。
俺も覚悟を決めて、しゃがみ込んでいる凛奈と同じ目線になるようにしゃがむ。
俺が手を伸ばしてきて、一瞬ビクンッ! と身体を震わせるが、凛奈はそのまま何も言わずに、しゃがみながら万歳の姿勢を取る。
『抱っこしなさい』という意味だろう。
う……。
お姫様抱っこをしてみて、俺はすぐに気づいた。
これはヤバい……と。
お姫様抱っこなので、必然的に膝裏を持たざるを得ないわけだが、凛奈は玲と違ってタイツを履かない派なので生足なのだ。
柔らかなモモに挟まれて左手はじっとり手汗をかいてしまう。
そして右手は右手で、肩を抱くような形になる。
『女の子ってやっぱ華奢だよな……』
と腕の内にある、粗雑に扱うと直ぐに壊れてしまいそうな脆い存在は、大事にしなきゃなという自覚を自然と芽生えさせる。
そして、己の首に絡められる両腕と至近距離となる顔同士。
「ど、どう? は……反応しちゃってるんじゃないの才斗?」
「この期に及んで下ネタかよ。凛奈だって、身体にカッチカチに力が入ってるじゃねぇか。抱っこして身体に触れてるから解かるんだぞ」
「え……エッチ!」
「お姫様抱っこしろって言ったのは、凛奈だろ」
「あ、そう言えば、才斗の盗み聞きとかで有耶無耶になってるけど、さっき玲君に送られて別れ際にチュ……チューしてたのって本当なの?」
「早速、噂に尾ひれがついてる! そんな大勢の人が見てる前でキスなんでできるか! 玲が抱き着いてきただけだ!」
「はぁ~、そっか良かった……って、抱きつくって何!? あのヘタレ王子、そんな事を大勢の前でして恥ずかしくないわけ!?」
「今の凛奈も似たようなことしてんだろ。って、抱っこされてんのに暴れんな!」
こうして、校内の視線を独り占めしながら、俺と凛奈は保健室へ向かったのであった。
多分、これも尾ひれがつきまくって噂が回るんだろうなと思ったら、俺の気は重かった。
凛奈ちゃんツヨツヨ回でした。
ブックマーク、★評価よろしくお願いいたします。
励みになっております。