第12話 え、いつから女の子だった!?
『ちょっと、才斗どこにいるの!? 朝なのに不在って!』
「おはよう凛奈。ちょうど今、電話しようと思ってたんだ。今日の送りは遠慮するよ」
玲のマンションのある最寄り駅に着いた所で、凛奈から鬼電が来た。
いつも迎えに来てくれる時間よりずいぶん早い時間だ。
凛奈は変に勘が良いからと、念のために早めの時間に家を出ておいて正解だった。
『私の質問に答えなさい! どこにいるの?』
「え? それは……」
『……玲君のところでしょ』
「う、うん。そうなんだ」
俺が言いよどんでいると、凛奈がズバリ言い当ててくる。
やっぱり勘が良いな凛奈の奴。
昨日の凛奈の様子からして、俺が玲の登校に付き合うから車の送迎は要らないと連絡したら絶対に反対されるから、あえてドタキャンにしたのだ。
『才斗、あの子は』
「あ、悪い。地下鉄だから電波が……。また後で連絡するな!」
『ネットワーク通話なんだから、今時、地下鉄だからって繋がらないとか無いわよ! 待ちなさ!』
(プツッ! ツーツー)
力技で凛奈との通話を切り上げて、スマホの電源をオフにして、すでに通い慣れつつあるマンションのエントランスに入っていく。
「九条と言います。星名玲さんをお願いします」
「事前に承っております。少々お待ちください」
マンションのコンシェルジュさんに呼び出してもらうのも、ようやく慣れてきた。
そのまま、マンションのエントランスで落ち着かずに待つこと数分。
「おはよ。お待たせ才斗」
「おう、おは…………」
エントランスに現れた玲を前に、俺は危うく握ったスマホを取り落としそうになる。
「どう? 可愛い?」
スカート制服姿の玲がはにかんだ笑顔で、少し恥ずかしそうにスカートの裾をつまんでみせる。
そう、スカート。
スカート!?
「え……あ、うん……似合ってる……よ……」
……え?
…………え?
昨晩の俺はきちんと8時間睡眠を取った。
故に、頭はクリアであり、まだ学校の授業で疲弊している訳ではない脳みそは、まさに思考を巡らせるのには最適な状態にある。
そんなクリアな脳みそをフル回転させた俺が弾き出した答えは。
「ま、まさか、変装のために女装までするとは……」
なんとも自信なさげな説であった。
「はい? 女装?」
まさかな……そんな事ないよな。
そんな訳ないよな?
という気持ちにグチャグチャにされた思考が導き出したポンコツな答え。
「だから、動画に出てた男子高校生と気づかれないように変装を……」
けど、この説に自信が無い事は、己の声量の小ささで分かった。
俺が半ば無意識に見て見ぬを振りした、至極単純な帰結となる説が俺の頭の中を支配していく。
「なぁ、玲。君って……女の子?」
「そうだよ」
「え、いつから!?」
我ながら間抜けな質問である。
「オギャー! と、この世に産声をあげてからずっと」
「そっかぁ……」
なんてこったい!
