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第15話 通い妻みたいだよな

「さて、掃除はこれで完了かな」

「おお! ありがと。マジで奇麗になってる」


 どこかくすんでいたフローリングは、ワックスのおかげか光沢を放っており、部屋の空気もなんだか清々しい。


「換気扇や空調がだいぶ汚かったのよ。こういうのも定期的に掃除しなきゃダメよ」

「はいはい。ちょうどこっちも出来たところだ」


「さっきから良い匂いがすると思ったら、夕飯作ってたのね」

「今日は買い物行ってないから、ストック総菜のアレンジばっかりだけどな。良かったら凛奈も食ってけよ」


「うん……。あ、茶碗やお箸はこっちを使って」


 掃除用に履いていたズボンを脱いだ凛奈が、持ってきた段ボール箱から箸と茶碗を取り出して渡してくる。


はなから食べて行く気まんまんだったのかよ」

「私が掃除してたら、きっと才斗はご飯作ってくれると思ったから」


「ハハッ、俺の事よくわかってんじゃん」


 流石に、凛奈が掃除してくれてるのに俺だけゴロゴロしているのは居たたまれなかったので、半ば無意識に料理をしていたのだ。


「そうでしょ。はい、飲み物はこのカップに入れて。才斗のもあるわよ」


「おう。って……なんだ、このカップ!?」


 受け取ったマグカップは、凛奈の物と色違いのお揃いデザインで、カップの側面のギザギザを合わせるとキスしているように見える代物だった。


 新婚夫婦がウキウキで買ったペアマグカップみたいだ。


「しょ……しょうがないでしょ。家に余ってたマグカップはそれしかなかったんだから」


 え、でも凛奈の家って使用人さんもいるような家なんだよな?

 カップの1つや2つくらい、いくらでも在庫がありそうなものだが。


「まぁ、飲めれば一緒か」

「ちゃんと食器棚の目立つ場所に置いておきなさいよ」


「なんで? っていうか、これ俺の家に置いていくの!?」


 正直、いらねぇ……。

 ギザギザのデザインの所が洗いにくそうだし、食器棚で無駄に場所を取りそう。


「これからも何度も遊びに来るんだからいいでしょ。箸や茶碗も置いていくから」

「凛奈はマイ箸やマイカップじゃないと落ち着かないたちなのか?」


「別に。ただのマーキングよ」

「これからメシ食べるのに、おしっこの話すんなよ」


「才斗は色々と気にしすぎよ。じゃあ、いただきます」


 配膳が済んだので、手を合わせていただきますをする。


「うん、美味しい。普段は、こういう素朴な和食って食べる機会が少ないから」


 凛奈が、サバの塩焼きとほうれん草のお浸しに舌鼓を打っているのを、俺は不思議な気持ちでしばし眺めた。


 普段は一人の自宅の食卓に、他の人がいるのって不思議な感覚だ。


「なに、ジッと見つめて。心配しなくても、本当に美味しいわよ」

「あ、いや……。いただきます」


 ジッと見ていたことに気づいて、俺も慌てて箸を取る。


「毎日お弁当を作ってきてるから知ってたけど、才斗は料理が上手ね」

「料理は好きだからな。祖母ちゃんから習った」



「それなら、なんで掃除は微妙なのかしら?」

「まぁ、掃除はしなくても死にゃしないからな」


 別に、自分だけの空間だから、パッと見片付いてればいいかという感覚だった。


「逆に私は、掃除は得意だけど料理はからっきしなのよね~」


 チラッと凛奈がこちらを横目で見てくる。


「行儀見習い先でも、料理は専属料理人の領分だから、私は配膳までしかやってこなかったし」

「そうなんだ」


「だから……ね。もし……。仮の話だけど、もしも私たちが一緒になれば」

「ふむ。弱点を補いあう、理想的なデッキが出来上がるわけだな。近所のカードゲーム大会でも荒らすか」


「……そういう所よ才斗」


「何がだよ」


 どうやら、凛奈のお望みの答えではなかったようだ。


「まぁ、そういう人だから、こうして一緒にいられるのかもね」


 自分で言って、勝手に自分でご機嫌を直している凛奈の真意はわからないが、とりあえず機嫌が直って良かった。


「しかし、こうしてると、通い妻みたいだよな」

「ブフッ!」


 不意に口にした俺の言葉に、凛奈が味噌汁のわかめを噴き出しかける。


「大丈夫か凛奈? ほれ、ティッシュ」

「人が気を緩めた瞬間を狙って、そういう言葉をぶち込んでくるなんてやるじゃない才斗……」


 受け取ったティッシュで口元を拭いながら、凛奈が恨み節をぶつけてくる。


「ああ、いや。友達の家に来て遊ぶでもなく、家事ばっかりして、こうやってご飯食べてるのは、通い妻だよなって思って。玲とは、家でゲームばっかりやってたし」


「……その気にさせるような言葉を吐いた直後に他の女の話をするとか最低ね」


 あ、あれ?


 またもや凛奈がご機嫌斜めだ。


「なんかゴメン」

「いいわよ、別に才斗なんだから」


 なんか、ダメな子だから期待してないみたいな物言いなのが引っ掛かるんですが……。


「あ、そういえば玲の方は大丈夫だったかな。って、あれ? スマホの電源が落ちてる」


 帰宅後ダイニングテーブルに置いていたスマホがやけに静かだと思ったら、電源が完全に落ちていたのだ。


 おかしい。

 バッテリーの充電がギリギリだったなんてことは無かったはずだ。


「ああ、そういえばさっき、掃除中に邪魔だったから貴方のスマホをどかしたけど、その拍子にうっかり電源をオフにしちゃったかも~」


 犯人の凛奈があっさり、自身が関与したことを仄めかす。


「おまっ! なんてことを!」


 たしかに、スマホはロックを外さなくても電源は落とせるもんな。

 こいつ、確信犯で。


 慌ててスマホの電源を入れると、案の定の惨状であった。




『学校終わったよ。帰りも才斗と一緒に帰りたい』

『才斗の学校の前に到着したよ』

『どこにいるの? まさか、先に帰っちゃったの?』

『なんで何も連絡くれないの?』

『才斗才斗才斗才斗才斗才斗才斗才斗才斗才斗才斗才斗才斗才斗』



 ヒエッ……。


 スマホの通知がとんでもないことになっている。

 その全てが玲からのメッセージ受信通知だった。



(ピリリリツ♪)



 メッセージの山に固まっていると、音声通話のコール音が手元のスマホから鳴った。

 ちなみに着信履歴の数も凄いことになっていた。


「さて、私はそろそろお暇しようかしら。ごちそうさまでした」

「おま! 引っ搔き回すだけで、そのまま帰る気かよ!」


 人の心とか無いんか!


「モテる男は辛いわね才斗」

「ちくしょう! 後で覚えてろよ!」


 俺の悲痛な叫びを後ろ手のバイバイをしながら凛奈は帰っていった。


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― 新着の感想 ―
もう…どっちも幸せにするしか……
私物がどんどんパーソナルスペースを侵略していって…服や下着が置かれるようになるまであと少しw 玲さんの方は、そのうち闇落ちしそうですねえ……
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