今までの己の所業が走馬灯のように流れていく。
そして、今までの不可解な玲の行動が、星座のように結び形作られていく。
「ふふっ。才斗は完全にボクが男の子だって騙されてたもんね」
「そ、それは……」
「それにしても女装なんて酷いな~、女の子に向かって。こういう格好が似合わない自覚はあるけどさ」
「いや、似合いすぎてて頭の中がバグったんだよ」
っていうか、いつもはパーカーのフードで隠れてたけど、髪は肩までのセミロングだったんだ。
ずっと顔の痣を隠すために装備されていた黒マスクは今は無く、端正なお顔立ちの本領発揮ということで、破壊力抜群である。
服装はヴィジュアル系男子から、ブレザータイプの制服を着崩し、耳には控えめなピアスのかっこいい系の女の子になっていて、色々と頭の処理が追い付かない。
「え~、ボクが実は可愛い女の子でドキッとしたんだ才斗?」
「う……。そ、そりゃビックリするさ」
微妙に言い換えて返しているのは、してやったり顔の玲の術中にはまっていたのを素直に認めるのが癪だったからだ。
「でも、スカートタイプの制服着るのは久しぶりだから、ちょっと足元がスースーして不安なんだよね。だから、ちょっと暑いけどタイツ履いちゃった」
「そ、そう……。普段はズボンタイプで登校してたのか?」
「うん。その方が学校の女の子たちが喜んでくれるからさ」
「そういえば玲の制服って、叡桜女子高か。あの、お嬢様女子高の」
叡桜女子高校は同じ電車の沿線にある中高一貫の名門女子高だ。
そういえば、玲が電車で殴られた時に駆け寄ってきた女の子たちも、叡桜の子だったな。
「うん。うちは伝統校だけど校則は割りと先進的な取り組みもしてて、ズボンタイプの制服も用意されてるんだ。まぁ、ほとんどの子が、伝統の制服にあこがれて入学してきてるから、制服登校の子が大半だけど」
「そんな中で、玲のあの格好は確かに目立つな」
「そうなんだよね」
「なんで、あえて男子っぽい格好してたんだ?」
「そうだね……。まぁ、色々とあってさ……」
これまでは、イタズラを成功させた悪ガキのような顔だったのに、玲に急速に影が差す。
しまった。
結構、デリケートな所に触れちゃったか。
言っても、俺と玲は知り合ってまだ数日だから、踏み込むべきところではなかったかもしれない。
かく言う俺自身が、嘘で塗り固めたような自分を演じているのだから。
「そ、そっか。いや、でも良かった~、玲が女の子で」
「良かったって?」
「いや、玲と一緒に遊んでる時に、時々ドキッとする事があってさ。え? 俺、男相手に何でドキッとしてんの? ってなって、ちょっと悩んだんだからな~」
空気を変えるために、俺は敢えてピエロになって笑いを誘おうとする。
こういう時に手っ取り早いのは、自分の恥部を暴露するのが一番だ。
「え!? へぇ~、あの格好のままでも才斗ってボクのこと意識してくれてたんだぁ~」
「いや、イケメンだと俺行けちゃうのか? とか思ってさ。クラスの有識者にも意見を仰いだりしてさ」
なお、有識者とは中條さんのことである。
『同性相手に、図らずもドキドキしてしまうのは正常な反応なのだろうか?』と中條さんに相談してみたら、鼻血を噴き出して倒れたので、結局は相談にならなかったけど。
「そっか。あっちの格好のボクも自分なんだから、それは素直に嬉しいな」
「って、顔が近い! ちょっと離れて」
「いや、友達だったら、これ位の距離感は普通でしょ」
「野郎同士の友達っていうのは、そんなベタベタしないもんなの!」
「残念でした、ボクは女の子で~す」
腕を絡めてくる玲の手を振り解こうとするが、がっちりホールドで玲は離す気は無いようだ。
うひ……。女の子の匂いだ。
っていうか、今思えば玲からいい匂いがしたりしてたのって、単純に玲との物理的な距離が近かったからっていうのもあるんじゃないのか?
「いや、女の子だからってオーケーにはならないから!」
「だって、電車に乗るの不安だし……。あ、怖い! 怖くて心臓がバクバクするな~!」
「不安な事をめちゃくちゃ元気に語ってるから大丈夫じゃねぇの?」
「大丈夫じゃないですぅ! それに、昨日の才斗は友達として当然だろって言ってた!」
う、よく覚えてやがるな。
とはいえ、電車が不安という点に関して心配なのはたしかなので、結局俺は玲の腕を振りほどけずに、そのまま駅へ向かうことになった。
ブックマーク、★評価よろしくお願いいたします。
励みになっております。